GANTZ:S   作:かいな

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手紙

 最初に会ったときの事を……思い出した。

 

 確かあの時私は……誰かの後ろに隠れていた筈だ。

 上手く思い出せないけれど、その時は酷く不安で寂しかったことは覚えている。

 

『君がキリカちゃん? 俺は『陽色』!』

 

 それにあの時はまだ、上手く日本語を聞き取れなかったから……その言葉の意味は分からなかった。

 でも……。

 

『これからよろしく。キリカちゃん』

 

 誰かの後ろで隠れていた私に手を差し伸べてくれた彼の笑顔は……とても暖かくて。

 まるで明るい日差しの様に、私の心を暖めてくれた。

 

 それから幾ばくかの時間が流れる。

 幾つもの記憶の断片が見える。

 

 そこに映っている彼は……何時も私を引っ張ってくれた。

 学校に行くときも、遊びに行くときも、何時も私の前に立って……足踏みする私を前に進ませてくれた。

 彼と一緒なら、不安な気持ちが拭われていった。

 友達はあまり作れはしなかったけれど……前までの寂しさは感じなかった。

 

 当時、気になって彼に聞いてみたことがある。

 何でそんなに私に構ってくれるの? と。

 

 彼は意外そうな顔をして、しかし優しく微笑みながらこう答えた。

 

『そりゃ……俺はキリカの兄貴だしな。……それに、俺は……』

 

 彼は私の頭を撫でながら、こう続けた。

 

『キリカが何時も……寂しそうだったから。一緒に居てあげたいって、そう思った』

 

 ……きっと私のこの『想い』が始まったのは、この時だ。

 

『それに俺さ! 父さんみたいな格好いい大人になりたいんだ。誰かを助けられる……そんなヒーローに!』

 

 彼は私の義兄で、彼も私を妹としか見ていなかったけれど。

 でも……私にとって彼はヒーローで。

 

 そんな彼に、私は恋をした。

 

「……思い出せた、デス。この『想い』……それだけは……思い出せたデス」

 

「……」

 

「ずっとずっと……好きだったデス」

 

 今も心臓の高鳴りは止まらない。

 彼に触れられているというだけで、頬が赤らんでしまう。

 

「……お」

 

 彼は暫く呆然とこちらを見ていた。

 そしてぽつりと声を漏らしたかと思うと……もう片方の手で顔を覆った。

 

「おれ、を……? キリカが……? なんっ……で……」

 

「ヒイロが……私のヒーローだったから」

 

「……」

 

「私がヒイロに、何時も救われていたから」

 

「違う……俺は……何も……!」

 

「違わないデス」

 

「ッ……」

 

「私があの日、ヒイロと出会って、同じ時間を過ごして……ヒイロに助けてもらった、その時から──」

 

 ヒイロは私の……ヒーローだから。

 

 ◇

 

「……」

 

 俺は一人、展望台のベンチに座り項垂れていた。

 

 ただ一人になりたかった。考える時間が欲しかった。

 そうキリカに伝えると、彼女は何時でも答えを待っていると言って……顔を赤らめながら去って行った。

 

「……」

 

 俺は、一人になった。

 俺が死んだ展望台で、一人……考えに考えた。

 

 けど、いくら考えても……訳が分からなかった。

 

 キリカが俺のことを好き? 

 

 だって、俺とキリカは……兄妹で……家族じゃないか。

 そんな……おかっしーだろ……好き……だなんて……。

 

 でも……キリカは嘘を吐いているようにも、冗談を言っているようにも……見えなかった。

 

 だったら、キリカは本気で……本当に、俺の……事、を……。

 

「……ぁ……」

 

 あの上気したように赤くなって見えた頬。そして熱っぽい息遣い。そして何より、あの悦んだ様な表情。

 全てが兄に向けるモノでは無く、誰にでも見せるモノでも無い。

 

 状況が、行動が、記憶が。全てがキリカの想いが事実であると肯定している。

 

 何で……何、で……俺なんだ。

 じゃあ、キリカのことを家族だッて……思ッてたの、は……俺だけ……っ

 

「ぁあ……」

 

 何で……何で、こうなる。

 

 俺は……俺はただ。

 家族を……取り戻したかった、だけなのに。

 

 ただそれだけのために戦い続けていたのに。

 

 何故。

 

 何で……。

 

「ああ……ぁああぁああっ!」

 

