今、俺達は向かいあって座っていた。
もう随分落ち着いたから大丈夫だと、そう再三伝えたことでようやく納得して貰えた。
ともかく、これでまともに会話が出来る。
寝っ転がったままじゃどうも、これからする話は気まずかった。
「……それで、話って言うのは……」
「……まぁ、さっき……あの金髪の子に迫っちゃったじゃないっすか、俺」
そこまで言うと、小日向さんは俺の言わんとする事が分かったのか……キチンとこちらを見て話を聞く態勢に入ってくれた。
「さっき言っていた、妹って言うのは……」
どうやら小日向さんは俺が錯乱していたときの言葉を聞いていたらしい。
少し恥ずかしさを覚えるも、話しはじめる。
「……なんつーか……似てたって言うか……何て言うか……」
「似ていた? あのそれって……」
「はい。暁キリカ……俺の妹……に、似てたんです……あの子が……本当に……」
ぽつりぽつりと小日向さんに説明する。
先ほどの蛮行に及んだ理由を。
「……切歌ちゃんの……お兄ちゃん……」
「……まぁ、キリカと俺は血は繋がってないんすけどね」
「……」
「キリカは
思い返されるのは、初めて会った日のこと。
そう。あの時のキリカは……。
「……初めて会った時はずっと……母さんの後ろに隠れてばっかで。俺のことすげー警戒してたんですよね」
「……」
「……それでも……話したり遊んだりして……食卓を囲って。ちょっとずつ家族に……」
何故か、もう頭は痛くなかった。
当時のことを思い出しても。
「でも……そう。キリカは
「え……連れ去られた?」
「ええ。黒い服を着た連中に」
「ぇ……」
小日向さんは目を見開いて、口元を覆っている。
しかしあくまでも淡々と話を進める。
これは……俺の
「……その日はキリカの誕生日でした。4月の13日……遊びに行った帰りに、展望台に二人で行ったんです」
「……」
「その時……そう、あの時は後ろからいきなり襲われて、俺は手を……キリカの手を離して……」
そう。あの時俺は手を離した。
離すべきでは無い手を……。
……そうだ、俺は何故手を離した? 手を離さなければ……いや、違う。
あの時俺は、
「ッゥ……!?」
何故か、
だが、そうだ。
思い出した。
黒服の奴等にいきなり襲われて、この後俺は──。
「陽色さん」
「っ…………なんすか?」
思わず肩が跳ねる。
小日向さんの方を向くと、至極真剣な表情でこちらを見ていた。
「さっき、名前を知りたがってましたよね?」
「……ええ。俺のこと、全く覚えてないみたいだったし……だからあの子は似ているだけの別人の可能性も──」
「いいえ違います。確かに、あの子は暁切歌という名前の少女です」
「……」
そして小日向さんは、俺の言葉を遮って断言した。
暁キリカ。
正しく、俺の妹の名前。なかなか無い名字と名前だ、他人と言うことは無いだろう。
……つまり。
「……そう……か……本当に……本当にっ……無事に生きてっ……」
セバスチャンから、今幸せに生きていると言うことは聞いていた。
それでも。
実際にこの目で、キリカが目立った傷も無く、健やかに育っていた事を確認できたのが……何よりも安心した。
「……」
だが一つ疑問が有る。
あの子がキリカ本人だとして、何故俺の名前……いや、俺そのものを忘れて?
そんな俺の疑問を見抜いていたのか、小日向さんは言葉を続けた。
「私も、詳しいことは分かりません。けどあの子は……いえ、
「……過去の……記憶を……?」
じゃあ、あの反応は単に見知らぬ他人だからと言うわけでは無く──。
「……一体……何が……」
記憶をなくすほどの何かが、キリカの身に降り注いだと言う訳か?
思わず拳を握る力に力がこもる。
一体何が…………いや。
思い出した自身の最期の記憶と併せて、あの時の黒服達がまともな連中では無いと言う事は分かる。
彼奴らが。
彼奴らが……!
