GANTZ:S   作:かいな

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帰宅

「……」

 

 青年は一人、ベッドに座りドキドキしていた。

 

「………………………………」

 

 シャワーの音が聞こえてくる。

 しかもシャワーを使っているのは別に彼女とか友達ではない。

 

 そもそも彼に彼女も友達もいない。

 彼は童貞だ。

 

「……」

 

 そわそわそわそわと、青年はミッションでも見せたことのない緊張した面持ちで虚空を見つめている。

 

 彼女をシャワーにぶち込んだその瞬間まで、彼は何も思ってなどいなかった。

 だが……。

 

「……んだよ……マジで……おかしー……ッつの」

 

 徐々に今の状況というものを理解していった。

 

 これは……完全にヤる流れ……。

 

 童貞の彼でもそれは分かっていた。

 

「……」

 

 そしてついにシャワーを終えたのか、件の人物がシャワールームから出てきた。

 

「シャワーありがとうございます、お兄さん!」

 

「……ああ……」

 

「? どうしたんですか……?」

 

 立花響、十五歳。

 一応は現役の女子高生である彼女は……割と可愛かった。

 いまだ幼さを感じさせつつ、しかし濡れた髪は何処か色気を感じさせる。

 

「……チッ」

 

「うぇっ!? な、何で!?」

 

 いきなり舌打ちを打たれた側である響きとしては堪ったものではないだろうが、しかし青年からしてもこの状況はヤバかった。

 

 何故こんなことに。

 

 時間はおよそ三十分ほど前に遡る。

 

 

「私を……お兄さんの家に住まわせてください!」

 

「………………………は?」

 

 お兄さんは何言ってんのお前? と言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「お兄さんは……一人暮らしですか」

 

「……お前……いや……そうだが……」

 

「なら……お願いします!」

 

 再三頭を下げてお兄さんにお願いしてみる。

 でもやっぱり……お兄さんの反応が悪い。

 

「……」

 

「……わ、私……家事とか……やりますから……」

 

「……」

 

 お兄さんはガンツに腕を突っ込んだ態勢で固まってしまった。

 

 や、やっぱり……ダメ……なのかな……。

 

「……チッ。お前何できんの」

 

「え?」

 

「家事だよ家事。ほんとに全部やるんだな」

 

「……は、はい! やります!」

 

 お兄さんの言葉に全力全開で頷くと、お兄さんはガンツに突っ込んでいない方の手をこちらに差し出してきた。

 

「……こっちに来い。家まで転送する」

 

「……! す、住まわせてくれるんですか……!?」

 

「……お前、勘違いすんなよ…………少しでも働かなかったらソッコーで追い出すからな」

 

 そう言ってお兄さんは顔を逸らすけど、でも私に差し伸べた手を逸らしたりはしなかった。

 

「はい! 頑張ります!」

 

 私は、お兄さんの手を取った。

 

 

 前々から思っていたけど……ガンツって操作出来るんだ。

 お兄さんがぐりぐりとガンツに腕を突っ込むと、ジジジ……と転送が始まる。

 

 視界が切り替わり、どこかの部屋の玄関に転送された。

 

「……こ、ここがお兄さんの……お家……」

 

 なんて呟いて……よくよく考えたら私、男の人の家に一人で尋ねたのは初めてだ。

 

「……」

 

 そう思うと途端にドキドキしてくる。

 でももう後戻りも出来ないしする気もなかった。

 靴を脱いで、小さくお邪魔しますと言ってから入っていく。

 

「……お、おぉ……」

 

 ここが男の人の……部屋……!

 ベッドに小さなテーブル、そして結構大きなテレビと、至って普通の部屋だ。

 思っていたよりも全然片付いている。

 

 これが……男の人の部屋……!?

 

 ……ん?

 

 ちょっとした感動を覚えていると、テーブルの上に乱雑に置かれた、どこか見覚えがあるCDが目に付く。

 これは……。

 

「何やってんのお前」

 

「うひゃっ!?」

 

 ビクッと変な声が出てしまった。

 振り返ればお兄さんがシラーっとした目でこちらを見つめていた。

 まだ首から上しか出てきてないお兄さんは、そのままこちらに近づいてくる。

 結構ホラーな光景。

 

 そんなホラーな光景にビビってる私を無視して、お兄さんは玄関から入ってすぐの台所の前に立った。

 

「……?」

 

 何を……? なんて思っていると、お兄さんが胸のあたりまで転送されていき、宙に浮いたまま冷蔵庫の中を漁りだした。

 