 止められない感情の咆哮が嗚咽となってあふれ出る。

 

 そうだ。

 

 思い出した。

 俺が死んだあの日のことを──。

 

『どこ、だ……ここ』

 

 あの日。

 黒服に展望台から落とされて、俺は死んだ。確実に……死んだはずだ。

 死んだ瞬間の、頭蓋が割れて脳髄が溢れた感触まで覚えている。

 

 なのに目が覚めれば……どこかの部屋の一室。

 

『んだ……これ……』

 

 その部屋の中央に鎮座した黒い球体。

 そしてその前に置かれた、古びたノート。

 

『……ブラックボール……取扱……説明書?』

 

 俺がそれを手に取り、最初のページを見終わった瞬間、黒い球体……ガンツが開いた。

 

 訳も分からずに俺は、そのノートの指示通りに行動した。

 スーツを着て、ガンツから出て来た武器を出来る限り持って、奥の部屋にあるZガンやソードも持って行った。

 

 最初のミッションは楽勝だった。

 星人の攻撃はスーツが全て守ってくれたし、こちらの攻撃は面白いように通った。

 俺は一人でミッションを完遂し、そしてガンツの武器の数々に……魅了された。

 

 この力があれば、あの黒服達からキリカを取り戻せる。

 きっと俺がこの部屋に呼ばれたのは運命なんだ。

 兄として、俺がキリカを……取り戻してみせる、と。

 

 ガキながらにそう決意した。

 

 だが、その決意があったからこそ、折れること無く戦えた。

 

 例え四肢をもがれても、例えどんな痛みを覚えようとも、例え……。

 

 例え親父が、俺にビビって逃げ出しても……俺のヒーローがただのちっぽけな人間だったと突きつけられても。

 それでも、折れることだけは──。

 

『弱き者。人類よ。我等は穏やかに生きてきた。我等は静かに暮らしていた』

 

『何故奪う。何故戦う。何故殺した。母君を。(ともがら)を』

 

 折れる、ことだけは……。

 

『許さぬ……許さぬ……』

 

 ポッキリと、心が折れる音がした。

 その星人は圧倒的で、どこか神々しさすら感じられた。

 

 絶対に勝てない相手。

 何をしても攻撃をはじかれ、対処され。

 片手間に両腕を切り落とされ、朦朧とする意識。

 血を失いながら走って、走って走り続けて逃げ続け。

 それでも聞こえてくる、地の底から響くような怨嗟の声。

 

 生物として、戦士として圧倒的なその存在に、心が押しつぶされた。

 

 部屋に逃げ帰って、ベッドの上でガタガタと震えて。

 眠ることも出来ず、外に出ることも出来ず。

 もう、あの部屋に呼ばれたくないとすら思った。

 

 ──でも。

 

『……へーい! ひーろー! なんだか最近暗いデースねー』

 

『辛いことが有ったら、おかーさんにちゃんと言うデースよ?』

 

 親父が逃げ出して、何の繋がりも無いはずの義母さんが……俺に手を、差し伸べてくれた。

 

『およ~! やんちゃさんデースね!』

 

 余裕が無くて、強く当たってしまった俺に何度も何度も、手を差し伸べてくれた。

 

『……私は、ちゃんと居るデスから。消えたり何てしないデスから。……甘えてくれてオーケーデース!』

 

『ちょーっと頼りないのはご愛嬌デース!』

 

 母さんに救われて、家族って繋がりが俺を救ってくれた。

 

 俺は……家族に救われた。

 

 だから……。

 

『これがお主の母か』

 

 だから……俺は……。

 

『殺しはせぬ。生きて地獄を見て貰う。自死をも選べぬ……地獄を』

 

 どんな絶望を……前にしても。

 

『……ヒイロ……好き……』

 

 家族を取り戻すために戦い続けて……続け……て……。

 

「……」

 

 家族は、もう……。

 

 完全に……壊れてしまった。

 

 ◇

 

「……」

 

 ヒイロは呆然と、展望台から見える景色を見ていた。

 それは何時か見た光景で、人生最後の景色。

 

「……」

 

 ヒイロは、思い出した。

 記憶の殆どを。

 

 彼が昔、スーパースーツを着て……東京の街を駆けた記憶を! 戦いを! 悲劇を! 

