黒スーツを纏った仮面の男が、こちらを無機質な仮面で見つめている。
しかしその不気味な様相とは相反して、男は実に人間的に驚きながら首を傾げた。
「ふむ? 逃げないのか……?」
……それは、逃げていた筈の俺が……逆に向かうように歩いてきた事への疑問だろう。
どうせ逃げた所で転送して追ってくるだけだろうに。
そのすっとぼけたような態度に苛立ちが生まれ、軽く舌打ちを打つ。
「……チッ。別に……交渉がしたいってだけだよ」
「ほう?」
「その交渉次第じゃ……部屋に戻っても良い」
そう言って奪い取ったXガンを手から離し、足下に転がす。
先ほど先頭のリーダーらしき男が言っていた、交渉の余地という言葉。
これを此奴らがどこまで本気で言っていたのか……ここで見極める。
銃は手元に無く、どころかハンズアップしているこの状態。
一見無防備な状態だが……。
「……」
さて、どうで──。
「良いとも。では、君の要求を聞かせてもらおうか」
男はそう言って、手に持っていたXガンをホルスターに戻した。
その男の行動を追うように他の黒スーツ達も武器を収めていく。
「……」
その、彼らの行動に静かに目を見張る。
想像よりもはるかに物分かりが良い。
……では、あの交渉の余地……ってのは……まさか本気で?
「……」
だが……思えば此奴ら、戦術の定石である不意打ちをしてはこなかった。
態々姿を晒して話かけ、常に此方の出方を伺い機嫌を損ねない様な対応を心掛けている様に見える。
……此奴らにとって、俺はそこまで重要な戦力なのか……?
恐らく此奴らはブラックボールを全国に設置し、あのブラックボール掲示板を設立した……所謂運営側の人間。
それも、訓練を積んだ動きをして居る。
つまりは『企業』連中の実行部隊……って所か?
そんな奴等がスーツだけでなく
……だが、だからこそ……そこに全てを掛ける。
「まず一つ。あの女は見逃せ。それが絶対的な条件だ」
「……」
「……聞こえてるか? おい」
「ああ、了承した。あの少女は……今回の標的から外させて貰おう」
「……」
そうして、仮面の男はどこからか携帯を取りだしたかと思うと……どこかに電話を掛けた。
「もしもし……はい、はい……ええ、対象との交渉で……あの金髪の少女を対象から外せと。……はい、はい……」
……そして、そこから随分と仮面の男は電話の向こうの相手と話していた。
時間にして五分以上。
「……」
「ええ、はい。分かりました。ではその様に」
暫くの間仮面の男は携帯に向かって話しかけていたかと思うと、ようやく話が付いたのか携帯を仮面から離し、こちらを見やる。
「許可が降りた。君の要望通り、あの少女は見逃そう」
「……そうか」
この男の言う見逃すが、実際にどこまで本気なのかは分からなかった。
──だが正直な所、それはそこまで重要視していない。
今、重要なのは……
風鳴さんはいきなり電話を掛けたというのにすぐさま対応してくれて、大体五分ほどで迎えに行くと知ってくれた。
既に時間は十分。キリカは保護されていることだろう。
風鳴さんは信用できる人だ。
実力的にも……あの人ならばキリカを任せられる。
なにせ──此奴らが束になっても、風鳴さんには敵わない。
よく鍛えられてはいるが、真の意味での実力者には届くとは思えない。
それはガンツの武器があろうと変わらない。
圧倒的な戦士との差が武器の性能の違いで埋まることが無いのは……俺が痛いほど理解している。
「……」
尚且つ、『Apocalypse』を警戒している奴等が今から無駄な戦いを仕掛けてまでキリカを得ようとする理由は無い。
つまり、これでキリカが此奴らに襲われる可能性は……ほぼゼロになった、と言うことだ。
「……」
……だからもう、安心だ。
「では……こちらの要望も聞いて貰おう」
俺が安心したのも束の間。
仮面の男は冷たい声でこちらに語りかける。
「……俺を殺すか?」
俺の言葉に軽く笑ったかと思うと、男は何かをこちらに向けた。
「なんの。君はVIPだからね。それはもう、丁重に……送らせて貰おう」
それは、Xガンだった。
「──では。良き終末の日を」
ギョーン、という軽い音が路地裏に響く。
それが最早取り返しの付かないモノであると言うことは、よく知っている。
「……」
逃げるつもりは無かった。
もし、今ここで俺が逃げたのなら……此奴らはキリカを人質にでもするだろう。
