GANTZ:S   作:かいな

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怒り

 ──さて。

 ヒイロは切歌の前から行方不明となったこの数ヶ月間……遊んでいたわけでは無い。

 

 彼は、ただひたすらに働いていた。

 

 今までのようなアルバイトでは無い。

 何せ彼は既に独立し……フリーランスとして世界を駆け回っているのだから。

 

 部屋に転送されてきたヒイロは、至極疲れた表情を浮かべて息を吐く。

 

「……ったく、人使いが荒いッつの……」

 

 首をゴキゴキと鳴らしながらブラックボールの前に座り込んだヒイロは、何時ものようにブラックボールに触れる。

 すると……その黒々とした表面に何かの言語で書かれた文字が浮かび上がってきた。

 

「……」

 

 ソレを見て暫く沈黙していたヒイロは、ポリポリと頭を掻いて……気まずそうな表情でガンツに語りかける。

 

「……ガンツ。インターネットの翻訳サイトで訳してくれ」

 

 ヒイロの命令通りにガンツは翻訳を始め、すぐに訳された文章が浮かび上がってきた。

 

『ありがとうございます。あなたの活躍で私達は神を倒すことが出来ました。契約の通り、百万ドルの報酬と、即座に私達はアメリカへの攻撃を仕掛けます。日時は──』

 

 長々と書かれた文章を下の方までスクロールして読み込んでいき、全文を読み終えたヒイロは次いで仕事用に作っておいた銀行の口座を確認する。

 

 そこには、確かに百万ドルが振り込まれていた。

 ソレを確認したヒイロは、すぐにガンツへと語りかける。

 

「……よし。ガンツ、今海外で余裕のある企業か……フリーの奴をリストアップしてくれ」

 

 ガンツは静かに駆動し、ヒイロの前に幾つもの企業、個人名がリストアップされていく。

 彼等の名前の言語に統一性は無く、正に世界各地から選ばれた選りすぐり達なのだろう。

 

「……よし」

 

 ソレを見たヒイロは、ピポパポとスマホを弄って誰かに電話をかける。

 

「もしもし……ああ、俺……暁。……うん……またちょっと……依頼書作って欲しくて……ああ……うん……翻訳……」

 

 そう言いながら、ガンツを使って電話先の彼女の元へリストを送る。

 

「内容は……アメリカが日本に手を出せない様……陽動を仕掛けて欲しい……と。報酬はこっちで調整する」

 

 少々の時間の後、電話の向こうから聞こえてくる少女のような甲高い声は、呆れたような語り口調でヒイロを罵倒した。

 

 こんな事S.O.N.G.に頼めば良いのに、馬鹿かお前? と。

 

「いや……国連組織の人達に()()()()()の依頼書の代筆頼むのは駄目でしょ……」

 

 確かに内容を要約すれば、アメリカを攻撃して気を引いてくれと言うモノだ。

 

 国連組織にこんなモノの代筆を頼むというのは……まぁ、ちょっと問題があるだろう。

 

 ヒイロの理屈に一瞬沈黙した電話相手の少女だったが、イライラとした様子を隠さずに口を開いた。

 

 ……今私は忙しいワケだが、お前は私に何をしてくれるワケ? 

 

「今度何か手伝うよ」

 

 あまりにふわっとした内容だったが、電話の相手は息を吐いて嫌そうに依頼を了承した。

 

 幾ばくか沈黙が流れる。

 ──そしてヒイロは、やめとけば良いのに世間話を始めた。

 

「ああ、ありがとう。やっぱ、こういうのは元役人の奴が居ると速いな」

 

 ……は?

 

 何処かほの暗い声が電話口から聞こえてくる。

 

 ヒイロの言葉は電話の相手の琴線に触れたのか、不機嫌の絶頂と言わんばかりのドスが効いた声が聞こえてくる。

 

 ──何でそんなこと知ってるワケ? お前は私のストーカーか?