 

 所々歯抜けがあるモノの……しかし、確かに実感のある経験として彼の脳裏をよぎっていた。

 

「……」

 

 ──彼は、今にも死にそうな顔で……展望台から地上を見下ろしている。

 そう。ほんの少しでもその背を押せば、倒れていきそうな程……彼の背中は弱って見えた。

 

 だが、それもしょうが無いことだ。

 彼の行ってきた七年間が、最初から全て無意味であった事に……ようやく気付いたのだから。

 

 私は……そんな彼に酷く同情を覚えた。

 運命は常に、彼に過酷な選択を強いてきた。

 そして、苦渋にまみれながらも選んだ結果が……これだ。

 

 彼の大切なモノは何もかも消失し、ただ呆然と黄昏れるしか無いという……現状なのだ。

 

「おーい! ヒイロくーん!」

 

 ──その黄昏れる彼を呼ぶ声が、後方から聞こえてきた。

 それはヒイロの耳にも届いたのか、彼は覇気の無い瞳でこちらを睥睨する。

 

「……セバスチャン……?」

 

「やぁ」

 

 セバスはニヒルな笑顔を浮かべ、彼の横に立った。

 

「どうしたヒイロくん。酷く落ち込んでいるように見えるが」

 

「……」

 

 セバスの軽い口調の問いかけに、ヒイロは口を閉ざす。

 

「……」

 

「……」

 

 しばしの間沈黙が降り、風が凪ぐ音が響く。

 セバスは空を見上げ……目を細めながら夜空を眺める。

 空には一部が欠けた月が浮かび……こちらを見下ろすように月光を放っていた。

 

「……記憶」

 

「ん?」

 

「記憶を……思い出しました」

 

 ──と、セバスが月を眺めていると、ヒイロがようやく口を開く。

 内容は、そう。

 

 記憶について。

 

「そう。君は……ブラックボールの部屋の住人だったかい?」

 

「……はい」

 

 セバスは余計なことは何も聞かず、ただ一言……核心のみを尋ねる。

 ヒイロもそれに答えるように、小さく頷いた。

 

「そうか。どんな形であれ、記憶を思い出せたのは良いことだよ」

 

「……」

 

「でも……何故君はそんなに哀しい顔をしているんだい? 嫌な過去だった?」

 

「……ええ、それなりに……」

 

「そう。でも思い出したのなら……受けいれなければ」

 

「……」

 

 セバスは諭すようにそうヒイロに伝える。

 しかしそれでもヒイロは俯いたまま、受け入れられないとばかりに呆然としている。

 

「……」

 

 セバスは軽く息を吐いたかと思うと、彼と同じように下を向いた。

 

「ここから落ちたのか、君は」

 

「……え?」

 

「高いねぇ……迫力満点だ。僕は自殺未遂だったから、どうも勝手が違う」

 

「……セバスチャン?」

 

「ん? 言ってなかったかな? 僕も昔……()()()()()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 その唐突な告白にヒイロはようやくこちらを向いた。

 

 それは純粋な驚愕とも、疑念とも取れる。

 

「……お前……本当に……セバスチャンか?」

 

「……」

 

 彼はジリジリと警戒したように私から距離を取り始めた。

 その姿があまりにも面白くて笑みが溢れる。

 

「……お前……」

 

「くっ……ふふ……嘘だよ嘘」

 

「……あ?」

 

 ヒイロは分かりやすく動揺し、先ほどの弱々しさが嘘のように鋭い視線でこちらを睨み付ける。

 どうも勝手が掴めてきたようである。

 

 セバスはニヒルに笑い、言葉を続ける。

 

「それがねぇ……当時の僕ってばオタクが祟ってアイドルに貢ぎまくったんだよねぇ……で、消費者金融に手を出してまで推してた子が電撃結婚! からの引退って言うダブルパンチ食らっちゃって……」

 

「……えぇ?」

 

 ヒイロはドン引きしたようにこちらを見た。

 

「馬鹿にしないで欲しいね……あの時はマジだった……ま、生き残ったんだけど……」

 

「……」

 

「で、まぁ……僕はあの部屋に呼び出されたわけだけど……」

 

「……おい、さっきと言ってる事違うぞ」

 

「……」

 

 チラリとヒイロへと視線を向けたセバスだったが、しかしヒイロからの反応は芳しくない。

 

「……思い出さないねぇ……ヒイロ……」

 

 これだけ情報を与えても何も思い出さない。

 

