「うん、そうだよ! 私は大丈夫!」
響は寮の自室の窓際で、ニュースを見て慌てて電話をかけてきた父親に安心させるように語りかける。
「……おじさんとおばさん、まだ一緒に暮らしてないの?」
「時々一緒、大体別々……って、感じかな」
「……」
空元気の笑顔を浮かべてそう語る響を見て……未来は敢えてなにも言わず、目を伏せた。
「……そ、そう言えばニュース! 昨日のニュースって今どんな感じ!?」
……と。
少し気まずい空気になってしまったのを誤魔化すように、響は未来の見ていたニュースに目を向ける。
『──ステージに突如として現れた武装集団により、死傷者、行方不明者は千人に上り……』
「……」
……そこで報じられていたのは、先日の風鳴翼凱旋ライブ襲撃事件の内容。
その犠牲者の数について語るのであれば……似たような条件で起こった『ライブ会場の惨劇』を下回る数である。
これを見た専門家達は、ライブ運営の教訓が生きた結果であると主張し、今回の件における対策は十全に働いていたという意見すらある。
事実ライブ運営側のそう言った対策で助かった人々も多く居る。
──だが。
相対的に見て数が少ない……とは言っても、一千人の犠牲者と言うのは軽くない。
今、ニュースでは現場での判断を批判するような声が上げられていた。
「……色々な人が、頑張ってくれたんだけどな……」
テレビから目を離した響は……哀しそうにそう言った。
「……お互い、上手く伝えられない事が……あるんだね」
「……うん」
現場で戦った人達はその場における最善を尽くした。
でも犠牲になった人の家族にしてみれば、そんなことは関係ない。
「……」
響は……一人の男の姿を思い浮かべる。
仮面の男、GANTZ。
まるでアニメのヒーローの様にライブ会場での戦いを沈めてくれた彼は……今、何処で何を──。
◇
S.O.N.G.司令室に呼び出された響は、医務室でベッドに座っていた二人の女性を見て、嬉しそうに声を上げた。
「マリアさん! 翼さん! もう大丈夫なんですね!」
その声にびくりと肩を揺らした二人は、あははと笑って頭を掻く。
「正直私は殆ど戦ってないし……検査入院みたいなもんよ」
「ああ。私もな。心配をかけた」
「それでも、良かったです!」
嬉しそうに二人と語っていた響だったが、その背後から何故か緒川の声が聞こえてくる。
「お疲れ様です響さん」
「うぇ!?」
肩を跳ねさせた響は、あの日戦ってたはずの緒川が何故か普通にスーツを着て仕事をして居るのを見た。
え? 何で普通に仕事してるの……?
「……あの? 緒川さんはなにか検査とか……」
「検査?」
「えっと……その、戦ってたじゃ無いですか? なにか怪我とか……」
「あはは、僕は慣れてますから」
そう笑顔で語る緒川を見て、響は思わず引いた。
慣れてる? なに?
襲撃事件的な奴に、ってこと?
響に引かれてると気付かない緒川は、手元にある資料をタブレット端末を駆使して読み込んでいく。
……そこには、先日のライブ襲撃の犯人。ノーブルレッドの詳細なプロフィールが記されていた。
「……しかし、やはり妙ですね。彼女達は錬金術師……とは言っても、その地位は相応に低いはず」
「……地位が低い?」
「ええ……あの数のアルカノイズを用意するなど……到底出来るとは……」
地位が低い、という言葉には敢えて深く答えることなく、緒川は口元に手を当てながら思考を走らせる。
「……裏がある……んでしょうか」
「ええ。恐らくこの犯行は彼女達単独で行われているモノでは無い。確実に支援者がいるはずです」
その緒川の推測に、ベッドに座っていた翼は声を落として自身の推理を語る。
「……パヴァリアが手を引いていると言うことは……」
「それは無いと思いますよ」
「え?」
──しかし、その推理はあっけなく響に否定されてしまった。
ガクッと肩を落とした翼だったが、すぐに気を取り直したように響に問い詰める。
「何故違うと言い切れる」
「だって、サンジェルマンさん達がなにかしようとしてるなら、自分達ですれば良いじゃ無いですか?」
「……」
「そうした方が確実だし……サンジェルマンさんの性格的にも、そういうのは自分でしたいと思うんです」
「……確かに、そうだな」
そして、あっけなく論破されてしまった。
そう。確かにパヴァリア光明結社が裏で動いているのなら、そもそも最高幹部達が直接動くのが一番だし、そうで無くても他の錬金術師で良いはずだ。
ノーブルレッドという、言ってしまえば失敗作に何かを任せなきゃいけないほどパヴァリア光明結社は人手不足では無い。
「……であれば、あれ程のアルカノイズを用意することが出来るほどの機関が……ノーブルレッドの背後に付いていると」
「……なんだか、怪しい奴等が一杯居るデース」
そうは言いながらも、
その言葉に、クリスは思い出したように語る。
「……つか、『企業』様はまーだピンポンダッシュなんてだせぇ攻撃シコシコ続けてるのか?」
「い、言い方が酷い……」
「いえ! 全くその通りデス! ピンポンダッシュとかダサい事この上ないデス! デデス!」
「切ちゃん……」
クリスの直球の何も隠さない酷い言い様に便乗してこれでもかと乗ってくる切歌。
あまりの言い草に少し引いた調だったが、彼女達に補足するように緒川が話を始めた。
「いえ、それがどうやら……最終決戦の日が決まったようです」
「えっ!?」
「……アイツ、マジで何でも情報仕入れてくるな」
「どうも彼が言うには……『ブラックボールのセキュリティがアマアマだぜ』。らしいです」
「良いのか企業」
完全に情報盗まれてるんだが?