 

「ああ、いや……何というか……」

 

 それに気付いたのか気付いていないのか、わざとなのか天然なのか。

 ヒイロは言葉を畳みかける。

 

「いや、前にアンタの名前をウィキで調べてみたらさ……内容は有ってないようなモンだったが……アンタが昔どっかの国で──」

 

 ──そして、直後にその電話はガチャッ! という叩きつけるような音と共に切られてしまった。

 

「……?」

 

 向こうで何かあったか? と思いもう一度電話をかけ直すが、それでも繋がらず。

 

 首を傾げていたヒイロの前に、唐突に何かの紋章が浮かび上がる。

 

「!? お、おいッ!?」

 

 ──その紋章から現れたのは、錬金術師プレラーティ。

 

「どうしたいきなり──」

 

「死ねッ!!」

 

「!?」

 

 肩を怒らせた彼女は……惚けたような表情を浮かべるヒイロの前に紙をばら撒いた。

 

 ──それは、ヒイロが彼女に依頼した……各言語で書かれた各地の企業、フリーの戦士達への依頼書である。

 

「! 仕事が早いな……」

 

「……」

 

 何故か罵倒されたことを即座に水に流したヒイロは、その圧倒的な速度の仕事に舌を巻く。

 ──と言うか速すぎる。

 

 この速度で終わらせるのは、錬金術を駆使してもヒイロに頼まれた瞬間から始めないと間に合わないレベルである。

 

 錬金術師ってのはそう言うモンかと納得したヒイロは……未だに怒りに顔を歪ませているプレラーティを見上げる。

 

「……なんか怒ってる?」

 

「怒ってないが?」

 

「……」

 

 ヒイロは気付かないだろう。

 元より彼女は、先日のサンジェルマン救出の一件でヒイロに恩義を感じている。

 故に、この程度の依頼であれば報酬など無くともやってやろうと……最初から善意だけで依頼書を作成してくれていた。

 

 そして案の定そんな彼女の思いの裏をヒイロは察せなかった。

 しかも要らぬ世間話で、彼女にとって一番触れられたくない地雷を踏みつけて……今に至る。

 

「……おう。まぁ、ありがとう。てか、さっき何があったんだ? でかい音が聞こえたが……」

 

「何も無いが?」

 

「そうか。アンタには何も無かったか。何も無いのは良いことだ」

 

「……」

 

 一言二言言葉を交わすたび、ヒイロは彼女の地雷を踏みつけにしていく。

 プレラーティの額はピクピクと歪んでいき……そして。

 

「死ねッ!! このクソストーカー野郎ッ!!」

 

「え?」

 

 彼女は最後に、とんでもない罵倒を吐き捨てて、また紋章の中へと帰って行った。

 

「……え?」

 

 そして……残されたヒイロは、訳が分からないと言う表情を浮かべながら……散らばった依頼書を見つめた。

 

「……」

 

 自分が何故彼女を怒らせたのか分からなかったヒイロだったが……それでも黙々と散らばった依頼書を集め、ガンツで世界各地に送っていく。

 

「……」

 

 強い星人が現れるミッションの請負。

 あらゆる言語を使わざるを得ない取引先。

 そしてギスギスした人間関係。

 

 ヒイロは今……フリーの世知辛さを体感していた。

 

「……コレが終わったら、後は……」

 

 即座にガンツに記録してた今後の予定を確認する。

 今の所、こういった予定管理も全てヒイロが行わなければならない。

 今送った依頼書への返答が送られてきたらソレに対する時間も確保しないと──。

 

「次は……1時間後にインドのミッションに参加して……その次はまたギリシャ………………またギリシャか……ギリシャやべーだろ……」

 

 そして確認した所……一息付ける時間は、今からインドミッションまでの1時間しか無い。

 その次のギリシャは休憩なしの連戦である。

 

「……」

 

 休憩がなさ過ぎる。

 そんな哀しい事実を深く受け止めたヒイロは……あーあと息を吐いて横に倒れる。

 

 呆然と天上を見上げたヒイロは……自分の意識がうつらうつらとし始めたことに気付く。

 

「……」

 

