「ありがとう、エルザちゃん」
「いえ! 私もずっと看病して貰ったので、そのお返しであります」
そう言ってエルザは、バラバラになりかけているヴァネッサの身体を換装パーツのモノへと変えていく。
「……」
当然、ヴァネッサの身体の破壊痕を間近で見ることとなった彼女だが……その凄惨な傷跡に顔を歪ませる。
「……一体……何があったのですか?」
鋭利な刃物で切り裂かれた様な痕もあれば、押しつぶされたような所もある。更には何故か内部から破壊されたような傷もある。
見たことも無い傷の数々に、エルザは思わず訪ねた。
「……そう、ね」
最初は黙り込んでいたヴァネッサだったが、思い出すように目を伏せた彼女は、最悪の記憶に顔を青くさせながら語り出す。
「あのお爺ちゃんの情報の通りだとするなら、研究所の警備は相当なモノとなっている筈。なので私は、当初の研究所を破壊する陽動作戦は止めて……ステルス機能を駆使して研究所に侵入することにしたの」
ステルス機能……とは言っても、精々レーダーに反応しなくなる程度の機能だ。
だから、人の目による監視からは逃れられない。
彼女は疲れた様な表情で、潜入の苦労を語る。
「もー本当に大変! 多分人生で一番緊張したわ! 無くなったはずの心臓が破裂しそうだったモノ!」
「あ、あはは……」
彼女なりのジョークを軽く流したエルザだったが、当のヴァネッサは反応が芳しくないのを少し残念そうにしつつ……話を続ける。
「……最初は上手くいった。時折見かける屈強な男達が皆、情報にあった黒スーツを着ていたのは少し怖かったけれど……それでも、どうにか三分の一程までは進めることが出来た」
ただ、と彼女は言葉を付け加える。
「──問題だったのはここから。突如、目の前に黒スーツ達が現れた。彼等は人種も言葉もバラバラ。なのに何故か、皆同じようにアメリカの研究所を破壊し始めたの」
そして、予想外の乱入者について語った。
「言葉は聞こえてきただけでロシア語、ヒンディー語、英語、アラビア語、ポルトガル語……上げればきりが無い。しかもみーんな強いの! 出会い頭に私ぶっとばされちゃった」
「……」
「……でね? 当然彼等に対抗するように警備していた黒スーツ達も戦いを始めるのだけれど、それがもう、嫌になるくらいの激戦でね?」
心底嫌そうな表情のヴァネッサは、遠い目をして呟いた。
私、それに巻き込まれちゃったの、と。
「何度も押しつぶされたし、何度も謎の圧力を加えられて破壊されたし、何度も飛んできた剣に切り刻まれたし。どうにかこうにか応戦しても普通に対応するとか。嫌になっちゃうわ、本当に」
エルザを破壊しうる攻撃?
内部からの破壊……という言葉的にも、アメリカ空母で見たアルカノイズに使っていた銃……の事だろうか。
彼等はあくまでもそれを上空のノイズにしか使っておらず、甲板に絶対に当たらないようにしていた。
……つまり、当たれば普通に甲板を破壊できるのだろう。
その上、ヴァネッサの装甲すら簡単に……。
「……」
……もし、あれが自分に向けられたりしていれば……きっと嬲られるまでも無く一撃で死んでいた。
そんな事を考えエルザは身体をぶるりと震わせる。
「……で。研究所が更地になる程の激戦の混乱の中……どさくさに紛れてシェム・ハの腕輪を奪取。機能停止寸前のボロボロの身体を引きずって即帰還、今に至る……と言うわけね」
ちゃんちゃん! とバイオレンスな話の内容を楽しそうに纏めた彼女は……小さく溜め息を吐いた。
「……」
……だから、エルザは気付いた。
この話の内容。それは少し……優しい表現で包んだ報告だったのでは無いだろうか。
それでも隠しきれないバイオレンスの香りと、そもそも堅いことが売りなヴァネッサの機械部が全てお釈迦になる時点で現場がどういった地獄だったのか……容易に想像が付いた。
──と。
「……はい! ありがとうエルザちゃん! 右腕が治ればこっちのモノ!」
「え?」
