人類史の此方より
ある喫茶店にて、金髪の男がつまんなそうに本を閉じ、店の外を眺めていた。
「はぁ……おもろいこと起こらへんかなぁ……」
最近見た漫画に影響される事で有名な彼は、正にその影響下にあった。
そんな彼を冷ややかな目で見ていた青髪の少女は、息を吐きながら悪態を吐く。
「うるさいですね……暇なら洗い物してくださいよ」
「え? なんか洗うモンあった?」
「……じゃあ、仕入れとか……」
「終わってるで」
「バーの準備──」
「まだ早いと思うで」
「……チラシくば」
「それ朝一で終わらせたで」
「……じゃあコーヒーの勉強でも──」
「今勉強が終わって暇してた所や」
金髪の男は手元の本をぶらぶらと見せたかと思うと、軽くあくびをして暇そうに外を眺めていた。
「……」
その姿に彼女は黙ってみていることしか出来なかった。
何せ既にやるべき事は終わらせている上、店内には誰もおらず暇を持て余しているのだから。
「あ~あ……なんでこの店は客が来ないんやろなぁ」
そう言って手元のコーヒーを口元に運び、その味を確かめる。
「インスタントよりはいけるのになぁ」
「……」
青髪の少女のこめかみの辺りがひくついた。
「値段も個人店にしては頑張ってる筈や。まぁチェーン店だったら同じ値段で流行のジュース飲めるけど。うーんこれは……なんでやろなぁ」
「……」
彼女のこめかみが更にひくついた。
「まぁ、常に人が居らん喫茶店に誰が来るんかってぇぇぇえあああああ!? チ、チノちゃん!? 首をねじらないでッ!?」
「うるさいですね……」
「あああああああ!?」
言葉遣いこそ丁寧そのものだが、しかしブチ切れた青髪の少女は容赦なく『力』を使っていく。
傍目から見ればそれは不思議な光景だろう。
青髪の少女は男に向かって手を翳してるようにしか見えず、手を向けられている男が自分から首を曲げて痛がっているようにしか見えないのだから。
その折檻は暫く続き、五分ほど首を捻られながらもようやく男は『力』から解放された。
「はい、お仕置き終了です。お仕事戻ってください」
「うぅ……首がイタイイタイなのだった……」
首をなでなでした男は、恨めしげな表情で少女を見つめ返す。
「でも何をしろって言うんや? 正直本気でする事無いやろ」
「良いからバーの用意をしておいてください」
「はいはい……」
この喫茶店の営業は夜の八時まで。
それ以降はお酒が飲めるバーへと変わるのだ。
今は丁度七時半ほど。
まだ営業まで三十分ほど時間を残しており……また既にバーを営業する準備を終えているため、後は精々照明を変えてグラスを出すだけでこの喫茶店はバーへと変身する。
なので、正直今急いで用意する必要は無いのだ。
とは言え店主に言われちゃ仕方が無い。
そう思い……男は首をさすりながら準備に取りかかった。
◇
そして同時刻。
中国地方のある繁華街の靴屋にて、長髪を後ろに束ねた店長の男がドヤ顔で手を前に出す。
「本社の私に対する態度が最近本当に酷い!」
店長は、目の前の本社の男と何やら言い争いをしていた。
「見通しが出来ないとか客層理解してないとか仕入れがおかしいとか」
「ですがね? 貴方が仕入れているのは何時も同じブランドの靴ばかり。客層も流行も何一つ取り入れない。何故他の靴を仕入れないんですか? ここは専門店では無いんですよ?」
「……分かっていない」
「え?」
「……貴方は
そう言って店長は本社の人間にどれだけそのブランドが素晴らしいかを語り出す。
──しかし。
「いや、だからってなんで店の8割の商品を同じブランドの靴にする必要があるんですか?」
「……」
「残りの2割がうちのオリジナルブランドしか無いって……仕入れするときにおかしいと思わなかったんですか? ん?」
「……」
「別にそのブランドの商品が悪いというわけではありません。他のブランドの商品も仕入れて、その上で貴方の好きなブランドを店の特徴と推していけばそれで十分じゃ無いですか?」
あまりにも正論。
あまりにも強い言葉。
店長は本社の人間の言葉を俯いて聞きながら、こう思った。
「……」
暗い……あまりにも…。
「……何か言いましたか?」
「……いえ」
「なら、早く『正規の』仕入れをしてください。頼みますよ」
「……」
「もし次このようなことがあれば、貴方の評価を見直す必要があります。気をつけてくださいね」
それだけ言い残した本社の人間は、足早に彼の店を出て行った。
「……」
一人残された店長は……どこか背中に哀愁を漂わせながら椅子に座りこけていた。
と、そんな店長の背中に影が掛かる。
「……店長」
「……ああ、すみません。何か用事ですか?」
