「お、あ……」
『……』
ライブ会場においてはスピードで彼女の前から消え、彼女の背後から現れ。
今回はステルスにより姿を消し、彼女の正面から現れる。
その真反対の行動は見事に彼女の意識の裏を突き……彼女の意識の外側からの攻撃を可能としていた。
故に。
「──うっ!? がっ……あァ!?」
攻撃を受け入れる準備も何もしていないミラアルクに突き刺さった両の掌は……彼女の腹へと多大な衝撃とダメージを送り込む。
(な、何だぜこれ……痛……い? いや違う。く、苦しい!?)
その痛みと苦しみがない交ぜになった彼女は膝をつく。
『──"禁断の魔胎掌二度打ち"だ。どうだ? 食らった気分は』
「……ふ、ふんっ! こ、こんなモノ……!」
しかし完全なる吸血鬼として完成した肉体故か、痛みは以前食らった蹴り……『五分殺し』よりかは耐えられた。
だが。
彼女が果敢に立ち上がってヒイロへと攻撃を加えようとし……膝をついた状態から足を前にした、その時だった。
彼女の膝に何かが当たる。
「あ? 何だ……あ……え?」
そこには……急激に膨らみ始めた腹があった。
「え? ……え? なんで……お腹……ッ!」
それを認識した瞬間、ミラアルクは身体から力が抜けるような感覚に襲われる。
ガクッと前のめりに倒れそうになり、それを腕で支えるもその力すら吸い取られるような感覚に陥る。
「──あっ! なんっ、え? お腹にっ……おっ……ううっ!?」
そう。
まだ膨らもうとする腹に……彼女は全身のエネルギーを吸い取られていく。
ギリギリと腹の皮が伸びる音が聞こえ、全身の皮が引っ張られる痛みに顔が歪み、膨らんでいく腹に内臓が圧迫されていく。
『……始まったか。気分はどうだ? 吸血鬼』
そんなミラアルクの反応を、まるで当たり前のことのように見つめていたヒイロは……ぽつりと呟いた。
「……おっ! おまっ、お前っ!? うっ、わ、私の身体にっ、何を……ぁあ!?」
そして。
とうとう妊婦の腹のように膨らんだ腹により、彼女は動きを止めざるを得なかった。
「……」
胃が押しつぶされ、肋骨が軋み、内臓全体が身体の中で異様な音を立てている。
──しかも。
膨らんだ腹そのモノに……先程の比では無い痛みを感じた。
腹の内から内臓を蹴り上げるように、縦横無尽の痛みが途切れることなく続いていく。
ミラアルクは最早何も言うことも出来ず……膨らみきった腹の嫌悪感と、何より痛みと苦しみで……顔を青くして項垂れる。
『何をしたか、か。言っただろ? "禁断の魔胎掌二度打ち"だと』
「……」
『つってももう喋れねぇか。肺も潰されてるからな』
そう言ってヒイロは、まるで知っていると言わんばかりに彼女の状態を判断する。
それは正に的中していた。
彼女は現在、急に訪れた酸欠により意識を失おうとしている。
『さて……』
そんなミラアルクを見ていたヒイロだったが……また手を『魔胎複印掌』の形に構えて、ミラアルクに近づく。
『もう二、三発関節に打ち込んで……完全に動けなくしてやるよ』
そう。
"禁断の魔胎掌二度打ち"……つまり『魔胎複印掌』の真意とはその妊婦の腹のような瘤にある。
この瘤は相手に苦痛を与え、気力と体力を奪うと共に……その巨大さ故動きを阻害でき、更にはその瘤そのモノを急所となすことが可能となる。
そういった特色から分かるように……この技のコンセプトとは相手の行動の阻害等のデバフにある。
故に魔胎掌を使う際にはヒイロの言った腕や足等の関節、喉、腹などが狙い目だ。
『……』
そうしてヒイロはコツコツと膝をついて項垂れているミラアルクに近づいていく。
消えかけつつある意識の中……ミラアルクの恐怖は極限に達していた。
内臓は潰れかけ、骨は軋み、肺はその機能を十全と果たせていない。
苦痛と酸欠と恐怖にまみれた彼女は──。
「……ああっ」
『あん?』
それでも果敢に立ち上がり、ヒイロに飛びかかった。
「お前……お前達がッ! エルザを殺したッ!」
そう言いながら放たれた彼女の蹴りをヒイロは悠々と避け──カウンターのジャブを顔面に放つ。
「ブッ!?」
『何言ってんだお前』
ヒイロは自身の認知しない殺人罪をふっかけられ、流石に眉をひそめる。
だが。ヒイロの言葉に更に怒りを燃やしたのは……鼻血を流したミラアルクだった。
「──お前もッ! お前もシンフォギアと一緒になって……殺したんだろうがッ!」
『……』
それは単なるミラアルクの推測による決めつけ。
しかし、酸欠と苦痛によって脳が働かなくなっていく彼女は……既にまともな思考を出来なくしていた。
ヒイロは、そんなミラアルクを見て疑問を抱いていた。
どう考えても動けない筈の体で、それでもなお気力だけで動き続ける。
一体何が彼女をそこまでさせるのか。
そんな風に考えて居たヒイロに、ミラアルクはたどたどしくも一撃を放つ。
「許さない……絶対に! ウチの家族を殺した仇を取るッ!」
『……あ?』
ミラアルクの言葉に急に動きを止めたヒイロは……とうとうミラアルクの拳を食らってしまう。
「! 当たった……!?」
パンッ!