怒りのあまり、込められた拳に血が滲み……血が滴り落ちる。
「っ……陽色さん、手が……っ!?」
「……ああ、大丈夫です」
小日向さんに声を掛けられて、握りしめる力を緩める。
「……」
「……」
暫く、気まずい空気が流れる。
しかし、意を決したように小日向さんが話し出した。
「……私が、話し合いの席を設けます」
「え?」
そして、その内容は意外なモノだった。
「多分……私が想像も付かないような複雑な事情があるんだと思います」
「……」
「だから……少しでも話し合ってください。切歌ちゃんには私から話を通しておきますから」
……その申し出は、正直ありがたかった。
出来ることなら小日向さんにお願いしたかった。
だが。
「……いえ。大丈夫ッす」
「え?」
会いたくて会いたくてたまらなかった。
なのに、思い出せば思い出すほど……俺の過去が立ちはだかる。
「小日向さん。俺……俺は──」
思い返せば思い返すほど、訳が分からない。
キリカとの最後の想い出。
あの時、黒服の奴等に背を押されて、俺は……展望台から
そしてそのまま地面に叩きつけられて──俺は、死んだ筈なんだ。
◇
小日向さんには悪いことをしてしまった。
死んだ記憶があるなんて、訳の分からないことを言う勇気が無かったから、言葉を濁して話を終わりにしてしまった。
「……」
そうして小日向さんと別れた俺は……一人帰路についていた。
その間、脳裏をよぎるのは死の記憶と…………立花さんとしか思えない少女の顔。
あのデジャブのような映像。
正直、アレもなんなのかは分からなかった。
何故立花さんが血まみれだったのか。
あの夜のビルは何なのか。
と言うかそもそも、俺はこのつい最近立花さんと初めて会った筈だ。何故無くした記憶の中に立花さんが居るんだ。
似ている別人……と言うわけでも無い。
何せ記憶の中の彼女は、似ているとかいうレベルでは無く……立花さんだった。
そう言った諸々の疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消え。
「……」
頭を掻いて、溜め息を吐く。
1番嫌なのが……この訳の分からない記憶について、ある程度の説明がついてしまうと言うことだ。
──つまり……ブラックボールに呼ばれた、と言うことだ。
「……」
俺が異様な程に鍛えていたのも、『星人』という化け物と戦うためのモノ。
死んだ記憶があるのに、今生きているのは……死の直後にブラックボールに呼ばれたから。
そして俺の七年間の記憶が無いのは……『星人』と戦った報酬としてブラックボールが与える三つの選択肢の一つ。『記憶を消して解放』される、を選んだから。
全て説明がついてしまう。
「……くそ……」
嫌なことに、俺はあの掲示板を信じ始めている。
あの……ID『H-EroMom』が当時の俺であるという確信が生まれ始めていると言うこと。
それが何より嫌だった。
だってそうだろ? 七年間……『星人』を殺しまくって何をしていたんだぞ俺は。
訳が分からない。意味不明だ。そもそも生き物を殺すなんて信じられない。
それに……戦う力があったのなら、何故義母さんを強盗から守らなかった。
何故キリカを助けに行こうともせずに戦い続けた。
意味不明だ。
七年間、無意味に殺し続けただけじゃ無いか。
「……」
当時の俺に怒りが湧いてくる。
空を見上げ、息を吐く。
けれど……そうして愚痴ってばかりも居られない。
ようやく見えてきた確実な過去の手掛かりだ。
離すわけには──。
「おーい!」
「……」
「おーい! ヒイロくーん!」
「……セバスチャン……?」
振り返ると、何時かのように……セバスチャンが手を振っていた。
◇
彼らは場所を移し、公園のベンチに座っていた。
「飲む?」
「ああ、ども」
そう言ってセバスが差し出してきた飲み物を、ヒイロは軽く会釈して受け取る。
「いや~なんか世界中ヤバいことになってるね~!」
「はぁ」
態々声を掛けてきたんだから、何か用があるのだろうと思っていたが……セバスは頭を掻きながら世間話を始めた。
「うん。やっぱり初動はアメリカかな。日本も、もうそろそろ本格的に動き出さないと不味いだろうね」
「……? 何の話っすか?」
「うん? もちろんブラックボールの話だよ」
「……」
いきなり変なことを言い出した。
初動……? どういう事だ……?
思わず首を傾げた陽色に、セバスは説明を始めた。
「いや、実はね? ブラックボール情報交換スレ的なモノって世界中のネット掲示板にあるんだよね」
「……はぁ? 世界中?」
「そう。あ、もしかしてそこまでは調べてなかった?」
「いや……調べてはいましたけど……基本調べたのは俺……ID『H-EroMom』の発言だけッすよ」
「ああ~! そう言う事!」
納得したような表情を浮かべたセバスは、陽色に説明を始める。
ブラックボールを製造しているのがマイエルバッハという会社である事。
マイエルバッハが世界中の
──そして今、世界各地のブラックボールで一斉に……最大規模のミッションが動き始めているという。
それは……。
「……神を殺す?」
「そう。今世界中のブラックボールが……先史文明の時代に地上に降り立った神々を標的にし始めている」
「……はぁ?」
神々を標的に? 何を言っているんだ?
