「ただいまデース!」
「……」
夜。切歌は当たり前のように……陽色の家に帰ってきた。
「……およ? 何で電気つけてないデス?」
そうして呟いた切歌は、真っ暗な部屋の中央に座り込んでいた陽色を見やる。
彼は、どこか呆然と天井を見上げていた。
そうして暫くボーッとしていた陽色は……ふと何かに気付いたように切歌の方を向いた。
「キリ………カ……」
「……? ひーろー──」
──そして、血相を変えたように立ち上がると……何故か切歌を抱きしめた。
「っ!? えっ、ええっ!? ど、どうしたデス!?」
「……」
「ちょっ、そ、そんないきなり……! わ、私たち兄妹で…………え?」
切歌は顔を真っ赤にしながら手をわちゃわちゃさせているが、そのいきなりの行動を拒んだりはせず。
「……ひーろー?」
次第に、陽色の様子がどこかおかしいと言うことに気付いた。
「ど……どうしたデス? な、何か嫌なことでも……」
「っ、違うんだ……違う……ただ……ただ……っ」
陽色の声が徐々に震えていく。
何かがあったとしか思えない。
しかし部屋に何も異常は無く……しかも、朝出て行った時は特に普通にしていたはずだ。
「……」
だから、切歌には分からなかった。
いや、分かるはずがない。
何せ彼女と今の陽色には……大きな……大きな意識の差があるのだから。
「本当だった……」
「え?」
「俺は……俺は本当に……」
彼は……突きつけられた。
何もかもを放って戦い続けた……七年間を──。
◇
「……」
「……」
す、すごい気まずいデス……!
「あ、あはは……! そ、そう! 実は今日、凄い事が有ったんデス! しれ…………が、学校の先生がデスね、なんとミサイルを素手で………」
「……」
「……あ、あははは……は……」
得意の面白超人の話をしようにも、どうにもそういう雰囲気にはならないし。
ど、どうすればいいんデスか……!?
しどろもどろになってあたふたとしていると、今度はひーろーの方から話しかけてきた。
「……俺」
「あ、はいデス!?」
今まで黙ってばかりだったひーろーが漸く反応してくれて、思わず前のめりになって話を聞こうとする。
ひーろーは一瞬勢いに押されて体を引くも、しかし詰め寄った私の目をちゃんと見て話し出す。
「……俺の過去、が………分かったんだ………」
「……え?」
そして、その言葉に硬直する。
だってそれってつまり……。
「おもい……出したデス? 記憶を……」
……私のママさんが死んでしまったときの記憶を……。
「……
「……?」
私は、ひーろーが記憶を思い出したモノだと思っていた。
でも、どうやらそれは違うようで……ひーろーは力強く否定する。
「……上手く言えない……っていうか……本当は、俺……」
「……ひーろー?」
「っ俺……本当は俺……俺ッはッ……!」
そして途端に取り乱したように頭をぐしゃぐしゃと引掻いたかと思うと、その手を握りしめる。
あまりに異様な姿に思わず凍り付く。
「……」
ひーろーは口を開いては閉じて、何かを言おうとする。
けれどその表情はとても辛そうで、私にそれを伝えることを拒んでいるように思えた。
「俺ッ……は………………」
「……それは……言いたく、無いことデスか……?」
「ッ……」
「……なら、言わなくても良いデス」
「キリッ──」
ひーろーにその先を言わせないように、私は彼の頭を抱きしめる。
彼は辛そうで、苦しそうで、鳴きそうで……私には、一体何があったのかは分からないデス。
「……」
でも。
苦しいなら……助けてあげたい。
助けになってあげたい。
この胸のドキドキが、そうしてあげたいと私を突き動かす。
「…………違う……言えないのは……俺……俺……」
「……良いんデスよ。私は大丈夫デス」
鼓動は何時になく高まり、胸元が苦しくなる。
「……巻き込めない……お前を……」
……この鼓動が、
「……もう、俺に会わない方が良い」
「……」
「俺が巻き込まれていたことは……俺が思っていたよりもずっと……ずっと危険な──」
でも、それでも……彼の言葉を遮るように抱きしめる力をギュッと強め、彼を離さないようにする。
「ね、ヒイロ」
「……」
「私は……大丈夫デス」
「……」
「大丈夫デスから……」
彼の頭を撫でて、耳元でそうささやく。
「……俺……俺……」
それでも。
未だに呆然としているひーろーの姿は痛ましく、そんな姿を見るたび、まるで自分のことのように胸が痛む。
彼の助けになってあげたいと言う想いが……心の底から湧き上がる。
「……」
おかしいデス。
調や……仲間のみんなに感じるのとはまた違った感覚デス。
「……」
今も……胸の高鳴りは鳴り止まない。
……何故?
