GANTZ:S   作:かいな

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スナック感覚

 随分と語らった。

 今までの失った時間を埋めるように……話し続けた。

 

 ──そして、分かってしまった。

 

 キリカが本当に、何もかもを忘れてしまっていると言うことを。

 

「私のママさんが……強盗に襲われて……?」

 

「……うん。俺の記憶が無い時の事だからあまり確実なことは言えないけど……キリカの母さんは……もう……」

 

「……」

 

 もし。

 もし、今のキリカが昔の記憶を持っていたのなら……きっとキリカは泣いていた筈だ。

 昔のキリカは、義母さんの事が大好きだったのだから。

 

 だが、今のキリカは違った。

 

「……そう……なん……デスね」

 

 ただ呆然と……よく分かっていないようにぽつりと呟いただけだった。

 

「……」

 

「……なんだか不思議な感じデス。私の……ママさんが……もう居ない……って……なんか、実感が無いデス」

 

「……」

 

「あはは……なんか、おかしな感じデス……涙って意外と……出ないもんデスね……」

 

「ッ……」

 

 その言葉に、思わず拳を握りしめる。

 昼の両の手の傷が開き、血が両手から溢れる。

 

 昔のキリカを知っているからこそ、分かった。

 

 記憶の有るキリカなら……きっと泣いていた。

 だが今のキリカは泣くことも出来ない。

 そうして何も分からないまま……一方的に、最愛の母を奪われた。

 

「……」

 

 怒りが込み上げる。

 奥歯が割れんばかりに食いしばっていた。

 

 この怒りは誰へのモノだ。

 キリカの記憶を奪ったあの黒服の奴等か? 

 

 ……いや、それだけじゃ無い。

 この腹の底から込み上がる怒りの矛先は……何より俺へと向いていた。

 

「お兄ちゃん?」

 

「……ごめんな、キリカ……」

 

「え? ど、どうしたデスかいきなり!?」

 

「ごめん……ごめんな……」

 

「え、ちょっ、お、お兄ちゃん!?」

 

 セバスチャン……。

 お前は、昔の俺はヒーローだと言ったな。

 

 涙を抑えながら、心配したようにこちらを見ているキリカに目を向ける。

 

「……」

 

 この子を見ても、そう言えるのか? 

 

 俺の……。

 

 俺の何が……ヒーローだ。

 

「……」

 

 怒りと失意に飲まれ、項垂れる。

 

「だ、大丈夫デスか? お兄ちゃん……」

 

 そんな俺を見てか、キリカは心配そうに語りかけてくる。

 ……その言葉にびくりと肩が跳ねる。

 

「……お兄ちゃん……か……」

 

「へ?」

 

 きっと、俺が兄だからそう言う呼び方をしていたのだろう。

 だが、その呼び方は昔と違う。

 込み上げる想いをどうにかとどめ、もう一度彼女の目を見て話を続けた。

 

「……キリカは何時も……俺のことを『陽色』って呼んでたよ」

 

「……え、そうなんデスか?」

 

「……俺的にはお兄ちゃんって呼ばれたかったけど……どうも……お前はお気に召さなかったみたいで」

 

「お、おお……なる程……!」

 

 それは呼び方についてだ。

 キリカは昔、頑なに俺のことを『お兄ちゃん』とは呼んでくれ無かった。

 だからか、キリカからの『お兄ちゃん』呼びは嬉しい想いが有る反面、どこか違和感もあった。

 

「……お兄ちゃん……陽色…………」

 

「……」

 

 もう随分と語らった。

 日は既に沈んでおり……ファミレスの外は暗くなっている。

 

 もうそろそろキリカを帰さないといけないだろう。

 この話し合いも、もうそろそろお開きにしなければならない。

 

「……陽色……ひいろ……ひーろ…………」 

 

「……」

 

 何かブツブツと呟いている切歌を見て、陽色は思う。

 

 キリカは記憶を失っただけで……その本質は何も変わっては居ない。

 変わったのはキリカを取り巻く環境だ。

 

「おお! 確かに、そっちの方がなんだがしっくりくるデスよ!」

 

「……」

 

 だから今度こそ……絶対に。

 絶対に守らなければいけない。

 

「どうデス? ()()()()!」

 

 キリカを……家族を。

 

「──ああ。昔のまんまだ」

 

「えへへ! じゃあ今度からそう呼ぶデスよ!」

 

 守ってみせる。

 その、眩いばかりの笑顔を──。

 

 ◇

 

「駅まで送るよ」

 

 彼らはファミレスを出た後、陽色は切歌に語りかける。

 

「?」

 

「……帰り道、リディアンの寮だろ? 多分この先の駅使うと思うんだけど……」

 

「……?」

 

 しかし……何故か切歌は首を傾げるばかりで答えない。

 どうしたんだ? もしかして何か問題でも。

 

 そう思っていると、切歌はとんでもないことを口にした。

 

「何言ってるデス? 今日は完全にお泊まりの気分デしたけど」

 

「……お泊まり?」

 

「そうデース! ひーろーの家にぃ……お泊まりデース!」

 

「えっ」

 