「なんか飲むか」

 

「え? あ、はい」

 

「そうか。ほら」

 

「うわっ、わ」

 

 お兄さんは冷蔵庫からお茶のボトルを取り出して放り投げてきた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ひらひらと手を振って答えたお兄さんは、お茶のボトルを開けながらまた玄関に戻っていった。

 そしてお兄さんが完全に転送されると、スーツの靴を脱いでまた部屋に入ってきた。

 

「で……どうしたもんか」

 

 そして私をジッと見つめてきたお兄さんは、口元を覆って考え出した。

 多分、私にやらせる家事の事とか考えてるんだろう。

 ちょっと居心地の悪さを感じつつも、何も言わずにもじもじとお兄さんの指示を待っていると……。

 

「……そういやお前……スーツどうしたんだ?」

 

 あっ、という何か思い出した表情を浮かべて言葉を続ける。

 

「えっ……と……あの部屋の玄関の前に……バッグごと……置いてきちゃいました」

 

「成程な」

 

 スーツの件でビクッとするけど、お兄さんは特に何も言わずにこめかみの辺りを人差し指で押える。

 

「あの……?」

 

 やっぱりというか、基本的にお兄さんは何も説明せずに話を進めようとする。

 今もお兄さんが何をやろうとしているのかさっぱりわからなかった。

 

「……これか。よし……転送するぞ」

 

「て、転送? ……あっ!?」

 

 お兄さんの言葉と共に転送音が聞こえてくる。音の出どころは部屋の小さなテーブルの上。

 徐々に姿を現して転送されてきたのは、私が置いてきてしまったバッグだった。

 

「……こいつか? お前のバッグってのは」

 

「は、はい! ありがとうございます……」

 

 一応中身を確認してみたところ、特に何もとられてはいなかった。

 スーツもYガンも財布とかも全部そのままだ。

 

 ……というかガンツが無くても転送って出来るんだ。

 

「……特に問題ないか?」

 

「……? 大丈夫みたいですけど……」

 

 お兄さんは変なことを聞きつつも、何かを確認するように私のバッグをじろじろと見ている。

 ……どうしたんだろう?

 

「……ん?」

 

「?」

 

 と、上から確認するように見ていたお兄さんが何かに気付いたかのように声を上げた。

 え? な、何か問題とかあっ──。

 

「……お前、なんか汗臭いぞ」

 

「……え?」

 

 

 実は昨日からお風呂に入れていないという事を聞いた青年は、一も二もなく立花に風呂にぶち込んだ。

 

 そうして少女をシャワーに押し込んだ後、男は気づいた。

 十五歳の少女を自宅に招き……あまつさえお風呂に入れさせているというこの状況のヤバさが。

 

 彼は童貞だ。

 

 七年前ガンツによってあの部屋に呼び出された日からずっと……青春を戦いに費やしていた。

 結果として友達も……彼女も出来なかったが、彼は特別それを気にしたことはなかった。

 

 しかし。

 

 今。

 

 彼は人生でも初の佳境に立たされていた。

 

「いやぁ……私も、男の人の部屋で泊まるの初めてで……ちょっと緊張しちゃいますね!」

 

 青年の隣に座りながら……立花は恥ずかしげにそんな事を宣う。

 

「……」

 

 彼も女の子を家に上げたのは初めてだ。

 立花よりもずっと緊張しているのは青年の方だ。

 

「……お兄さん?」

 

 わざとやっていらっしゃる?

 と言わんばかりに色気を出しながら語り掛けられ、青年は更に硬直してしまう。

 

 立花は今、替えの服がないために青年の高校の時のジャージを着ている。

 

「……」

 

 高校の時の同級生には何も感じなかったというのに……何故だ……。

 脳裏でそんな事を考えつつも、青年は頑張って表情には出さなかった。

 

「……お前……」

 

「?」

 

「その……お兄さんって……呼ぶの……やめろ」

 

 そして気力を振り絞り、前々から気になっていた事を話す。

 呼び方の問題だ。

 

 未成年からのお兄さん呼びは犯罪臭がすごい。

 

「……じゃあ、何て呼べば……あっ! ガンツの呼び方とか──」

 

「何でお前に『ひーろー』って呼ばれないといけないんだよ」

 

「あ、はい……」

 

 ガンツの呼び方の話を出した途端急に機嫌が悪くなった。

 付き合いは短いながらも、既に青年の機嫌の推移について理解が深まっていた立花は、その空気を感じ取ってサッと身を引いた。

 

