目の前に広がる惨状に思わず言葉が零れる。
「……何だ……これは……」
彼の名は風鳴八紘。
風鳴翼の父にして、弦十郎の兄。内閣情報官として、日本の安全保障を影から支える政府要人でもある。
またその影響力は国内だけで無く国外にまで及ぶことから、彼の政治的手腕がうかがえる。
──そして。
そんな彼が頭が上がらない……というか逆らえない人物に呼び出され、朝一で指定の場所まで来たのだが。
「ようやく来おったか、八紘」
「……お父様……」
風鳴本邸の縁側に座った風鳴訃堂は、自身が築き上げた吸血鬼達の死体の山を一瞥したかと思うと……それを鼻で笑った。
「何やら良からぬ事を考えるネズミ共が入り込んでおったわ」
「……」
「だが、重要なのは此奴らネズミでは無い。此奴らの──武具よ」
そう言って訃堂は、死体の山から眼前に並べられた大量の武具達に視線を移す。
そこには、一般吸血鬼が使っていたブラックボールの武器。
そして、『あの御方』が使った十五回クリアの武器なども並べられていた。
「……これは……」
「中々に強力なモノばかり……儂には通用しないとは言え、このようなモノを反逆者共が利用している等到底見逃せることでは無い」
「……」
「八紘よ。早急にこの武器の出所、そしてこの者達の所属を探れ」
「……分かりました」
そして、八紘は自身が呼ばれた理由に察しが付いた。
風鳴訃堂。
彼は表向き、不祥事の責任を取って既に引退していると思われており、権力をその手に掴んでいるわけでは無い。
だが。
彼は国土防衛を常に想い、そして血を流し倒れていった先達に報いるためにその一生を戦いへと費やしてきた防人の中の防人である。
そんな彼が多少の不祥事で国土防衛の手綱をその手から離すわけも無く。
影響力も武力も、未だ彼の手にあった。
──そんな彼だからこそ……クーデターを試みた企業達は彼こそを最大の敵と認め、後に敵となる相手とも手を組んで袋叩きにするつもり……だったのだが。
「……お父様は、この後どうなさるおつもりで?」
「当然……良からぬ事を考える輩が我が国の内部にいるというのなら……」
所詮付け焼き刃の協定であった。
「我等も……手に入れねばなるまい」
「……」
そう言って目の間に置かれた武具を見つめつつ……訃堂は視線を上げ、砕かれた月へと視線を移す。
「埒外の力……と言うモノをな」
『あの御方』の力を過信した静岡の失態は大きく。
彼等は準備も出来ぬうちに……虎の尾を踏み抜いてしまった。
◇
「……それで、報告では風鳴訃堂……さんは無傷らしい」
マリアは渡された報告書を読み上げ、その内容に引いたような表情を浮かべる。
「……本当に瞬殺されたのかよ……『あの御方』」
「『あの御方』とは一体何だったのか」
マリアの読み上げを聞いていたクリスと翼は、あまりにもあんまりな結果に溜め息を漏らす。
「……じゃあアイツ、嘘は言ってなかったって……事か……」
そして、クリスは難しい顔を浮かべて俯く。
「……なら……『あの御方』が瞬殺された話なんかよりも、もっと大変なことが起こってる筈だぞ」
「……アメリカ……デスか」
切歌はヒイロが語った国家の名前を返す。
「……そう……だな。目下の仮想敵となりうるのは……
「……」
そして翼の重苦しい語り口調に、廊下でたむろっていた装者達は先程のヒイロの話を思い出す。
『……なんか話がズレたな。今最も重要なのは、だ。日本でもクーデターが始まろうとしている……のに、
『つまり、『アメリカ』は今まで通り大国としての力を持ちつつ……ブラックボールの武器を使用できる上、『神の力』を手に入れようとしている』
『これがどう言う事か分かるか? 『アメリカ』が真の意味で地球の覇者になる可能性が……非常に高いって事だ』
何故か『あの御方』の話題で盛り上がってしまったが……彼にとって本当に伝えたかったことはソレだったのだろう。
クーデターでの話の時とは違い、どこか真剣な声色でそう語った。
「……米国か。確かに今まで細かな横やりを入れることはあれど……大きな動きを見せることは無かったが……」
「力さえ有れば何時でも動くっていう前振りかよ」
そう言って、クリスは気合いを入れるようにパシッと拳を掌に叩きつけた。
「……あの~」
「ん? どうした立花」
……と。
難しい顔で小難しいことを廊下で語り合っていた装者達を見て、通りかかった立花響が疑問符を浮かべながら話しかけた。
「なんで皆……エルフナインちゃんの部屋の前で待機してるの?」
「……」
──そう。
彼女達は皆……エルフナインの研究部屋の前でたむろって居た。
そこまで広いとも言えない通路に女の子が何人もすし詰めになっている状況は中々に異常である。
皆は一瞬、そんな立花の疑問にぽかんとしたが……その中でも一人、いの一番に答えた少女がいた。