 ああ、コレは寝るやつだ。

 アルバイト初日を思い出し、自分が相当疲れていることを理解した。

 

「……寝るか……」

 

 故にヒイロは、ガンツでタイマーをセットし……最後に手元のスマホを軽く弄ってから仮眠を取ろうとした。

 

「……あん?」

 

 ──だが。

 

 最後に見たニュースで……彼は叩き起される羽目になる。

 

 

 翼の凱旋ライブ。

 

 そこにマリアが緊急参戦したと言うニュースは即座に世界中を駆け巡り──そのライブの行方を、全世界が注目していた。

 

 彼女達の歌。

 ソレは混迷とする世界情勢の中……それでも日々を必死に生きる人々に、大きな勇気を与えていく。

 

 マリアというとびっきりの乱入者もあってか、今ライブ会場はボルテージは最高潮に達していた。

 

 ──だが。

 

「……何だ……あれ……」

 

 ライブ会場の空の上。

 そこに大量の紋章が浮かび上がり──アルカノイズが空から溢れ出す。

 

「ッ!? やめろ──ッ!」

 

 翼はその光景に酷いデジャブを覚え──『最悪の過去』を思い出す。

 故に……意味が無いと分かっていても、叫ぶのを止めることは出来なかった。

 

「ッ、Imyuteus amenohabakiri tron──」

 

 ──そして、その叫びは直後に歌へと変わり……彼女の纏うドレスは鎧へと切り替わる。

 

「っ、はああっ!」

 

 ステージから戦場へと飛び降りた彼女は、即座に目の前のアルカノイズ達を一振りごとに蹴散らしていく。

 

「っ、翼ッ!? 先走らないでッ!」

 

「これがッ、先走らずに居られようかッ!?」

 

 ──だが。

 彼女がアルカノイズを破壊するよりも早く、アルカノイズは人間を分解していく。

 

 その事実は翼が一番理解していた。

 故にこそ──彼女は一時も早く、一瞬でも早く……! と。

 アルカノイズを殲滅せんと戦場を一人駆け巡る。

 

 そんな彼女に、無線で声が聞こえてきた。

 

『翼さん! 今から僕も参戦を──』

 

「何を言ってるの!? 緒川さんは避難者の誘導に専念を──」

 

 緒川の言葉は翼に取って信じられない話だった。

 何せ彼はシンフォギアも何も纏っていないはず。

 

 故に、それに気を取られた瞬間。

 

「はーはっは! 恐れよッ、うちが来たッ!」

 

「!?」

 

 上空より、何者かの声が聞こえた。

 直後……翼へとその声の主が襲いかかる。

 

「っ、貴様……!」

 

「うちの標的はお前だぜ……! 風鳴翼!」

 

 翼の目の前。

 

 そこには……背中にコウモリのような羽を生やした、異形の少女が立っていた。

 

 アルカノイズを用い、そして緒川の報告書にあった報告から照らし合わせ……その存在に目星を付ける。

 

「……パヴァリアの離反者か……!」

 

 そして──。

 

「歌を血で……汚すなッ!」

 

 彼女はその表情を怒りに歪めながら飛びかかる。

 だが、異形の少女は背中の羽を腕に纏い、異形の腕で翼の攻撃を受け止める。

 

 翼は……。

 

「おおっ、怖い怖いッ! 風鳴翼……! そこら辺の雑魚みたいに、大人しく躙らせて貰うと助かるぜッ!」

 

「ッ……戯れるなッ!」

 

 異形の少女の煽るような言葉に乗せられてしまった。

 だが翼の重ねてきた鍛練の日々、切り抜けてきた修羅場の数々は甘くない。

 

 例え乗せられていようと──その一撃の重さは陰り無く。

 

「ッ、ぐぇッ!?」

 

 その一撃を両腕で受け止めた異形の少女を軽々と吹き飛ばした。

 異形の少女が吹き飛ばされた先の瓦礫が崩れ、砂塵が舞う。

 

 視界が悪くなり、不意打ちの可能性が出てくる。

 それでも翼は……迷い無く土煙ごと少女を叩っ切──。

 