唐突に、ヴァネッサが明るい声で腕を振り上げた。
その行動に目を丸くしていたエルザに、当のヴァネッサは優しく語りかける。
「私は大丈夫だから、エルザちゃんはミラアルクちゃんの看病をしてあげて?」
「っ……」
直後、エルザはヴァネッサの意図に気がついた。
「……ミラアルクちゃん、何処か悪いんでしょ?」
「……でも、ヴァネッサ……! ヴァネッサも大怪我を……!」
「……優しい子ね。エルザちゃんは」
ヴァネッサは、動かせるようになった右腕をグーパーと開いて見せて……その手をエルザの頭に乗せる。
「……片腕だけでもあれば、私は自分の身体を治せるわ。だから私より……ミラアルクちゃんの所に居てあげて?」
「……」
ヴァネッサの姉のような優しさに、エルザは言葉が詰まる。
そうして彼女達は暫く見つめあい……折れたようにエルザがコクンと頷く。
「……分かったであります。では、ミラアルクの看病をするであります」
「……お願いね、エルザちゃん」
「はい……であります」
そう言って駆けていったエルザを見たヴァネッサは……次第にその表情を苦しげなモノに変えていく。
「ふっ……ふっ」
右腕だけでもあれば大丈夫?
確かに、崩れた身体を換装するのであればそれだけでも事足りるだろう。
「……ッ……ッぐぅ」
しかし……彼女にも痛覚というモノは残っている。
身体の感覚は大分希薄になっているが、身体の殆どを砕かれる痛みがどれほどだろうか。
それが機械の身体にとって、一体どれだけ嫌悪感のあるモノなのだろうか。
「……」
エルザの手前、リーダーとしてその痛みを堪え何でも無い風に装っていたが、一人となってはもう取り繕うともせず。
自身の心に深く刻まれた恐怖に、涙を止めることは出来なかった。
◇
「ミラアルクー? どうして部屋を暗くしてるでありますかー?」
ミラアルクの部屋に訪れたエルザは……部屋に入った直後、違和感を覚える。
部屋が暗いこと……では無い。
「エルザ……?」
「……」
何故か……目の前のミラアルクより、饐えたような、腐りかけの死体のような臭いを感じ取ったからだ。
何か嫌な予感を覚えるエルザだったが、その予感を叶えるようにミラアルクが悶えだした。
「ッまた!? お腹……お腹がぁッ!?」
「だ、大丈夫でありますかミラアルク!?」
ベッドの上で、ミラアルクは目を血走らせながら悶えていた。
その苦しみ方は尋常では無く……その事に更に違和感を加速させる。
「血、血を……! お願い……エルザァッ!?」
そして耐えられないと言わんばかりに、ミラアルクは口から胃液を垂らしてエルザにすがりつく。
「……」
……だが。
ミラアルクの痴態を目の当たりにしようと、彼女は表情を苦しげに歪める事しか出来なかった。
何故なら。
「……で、でもミラアルク……血清はもう……」
彼女達の生きる手段は、既に無くなってしまっている。
風鳴訃堂に血清剤を受け取るのはまた数日先の話である。
「……うそ……」
その言葉を聞いたミラアルクは、絶望したような表情を浮かべて、直後また苦痛に顔を歪める。
「……ふっ、ふっ……ぐうっ」
「……」
ミラアルクの姿はとても嘘を吐いているようには見えない。
それはもう、本気で苦しんでいる。
故に、そんな彼女を見ていたエルザは……何処か言いずらそうにミラアルクに伝える。
「……ミラアルク……あの……お腹の傷はもう癒えてる筈であります」
そう、どう診断しても彼女の傷は既に癒えている。
戦いを行えばまた話は別だろうが……しかし、安静にしていればもう何の問題も無いはず。
……なのに、ミラアルクは今も腹を押え、苦しげに悶え続ける。
「違うんだぜッ! な、何か分からないけど……お、お腹の中が変なんだぜ!」
「へ、変?」
「お腹が段々と腐っていくような……う、蛆が湧いて内臓を食らっているような……そ、そんな感覚が常にしてるッ」
「……」
「今日もまた夢に見た……蛆が腹を突き破ってくる夢……あの日から全然眠れないんだ……」