そんな音と共に……ミラアルクの拳に殴った感触が──。
「な、なに!? 殴った感触がまるでないぜ!?」
伝わらない。
まるで空気か何かを殴ったとでも言うように……まるで殴った反動がミラアルクに伝わってこない。
『……家族を……殺された……?』
「!?」
そして。
殴れたヒイロ本人も痛がる様子もなく、殴ってきたミラアルクを見下ろしている。
「っ、そうだ! お前達が殺したんだぜッ! だからウチたちは復讐を──」
『それで? お前はそれを俺に伝えて……何が言いたいんだ?』
「……え?」
──直後。
ヒイロはミラアルクの喉に突きを放つ。
「ウッ!?!?」
突きを打ち込んだ後、即座に手の形を変え……喉の急所である喉頭隆起を握りしめる。
「ッうぇ!?」
ギリィという人体から出るとは思えない音がヒイロの手元から鳴り響き、ミラアルクは完全に生殺与奪を奪われた。
「……ぁ……」
ヒイロは……右手の先から伝わる彼女の喉仏をコロコロと触りながら……仮面の奥で、彼女を見下したように見つめる。
『……お前さ。巫山戯てるだろ? 復讐したいってんなら……もっと形振り構わずに戦える筈だ』
「……」
──それは、ヒイロの実体験故だろうか。
実感の伴った言葉を、既に死に体のミラアルクへと投げかけていく。
『しかも家族の敵討ちだ。もっと残酷に……もっと冷淡に戦えたはずだ。何故……それをしない』
「……ッ」
込み上げる言葉と共にギュッと右手の握力を強める。
その言葉にはふがいないミラアルクへの怒りすら感じられた。
『その挙げ句……負けそうになったら自分語りで同情誘って…敵に情けを貰おうとでも?』
「……ぅ」
『そんなこと言う体力があるんならッ……まだ幾らでも戦えるッ! 何故戦わないッ、吸血鬼ッ!』
彼はまるで、過去の情けない自分を見るかのように……ミラアルクを叱咤する。
『何故言い訳を言う口で噛みつかないッ! 何故殴るときに爪を突き立てなかったッ! 復讐だってんなら……常に戦う事に意識を割けッ! 敵を殺すことだけを考えろッ』
「ッ……」
そのヒイロの言葉に、意識を失いかけていたミラアルクは目を見開く。
『──だがまぁ……家族のために戦った結果がこの痴態だってんなら……お前の家族への想いはその程度って』
そして。
次いで飛んできた嘲るようなヒイロの言葉に、ミラアルクの怒りはあらゆる苦痛を凌駕した。
「ッ、ガアアアアアッ!!」
叫び声と共に、ブチッという嫌な音と感触がヒイロの右手から伝わる。
直後彼女の首元から大量の血が吹き出る。
しかし。
先程よりも満身創痍な筈の彼女のその目には……今までに無く、闘志に溢れていた。
「──ごろ゛ず」
──そう。ミラアルクは無理矢理首元を引き裂いて逃げ出した。
首から大量の血が流れ、急所を抉られたが故に彼女の足下は既にふらふら。
紡がれる彼女の声も、先程までの美しい音色とはまるで違う汚いダミ声で。
けれど、彼女の血と怒りにまみれた声は……。
「アアアアアッッ!」
ヒイロの心を揺さぶった。
『……』
だが。
既に幾つものデバフを駆けられたミラアルクの動きは鈍重。
故にその攻撃を簡単に見切ったヒイロは……先程のジャブよりもずっと鋭い一撃を、彼女のこめかみに打ち放つ。
──それすなわち麻酔の衝撃。
その一撃を食らった者は、まるで深い酔いに陥ったように意識を失う。
故に名を『酩酊拳』。
「ガア゛……ぁ……」
一瞬で意識を遠い世界へと飛ばされたミラアルクは、前のめりに倒れそうになる。
ヒイロは、倒れかかるミラアルクの膨らんだ腹へと両手を重ねる。
『──』
本来のヒイロの予定としては……彼女の四肢と腹に魔胎複印掌を放ち、全身を拘束した後にプレラーティに渡す……というものであった。
しかしヒイロは必死の形相で戦うミラアルクを見て、思う所があった。
