国連直轄の超常災害対策機動部、S.O.N.G.。
その司令部にて、司令官である風鳴弦十郎は腕を組みながら報告を聞いていた。
「それで……切歌くんの御家族について、何か分かったか?」
「はい。ですが少々厄介な状況な様で……」
「厄介?」
彼に調査結果を報告するのは、S.O.N.G.調査部所属のエージェント、緒川慎次。
飛騨出身の隠忍の末裔である彼の調査能力は、海にバラバラにばらまかれた一枚の書類を復元、またその一見ポエムにしか見えない文章を解読、解析する程で有る。
その情報収集力を遺憾なく発揮した資料を弦十郎に渡した。
「……ふむ」
そこには、切歌が五歳の時に母親が再婚し、義兄弟が出来たという事が書かれている。
読み進めていくと、その義兄弟の名前が目に入る。
「……」
そして、風鳴弦十郎はその見覚えの有る名前に目がとまった。
「……この切歌君の義兄の陽色君とは……
「はい。先日の魔法少女事変におけるオートスコアラーによる襲撃の際、響さん達の離脱までの時間を稼いだ……
それを聞いて、弦十郎は目を丸くする。
「……彼が……切歌君の家族……だったのか……」
「……はい。当時の調査部が調べたのは彼の直近の近辺調査だけででしたので……」
「……そうか」
弦十郎は緒川の報告に息を吐く。
それは当時の自身の選択の甘さを呪ったモノだった。
あの時、もう少し陽色の調査をしていれば、今頃は……と。
そう言ったたらればに意味は無いと知りつつも、自身の行動を悔やむ。
しかし悔やんでばかりも居られない。
弦十郎は気を取り直したように、話を促す。
「……それで? 厄介な状況というのは……」
「はい。と言うのも……彼は13歳から20歳までの記憶を無くしてしまっている様でして……」
「……記憶喪失、だと?」
「はい。ただ、不幸中の幸いか日常生活には支障は無く、切歌さんの事も覚えている様です」
「……」
想像よりも遥かに重い状況に言葉を失う。
そして、弦十郎はあの時抱いた青年のチグハグな印象についてようやく納得がいった。
当時、陽色と初めて会った弦十郎はまず……その鍛え上げられた肉体に感嘆を覚えた。
だが、その割にはいきなり現れた自身を警戒するような……どこか幼さを感じさせる素振り。
しかしそれは当然だった。
彼は精神年齢にしてみればまだ子供だったのだから。
弦十郎は思わず目元を押える。
「そうか……だが、切歌君のことは覚えているのなら、すぐにでも会わせてあげなければ──」
「そこなんです、司令。厄介な状況というのは」
そうしてすぐにでも再会の場を設けようとするが、それを緒川が止める。
「……何?」
怪訝な表情で緒川を見つめる弦十郎に、緒川も気まずそうに言葉を続けた。
「彼は以前、リディアンを通して切歌さんとの面会を望んでいました。しかし、あのオートスコアラーの事件を機にそれを撤回しています」
「何? 何故……」
「リディアンには、自身の身元が不明なままでは会えないと、そう伝えていたようです」
「……それは、つまり……」
「はい。彼はどうやら……化け物を退ける自身が何者なのかが分からず、そんな自分自身の経歴を恐れているようです」
「む、むぅ……」
確かにそれは厄介な状況で、他人では手を出せない話だった。
弦十郎は陽色の経歴を纏めた紙をペラペラと捲って見るも……内容を詰めればA4二枚で纏められそうなくらい普通の経歴だった。
「……彼の経歴は、これだけしか?」
「……はい。調査部を総動員しても、コレしか……」
──ヒイロには友達が居なかった。部活にも入っていなかった。サークルにも入ってない。
他人と関わっていたのも精々四つのバイト先くらいのものだ。
そして、トップクラスの調査能力を持つS.O.N.G.の調査部を持ってしても……
「……確かに、不自然だ。何もしていなかったと言うのにアレだけ実戦的な動きをつけられるモノか……?」
そう。オートスコアラーによる襲撃の際、遠隔で現場を見ていた弦十郎はその戦いを見ていた。
あの、弦十郎をして鍛え上げられていると感じ取れた身のこなしが……何の経験もなしに手に入るモノだとは思えない。
資料には陽色が通信教育にハマっていると言うことが書かれていたが、それにしたって異常だ。
陽色の経歴と釣り合わない実力は、確かに不信感を覚えても仕方がないだろう。
「はい。恐らく本人もそこを気にして……」
「……」
弦十郎は息を吐く。