そうしてクリスが日本の企業の明日を憂いて居ると、緒川が何やらポッケから小さな黒い球体を取りだした。
「? 何デスかそれ」
「こちら、ヒ…………ゴホンッ! GANTZさんに頂いたブラックボールの通信機器です」
その言葉に皆が目を丸くし、緒川の手元に集まってくる。
「こ、これでアイツと通信を……?」
「はい。携帯電話程度のことなら大抵はこなせます」
「へ、へぇ~……」
切歌は興味津々と言った様子でそれを眺める。
「それで、此方が先日届いたメールです」
緒川は球体をぐにぐにと弄り、その小さな黒い球体の表面に文字列を表示させる。
『企業が訃堂排除作戦の最終段階に移ろうとしています。日時は本日より一週間後の一月二十八日です。企業の戦力は──』
◇
「──我々は現在、多くの戦力を失いました。ですが、作戦は現時点では成功を収めていると言って良いでしょう」
何処かのビルの会議室。
ホワイトボードには日本の地図が張られており、その横に立つ壮年の男は無表情のまま語った。
「予定では、当日残ってるのは何処になるんだっけ?」
「はい。予定では当日参加する部屋の数は十四となります」
「あらら……相当減っちゃうのね」
その壮年の男に対して語りかけたのは皺が刻まれた老年の男性。
彼の纏うスーツは高級感に溢れており、この場に置いても相当な立場にあると言うことが伺えた。
……いや。それはここに居る者達、全員に当てはまるだろう。
そんな彼の残念そうな語りかけに、壮年の男は動じること無く話を続けた。
「しかし此方には……特記すべき戦力。『神殺し』達が居ます」
壮年の男は背後の日本の地図の表示を変え、幾つかの県に色が付く。
「大阪部屋。彼等は全体的なレベルが非常に高く、また『神殺し』である最強の超能力者も所属しています」
「兵庫部屋。彼等……いえ、彼の
「そして香川部屋の『神殺し』……三千三百三十三平等院天上天下唯我独子嬢。そしてまたの名を『全一』。彼女のステータスは全て高水準で纏まっており、何より戦闘における"最適解"を選び続ける能力は正に全国一位と言えるでしょう」
そして──と壮年の男は更に背後の地図の表示を切り替え、浅黒い肌をした一人の男の写真を映し出す。
「……そして、彼こそが我等の切り札であり……最大の取引相手。『七柱殺し』の岡八郎」
彼の写真が表示されると、あからさまにその場に居たお偉い人の態度が変わった。
「──おさらいをしておきましょう。彼はブラックボールの全てを掌握しており、またそこから先の領域……全知の『神』との接続も果たしたとされています」
「……神との接続……」
「……その全知の神ってのはアレかね? マイエルバッハにブラックボールの作り方を教えたって言う……」
髪をオールバックにした男にそう尋ねられた彼は軽く頷くと、詳細な説明を始めた。
「はい。最終クリア特典……つまり二十回クリア特典とは、
「……前にも聞いたけどさ、最後のクリア報酬ってよく分からないんだよね。最強の武器が情報?」
そう言って問うた男に同調するように、幾らかの老年の男達が頷いていく。
彼等は時代の流れを読み、情報を読み解き……自社を大きくしていった。当然情報の持つ力というのは知っている。
──だが。
その強さとは当然、物理的に強い……という訳では無い。
「だって人の身体は一つだよ? 出来ることも限られている。全てを知っているって事は最強に繋がるのかい?」
その問いかけを聞いた壮年の男は……しばし沈黙したかと思うと。
「はい。正に最強と言って良いでしょう」
力強く頷いた。
「──全てを知ると言うことはつまり、
「……ふぅん」
「つまり、彼等接続者は限定的に『神』と同一の存在となります」
男がそう言いきると……会議室に沈黙が降り立つ。
しかし。
「それは中々……強そうだねぇ~」
一人、とても楽しそうに笑った。
「うん、確かにソレは中々良い駒じゃない?」
すると、口々に周りの商売敵達と楽しそうに語り始めた。
それは何処までも人の事を無機質に捉え……駒としか見ていない、不気味な語り口。
「確かに! じゃあ増やせばもっと最強だと思うんだけど」
それは、経営者としては正しい姿なのかも知れない。
「君、まだその岡八郎くんをクローンとして量産できないのか?」
何処までも効率化を求め……最高の結果と、自社の成長、そして自身の利益こそが最大の目的であり結果。