故にこその『酩酊拳』。痛みを与えぬ優しき技。
さて。
急所。つまり人体の弱点となる箇所は、ヒトの身体に幾つも存在する。
そして『魔胎複印掌』とは……その様な弱点を
だが、この急所は時に転じて救所となる。
特にこの『魔胎複印掌』において、それは顕著に表れる。
『……『魔胎複印掌』』
もう一度、急所と化したミラアルクの腹へと……『魔胎複印掌』を放つ。
当然腹部にはもう一つ『魔』が生まれるが、そこには既に『魔』が存在する。
──だが。『魔』と『魔』は本来相容れぬ存在。
双子の『魔』は互いに食らい合い、傷付け合い、殺し合い……遂には消滅する。
「……」
そして、徐々にミラアルクの腹は萎んでいき……遂には、彼女の腹は元通りになった。
禁断の魔胎複印掌二度打ち。
それは急所を救所と為す……つまり、敵を癒すという禁断の技である。
『……ま、これで依頼完了って事で』
ヒイロは地面に転がるミラアルクを見て、ふんっと息を吐く。
正直彼女に対しては、風鳴翼のライブ襲撃や強の襲撃など色々とキレていた部分があったヒイロだった。
だが、それでも彼女が見せた最後の執念には……思う所がある。
『……応急手当ぐらいはしてやるか』
故にヒイロは、自身と同じように戦った少女に対して……まるで照れ隠しでもするように治療を始めた。
◇
ヒイロがミラアルクを制圧した直後。
その後方で……少女
「……」
そう、シンフォギア装者達である。
彼女達はヒイロが『魔胎複印掌』を放った辺りからずっとその戦いを見ていた。
何故参戦しなかったか。
……その理由はただ一つ。
「……うわぁ……」
ヒイロの放ったクソみたいな技にドン引きしてたからである。
「……なんだよ……あの技……」
「……デ、デデデース……」
「……さ、流石に敵ながら……同情するというか……」
雪音、切歌、調の三人は……同調したように引いていた。
ちなみにマリアは立花響達の応援へと向かっている。
「……戦闘、終わったな」
「……デスね」
「……誰が行く?」
「……」
「……」
「……」
加勢しようしようとは思っていた三人だったが……一方的な戦い故、入るタイミングを損なっていた。
辺りのアルカノイズは既に全滅していたし……どうしようかと困惑していた三人である。
──そして、視点を変えた所でもう一人……その戦いを見ていた少女……少女? が居る。
「……何やってるワケだ……アイツ……」
そう、ヒイロに捕獲を依頼したプレラーティその人である。
「……」
現在ファウストローブに身を包んだ彼女は、しかし何処か肌寒さを感じざるを得なかった。
プレラーティは思った。
正直ヒイロに近寄りたくない……と。
でも、既にあちらのヴァネッサの戦いの方はなんやかんやでケリが付いた以上、ヒイロと話をしなければならない。
「……」
故に彼女は、嫌な思いを振り切って……ヒイロの元へとジャンプする。
『……む? プレラーティか? もうそっちは終わっ──』
「ちょっとまて。それ以上此方に近付かないで欲しいワケだ」
『……え?』
そして。
ヒイロは背後に現れた気配に振り返ろうとするが……何故か、そう何故か近寄ることを拒否られてしまった。
『……』
振り返ってプレラーティの姿を目にしたヒイロは……色々と思う所はあれど、まず浮かんだ疑問に次いで尋ねた。
『……あの、何その格好?』
「コイツはファウストローブなワケだ。断じてコスプレではないワケだ。近寄るなよ」
『……』
ファウストローブとは……? という疑問で一杯だったが、今度は再三に渡る近付くなという警告が気になってくる。
『なぁ……俺何かした?』
「いや……お前はナニをしたワケだろこの変態。近付くなよ」
『え?』
別に微塵も近付いていないのに、異様なまでの警戒に流石に傷つき始めるヒイロ。
何故手伝ってあげたのにこんな扱いを受けなきゃならないんだ……?