私とヒイロは兄妹なのに……。
「……」
何でこんなに……胸が苦しいデス。
「ねぇ、ヒイロ」
「……」
だから、それを確かめたかった。
「……明日……デート……しないデスか?」
「……え?」
私の胸を焦がす、この想い。
その正体を。
◇
俺は……何故思い出せない。
何故、何も思い出せない。
決定的な証拠まで出されたってのに……何故それを否定しようとする。
「……」
……何故。
「ひーろーっ! こっちの乗り物とかドーデース!」
「……ああ……」
もう、会うべきでないキリカと……未だに会っている。
「……」
あの日、俺は決定的な証拠を手に入れた。
それは二つの武器と、一つの本。
ZガンとYガン。
ブラックボールスレで『俺』がそう呼称していた二つの武器と、押入れにあった二つの武器の形状が一致していた。
でかい方がZガンで、三つの銃口が付いた小さい方がYガン。
……そのうちYガンについては、家の中で一回使ってみた。
すると、掲示板で『俺』が纏めていた情報の通りに作動し、確かに……空き缶を"上"と呼ばれるどこかに飛ばしていった。
Zガンはその能力的においそれと使えないが……しかし二つのうち片方が正しく作用した以上、偽物である可能性は低いだろう。
……そして、ブラックボールの取説も。
あの殆ど読まれた形跡のない
それは、掲示板で『俺』が言及していたブラックボールの使い方そのものだった。
もしこれを誰かに見られたら……俺は言い逃れが出来ないだろう。
そう、そろうモノは全てそろっている。
ここまで、状況はそろっているのに。
「……」
何故俺は……今に至るまで、全くといって良いほど何も思い出すことが出来ない。
何も実感が湧かない。
何故だ。
まだ、何かが足らないとでも──。
「へい! ひーろー! 何してるデース!?」
「ごっ……!?」
と、そんなことを考えていると後ろから思いっきり体重をかけられる。
「およ~? 本当にどうしたデース?」
「ぐっ……ぐおおっ!?」
「お、およ……よ?」
体の上から感じる圧力に負けじと……俺は折れた腰を立て直す。
「……な、なんだ……キリカ……」
「いや~何してるのかな……って気になって~」
「あ、ああ……ちょっと考え事を……」
「む? むふふ……また何か、辛いことでも思い出したデス?」
「……」
「私は大丈夫デスから。また私にどーんと相談してくださいデス!」
「……ああ」
キリカそう言って、胸を張りながらどんと胸元を叩いた。
そんな姿に、どこか罪悪感のようなモノが芽生える。
「じゃあ、今度はアレ乗るデス!」
「……ああ」
今、俺たちは……キリカが黒服たちにさらわれた時に訪れていた遊園地に遊びに来ていた。
……これはキリカからの申し出だった。
昔の記憶を思い出したい。だから、思い出の地を巡りたい、と。
……断るべきだった。
未だに俺の中では自身に対する不信感が燻り、キリカの傍に居るべきではないと叫んでいる。
──しかし。
「ほら、いくデース!」
俺の手を引き、顔をほんのり赤らめながら楽しそうに笑うキリカのその表情が、過去の……あの日と重なる。
「……」
キリカの傍に居るべきではない。
その想いに相反するように……
たとえ俺が……ブラックボールに生み出された『暁陽色』のコピーなのだとしても。
「……」
……どうすれば……いいんだ。
俺は……どうすれば……。
時間が流れる。
そのキリカの思い出巡りは遊園地から場所を変え……
「……ここで、私が……?」
「……ああ。そうだ」