「──そんなの決まってるデス! あんな如何にもな怪しい奴が大人しくしてるとは思えないデス! アイツがエルフナインに何かしたらすぐ動けるように待機してるのデス!」
「あ、ああ……そういう……」
切歌である。
どう見ても個人的な偏見にまみれ、しかも彼女の気合い入りまくりなその表情に一瞬気圧された立花だったが……すぐに切り返す。
「でも、師匠は大丈夫って──」
「認識が甘いぞ立花。ああ言う手合いは心を許した瞬間が最も危険だ」
「そうだ。第一顔隠してる奴なんてな、大抵何か後ろめたいことが有るってモンだ」
ドヤ顔で推理を披露するクリスを見た装者達は、おおっ! という表情で頷く。
「流石クリスだ。昔同じ様な格好していた故か……言葉に重みが有る」
「当事者だからこそ分かるモノもあるのね」
「流石クリス先輩」
「そうデスそうデス! 流石クリスセンパイデース! 初代覆面キャラは言うことが違うデス!!」
「ああ゛!?」
「ひいっ!? 何で私だけ!?」
「あ、あはは……」
オモシロ漫才の様なノリで一人だけ怒られた切歌を見て、立花響は苦笑いを浮かべた。
「ったく。大体、エルフナインの奴もあっさり応じすぎだっつの」
「確かにアレはチョロかったわね。二つ返事だったもの」
「全くそうデスよ! あまりにもチョロすぎるデス! あんな奴と密室で何て……!」
「……なんで切ちゃん、そんなに怒ってるの……?」
「心配してるだけデス!」
何故か一人だけ怒りマークを浮かべてる切歌を心配した調は話しかけてみるも、切歌は変わらずプンスコと怒りマークを浮かべるばかり。
「……」
そんな様子を見ていた立花響は、どうも切歌はあの仮面のお兄さんに敵意というか……複雑な感情を抱いていると言うことが理解できた。
「……でも、エルフナインちゃんが良いって言った以上、今は見守ってあげないと……」
「……むぅ。ともかく今は待機デス。悲鳴の一つでも聞こえてきたら即突入するデス」
苛立った彼女を抑えるように言うと、ようやく切歌は落ち着いていった。
それでもジッと部屋への扉を見ている辺り、仮面の男に与えられた印象は相当強い様である。
そして、暫くの間静かな時間が流れ──。
「……しかし、あの男がエルフナインに聞きたいこととは──」
『ッ、きゃあああああ!?』
「ッ、悲鳴!?」
唐突に、エルフナインの廊下に聞こえるほどの悲鳴が……聞こえてきた。
「っ……やっぱりアイツ!」
「あ、切歌ちゃん!?」
即座に対応したのは、一番ヒイロのことを怪しみ恨んでいた切歌だった。
手元にシンフォギアを用意し、すぐにでも展開できる用意をして──部屋に突入した。
「おい!! てめぇやっぱ……り…………ぇ?」
──そこには。
「あ、あああ……」
部屋に散らばる赤い血液。
ヒイロが手に持った黒い日本刀からもその血は滴り落ち……その凶器が使われたことをこれでもかと見せつける。
「……な、何やってる……デス……」
何より。
最も重要なのは……その血の出所。
エルフナインには外傷が見られない。
──と言うことはつまり。
その血の出所とは……。
「お前……! 何やってるデス!?」
ヒイロの
◇
時は遡り……状況説明が終わった直後まで戻る。
『……良いのか? こんなあっさり招き入れて』
ヒイロは、エルフナインに差し出された椅子に座りながら心配するように語りかける。
「はい! こんな素晴らしいモノを頂いておいて、何もしないなんて出来ませんから!」
『……』
──それは、目の前の女の子があまりにもチョロすぎるが故。
頼んでおきながら……まさかこんな簡単に二人きりになれる等思ってもみなかったからである。
この子はコレで今後大丈夫なのか? と心配になりつつあるヒイロであった。
「それで……僕に何か聞きたいことがある……んですよね?」
『ああ。君なら……俺の納得できる答えを持っている……って、聞いた』
「?」
何処か妙な言い回しに疑問符を浮かべるエルフナインだったが……言わないと言うことは言いたくないこと。
言及するのも悪いだろうと、特に気にせず話を続ける。
「……では……一体どんなことを聞きたいのですか?」
『……魂について……聞きたい』
「……魂……ですか」
──そして。
卓越した科学技術にその身を包んでいるとは思えない質問の内容に、エルフナインは一瞬気圧される。
しかしすぐに気を取り直したエルフナインは、口元に手を置いて記憶を探り始める。
「……魂……と言うのは……広く一般的な意味での『魂』……で、よろしいのでしょうか」
『……そう……だな』
「分かりました」
そうして、ヒイロの目の前に座ったエルフナインは、何やらゴソゴソと机の上を探り始める。
何を探していかと思えば、彼女の手に握られていたのはただの紙とペンである