 本気で困惑した様子の陽色の腕に、切歌は自身の腕を絡みつける。

 

「我ら兄妹……一度相まみえれば、もう離れないのデース!」

 

「えっ、えっ?」

 

「デデデース!」

 

 デデンッと空を指さし何処かに宣言した切歌だったが……陽色は混乱の極地に居た。

 

「え、あの……マジで? 俺家くるの?」

 

 完全に想定外の行動に陽色は思わず少し引いた声で切歌に問いかける。

 流石の切歌もノリと勢いだけでは無理かと理解していたのか、気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「うっ……やっぱり駄目デスか……?」

 

「いや……悪くは無いけど……いきなりでビックリしただけだから……でも良いのか? ほら……色々あるだろ……」

 

 陽色は現在切歌がどこに住んでいるかを知らない。

 恐らくはリディアンの寮だと思っていたが、だとしたら門限が有るはずだ。

 切歌の突発的な行動から鑑みるに一日外出の届け出なども出していないだろうし、帰らないのは問題が──。

 

「大丈夫デス! むしろ事情を話した友達からは背中を押されたデス!」

 

「……」

 

「だから大丈夫デース!」

 

「……そう、か。良い友達が……居るんだな」

 

 陽色は、どこか優しげな表情を浮かべて息をついた。

 どうやら、陽色が考えていたことは杞憂だったようだった。

 

「と言うか泊めてくれなきゃ私、野宿しなくちゃいけなくなるデス」

 

「えっ」

 

「その子から今日は帰るなって言われたデス。今帰っても家に入れてくれないデス。家なき子な私デス……」

 

「……す、凄い友達だな……」

 

 調は両極端デス……。

 そう言って息を吐いている切歌は、やれやれと言った様子で首を振っていたが、その実楽しそうでもあった。

 

「……」

 

 切歌は本当に……今を幸せに生きているんだな。

 陽色にはそれが深く感じ取れた。

 

「……なら、良いよ。俺ん家、すぐそこだから」

 

「やった!」

 

 切歌は腕を絡みつけたまま跳ねたかと思うと、陽色の腕をちょいちょいと引いた。

 

「じゃあ、夜中に食べるお菓子買いに行くデス! 今日は寝かさないデスよぉ~」

 

「はいはい。あんまりお金無いから……少しな」

 

 そう言って息を吐いた陽色は、やれやれと言った様子で切歌に付き合う。

 

「こう見えて、お金を稼いでる私デース!」

 

「いや……流石に奢らせねーよ」

 

「むっ! じゃあとんでもないモノ奢って貰うデース!!」

 

「いや……ちょっとは手加減を……」

 

 暫く鍔迫り合いのように見つめ合い、そんな自分たちがどこかおかしくて、二人一緒に笑った。

 

 彼らの間に血の繋がりは無い。

 けれど。血の繋がりが無くとも……彼らは正しく兄妹だった。

 

 ◇

 

「おお! コレがひーろーのお家デスか!」

 

「切歌、ちゃんと帰ったら手を洗えよ」

 

「およー……なんだか質素な部屋です」

 

「おい!」

 

 家に着くなり、キリカは部屋のあちこちを見て回っていた。

 思わず声を上げるも、キリカは気にせず部屋を舐めるように見回す。

 

「あれ? ベッドがあるのに布団も置いて有るデスよ?」

 

 と、キリカは不思議そうにベッドの横に置いてある布団を眺めていた。

 

「ああ、それ。多分前の『俺』が使ってた奴」

 

「……前の俺って……記憶喪失になる前のって事デスか?」

 

「ああ……」

 

 そう答えると、キリカはどこか寂しそうにその布団を見つめていた。

 まぁ……記憶喪失の話なんてあまり気分の良い話じゃ無い。

 さっさと話を進める。

 

「どっち使いたい? どっちでも良いぞ」

 

「……じゃあ、折角だから私は上のベッドを選ぶデスよ!」

 

「おう。じゃあ手、洗えよ」

 

「ダーイブ!」

 

「おい!」

 

 キリカは俺の制止も聞かずにベッドに飛び乗る。

 はよ手を洗えやと思うが……もういいや。

 好きにしてくれ。

 

 キリカを放って買ってきた荷物を置き、手を洗い始める。

 

「……ん~?」

 

 すると、後ろからキリカの怪訝な声が聞こえてきた。

 

「どうしたー?」

 

「いや……何というか……嗅いだことがある臭いが……」

 

「何でも良いけど早く手を洗え」

 

「ちょっと待つデス! これは……」

 

 濡れた手をタオルで拭きながら、ベッドに顔を埋めてスンスンと鼻を動かすキリカに近づく。

 何してるんだ……? 

 

「! ……分かったデス! この臭いは……!」

 

「はいはい。分かったから」

 

「がぼっ!?」

 

 いきり立つキリカの頭にタオルを被せる。

 若干もがいていたキリカだったが、それを無視してテレビをつける。

 

「おっ! マリアじゃん!」

 

 すると何と言うことだろう。

 丁度()()マリアの特集コーナーをやっている所だった。

 

「なにっ、独占取材映像!?」

 

 しかもまさかのマリアの独占取材と、更に新規MVを先行公開だという。

 急いでリモコンを駆使して録画がされているかどうかを確認するも……俺としたことが番組表から見落としていた様だった。

 

「むぅ……妹を放ってマリアデスか。久々の妹に何という酷い仕打ちデス」

 

 リモコンを駆使して今からでも録画を……! 