「……分かった。では切歌君達には……」
「はい。僕の方から伝えておきます」
「頼む」
息を吐いて、弦十郎は自身に支給された端末に目を向ける。
「彼とは今後も何度か連絡を取った方が良いだろうな」
「そうですね。記憶喪失が何時回復するかは分かりませんし」
「では彼との連絡の間には……一度会っている俺が立とう。その方が彼も分かりやすいだろう」
「分かりました。では切歌さんにはその様に……」
「ああ、頼んだ」
そうして緒川は切歌へ決まった対応について伝えるべく動き出した。
「……」
現在、司令室には弦十郎一人だけであった。
錬金術師の暗躍が見られる昨今、司令官たる弦十郎がこの場を離れるわけにもいかない。
「……全く、問題が山積みだな」
司令室で一人愚痴りながら、残っている事務作業でもやろうとする。
──しかし。
「司令! 大変です!」
それは、先ほど出て行ったはずの緒川が司令室に駆け込んできた事で後回しとなる。
◇
「……」
家への帰り道、俺はセバスチャンのことを考えていた。先ほどの彼の態度は何処かおかしかった。急に神がどうとか言い出すし。
そのくせ、何時もよりもずっと真剣に話しているのだからたまったもんじゃない。
俺の調査報告の時もアレだけ真剣にやってほしいモノだ。
「神……か」
思わず空を見上げ、神という言葉の意味について考える。
あの時セバスチャンに言った言葉は、真剣に考えたわけではなかった。
たが嘘と言う訳でもない。
俺は神の存在よりもずっと、悪魔の存在を信じていた。
何せ本当に神がいるのなら……何故俺の家族はバラバラになってる。何故義母さんは襲われて、何故キリカは攫われた。何故父さんは逃げ出した。
そして何故……俺だけがのうのうと生き残っている。
本当に神がいるのなら……こんな状況にはなっていない筈だ。
「……運命、ね」
ふとセバスチャンの言葉が頭に浮かんだ。
誰しもが運命に縛られている。
たが、人類こそがそのくびきを超える事が出来ると。
「……」
希望に溢れた言葉だが……俺には、人類がそんな事ができるとは思えなかった。
もしそんなことが出来るのなら……俺はきっと、ここには居ない。
「……」
と、辛気くさい考えを頭をふるって追い出し、気合いを入れ直す。
ともかく、今日は帰ったらあの思い出した映像について調べる!
死の記憶以外の手掛かりだ。どうにかしてモノにしなければ。
まずはあのビルを探す所から──。
「あ、居たデスよ!」
「……ん?」
どこか聞き覚えが有る声が聞こえてくる。
そして俺が振り返るよりも早く、ドタドタと駆けてきた
「おっにいっちゃーん!」
「っ!?」
そして──。
「ちょっ!? なんっ、重っ──」
「へ?」
金髪の女の子の全体重を不意打ち気味に食らい……。
「があああああッ!?」
「いいいいいいっ!?」
共々に後ろに倒れ伏した。
◇
「……」
「……」
場所は移ってファミレス。
金髪の少女と、黒髪の青年は気まずそうに向かい合って座っていた。
席に案内されてからと言うモノの、互いに居心地が悪そうにあっちをみたりこっちをみたりと落ち着かない様子だったが……遂に少女の方から動き出した。
「……あ、あの……」
「あ、え、あ……おう……」
青年はしどろもどろになりながら、少女……暁切歌の言葉を待つ。
「さ、さっきはごめんなさいデス。まさか倒れるとは思わなくて……」
「お、おう……いや、大丈夫! 俺、こう見えてタフだから……怪我ないし……その、ちょっとビックリしたって言うか、何て言うか……その……」
「……」
「……」
青年……暁陽色は何時になくどもりながら言葉を発するが、言葉が続かない。
誰と話すよりも、生き別れの妹との会話は緊張していた。
切歌の方もそうなのか、顔を赤くしながら上目遣いで尋ねてくる。
「…………お、重かったデスか?」
「えっ!?」
「あ、あの時……お……お兄ちゃん……重いって……」
と思ったが違ったようだ。
彼女はどうも、陽色に抱きついたときに言われたことが気になっているようである。
彼女自身、最近自覚があるため余計に気になるのだろう。
「……あ」
言われてその時のことを思い出し、当時の自分の口を呪った。
「あ、あ~その! いや、その……重いって言うのはその……衝撃が重かった、って意味! キリカは全然軽かったほんと、うん!」
「……」
「……」
そしてまた、沈黙が下りる。
((き、気まずい……!))