「仮に肉体を紙とするのなら。魂と言うのは……ペンのことを差します」
『……』
「するとこのように、肉体という名の紙は本来、何も無いただの空白の状態ですが……」
そうして彼女は、カリカリと紙に何かを書き出した。
内容はまるでとりとめの無いモノで、流しそうめんをしたいとかなんとかかんとか。
色々と書かれている。
「魂という名のペンを使うことにより、この空白に幾つもの感情や記録を書き込むことが可能となります」
『……』
「……そして……このペンは自分が書き込んだことをキチンと覚えています。仮に肉体に書き込んだ記述が消えようと……魂にだけは残り続けます」
自分の持つペンを指さしながら、何処か寂しげな表情を浮かべながらそう説明した。
だが、エルフナインはすぐに気を取り直したように説明を続けた。
「ちなみにこれは現在の僕の魂の再現で、今僕がしたい事の羅列です」
『……流しそうめん……したいんだ』
「はい! 流しそうめんをしたいんです!」
『そっか』
可愛らしい要望に思わず和んだヒイロだったが、ハッとしたように顔を上げ、気を緩めずに質問を続ける。
『……それで、その魂……つまりペンは、一つの肉体……紙に一つ以上存在することは可能か?』
「……? はい、可能かと」
あっさりと頷いた彼女は、ただ……と言葉を付け加える。
「
これは彼女自身も自信があるわけでも無いのか、初めて断言せずに語った。
まぁそうそうある状況では無いだろう。一つの肉体に魂が二つもある事など。
『……じゃあ、それが……神の魂だったとしても……人の魂との両立は可能か?』
「……」
エルフナインは、ヒイロの妙な質問に口に手を当てて俯くも……しかしすぐに顔を上げる。
「……僕は神様の魂について詳しくは知りませんが……一つの肉体に神様と人の魂が存在することは可能だと思われます」
『……』
「ただ、神様の魂は……『神の力』という絶大なモノを扱うために、肉体だけで無く魂も人のモノよりもずっと強大で強固な形をしている筈です」
『……ほう』
「あくまでも僕のイメージですが……人の身体がティッシュだとしたら、神様の身体は大体段ボールくらいで、人の魂がボールペンなら、神様の魂はモップみたいなデカい筆……って感じです!」
『……神の魂デカくね?』
言われてヒイロが想像したのは、テレビなどでやっている巨大な筆を使って綺麗な字を書くパフォーマンスである。
人の魂をボールペンに例えた場合、神の魂がソレになるってんなら……。
「そうです。あまりにも巨大で……それだけで人の魂を押しのけてしまうと思われます」
『……』
「例え人の魂が神の魂を押しのけられて紙に情報を書き込めたとして、神様の魂と比べて書き込めるのはほんの少しです。つまり──」
『身体は神に乗っ取られたようなモノだと』
「……そうなります」
『……なるほどね』
魂についての話を終え、ヒイロは黙り込む。
「……」
自分の説明は分かりづらいとか、小難しいことしか言わないとか、専門用語に専門用語重ねないでとか、散々言われ続けたエルフナイン。
キチンと自分が説明できていたか少し不安になった。
「……あの、この説明で大丈夫だったでしょうか……」
『ああ。なんとなく……分かった。……どう言う状況なのかってな……』
「! なら良かったです!」
しかし、どうやら今回は美味く説明できたようである。
ヒイロの言葉に、気分がるんるんになったエルフナイン。
そうしてほわほわとして居た彼女に、ヒイロは次の質問を投げかけた。
『……なぁ、まだ聞いて良いか?』
「! はい! 何でも! 聞いてください!!」
『お、おう……えっと……』
その圧に押されかけたヒイロだったがk、すぐに気を取り直して話を続ける。
『……元から有る人の肉体と魂に、後から神の魂が宿ったとして』
「……はい」
『……元の肉体を……上書きするとどうなる?』
「……?」
──その問に、エルフナインは疑問符を浮かべた。
ヒイロの言っている意味が分からなかったのだろう。
「う、上書き……? ソレはどう言う……?」
『……あー……言い方が悪かったか? ……いや、そうだな。ちょっと見せる』
「え?」
いきなり立ち上がったヒイロは、いつの間にか手に握っていた柄のようなモノを右腕にあてがう。
「あの、何を──」
そして、次の瞬間には……ぼとりと、ヒイロの右腕が落ちていた。
「え? あ…………え?」
鮮血が舞い、ぴちゃりとエルフナインの頬に返り血が付く。
『おっと……悪い、血が──』
「え? え? …………あ…………え?」
頬に付いた生暖かい血に触れこれが紛れもなく現実であると言うことを理解させられる。
現実を次第に受け入れていくエルフナインの表情はどんどん青ざめていき──決壊した。
「ッ、きゃあああああ!?」