GANTZ:S   作:かいな

60 / 103
交錯する思惑

「……」

 

 男が一人、黒い球体の前に座り……その黒々とした表面に手を触れていた。

 彼のその表情は呆れたようにも、何処か焦ったようにも見える。

 

「……死んだか……あの荒し野郎……」

 

 そう言って彼は、特別親しいわけでもなく、付き合いが長いだけで迷惑しかかけられてこなかった相手という……微妙な距離感の漢へと追悼の意を込め、黙祷した。

 

 そしてしばし沈黙した男は、頭を抱えるように項垂れ……現状を把握していく。

 

「……既に二つの部屋が沈黙……訃堂に武器の存在を知られた企業連中は……」

 

 ブツブツと、まるで外から情報を流し込まれているようなその光景は異様に見える。

 そして、事実彼は目の前の球体……ガンツから幾つもの情報を取得していた。

 

 今、彼は『企業』の動きを……ブラックボールを介して入手している。

 

「……そうか……次善の策に……移ったか……」

 

 彼が得た情報の中には、今日風鳴本邸に放たれる部屋の住人達の写真も有る。

 

「嫌がらせを繰り返して油断させた後……『神殺し』達を集結させ、一気に叩く……」

 

 それは、次善の策ではあるモノの……当初予定していた襲撃のプランとは全く違う形での再現となった。

 

 そう。

 本来であれば、こんなピンポンダッシュレベルの嫌がらせで兵力を落とすなんて馬鹿な事をしなくても済んだはずだった。

 

 最大戦力を不意打ちでぶつける……というシンプルにして強力な一撃が企業達にはあった……筈なのに。

 

 現状は出来る最大限のことがピンポンダッシュ。

 

「……」

 

 何でこうなった? 失策も良い所だ。

 

 思わず押し黙った男は……思いっきり息を吐いた。

 

「……セバスの予言した未来と……現状が……まるで違う……」

 

 そう。

 それは彼にとっての頼みの綱であり、アドバンテージでもあった協力者からの助言。

 

 詰まる所の未来予知。

 

 ──それが、既に崩れ始めているのだ。

 

「……」

 

 男……いや、ヒイロは……呆れたような、焦ったような表情で……舌打ちを打つ。

 

「……チッ」

 

 舌打ちを打った彼は、こめかみの辺りを抑え──何処かに消えていった。

 

 

 音楽が流れていく。

 そのリズムに合わせ軽やかに舞っていく姿はまるで鳥のようで。

 重力を感じさせない自然な身体運びは彼女が修める武術によるモノだろうか。

 

「……」

 

 しかし、その舞には何処か違和感を覚える。

 何故なら、彼女のソレは……舞というよりは武。

 彼女の真剣な表情も相まって……何か見えぬ脅威へと対抗するための練習、演武のようにも思える。

 

 そんな様子の彼女を見て、それを後方から見ていた二人は息を吐く。

 

「何かに心を奪われているようですね」

 

「……そうね。凱旋ライブの本番は三日後だというのに」

 

 黒スーツの男の名は緒川。

 凱旋ライブを三日後に控え、その為の練習を行っていた少女……風鳴翼のマネージャーである。

 その隣に立つ女性は世界の歌姫と名高いマリア。

 アイドルでありながら国連所属のエージェントでも有る彼女は、その任務の合間に翼の陣中見舞いに来ていた。

 何故か黒スーツにグラサン姿である。

 

「お疲れ様でした、翼さん」

 

「……いえ」

 

 緒川が練習を終えた翼にねぎらいの声をかけると、翼は何処か不機嫌そうな表情で呟く。

 そんな二人のやり取りを見ていたマリアは、即座に翼の心境を見抜いた。

 

「……世界に再び脅威が迫り、気を張るのは分かるけれど。ステージの上だって貴方の戦う場所でしょ」

 

「それはそうだが……南極からの帰還途中、あんなことがあったのに……」

 

 神妙な表情の翼の脳裏には……先日発生した事件が浮かんでいた。

 