全てはそれをするための手段に過ぎない。
新たなる国の設立もまた、その為の手段に過ぎない。
そう。
全ては『法律に縛られない世界』に……
そこに今までに無い金の臭いを嗅ぎつけたからこその……反逆。
「申し訳ありません。ブラックボールは依然として外からの操作を受け続けず……やはり正規ルートでしか」
「ああ……やっぱり星人と殺し合ってポイント稼がないと駄目なのねぇ~残念」
「岡君は自分を増やそうとか考えないのかね?」
「流石に自分を増やすのは嫌でしょ~」
「あぁ、確かに」
──コレこそが、国家転覆を狙う企業の真の姿であり。
「じゃあ、協定通り……この戦いで生き残ったモノが日本を取ると言うことで」
「しょうがないね。流石に、今から戦争してる場合じゃ無いモノ」
「ま! 最悪アメリカに泣きつけば良いさ」
語り合う彼等の目には、何処までも自身の利益しか見えていない。
そう。
彼等が何処までも彼等であるからこそ……自らの利益の敵となる風鳴訃堂とは……決して、相容れぬのだ。
◇
──そして。
ノーブルレッドのアジトにて……満身創痍の女性が身体を軋ませながら転移してきた。
「……ヴァネッサ!?」
全身をズタボロにさせながら、それでも手元に抱えたアタッシュケースは決して離さず……身体を引きずってテーブルに向かう。
当然、その異様な姿に目を白黒させたエルザだったが……彼女を押しのけて椅子に座り、備え付けの機器を起動させる。
「ち、治療を……!」
「っ、は、早く……報告を……」
「ヴァネッサ!?」
ワンコールで繋がった風鳴訃堂は、常の堂々たる態度を崩さないまま……しかし、その顔色を確実に悪くさせていた。
確実にオーバーワークだった。
『遅い……遅すぎるわッ! 貴様等は何故報告すら出来ぬ。先のアメリカ空母の襲撃失敗は良いだろう。だが、ライブ襲撃の失敗はどう言う事だッ!』
そして、開口一番に彼女達の失敗をなじった。
「も、申し訳ありませ」
今にも崩れ落ちそうな身体を何とか維持し、どうにか頭を下げるヴァネッサ。
だが。
『もう遅いわッ! 貴様の下らぬ言い訳など聞きたくも無いッ』
「っ……」
訃堂は、その血走った目を見開き……モニター越しだというのに恐ろしい怒気をヴァネッサへと向ける。
そして訃堂は、ほとほと呆れたと言わんばかりの表情を浮かべたかと思うと……彼女達にとって最も恐ろしい事を言い放った。
『もう良い、貴様等への支援は全て打ち切りだ』
「!? お、お待ちくださいッ」
しかし訃堂は時間が惜しいとばかりに通信を切ろうとする。
──直後、ヴァネッサは持っていたケースを開いて見せた。
「こ、此方にっ!」
『……む?』
「アメリカの研究所ッ……より……奪取したッ……ご所望のモノを……」
『……ほう』
「……シェム…………ハの……腕…………」
それだけ言い終えたヴァネッサは……力尽きたと言わんばかりに顔を机へと落とす。
「ヴァ、ヴァネッサ!?」
『……ほう。あの警戒態勢の中から……盗み出したか……』
「ヴァネッサ……ヴァネッサ……っ!?」
『……』
エルザは即座に残りの稀血……Rhソイル式の血液をヴァネッサへと投与する。
自身の身を蝕む死毒。そして純粋なる身体の破壊により死にかけていた彼女の身体は……どうにか延命することが出来た。
──しかし。
「お、お願いするでありますッ! も、もう血が……血が全て……!」
もう、死にかけの彼女達に投与することが出来る血が無くなってしまった。
このままでは緩やかに死んでいくのみ。
『……』
「お、お願い……お願い…………します……」
彼女は、慣れぬ言い回しをしながらも……最大限の礼節を持ってモニターに映る支援者に頼み込む。
暫く沈黙が続き、エルザは生きた心地がしない時間を過ごす。
……と。
『神の力』
「……え?」
『それすなわち……神州日本に報いる力』
「……」
語りながら……訃堂の目に力が宿っていくのが分かった。
既に肉体的には過労がたたり始めた頃合い。
──だが。
精神的には最高潮を迎えようとしていた。
『あい分かった。その活躍に免じて……支援は継続としておこう』
「!」
それはエルザにとって……いや、ノーブルレッドにとって値千金の言葉。
そうだ。
彼女達は勝ち取った。
明日を……未来を。
「あ、ありがとうございます……ありがとうございます……」
『……』
──生きるという絶望を。