「!?」

 

 直前、翼は斬りかかる動きを止めた。

 何故なら。

 

「あ、ああ……」

 

「……な、何……!?」

 

 翼の目の前には……一般の少女が立たせられていた。

 

「おお……やってくれるぜ、風鳴翼……」

 

「お、お前……ッ!」

 

 異形の少女。

 彼女は……何処か不敵な笑みすら浮かべて、人質を翼に見せつける。

 

「はは、私は不完全で弱いから……こう言う卑怯な手を取れてしまうんだぜ」

 

「……弱い……?」

 

 それは……異形の少女にとって重要な事なのだろう。

 理解できない翼とは違い、少女は何処か遠くを見つめるような目でそう語り……直後、その表情を怪しく歪める。

 

「そう。私達は……弱いんだ。だから──」

 

 語りで翼の気を引きつつ、少女が影になって見えない位置で腕を引き絞る。

 

「こーんな卑怯なことしても……恥ずかしくないんだぜッ!」

 

 ──そして鮮血が舞った

 

 

 

 ……翼の頬に血液が飛び散る。

 

「……え?」

 

 呆然とした声を上げたのは……()()()()()()()()

 

「……お、お前は……!?」

 

 既に翼の視線は、目の前の異形の少女では無く……唐突に現れた彼へと向かっている。

 

 ──彼は……黒いスーツを身に纏い、感情の見えない仮面を被っていた。

 

『……』

 

「……え? あ、あなたは……?」

 

 少女のその問には答えず、彼は抱きかかえた少女をそっと地面に下ろし……異形の存在へと目を向けた。

 

「……て、てめぇ……何モンだッ!?」

 

 腕を切り取られた異形の少女は、しかしそれでも怒りに顔を歪めながら、仮面の男を睨み付ける。

 

『……俺か?』

 

 ──彼女に問われた男はどこか不機嫌で……まるで寝ようとしていた所、『風鳴翼凱旋ライブにマリア参戦!』というニュースを見つけ、わくわくしてライブ鑑賞していたのに、謎の乱入者のおかげでパーになってしまったことでキレている……そんな様に見えた。

 

『俺は……風鳴翼の正当なるファン』

 

「え?」

 

 そして、返ってきた返答を聞いた少女は……何を言ってるんだコイツ? と言わんばかりに疑問符を浮かべる。

 それは彼を見ていた翼も同じである。

 

 だが……そう。

 

 仮面の男……ヒイロは、翼のファンでもある。

 

 いや……最初はツヴァイウィングの奏のファンで、正直翼のことなどそこまで興味は無かった。

 

 ──だが。

 色々とあってもめげずに歌い続け、戦い続けるその姿を……すぐ近くで見てきた。

 

 そうしていく内、気付けばヒイロは翼の歌が好きになっていた。

 彼女の歌を聴いているだけで……勇気が湧くのだ。

 

 だから。

 

『俺はな……すげぇ……忙しいんだよ……色々と……』

 

 彼はどんなに忙しくても……彼女の新曲を買い続けた。

 

「……は? 何言ってんだお前……」

 

『それでも。数少ねぇ休憩時間削ってでも……俺は、風鳴翼とマリアのライブが見たかった……』

 

 彼はどんなに忙しくても……彼女のライブは見続けた。

 

「……お、お前何言ってんの?」

 

『俺にはなぁ……! 時間が無かったってのに……!』

 

 そして、今の彼には時間が無い。

 

 具体的には1時間くらいしか無い休憩時間の殆どをライブに当てていた。

 

 でもきっと、この襲撃が無ければ最高の気分で仕事に行けてたのに。

 

『……』

 

 なのにこの始末。

 

 ──今、ヒイロは相当お冠に来ていた。

 

『お前にゃ分かんねぇか? ならわかりやすく言ってやる……俺はてめぇの敵だッ!』

 

 次のミッションまでおよそ三分。

 

『覚悟しろよ……一分で解体してやる……!』

 

 だが、その戦意は何時になく──滾っていた。


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