片や家族との記憶を全て無くしてしまった少女。
片や一定の期間の記憶を無くし、その間に事件に巻き込まれた可能性がある男。
どちらも大手を振って再会できるような状態では無かったため、両者にはただただ気まずさがあった。
「……っし」
しかし。
「……なぁ、キリカ」
「は、はいデス!?」
覚悟を決めた陽色は、沈黙を切り裂いて声を掛けた。
「……ボランティア行ってたんだろ? 大丈夫だったか」
「……え? ボランティア?」
「? 小日向さんが、お前達はノイズ災害のボランティアに行ってるって……」
あの時、小日向の言うボランティアにはあそこに居た小日向以外の全員が向かっていた。
恐らく切歌も行っていたはずだが。
そう思っての問いかけだったが、切歌はビックリするぐらいアホ面でポケーッと何かを考えたかと思うと……ハッとした表情に変わってぶんぶんと誤魔化すように手を振り出した。
「あ、ああ~! そうデスそうデス! いやー何の問題もなかったデスよ~」
「お、おう……」
「本当! 全く何も無いデスよ! 錬金術師とか何も関係ないデスから!」
その素振りは端から見ても怪しいモノでしか無かった。
普通であれば、『錬金術師って何?』と問い詰める所だろう。
だが。
「そっか。怪我が無いなら良かった」
陽色は身内にはダダ甘なので、切歌が無事である事が分かればそれ以上は突っ込んで効くつもりは無かった。
(……錬金術師って何だよ……)
心の内では大分怪しんでいたが、本人が何も関係ないと言っているのだから、そうだねとしか言えない陽色だった。
「あはは!」
「はは」
大分欺瞞に溢れた笑いだが、先ほどの沈黙よりは随分と空気が弛緩し始めた。
「……」
陽色は笑い声を徐々に落としていき、真剣な表情を浮かべる。
そして、今も脂汗を浮かべながら笑っている切歌に向けて尋ねる。
「なぁ、キリカ」
「は、はい?」
「……何で、会いに来てくれたんだ?」
「え?」
内容は、そう。
切歌が陽色を訪ねてきた理由について。
「……小日向さんが気を利かせて伝えてくれたんだと思うんだけど……でも……」
「小日向さんデスか……?」
「うん。聞いてない? 俺が何言っていたとか……」
恐らくは小日向が陽色のことについての話を通しておいてくれたのだろう。
先ほどはうやむやに断ったままの筈なので、恐らくはそのはず──。
「ん~? 特に何も聞いてないデスよ?」
「え?」
えっ。
思わず素の声が出た陽色に追い打ちを掛けるように、切歌は言葉を続けた。
「私が、その……お、お兄ちゃんと、ちゃんと話をしてみたくなったから、会いに来ただけデス!」
「……」
それは思いもしない言い分だった。
あまりにも無策。そして無謀。
切歌は何も考えていなかった。
「私、気になるんデス。私の過去が……お、お兄ちゃんのことも、気になるデス」
「……」
「だから……お、お兄ちゃんに教えて欲しいんです!」
しかしその考えなしの行動は、陽色の胸に突き刺さっていく。
「……キリカ」
「は、はいデス!」
「お前は……変わらないな、キリカ」
「……え?」
その考えなしの行動に、陽色は何時も振り回されていた。
でも、そうやって切歌に振り回されていた時間は不快でも何でも無く……陽色にとってはむしろ楽しい時間でもあった。
「……本当、昔のまんま……」
目頭が熱くなり、目を押える。
「お、お兄ちゃん!?」
「……大丈夫だ。ただ、分かった」
少し涙声になりながらも……陽色は話しはじめる。
「そう、お前は……」
切歌との想い出を。