彼女はバイトリーダー。
店長の右腕的存在である。
「……何か、あったんですか?」
「……いえ、何もありませんよ」
ただ……と言葉を続けた店長は、自身の夢が破れたことを自覚し……俯いた。
「ちょっと、疲れましたね」
「っ……店長っ!」
『推しのブランドだけの店』を作るなんて荒唐無稽な夢を正論で破られただけで、何故こんなに悲壮感を出せるのだろうか。
非常に謎だが、店長とその右腕たるバイトリーダーにとってはそれはとても重要な事だったのか、何故か事務所には重苦しい雰囲気が漂っていた。
◇
「フッ、フッ」
「……」
「ほっほっ」
何処かの港の倉庫にて、奇妙な光景が繰り広げられていた。
一人の男が恐ろしい速度でサンドバッグを叩き続け、その緻密な打撃音が途切れなく鳴り響いている。
──そして、その隣では
「今回はシステマで行こうと思う」
「ワシは南京町のブタマンと同じくらいシステマが好きやねんで。おいしいてハッピーハッピーやんケ」
「せやけど実際ヤッたことあるか? システマ」
「ワシはある。アイツは武闘家やった」
「じゃあ今回はマネヒト12号が監修と言うことで」
「決定やな」
そして更に異常なのが……全く同じ顔をした男達が、倉庫の中央で鍋を食べながら会話をしている姿だった。
全く同じ姿の同じ人間。
双子や三つ子などのレベルを遙かに超えており、彼等は総勢
「つーか、そろそろ警備の仕事行かな」
「どれだけ副業で稼ごうと会社には行かなければならない。人生の悲哀を感じますね」
「今日は十一号が当番やったな」
「じゃあワシらは執筆で」
「ワシらはチャンネルの更新やな」
「ワシッ、らはッ! このッ、ままッ! トレーニングッ、やッ!」
しかし彼等は……まるで同じ人間とでも言わんばかりの意思疎通で会話を成立させ、今日彼等がすべきことを確認していき──。
「散れっ」
誰かが発したその言葉で、何故か皆急いで散っていった。
◇
薄暗い部屋。
散乱した下着、脱ぎっぱなしの衣服に、魔剤と呼ばれる飲み物達の空き缶が大量に転がっているその部屋は……正に汚部屋と言っても良いだろう。
その汚く暗い部屋で、唯一明りを放つモノがあった。
それは……モニター。
そこでは白い道着を来た男と、プロレスラーのような格好をした巨大な男が闘っていた。
──そして。
「……!!!!」
ソレをかじりつくように睨み付けている黒髪の美女が……手元で何かをゴチャゴチャと動かしている。
「こんッッッのクソッタレ野郎おふざけが過ぎましてよッッ! そんなにお下品なリバサ擦りがお好きなら一生マスでも擦ってやがれですわッッッ!!!」
「お、お、おぎゃーッッ! コイツ知能が著しく低いッ! もう少し詫び寂びを嗜んでから……アッテメッ!? このクソ……クソわよッッ」
「ああああああッ。よし落ち着いた……もうこんな台風みたいな攻撃掠りもああああああああッッッ!!????」
彼女は、大和撫子の様な見た目から考えられない猿の様な絶叫を叫びながら指をアケコンへと叩き込んでいく。
そんな彼女の部屋のドアが叩かれた。
「──お嬢様」
「ウッキーーーーーッッッ!!」
「ゲームは一日一時間と条例で決められております」
「あってめっ! 何煽ってやがるんですのッッ!?」
「……お嬢様……」
ガン無視を決め込んでゲームの世界に入り込んでいる自身の雇い主の姿を見て、初老の男性は思わずため息を吐く。
初老の男性が呆れたよう部屋に入ると、彼女の部屋から漂う何とも言えない臭いに顔をしかめる。
「お嬢様。シャワー位浴びられたらどうですか」
「入りましたー! ワタクシ入りましたー三日前にーッ!」
「ええ。覚えてますとも。三日前にシャワーを浴びてからずっと、部屋から一歩も出ずにゲームをなされているのですから」
初老の男性の愚痴るような語りを無視しながらアケコンを叩き続ける彼女は、どうやら丁度相手に勝てたようだった。
「はーんッ! はい私の勝ちーッ! 何で負けたか明日までに考えといてくださるーッ! うっ」
そして急に立ち上がった彼女は、いきなりビュッと鼻血を出したかと思うと……後ろにぶっ倒れた。
「お嬢様ッ!?」
叫びつつも、三日も風呂に入らないでいた彼女に触れたくなかった初老の男性は、倒れるお嬢様をサッと避ける。
当然ぶっ倒れたお嬢様だったが、初老の男性は何でもない風に彼女を見下ろした。
「……お嬢様、お休みください。流石にそろそろ死にますよ? 休みなしでゲームをなされては」
「ひ、羊……」
「はい?」
「お、お前……受け止めろよ……はうっ」
そして彼女は、気絶するように眠っていった。
「……」