 そうやってテレビ相手に格闘していると、後ろからジトッとした目線が向けられる。

 

「うっ……いや……だってマリアならしょうが無いだろ」

 

 だって世界の歌姫マリアだぞ。

 なかなか日本じゃ活動しない世界の人気者だぞ!

 しかも新作MVに独占取材なんだぞ!?

 

 見ないわけにはいかないだろ!!

 

「……」

 

 そんな俺をキリカは冷たい目で見たと思えば……ツーンとした様子で聞いてきた。

 

「ひーろーはマリアが好きなんデス?」

 

「まぁ……デビューの時から好きだし……」

 

 当時のマリアは色々とあったが……だが、あの時期に心の支えとなったのは正にマリアの歌だ。

 それにどうも、あの化け物女の時にも助けてくれたみたいだし。

 

 ああ……もう一回だけで良いから生のマリアと会いてぇな……。

 

「……むぅ!」

 

 と、キリカは急に洗面台まで行ったかと思うと、キチンと手を洗い、買ってきたお菓子を俺の前にぶちまける。

 

「……どうしたキリカ。なんか怒ってない?」

 

「そりゃ怒りますとも! だからそのお返しに……」

 

 そしてその中の一つを取り出したかと思うと、俺に突きつける。

 

「これから、今までのひーろーのこと……一杯教えてくださいね! 質問に次ぐ質問で寝かさないデス!」

 

「お、おう……」

 

 キリカはそのスナック菓子をマイクのように扱い、自分に向けたかと思うと、まるで司会のように語り始めた。

 

「ずばり……あのベッドは誰が使ってたデス!?」

 

「え?」

 

「というか、ひーろーは誰と一緒に暮らしてたデス?」

 

 そして言葉通り、ズバリと直球一直線に聞いてきた。

 

「……俺が誰かと暮らしてたって……分かる?」

 

「そりゃ分かりますとも。ベッドと布団が二つ、歯ブラシも二つ、コップも二つずつ! 大分怪しいのデス!」

 

 ああ、確かに。

 意外と目ざといキリカに驚きながらも、部屋を見渡す。

 

「……」

 

 この部屋は、俺が目覚めてから殆ど手を加えていなかった。

 それをする気になれなかった……と言うのも有るが、ともかくそのままにしてある。

 

「誰か……ね」

 

「……」

 

 答えろと言われても、その()()が分からないから……俺も色々大変なんだがな。

 しかしふんふんと鼻息荒く聞いてきたキリカは、確かに答えなきゃ納得してくれそうに無かった。

 息を吐いて、現時点で分かっている事を話す。

 

「正直、誰かまでは分からない」

 

「……」

 

「ただ……恐らくは女性だ」

 

「……つまり?」

 

 そして何故か、キリカはその先の答えを求めてきた。

 いや、つまりとか言われてもだな……。

 

「あーっと……その……」

 

「……」

 

「……まぁ、多分……同棲……してたんだと……思う……」

 

 その問い詰めるような睨みに負け、現時点で1番最有力候補を語った。

 

 同棲。

 まあつまり、恋人の関係……だった。と思う。

 というかそうじゃなきゃおかしーって。

 恋人関係でも無い女性と一緒に暮らすって、どういう事情があったらそうなるんだ。

 

 そう言う訳もあって、恐らくは一緒に暮らしていた女性は恋人関係だと推測している。

 

「……ひーろーには……恋人が……居たんデスか……」

 

 と、キリカは妙に声色を落としてぼやいた。

 

「え? ああ、そう考えるのが妥当って言うか……友達は居ないが……」

 

 スナック菓子を突きつけながら俯いていたキリカは、急に顔を上げたかと思うと……うがーっと言う擬音付きで怒りだした。

 

「むうう! 妹を放置して何楽しんでるんデスか!」

 

「──はうっ」

 

 俺も気にしていたことを当の本人から言われた。

 その破壊力は計り知れず……俺の心が揺れ動く。

 

「むううう!」

 

 キリカは持っていたスナック菓子を開けたかと思うと、ガツガツと食らいつき、食べ尽くす。

 そしてまたすぐお菓子を取り出すと、俺に突きつけてきた。

 

「じゃあ次の質問! ひーろーはどんな女の子が好みデス! この際教えるデス!」

 

「えっ」

 

「ほらほら……答えるデース……」

 

 どういった意図の質問か掴めないが、これもまた答えないといけないのだろうか。

 

「……」

 

「……」

 

 答えないといけないんだろうな……。

 じりじりと迫ってくるキリカの迫力はなかなかのモノで、拒むことは出来そうに無い。

 

 ……というか、これお菓子が無くなるまで続くのか……? 

 

 戦々恐々とした予想だったが、コレは正に的中し……。

 

 結局、朝日を見るまでこの質問タイムは続いた。

 

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