そう首を捻るヒイロの背後に、更に何かの着地音がする。
振り返ると……三人の少女が、シンフォギアを纏って着地した。
『! お前等か。随分と遅かった──』
「あ、ちょっとGANTZさんは距離置いて貰って良いっすか」
『え?』
──そして。
彼は雪音クリスから、ビシッと近付くなと釘を刺された。
「いや、別にお前が嫌いとかそう言う訳じゃないんデスよ。……ただね……その、ね? 色々ある訳デスよ」
今まで『GANTZ』としての自身を嫌っていた妹からは……何処か距離を置くような慰めの言葉を投げかけられ、距離を取られ。
「……」
妹の友達だという月読調からは……なんとも言えない、こう……冷たい目で見られた。
『……』
彼は……何故か、そう本当に何故か……シンフォギア装者からも接近を拒否された。
ヒイロは静かに、仮面の下で泣いた。
ただ真剣に戦っていただけなのに……一体何故、急に彼女達から距離を取られるようになってしまったんだ?
なんで……どうして……。
幾度も重ねた戦いの疲れ、仕事の圧力、未来への不安。
その中での少しばかりの癒やしすら取られ……結果、色々なヒトから距離を置かれるという始末。
──彼は思った。
『……はい。帰ります……』
もう部屋に帰って寝よう、と。
◇
「……じゃあ、アイツはアンタに言われて戦ってたって訳か?」
「……ああ。そう言うワケだ。なんか……よく分からん拳法使うとかなんとか言ってて……まさか
ヒイロが消えた場にて、プレラーティとシンフォギア装者達は会話をしている。
一応、装者達は無線でプレラーティが参戦するという話は聞いてたし……その参戦故、ヴァネッサを拘束できたと聞いている。
「……現代拳法デスか……お、恐ろしものデス」
「あれは恐ろしい通り越して悍ましいだけどな」
「確かに」
それで、彼女達の足下ですやすやと眠っている少女……ミラアルクを挟んで、打ち合わせをしていた。
「……そいつ、大丈夫なのか?」
「ああ。見たところ応急処置は済んでいるワケだ」
それを聞いた装者達は皆、あのGANTZがそんな優しいことするなんて……! とでも言いたそうな顔を浮かべ、しかしすぐに質問を続ける。
「……お、お腹は?」
「……後で精密検査する」
「……」
当然気になる疑問だったが、それはプレラーティにも分からないそうで、彼女達は皆何処かモヤッとした気分になる。
「……じゃ、ともかく私はコレで失礼するワケだ。また追って連絡をする」
「あ、ああ……分かった」
とは言え、ここで黙って突っ立っているわけにも行かず。
彼女達はおのおのするべき事を果たす。
プレラーティはミラアルクをかつぎ、転移結晶を構える。
その間、彼女の脳裏には幾つもの思いが巡っている。
それはヒイロのこと。
流石に言い過ぎたな、とか。
アレはどう言う技だったのか? とか。
絶対に私に使うなよ? とか。
それはともかくとして寝かせねーとな、とかとか。
図らずも彼女のおかげでヒイロはミッションまでふて寝して、その後も寝続けることとなったのだが……当然そんなことは知らない彼女は、自分が言いすぎたことを気にしていた。
「……あ」
そうして考えを巡らせていた彼女は、ふと何かを思い出した。
「……そうだ。折角来たんだ……
「え? ……エルフナインか?」
「ああ」
彼女は自身の持つスペルキャスターを見つめ……統制局長が草案した計画について思いをはせる。
「……どうも、今の統制局長は過保護なワケだ」