羊と呼ばれた男は、それを確認すると……。
「……」
特にベッドに運んであげるとかそういう事はせず、普通に放置して汚部屋から出ていった。
◇
「……」
初老にさしかかった程に見える浅黒の男は、その支店に置ける最高責任者のみが座ることを許される椅子に座り……代わる代わる訪れる部下達の報告を聞いていた。
「支店長。この件ですが」
「支店長、これは──」
「支店長」
「支店長」
何処か冷たさを感じさせる鋭い目をして居る彼だが、しかし彼の部下は皆物怖じすること無く話しかけてくる。
渡された書類に視線を向け、目を動かしていく初老にさしかかった浅黒の男は、しかし小さく部下達に許可を与え、時には助言を与えていく。
部下に支店長と呼ばれた彼は……部下の皆に好かれていた。
初見では何処か冷たさを感じさせる見た目をしている男だが、話してみれば意外と明るい男で、ギャグも言う。
彼と同じ名前の芸人のギャグは勿論持ちネタで、数十年間彼の十八番ギャグである。
とまあ、中々愛されキャラである彼だが……。
そんな彼に、客が尋ねてきた。
支店長と言うこともあるだろうが、彼には客が絶えない。
「支店長。お客様がお見えです」
しかもその相手は、大抵が日本でも大企業と呼ばれる会社の役員クラスばかり。
部下達は何故一地方の銀行の支店長がそんなコネを持ってるのだろう? と疑問に思っていたが、本人が言うには
そして、支店長とお偉いさんの話し合いが始まった。
◇
彼ら彼女らには、一見何の繋がりなど無い様に見える。
住んでいる場所、仕事に趣味、どれもが違い、本来であれば関わることなど無い人物たち。
しかし。
「!」
彼ら彼女らは、
「チノちゃん。今日はもう店仕舞いやな」
「ええ。分かってますよ」
大阪では、『なんJ』と『チノちゃん』がテキパキと店じまいを始め。
「──階根さん」
「? どうしたんですか……?」
「少し……用事が出来ました。暫く店を開けます」
「え?」
中国地方鳥取県に住まう『リーボック』は、いきなりバイトリーダーに店を任せるという凶行に出て。
「──む。ミッ・ションか?」
「戻れっ」
兵庫県神戸市では、一度散っていった『マネモブ』達がまたぞろぞろと戻ってきた。
「……」
そして、香川県に住まう『お嬢様』はむくりと起き上がると、自分の着ている三日目のシャツに血濡れの鼻を近づけた。
「……シャワー間に合うかしら」
羊に酷いことを言われた彼女だが……これでも乙女。
最近気になる年下の男の子が出来た彼女は、部屋を駆けだしてシャワールームに飛び込んだ。
──そして。
「支店長? 話し合いは終わりましたか?」
「支店長ー? あれ……?」
何時もよりもずっと長い時間話し合ったと思えば……何時の間にか支店長室には、
◇
彼等は一見すれば、何のかかわりもなく……何の繋がりも関連もしない人物たち。
皆本来であれば別々の人生、
彼らに共通する点があるとするなら、それは──。
「お、『拙者ぜむらい』も来たか。定期試験どうやった?」
「……」
「おお、ええやん! なんや心配して損したわ~」
「うるさいですね……」
彼等は一度死に、黒い球が置かれた部屋に集められた。
「さあ皆さん! 私が来ましたよ!」
「っし」
「ふー」
「……」
ゴキゴキ。
「……リーボック」
そしてその部屋で幾多モノ戦いを切り抜けてきた。
『オソカッタナ』
「……ほんまにまだ居るんやな……こいつ……」
「つーか前から気になってたがなんでコイツ呼ばれたん? 機械に死とか無いやろ」
「貴様ーっ、いぬやしきさんを愚弄するかぁっ」
「コイツはまだ良いんだけどドラゴン君がでかすぎるんだよね」
「GK~ドラゴンを継ぐ物~」
──
「きゃー! 玄野さんのエッチー!」
「え? 何で裸なんすか?」
「玄野……今更コイツにツッコミいれても遅いよ……」
「なんか臭くね?」
そして──。
『……』
彼は真っ暗な部屋で一人、黒い球の前に座っている。
ハードスーツを着込み……その素顔は見えないでいる。
彼が顔を上げ、ブラックボールに視線を合わせると……彼の意思に従う様に目の前のブラックボールが駆動し、標的を表示させた。
しぇむはのひつぎ
特徴
・ひつぎ つよい かたい つめたい
好きなもの
・なし
『……』
彼は何を見ても動じることなく。
またブラックボールに視線を合わせ、駆動させる。
──そして、彼はどの部屋よりも早く……対象が居る『南極』へと転送されていく。
それは、彼がブラックボールを
そう。彼こそが日本最強の男。
企業達に属さず、あくまでもビジネスパートナーとして彼等のために戦い、そして確実に勝利する銀行員。
七柱殺しの男……岡八郎。