『……じゃあ、話を始めるぞ』
予想外のマリアに動揺を隠せないで居たヒイロだったが……ようやく落ち着きを取り戻し、話を進められる様になった。
『と言っても……もう司令さんには話してんだけど……』
「聞いただけの俺が話すよりも、君が言ってくれた方が誤解が少ないだろ?」
『……はいはい』
信用の無いヒイロよりも司令が話せば良いんじゃ? と暗に言ってみたが、速攻正論で返される。
少し面倒臭そうに肩を落としたヒイロだが……しかしすぐに話を始めた。
『……じゃあ最初から話すぞ。あんたら、ブラックボールについてはどんだけ知ってる?』
「どれだけ……と言われても、私達の知識は司令と同じくらいしか無いわよ」
『あっ……あ、はい……そ、そうっすか……』
「……」
マリアに話しかけられたヒイロは露骨に動揺したかと思うと、しかし気を取り直して語り始める。
『……じゃあ、ブラックボールの起源についてから……話を始めよう』
ヒイロは語る。
未来を予期した神の存在。
その神が人類に与えた武器の設計図。
そして……作り出した武器が世界中の企業に散らばり、多くの国でクーデターが起こっていること。
大雑把ではあるが、今世界で起こっている混乱についての説明をした。
『で、重要なのはこっからだ。そのクーデターが今……日本でも起ころうとしている』
「……やはり、日本でも同様のことが……」
『ああそうだな』
「……」
翼がヒイロに語りかけてみると、マリアの時の狼狽えは何処へやら。
平常心も平常心。
なんなら、ハンバーグの付け合わせに付いてくるミックスベジタブル並みの興味しか持たれていない。
翼は人知れず傷ついた。
「……あの」
そんな翼の心の傷など知らないように……話は進められる。
「クーデターって事は……決起のタイミングが有るって事……ですよね? ソレがいつかとかは……」
『ああ。実を言うと……
「えッ!?」
そんな話の中。
ふと気になって尋ねてみた調だったが、ヒイロから帰ってきたのはトンでもない内容だった。
「う、嘘だろ!? なら早く日本に戻らねぇと!」
『まあ落ち着けよ』
「てめぇっ、コレが落ち着いていられるかって──」
『ここで焦って何になるって? 今は落ち着いて状況を理解するのが先じゃないか?』
「っ……」
『話を続けるぞ』
思わず焦れたように立ち上がったクリスだったが……ヒイロのどうしようも無い正論に黙らされ、苛立ちを隠せぬまま椅子に座る。とは言えそれ以上何かするでも無く、静かに陽色の話を待った。
『……はぁ……』
そんなクリスを見て軽く息を吐いたヒイロは……『だから司令さんから言えば良かったのに』、と内心愚痴りつつ口を開いた。
『……決行は昨日。首謀者は静岡部屋を掌握している『企業』だ』
「……? 静岡……?」
その妙な言い方に首を傾げた装者達だったが、軽く頷いたヒイロが話を続ける。
『日本の都道府県につき一つブラックボールは配置されているが……それらを一つの企業が掌握しているわけでは無い』
「……え? そうだったんですか?」
『そうだ。例えば東京の部屋は東京の企業が掌握していたし、他の県の部屋は他の県の企業が個別に掌握している』
「……な、なる程……?」
意外な管理体制に首を傾げながらも納得した立花達だったが……その中で一人だけ、その表情を険しく変化させる。
「……東京の……企業……」
切歌である。
予想外の所で兄へと繋がりそうな情報を手に入れる事が出来た。
まぁ、そんな情報に意味は無いのだが。
『ともかく、その部屋ごとに管理している企業が存在する。これは全世界でも大体同じ要領で部屋が管理されている』
「……! ではまさか……!」
『そう。ブラックボールの『管理人』ってのは一枚岩って訳じゃ無い……ブラックボールを握る企業の数だけ思惑が有る。だから世界は幾つもに割れていった』
「……」
先程まで……ニュースで数百と分かれていった国々を見てきたからだろうか。
日本の今後を案じるように走者達の表情は暗い。
『まぁ、日本もバラバラな思惑が交差してったわけだが……』
「……?」
『……一応……無秩序は不味いからって……最低限の協定だけ結んで好き勝手やってた……んだが』
と。
走者達は急に歯切れが悪くなったヒイロに疑問符を浮かべる。
当のヒイロはと言うと……何処か呆れたように言葉を濁す。
「ああ。そう言う事」
と。今までの話の流れからマリアが察した。
「つまり、静岡の企業がその『最低限の協定』すら破って……先走ってクーデターを起こしてしまった。そう言う事で良いのかしら」
『あ……は、はい……そうです……』
「……な、なんだか調子が狂うわね」
言おうとしていた言葉を先取りされたヒイロだったが、何故かちょっと嬉しそうに挙動不審になった。
一瞬空気が弛緩したが、すぐに気を取り直したヒイロは咳払いと共に話を進める。
『……で。その『最低限の協定』ってのが……風鳴訃堂を討伐するまでは協力する……って内容だった』
「!? お、お爺様の……討伐!?」
今度はクリスでは無く翼が立ち上がる。
しかしそれもそうだろう。
風鳴訃堂とは、名前通り風鳴翼の血縁者なのだから。
『……お爺様? かどうかは知らんが……何か偉いし凄い強いから袋叩きにするんだと』
とは言えそんな事情を知る由も無いヒイロは、あくまでも適当に話を流していく。
だが当事者の孫娘である翼にしてみればとんでもない話だ。
「……」
え?