分かりやすく疑問符を浮かべている陽色を見たセバスは、薄ら笑いを浮かべながら星人の正体について話し始めた。
要約すると、ブラックボールが標的としている星人とは先史文明期に地球に降り立った宇宙の難民達であり、その各種族達の先導者達を総称して『神』と呼んでいるという。
要約しようとよく分からない話で、急にSFな事を言い出したセバスに困惑しか無かった陽色だったが……セバスは意に介さずに話を続けた。
「ま、世界中のブラックボール情報交換掲示板でそう言う話をしているって事」
「はぁ……」
「日本ももうそろそろかなぁ~」
セバスはどこか楽しそうにそんな事を言い出したが……陽色には困惑しか無かった。
「……いきなりどうしたんすか? 変な話しだして」
「ふふふ……進捗を報告したんだよ。またの名を世間話というが」
「えぇ……」
困惑一色の陽色の顔を見て、セバスはまた大きく笑った。
(セバスチャン……俺の過去調べるのが何で世界中のブラックボールに繋がるんだよ……)
調べている所もよく分からないし、どうしたんだ今日のセバスは。
進捗報告で余計に心配になっちゃったんだけど。
そんな風に思っていると、笑いを止めたセバスが真剣な表情を浮かべて語りかけてきた。
「いやね。君が少し……落ち込んでいるように見えたから」
「いや……進捗聞いて余計に気が落ち込みましたよ」
「ははは! それはすまない!」
笑い事じゃねーよ。
そう睨み付けると、しかしセバスは笑みを浮かべたまま話を続けた。
「──昔の君が、嫌いかな?」
「……」
そして優しい笑みを浮かべたまま……陽色の心の核心を突いてきた。
……恐らくは先日の話を受けて陽色が気落ちしていると推測したのだろう。
その推理は当たっていた。
「……嫌いですよ。もし俺が本当にブラックボールの部屋に居たんだとしたら……その意図が掴めないし、意味不明だ」
「……」
「それに……何も残さずに終わらせた。そりゃ、嫌いになります」
陽色は……口をとがらせて拗ねるようにそう言った。
今、セバスに語った言葉は正しく……本心だった。
何時になくキツい口調が、それを如実に表している。
「……うん。そうか」
それをセバスも感じ取ったのか、茶化すこと無く受け止め……語り出した。
「確かに、昔の君を端的に知ったのなら、そうなるかもね」
「……」
「……ただ、君は昔……『ひーろー』で、『ヒーロー』だったよ」
「……は?」
思わず陽色はセバスを見やる。
「……それ、何が違うんすか?」
「ふふふ……コレが実は、大きく違うんだよ」
そう言ってニヒルな笑顔を浮かべたセバスは……言葉を続ける。
「君は、何時だって
「……」
「僕もね、そう言う君が好きだったよ。だから……あまり卑下しないでやってくれ」
最後の言葉を、セバスは何処までも真剣な顔で言った。
その迫力は何時ものセバスチャンのモノでは無く、陽色も言葉を失う。
「……ぅす」
「うんうん。分かってくれれば良い!」
未だ拗ねた様子で言葉を返すと、セバスは一転……大きく口を開けて笑いながら陽色の背を叩いた。
バンバンと結構な力で叩かれて、以外と痛い。
「……」
「ははは……」
セバスは暫く笑い続けたと思うと、徐々にその声を落としていく。
「そう。最後に一つ……聞いても良いかな?」
「はぁ……なんすか?」
そして今度はキリッとした表情で、言葉を続けた。
「ヒイロくん。君は……神の存在……を……感じたことはあるか?」
「……さっきの宇宙難民の先導者って意味ッすか?」
「いや、もっとこう……スピリチュアルな感じの」
思わず陽色は顔をしかめる。
「はぁ……? なんすか? 宗教の勧誘ッすか?」
まさかさっきまでのちょっと感動する流れ、全部コレのためだったのか?
心底見損なったと言わんばかりに見下した表情を浮かべた陽色に、セバスはたじたじと手を振る。
「あ、いや……その……意識調査的な……」
神の存在を信じることの調査が何に繋がるんだよ……。
そうは思いつつも、陽色は溜め息を吐いて適当に答えを返す。
「……そんなこと、考えたことも無いっすよ」
「……」
「ただ……神よりは悪魔の実在の方が信じられる」
「ほう。それは何故?」
「なんせ、神が居たらこんな状況になっていない。居るとしたら……もっと悪趣味な奴ですよ」
「ふふふ……確かにそうかもね。そう言う存在が居たら、悪魔と呼んだ方が良いかもね」
そう言ってセバスは不気味に笑ったかと思うと──。
「僕はね。神の存在を感じたことがあるよ」
彼の持論を語り出した。
「いや、それは神と言うよりはもっとこう……無機質だ。『運命』と言った方が伝わるかな。言いたいこと分かる?」
「……まぁ、何となく」
「そう、運命……誰も逃れることが出来ない……誰にでも平等で、無慈悲な世界の濁流だ」
「……」
「僕はね、それこそを神だと思っているんだ」
運命こそが神。
意外とロマンチックなことを言い出したセバスだったが、陽色にもその言わんとする事は理解できた。
しかし言葉はロマンチックでも、その意味はどこまでも残酷だ。
つまりセバスが言っているのは……残酷な結果が起こりうるのは幻想的な悪魔の存在でも無く、ましてや神々しい存在が戯れているわけでも無く。
無機質で、誰にでも平等に降り注ぐ残酷な『運命』がこの世には有るだけという意味なのだから。
「……ただね」
「はい?」
「僕は……運命は超えられるモノと信じている」
そして。
その言葉は、セバスの言う所の神への反逆とも取れた。
「……どうしたんすか、本当に。さっきからずっと訳が分からないこと──」
「ヒイロくん」
雰囲気を変えたセバスに、陽色は息を呑む。
「僕はね。人類こそが……それを可能にすると、信じている」