此奴らが大人しいのは、俺が素直に部屋に戻る意思が有るからこそだ。
だから、俺という人間は……ここで死ななければ、ならない。
……だが、悔いなど無い。
だって俺は……前の俺が成し遂げられなかった事をようやく、成し遂げられた。
キリカを守って……死ねたのだから。
──肉体が弾け、視界が宙に舞う。
アカツキヒイロ。
これから生まれる……新たな俺。
もし、この世界に生まれたのなら……絶対に絶望するな。
──視界が地面に衝突し、ゴロゴロと転がる。
生きて……生きて生きて、生き延びて……最期に死んでしまうその時まで、生きろ。
だって、偽物も本物も……何も変わらない。
死んでしまったらそれで終わりの──たった一つしかない、命なのだから。
──そして。沈み行く太陽と、星空に浮かぶ綺麗な月が……最期に見えた。
……ああ。
だが……願うなら……。
「……ひ……び………き」
響。
最期にもう一度……会いたかっ──。
◇
目が覚める。
弾けたはずの体は見事なまでに無事で……
「……」
無言のまま目を上げると、そこは何の変哲も無い何処かのマンションの一室のように見える。
そこに生活感は感じられず……ただ一つ、部屋の中央に異質なモノが鎮座している。
それは黒い球体。
俺はこの球体の名前を知っている。
此奴の名は──『GANTZ』。
──ガンツは、俺の存在を認めたかと思うと……まるで俺を祝うかのように、歌を……流し始めた。
『あーたーらしーいあーさがきた』
『きーぼーうのあーさーだ』
無感動に歌を聴いていると、ブォンとガンツが駆動して何かを表示し始めた。
『こいつをたおしにいってくだちぃ』
アダム・ヴァイスハウプト
特徴
・ごみ さんぱい そこそこつおい
好きなもの
・かんぺき かんぜん
「……アダム……」
ジロリとガンツの表面に映し出された美形のイケメンを睨み付けると、ガンツが
「……」
そこにはガンツの武器などが詰まっており、これから行われるミッションを行うに当たっては最重要なモノとなる。
本来で有れば、すぐにでもその武器達を用意するべきなのだが……。
「……ガンツ、少し……時間をくれ」
少しだけ、考えたかった。
今の俺の事。前までの俺の事。……残してきたキリカのこと。
色々な考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え。
そんな中。ふと……彼女の顔が浮かんだ。
響。『俺』が……愛した人。
……俺も、愛している人。
「……くっ…くく……」
自身の想いを自覚した瞬間、笑いが零れる。
「……ふっ……くく……ほ、本当俺も……随分……一途だ」
こんな状況下になっても、未だに薄れないこの想いに思わず笑ってしまう。
「くくっ、はっははは……!」
そして一頻り笑った後、俺は理解した。
俺はキチンと……『暁陽色』で、『暁ヒイロ』で……そして全く新しい『アカツキヒイロ』であると言うことが。
そして何より。
彼女への想いは……死をも超えると言うことを。
「……ガンツ」
『ヒイロ』。
お前は俺に言ったな。俺に……絶望するなと。
「武器を
絶望なんてするわけが無い。してたまるか。
彼女が教えてくれた事なんだ。
俺が何度目の俺だろうと。
その想いだけは……本物だと言うことを。
「……」
そして俺は今……初めての感覚に襲われている。
感情の整理が追いつかない。
──でも。
不思議と
「……生きたい。……死にたく……ない……」
誰かのためなんかじゃない。
初めて純粋に……自分の為だけにそう思った。
「そうだ……死にたくねぇ……死にたく…ねぇ! ……俺はッ!」
ガンツに表示されている標的を目に焼き付ける。
アダム。
その名前の表記と……あの仮面共があんな強攻策を取ってまで俺を呼び寄せたという状況から考えるに……此奴は相当の強敵だ。
ややもすれば、此奴との戦いこそが『Apocalypse』なのかもしれない。
だが。
例えどれだけの強敵だろうと……関係ない。
「……生きる……俺は…生き残る……」
そうだ。
俺は生きる。
だって俺は、この想いをもう……失いたくないから。
諦めねぇ。俺は生きる。
最後の最後の……。
……最後の!
最後まで!
「生きて……俺はッ……!」
俺は! 生きる!!
この想いは、今度こそ……!
「──守るッ!」