そんな小学生の抱く総理大臣みたいなイメージで討伐されようとしているの?
お爺様が?
えぇ?
「……」
色々と歪んだ関係で有る祖父だが……防人として尊敬する所も有ると思っていた。
そんな祖父が無茶苦茶な理屈で袋叩きに遭おうとしていると言うのは……流石に見過ごせない。
……というか、話を聞いた限り……既に襲撃を受けていたと言うこと?
そんな思いからか、翼はヒイロに尋ねてみる。
「……その静岡部屋……と言うのは……」
『日本の部屋の中で唯一、住人の全てが星人……人外で構成された、特異性と凶暴性の高い部屋だ』
「っ……」
そして、想像を遙かに超えて凶悪な襲撃者に翼は小さく震えて身構える。
『──そいつらが、昨日の深夜に風鳴訃堂の寝込みを襲って……』
「……」
『……それはもう、恐ろしいことが起こった』
◇
『──『
「……『あの御方』……」
翼は息を飲み……ヒイロの言葉を待つ。
『その存在が最初に確認されたのは紀元前とも言われていて、あまりにも古い記録な為正確な記録は存在しないらしい。……だが、『
「……き……紀元前……」
『その拳は音を超え、確実に一撃で相手を殺す事から『一撃絶命』の異名を轟かせ……今に至るまで殺した人類の数は七桁に至るという。その凶暴さ故に時の王は常にその存在を忌み嫌っていたとも』
「……七桁……!?」
『"明けの明星"、"終わりを終わらせる者"、"吸血鬼最高指導者"。『あの御方』という存在を表す異名は幾つもあるが……その正体は常に歴史の裏に隠れていた。……ただ、それでもその恐ろしさから……世界各地の鬼の伝説や流行病の伝承の正体は『あの御方』なのでは無いか……なんて言われている』
「……ッ!!」
あまりにも大物過ぎる説明に、翼はバラエティで培ったリアクション芸をこれでもかと発揮して驚いていた。
そこまでは行かなくとも、装者の皆は大抵その恐ろしさに多少なりとも衝撃を覚えている。
何せ紀元前から生きてる可能性もあって、『始まりの吸血鬼』で、一撃絶命で、凄い異名が沢山付いている。
大物の大安売りにも程がある。
「……」
そうして装者達が盛大に目を剥いている中。
唯一クリスだけが、ジトッとした目でその話を聞いていた。
……そして、聞いてたときから覚えていた疑問を問いただす。
「……なぁ? 思ったんだが、なんでそんな大物が日本の静岡に居るんだ? もっとこう……他にあっただろ。居るべき場所が」
そう。
そんな大物な『あの御方』が……一体何故日本の。
それも静岡なんかに居るんだ? という至極真っ当な疑問。
「もしかしてアンタあたしらおちょくってるんじゃ無いか?」
誇張が混じっているとも感じられたヒイロの語り草から、自分たちが馬鹿にされていると思った彼女は……直球で問いただす。
しかし。
『いや、別に馬鹿にはしてないが。『あの御方』が静岡に居たのは、どうも闘いたい相手が居たらしいぞ』
「静岡にんな大物が闘いたい奴がいんのかよ……」
『らしいが』
「……」
あまりに投げやりな言い方にげんなりとしたクリスだが……そう言う化け物を超えた化け物と言っても過言では無い人間がいることを、クリスはよく知っていた。
「……」
……もしかしたらオッサンみたいな奴が静岡に……?
彼女はもう一人の司令が野に放たれている姿を想像し、あまりの恐ろしさに身震いする。
司令にばら撒いたミサイルを掴まれたのは今でも彼女の軽いトラウマである。
「……ま、まあ……そう言う事なら……あり得る……のか?」
『え。それで納得できるの?』
そうして一人納得してしまったクリスに、逆に困惑したヒイロ。
「……あの……」
そんな二人を眺めていた翼は……焦れるようにヒイロに話しかける。
正直もう、気になって気になって仕方が無かった。
それは──。
「……で、では昨日起こった恐ろしいこと……と言うのは……」
そう。
それはヒイロをして恐ろしいと言わしめる様な事態。
翼は結末が気になって気になって仕方が無い。
『あの御方』とは?
お爺様はどうなったの?
一体……日本でどんな事が!?
「……」
そして翼と同じように、他の走者達もまた同じだった。
正直凄い気になっている。
どんなことが日本で起こったのか。
どんな戦いが起こり、闘った者達は何を思い……何を為したのか。
『あの御方』とは……一体!?
『──ああ』
彼女達の期待を背に、遂に……ヒイロは口を開く。
『恐ろしい事に……謎に包まれた『あの御方』が──』
「……!」
『謎に包まれたまま、訃堂に瞬殺された』
「は?」