 それは南極からの帰還途中に発生した……パヴァリア光明結社の()()()による襲撃である。

 

 それはアルカノイズを伴って発生した事件……であったが。

 

「……米国のあの()()()()。アレはやはり……」

 

「まず間違いなく、()の言っていたブラックボールの軍団でしょう」

 

「……」

 

 ──その事件は、アルカノイズによる攻撃をモノともしない米国軍によって解決された。

 

「あの襲撃者も可哀想だったわね。後半は一方的に嬲られてばかりで……」

 

「……あの謎の少女か……確かにアレには少し、思う所もあった」

 

 犬耳のような少女が、軍服の男達に嬲られ半殺しの目に遭わされ、血まみれの涙目でどうにかこうにか撤退していった姿は記憶に新しい。

 

 ──と、何処かしんみりとした様に語るマリアと翼を見ていた緒川は、アッと思い出したように口を開く。

 

「実はつい先程、()()からの返答が返ってきまして……彼女達の正体が分かりました」

 

「え?」

 

 当然ぽかんとした顔を浮かべた翼とマリアだったが……後でまた詳しく報告する、と前置きを入れた緒川は語り続ける。

 

「彼女はパヴァリア光明結社の離反者であり……恐らくは三人組で行動しているモノと思われます」

 

「……それは()()()()()()()()()()かしら」

 

 マリアは何処か渋い表情を浮かべてそう尋ねる。

 

 ──パヴァリア光明結社。

 既にその創設者であり統制局長でもあるアダム・ヴァイスハウプトは討伐されており、本来であればそのまま解体されていく筈であった……が。

 多くの錬金術師達の受け皿でもある結社をいきなり解体、解散する訳にも行かず。

 

 現在は残った三人の最高幹部達が切り盛りしている。

 

「……」

 

 正直、つい最近まで敵であった存在に頼ると言うことに嫌な思いはあった。

 

 マリアのそんな思いは翼にも有ったのか、若干微妙な表情を浮かべている。

 

 ──だが。

 

「はい。何故『神の力』を求めているかは依然として不明ですが……詳細なプロフィールは入手することが出来ました」

 

「……」

 

 マリアの問いかけにあっさりと答えた緒川は、チラリと手元の書類をちらつかせる。

 

 ……ただ、緒川はそんなこと微塵も気にせずと言った雰囲気で現体制のパヴァリア光明結社との協力関係を築き上げ、それはもうこれでもかと利用していた。

 

「……」

 

 軽く息を吐いたマリアは、それで一旦パヴァリアへの悪感情を捨て去り……まっさらな心でパヴァリアの現況について考える。

 

「しかし離反者ね……パヴァリアの運営はあまり上手くいっていないのかしら」

 

 自身もまたとある組織の離反者でもあったマリアにとって、どうも親近感を覚える境遇である。

 

「忌憚のない言い方をすればそうなります。今まではアダムのその強大な力により無理矢理服従させられていた錬金術師達も居たらしいので」

 

「……なる程ね」

 

 あの馬鹿火力を持っていたアダムの影響力は絶大なモノだったらしく、彼がいなくなった結社は大分ガタが来ているようだ。

 既にパヴァリア光明結社から離反しているモノも多いらしい。

 

「……次の敵は米国か……パヴァリアの離反者か……どちらか」

 

「……どちらにせよ、今の私達に出来るのは戦いじゃ無くて……コレじゃない、翼」

 

「え?」

 

 そう言ってマリアが差し出したのは、スポーツドリンクだった。

 

「現状を理解した所で……敵は遠く、手の届かない場所に居る。なら私達に出来るのは……常に最高のコンディションを保って、戦いに備える事よ」

 

「確かにそうだが……ならばステージよりも……!」

 

「──翼。ステージ()、貴方の戦う場所でしょ?」

 

「……っ」

 

 それは、再三にわたるマリアからの警告だった。

 

 そう。

 風鳴翼にとって、ステージの上もまた……戦場。戦いの場。

 なのに彼女は今、それを放棄しようとしていた。

 