 そしてまた暫く居心地の悪い空気が流れるが、またすぐに青年が口を開いた。

 

「……ヒイロだ」

 

「?」

 

「名前だ。俺の……名前」

 

 このままではこの空気を拭いされない。そう感じ取ってか、彼は不承不承ながらに自身の名前を口にした。

 

「……ヒイロ……さん……」

 

 オブラートよりも薄い人間関係しか経験してこなかったヒイロにとって自分の名前を言われるというのは非常に貴重な事で。

 

 ……名前を言われたのはとても久しぶりの事だった。

 

「……」

 

 あまりに久しぶり過ぎてどういう反応をするべきか、彼には分らなかった。

 

「……」

 

「……」

 

 結局また沈黙が場を支配する。

 ……だが、今度は立花がそれを引き裂いた。

 

「……その!」

 

「あん?」

 

「私も……新人、とかじゃなくて……名前で呼んでほしいです!」

 

「……名前……」

 

 そういや名前知らなかったな。

 ヒイロはそんな事を考えつつ、彼女がガンツになんて呼ばれていたかを思い出し……。

 

「……ビッキー(笑)だったか?」

 

「違いますよ!?」

 

 ガンツのあだ名はやっぱり駄目だな。

 そんな事を考えていたヒイロだったが、そんな彼に立花はずいっと身を寄せた。

 

「私、立花響です!」

 

「……立花……」

 

「できれば……響で!」

 

「……」

 

 控えめに言ってコミュ障なヒイロに、女の子をいきなり名前呼びというのは非常にレベルが高かった。

 

「……ま、兎も角だ立花。飯食うぞ」

 

「……」

 

 普通に無視して立ち上がり、逃げるように台所へと向かった。

 

 

 時間が時間だったために食事はカップ麺だけで終わらせ、二人はさっさと寝ることにした。

 

「……」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 だがヒイロは……眠れなかった。

 

「っかしいだろ……」

 

 この部屋には……ベッドが一つしかない。

 ヒイロは床かどこか、適当なところで寝るつもりだったのだが、そんな彼に立花は爆弾を投下した。

 

『布団……とかって……やっぱ、ないです……よね……』

 

『まァ……そりゃ……』

 

『……じゃあ……一緒のベッドで寝て……良いですか……?』

 

 そして今、ヒイロのすぐ隣で……すーすーと呑気に寝息を立てながら寝ているのが立花である。

 ヒイロには到底信じられない状況だった。

 

 じゃあ一緒のベッドで寝て良いですかって、おかしいだろ。

 じゃあってなんだよ。

 じゃあって。

 

「……」

 

 そんな疑問で一杯になっていたヒイロだが、立花の勢いに流されてそのまま同じベッドで寝ることになった。けれど悲しいことに勢いで寝ることはできない。

 

「……うぅ……ん……」

 

 寝息が艶めかしい……眠れない……。

 

「……未来……未来……」

 

 誰だよ……未来って……めっちゃ気になる……。

 

「……うぅ……」

 

「……」

 

 遂には泣き出してしまった立花に、ヒイロはどうしたらいいのか分からなかった。

 というか色々気になって眠れない。

 

 もうベッドは立花にあげて床で寝よう。

 最初からそうすればよかったんだ。

 

 そう考えて立花を起こさないようにベッドをするりと出る。

 

 ヒイロは床に寝そべって暫くごろごろと寝ようとしてみるが、完全に目が覚めてしまって眠れない。

 

 もういっそコンビニでも行って何か買うか……? そう考えて、ふと思い出したことがあった。

 

「……そうだ……ヤンジャン……」

 

 今週の分のヤンジャンを買ってなかった。確か今週は『いぬやしき:E』が載ってる週だったはず。

 そんな事を考えながら、ヒイロはしくしくと泣きながら寝ている立花に目を向ける。

 

「……」

 

 彼女はガンツによって生み出された……言うなればクローン。

 非常に微妙な立場に置かれている。

 住むべき場所も、友達も……立花にしてみれば、それら全てを一瞬にして失ってしまった。

 泣きたい事だって有るだろう。

 

 しかし、ヒイロにその状況を如何にかしてやることはできなかった。

 

 そもそもヒイロにだってそんな余裕は無い。

 

 スーツのステルス機能を起動し、立花を起こさない様に玄関のドアを小さく開けて、その隙間からスルリと身体を外に滑り込ます。

 そうして彼は、泣いている立花から逃げる様に、夜の街へと消えていった。

 

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