「……」
「絶対にッ、まだ治ってなんかないぜッ! だから頼むエルザッ! 血清を……! 血を……!」
──ミラアルクのその推測は正しく的中している。
彼女の腹部は未だに全治などしておらず……今もまだ『五分殺し』のダメージが内臓を蝕みつつある。
これはヒイロも技の制作者であるマネモブも知らなかった事なのだが、『五分殺し』には技を当ててから五分後に破壊が始まる……という効果以外にももう一つの作用が存在した。
それは、仮に『五分殺し』による内臓の破壊を免れようとも小さな衝撃は残り続け、徐々に対象の身体を弱らせていき、最終的には五年ほどで死に至らしめてしまうと言う恐ろしい効能。
五分後に破壊が始まり、死に至らしめる。
仮にソレから逃げおおせようと、
正に『五分殺し』と言う名に恥じぬ蹴り技であった。
「……」
しかし、そんなことは誰も知らなかった。
何故なら、『五分殺し』を使った相手は確実に殺してきたヒイロとマネモブ達である。
故に彼等も『五分殺し』については半分程度の意味しか理解していないのだ。
故にこの状態に陥った技の被験者はミラアルクこそが初であり、彼女の苦痛を分かち合うことが出来るモノなどこの世には存在しない。
誰も彼も、ミラアルクの言葉など信じないだろう。
──だが。
「頼むっ、頼むエルッ……ウゥッ!?」
エルザの目の前で、突然ミラアルクは口を押えてトイレに駆け込む。
「ミ、ミラアルク……?」
『オェッ、ぐぅっ……』
心配して彼女の後を追ったエルザは、ドアの向こうでミラアルクが苦しむ様な声を聞く。
「……」
……だが彼女は信じた。
ミラアルクの苦しみを、痛みを、辛さを。
「──分かったであります、ミラアルク」
『……』
「今からあの方に連絡して……今ある血清剤だけでも貰ってくるであります」
『……エル、ザ……』
「だから、少しだけ……待ってて欲しいのであります」
『……ごめん……ごめん……』
だからこそ、彼女はすぐに行動に移す。
即座に風鳴訃堂に連絡を入れ、血清剤を要求する。
正直あまり上手くいくとは思ってはおらず、最悪病院を襲おうかとも考えて居たエルザであったが……。
『良かろう。すぐに持たせる』
「……え?」
運が良いのか、
彼は何時になく怪しげな笑みを浮かべていたが……通話を終了した直後に、何時も通り受け取りの連絡も飛んできた。
「……」
正直訝しんだ所もあったが、だからと言って断るわけにも行かず。
一も二も無く出発の準備をする。
……と。
涙を拭き、身体を修理していたヴァネッサが心配そうにエルザに語りかけてくる。
「……エルザちゃん、行くの?」
「はいであります。ヴァネッサは全身傷だらけで動けない。ミラアルクも同じ。であれば……唯一動ける私が行くのは当然であります」
自身もまたアメリカ空母襲撃時の傷が完全には癒えていないと言うのに、彼女は気丈にそう語る。
ヴァネッサはその姿を眩しそうに眺めたかと思うと、言葉を続けた。
「……気をつけてね」
「はい!」
そして彼女は、スーツケース型のマニピュレーターデバイス、『テールアタッチメント』を片手に……アジトを飛び出した。
(待ってて……ミラアルク!)
彼女達は深い絆で繋がっていた。
だって、彼女達はたった三人だけの家族で……その関係だけは、何者にだって破れない。家族の絆は、永遠なのだから。
──彼女達は
彼女達こそ……パヴァリア光明結社が正式に認める失敗作であり、高潔なるパヴァリアの裏切り者。
故に彼女達はもう、止まることは出来ない。
前に進み続けることしか許されない。
──そして。
「はい、確かに受け取ったであります。受領のサインは必要ですか?」
進み続けた道には、終着点というモノが存在する。
「では、私はここで……はい? 何かまだ……」
そう彼女は……エルザ・ベートは辿り着いた。
「えあっ」
故に。
もう二度と、家族が待つアジトに帰ってくることは……無かった。