「……」

 

 自分を見失うなという意図の言葉に気付いた翼は押し黙り、唇を噛む。

 

「……不承不承ながらに了承しよう。だが、ソレには一つ条件がある」

 

「え?」

 

 しかし、次の瞬間には常の彼女と戻っていた。

 そしてマリアが付けていたサングラスを外し……翼は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 S.O.N.G.本部にて、プロジェクターに映し出された風鳴訃堂は最高に不機嫌な様子で語り出した。

 

『報告書には目を通した。政治介入があったとは言え……先史文明の貴重なサンプルを米国に掠め取られるなど、なんたる無様ッ!』

 

「……今日までの騒乱に様々な横やりを入れてきた米国に対し……一層の注意を払うべきでした」

 

 寝不足なのだろうか、何処か顔色が悪いようにも見えるが……ソレもしょうが無いだろう。

 何せ彼は、現時点で既に()()()()を超えようとしている。

 

 昼間は護国のためにと身を粉にして働き続け、動き続け。

 夜間は毎日のように襲撃を仕掛けてくるそこそこ強い黒スーツ共を蹴散らし続け、連戦に次ぐ連戦。

 

 そうして一睡も取らない様な日々が、既に二十日を超えようとしていた。

 

 その違和感に気付いた弦十郎は、訃堂に心配したように問いかける。

 

「……少し休まれた方が……」

 

『たわけがッ! お前には米国が何をしようとしているのか分からぬのかッ!? 今この瞬間、我が国土に侵入してきてもおかしくはないのだぞッ』

 

 目をカッと開いた訃堂の迫力に弦十郎は気圧される。

 

 ──そう、米国だ。

 混迷とする世界の中、唯一不動の位置に居り、また国連の中でもその影響力を増してきた目下の脅威。

 

 それを現在最も警戒し、対策に腐心していたのは他でもない訃堂である。

 

 当然、弦十郎もそのことは知っている。

 だが……全盛期の訃堂を知っている弦十郎だからこそ、今の彼の姿はどうにも──。

 

「……ですが! 流石に少しばかり顔色が……!」

 

『ならばッ! 貴様ももっと必死になれと言っているッ! 何故パヴァリアの離反者程度に時間を費やして居るのだッ!?』

 

「……そ、それは目下対応にあたって……」

 

 訃堂は、自身の息子から返ってきた言葉に目を更に見開く。

 

『お前にも流れる防人の血を辱めるな』

 

 ──それは、呆れから来るモノだったのだろうか。

 ただ最後にそれだけ残し、鎌倉との連絡が途絶えた。

 

「……」

 

 息を吐いた弦十郎は、司令室にてネクタイを緩める。

 そんな彼の背後から、訃堂からのお叱りが終わるのを待っていたと言わんばかりに友里がコーヒーを差し出す。

 

「温かいモノ、どうぞ」

 

「ああ……温かいものどうも」

 

 何処か緊張が抜けた面持ちでそのコーヒーを受け取った弦十郎に、藤尭が声をかける。

 

「鎌倉からのお叱り、以前までは殆ど無かったのに……随分と頻度が増えましたね」

 

「……ああ。そうだな」

 

 藤尭のその言葉に、弦十郎はコーヒーを眺めながら返事を返す。

 

「……」

 

 米国の軍事力。

 パヴァリアの離反者。

 そして……日本の企業達。

 

 幾多もの脅威が重なり、何時になく状況は混迷としている。

 だと、言うのに。

 

「……」

 

 弦十郎には、風鳴訃堂に何かほの暗い計画が有ると言う……直感があった。

 

 当然護国のための計画だろう。

 ただ、訃堂には──国を守るという過程で、どれだけ国民が死のうと構わないと言う思想が存在する。

 

 彼にとって重要なのは、民ではなく国家基盤そのもの。

 

「……」

 

 ──そして。

 

 弦十郎の嫌な予感を叶えるように……翼達のライブが始まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。