キリカが黒服たちにさらわれ……俺が転落死したあの展望台へと。
「……」
キリカは無言だった。
すでに時刻は夜へと変わりつつあった。
「……どうだ、キリカ。何か……」
そうキリカに尋ねて見るも、キリカは静かに頭を振るだけだった。
「……」
何か、思うことがあるのだろう。
俺とはまた違う記憶の無くしかたをしているのだ。
暫く一人に……。
「……? キリカ?」
ふと、キリカが俺の手を引いた。
表情は俯いたままなので……よく見えなかった。
「……ここに居て」
そしてぽつりと、ただそれだけを俺に言った。
「……ああ」
軽く頷いて、キリカの傍に立つ。そのまま暫く……時間が流れた。
◇
「……ねぇ。ヒイロ?」
静謐な沈黙を破るようにキリカが声を発し──。
「……私、思い出せなかったデス」
事実だけをぽつりと、呟いた。
「……そう、か」
一瞬押し黙り……しかしキリカに不安な様子など見せないよう、あくまでも淡々と頷いた。
そしてキリカは心の内を告白するように言葉を続けた。
「……何時も、『かぞく』って言葉で……風邪の時の鼻詰まりみたいな感じを覚えてたデス」
それは恐らく、キリカが感じていた孤独。
俺には……どうしようも出来なかった孤独だ。
「……今も思い出せないで……ほんと、何でだろうって思うデス」
「……」
「……なのに……一つだけ……思い出せたこと、あるデス」
「え」
キリカはそう言ったかと思うと、俺の手をギュッと握りしめた。
──何故かふと……酷く嫌な予感がした。
「……私にとっての……ヒーローは……思い出せた」
「……」
おかしい。
この光景に……既視感を覚える。
過去に……こんな光景を見たことがあるような──。
「思い出せたんデス。どうしようもないくらい、好きなことを」
「……え?」
キリカに思いっきり手を引かれる。
何を。
そう思うよりも早く……キリカは俺の手を自身の胸元に引き寄せ、押しつけた。
「おまっ、何っを……!?」
「大丈夫デス」
「いや、ちょっ」
「大丈夫……デスから……」
手に柔らかな感触が伝わってくる。
そして何より、キリカの胸の異様なまでの高鳴りも。
「何を……キリカ……?」
「おかしい、デスよね。兄妹なのに……こんな……ドキドキしてる……」
「……」
手を払うことなど簡単だ。
しかしそれは許されないことのように思えた。
「……」
何時もの……昔のお気楽な表情とは違った、何よりも真剣な表情を浮かべたキリカ。
熱っぽく息を吐き、頬を赤くしている。
その、『誰か』を思い出すような表情が……手を払うことを躊躇わさせた。
「……実を言うと、デスね? 最初に……調……友達が会いに行けって言ってくれた訳じゃ、無いんデス」
「……え?」
「ただ……あの時は……何でかすごく、お昼に会ったお兄さんに会いたくて会いたくて……会いたくて仕方がなくって、友達に無理言ったんデス」
おかげで、もう家に入れないよって言われちゃいましたけど。
キリカはそう、小さく呟いた。
「……なんで……」
心臓の鼓動が激しい。
まるでフラッシュバックのように『何時か』が俺の脳裏を駆け巡る。
どれだけブラックボールの情報を集めようと蘇らなかった記憶が溢れてくる。
「……ぁ」
キリカの熱っぽい表情と、血塗れの表情が重なる。
それは……ただのくさい演技だった。
なのに、今のキリカは、至極真面目な顔をしている。
「ヒイロ……」
駄目だ。止めてくれ。
その先は──。
「好き」
たった一言。
それだけで……『家族』が、引き裂かれた。