 その上、どうも……先ほどのアレを引きずっているようだ。

 思わず溜め息を吐き、セバスは額を押え──ヒイロを睨み付ける。

 

「そんなに気に食わないか? 妹からの告白が」

 

「あ?」

 

 瞬間、夏だというのに周囲の気温が幾らか下がったように感じた。

 それほど冷たい殺気に、しかしセバスは飄々と続ける。

 

「何が駄目なんだ? 彼女は本気で君のことを愛している。良いじゃないか……受け入れば」

 

「てめぇ……見てたのか?」

 

「それとも、何か受け入れられない理由があるのか? 血の繋がりは無いのだから、生物学上受け入れない理由は無いだろう」

 

「ああっ!?」

 

「最初はその事に違和感を覚えるかもしれない。だがそう言った感情は時間が解決する。何が問題だ?」

 

「お前……フザけてんのか? 俺を馬鹿にしてるのか?」

 

「だがそうだろう? 問題など書類上にしか存在しない。家族が壊れたというのなら、五年後か十年後かに彼女と結婚して、新たに築いていけば良いだろう」

 

「……は?」

 

「家族とは元来……他人同士のコミュニティ。家族とは築くモノ。君と君の母は後からでも家族になれたはずだ。なのに何故、妹とはもう家族になれないと諦める?」

 

「……」

 

「何故だ? 何が気に食わない? 何が──」

 

 ガンッ、という音が鳴り響く。

 怒りの形相のヒイロが、展望台の柵を叩きへこませていた。

 

「……ふむ?」

 

 怒気を孕んだヒイロの表情を見て、セバスは確信する。

 

 彼の本心を。

 

「ああ……それとも……君はアレか? まだ……()()を諦められないか」

 

「……は? 彼女……?」

 

「ああ……本当に思い出せないか? 君が……愛した女性のことを」

 

「……愛、した……」

 

 セバスの言葉に、ヒイロは本気で惚けたように呟く。

 

「……思い出さない、か……」

 

 しかし完全に心当たりが無いと言うわけではなさそうだ。

 

「……おい、セバスチャン……愛した女性……あの、俺の部屋に居た……人って、事か……?」

 

「……」

 

 頭を押えながら、時折走る激痛を堪えるようにヒイロはセバスを睨み付ける。

 

「……答えろ……知ってるんだろ……セバスチャン!」

 

「……ふむ」

 

 もう少し衝撃を与えれば思い出すかもしれない。

 セバスは頭に手を当てながら……言葉を紡ぐ。

 

「……ヒイロ。君には三つの……選択肢があった」

 

「……あ?」

 

 そして、空いている方の手で指を三本見せつける。

 

()()。このまま妹を受け入れる。そしてそのまま……これ以上思い出さずに普通に暮らしていくという、選択肢」

 

「……」

 

()()。全てを思い出すという選択肢」

 

「……すべ……て……」

 

「……そして()()。僕の仲間になるか」

 

「……仲間?」

 

 セバスは、ヒイロへと手を伸ばす。

 

「そう。まぁ個人的には一つ目の選択を選んで欲しいけど……どうする?」

 

「……」

 

 ヒイロは……セバスが差し伸べたその手を見つめ……。

 パンッ、と叩いた。

 

「……二番だ。すぐに教えろ」

 

「……」

 

 ……その選択に、セバスはほんの少しだけ……哀しそうな顔を浮かべた。

 

 ◇

 

「……」

 

 家に向かって走り、家に駆け込む。

 電気をつける。

 

『君の愛した女性。それが誰とかって言うのを僕が言うのも野暮だし……その痕跡について教えよう』

 

 あのセバスチャンの様な誰かの正体がなんなのかは、もうどうでも良かった。

 ただ……『その人』が生きた証が……まだ有るというのなら、俺はそれを見たかった。

 

『君の部屋にある郵便受け。実は底が二重になっているんだ。よく確認してみなさい』

 

 そしてそのまま、ドアに付いて有る郵便受けの底の方をよくさらってみる。

 

「……!」

 

 すると確かに……底の部分が浮いた。

 心臓がバクバクと脈打っていた。

 

 そして底に敷いてあった板を外し……中を覘いてみる。

 

「……これ、は……」

 

 そこには、まるでラブレターのような可愛らしい飾りがつけられた手紙が……置いてあった。

 

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