GANTZ:S   作:かいな

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孤独の恐怖

「ヒイロさん、ヒイロさん!」

 

「……」

 

「ヒイロさん! 授業終わりましたよ」

 

「……おう」

 

 結局ヒイロさんはずっと寝たまま、そのまま授業が終わってしまった。

 先生も授業が終わったらさっさと帰ってしまい、それに倣うように授業を受けていた人たちもさっさと帰り支度を始めている。

 にわかに騒がしくなる教室の中で、それでも顔を突っ伏したままのヒイロさんに何回か声をかける。ようやく目を覚ましたヒイロさんは、未だに眠そうな目でぎろりとこちらを睨みつけた。

 寝起きのヒイロさんは中々機嫌が悪そうな眼付きで……以前までだったら少し怖かったかもしれないけれど、あれだけぐっすり眠られてた後だとその怖さも半減だ。

 ヒイロさんっていつも私より早く起きるから、寝起きの顔を見れたのは今日が初だ。だからあまり寝起きの顔とか見た事はないんだけど、多分いつもこんな感じなんだろうなと感じる。

 

「帰るか」

 

 そして起きてからのヒイロさんは素早かった。

 義務的に出していた教科書をバックに放り込み、パパパッと筆記用具なんかを突っ込んだらもう帰る準備は万端だ。

 

「あの、これ……」

 

 あまりにも早い帰り支度にちょっと引きながら、ヒイロさんに渡されたメモ帳を返そうとする。

 

 ……正直に言って、これを全部読むことはできなかった。

 別に字が汚いとか、見づらいからとかじゃない。

 ただただ、物凄い情報量だったからだ。この授業の時間をすべて使っても読み切れないほどに。

 

 あれほど授業に不真面目なヒイロさんの作ったメモとは思えない。

 至極真面目……というか、熱意というかなんというか……若干の狂気すら感じるほどの書き込みだった。

 

「……」

 

 メモ帳を受け取ったヒイロさんは、暫くそれを見つめたかと思うと、おもむろに私に差し出してきた。

 

「こいつはやる。俺にはもういらん」

 

「え? わわっ!?」

 

 ほれっと無造作に投げられたメモ帳を慌てて受け取る。

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「気にすんな。それよりさっさと行くぞ」

 

 ヒイロさんはしかし、もうメモ帳には興味がないとばかりに私をせかす。

 と、もう随分と周りが静かになっていることに気づく。あたりを見渡してみると、もう教室には誰も残ってはいなかった。

 その景色はどこか今日という日の終わりを物語っているようで、少し寂しい気持ちになる。

 

「……」

 

 今日は……楽しかったな。

 思わずそんな事を考えてしまう。

 

 別に家事をするのが嫌だという訳じゃない。ただ、あんなことがあって、暫くはただ大変で忙しい日々を送って。

 けど、そう……昨日だ。ようやく家事をするのにも慣れて、誰もいない部屋で一息ついて……ふと思ってしまった。

 ……もう一人の私のことを。

 

 その瞬間から唐突に、異様な程の恐怖が私を襲った。

 最近はしっかりと眠れた日なんてなかったけど、昨日はもっとひどかった。ただただ怖くて寝れなかった。

 朝になっても恐怖感が薄れることはなく、どころかヒイロさんが家を出てしまう時が近づくにつれて余計に恐怖が募っていった。

 

 ……だから、ヒイロさんが私のお願いを聞いてくれたのは凄く……すごく、うれしかった。久しぶりの外も、今までとはまるで別世界のようで……。

 

 本当に、今日は──。

 

「おい立花、置いてくぞ」

 

 何て周りを見ていたら、既にヒイロさんは教室を出ようとしていた。

 

「あっ、す、すみませんっ!」

 

「チッ……今日はまだ寄る場所がある。早くしろッての……」

 

「……」

 

 うぅ……だったら最初から言ってくれればいいのに……。

 ヒイロさんはたまに予定とかそういうのを教えてくれない時がある。

 ちょっと理不尽に感じつつも、好意でここまで連れ来てもらってる以上何も言い返せなかった。

 

「……」

 

 小走りでヒイロさんの後を追って教室を出た。

 

 大学を出た後、私たちはバスに乗って街の方に出た。

 ヒイロさんは用があると言っていたけど、その用事というのは分からない。

 参考書とかをヒイロさんが買いに来るとは思えないし……。

 あ、もしかしてハンバーグの材料かな。確かにひき肉がなかった気がする。

 

 ともかく黙ってヒイロさんについていくと、家電量販店に来ていた。

 

「ここだ」

 

「……あの、何か買うんですか?」

 

 本当に分からなくなってきた。

 恐る恐るヒイロさんに聞いてみると、意外なことにヒイロさんは普通に答えてくれた。

 

「買い物じゃない……お前、確か携帯は持ってたよな」

 

「え、あ、はい……その、電話は出来ないんですけど持ってます……」

 

「電源入ればそれでいい」

 

 ガンツに呼び出されてから電話が使えなくなってはいたけど、一応電源は入るので持ってきてある。

 ポケットから出してヒイロさんに見せる。

 

 でもなんでいきなり携帯──。

 

「あっ」

 

 一瞬疑問が頭をもたげたけど、すぐにどういうことか分かった。

 

「あの──」

 

「通話できりゃ転送できるからな。それでもう大学についてこなくてもいいだろ」

 

 そういってヒイロさんはさっさと店に入って行ってしまった。

 

「……」

 

 どこか突き放されたような気分になる。

 でも、そりゃそうだよね。今日だって随分と無理を聞いてもらっているんだから。それに本当なら、私はこの時間家事をしてなくちゃいけない時間だ。

 

 私は今、これ以上ないほどにヒイロさんから色んなものを与えてもらっている。

 だからこれ以上我儘は──。

 

「……」

 

 でも、それでも足取りは重く。

 とぼとぼと、ヒイロさんの後をついていった。

 

 ◇

 

「……」

 

「……」

 

 ハンバーグの材料を買うためにスーパーへと向かう途中。

 ヒイロと響は無言だった。

 

「……」

 

 ヒイロは凄く気まずかった。

 何せ、なぜこの少女がこんなに気落ちしているのかが分からなかったからだ。

 

 ヒイロは孤立した状態で星人に襲われる恐怖については理解している。

 だからこそ彼女が不安がるというのは理解できたし、いの一番に彼女の不安を解決できる連絡手段も確保したというのに……。

 

「……」

 

 この始末だ。

 何が不足だったのか分からない。

 

 ……別にヒイロとしては響がこのままでも敵わない。だが、あれほど楽しそうにしていた少女がここまで気落ちする理由というのも気になった。

 だから──。

 

「……チッ。立花……何が気に食わないんだ?」

 

 彼は、直球に突っ込んだ。

 

「え?」

 

「お前の要望通り大学には連れて行った。緊急時の連絡手段も用意した。何が気に食わないんだ?」

 

 歯に衣着せぬ物言いに思わず響の表情は凍り付き、歩みも止まる。

 

「……そ、れ……は……」

 

「……」

 

 そうして口を開こうとする響の目には涙が浮かび、顔は青ざめている。

 ヒイロが自身の態度に怒っていると思ったのだろう。

 

「……」

 

 別に全然怒ってないしただ理由が分からないから聞いてみただけのヒイロからしてみれば急に泣き出した響に内心非常に焦っていたのだが。

 

「……チッ。だから、怒ってねーっつの。一々泣くんじゃねーっつの……めんどくせぇ」

 

「……」

 

 頭を掻きながら、流石に自身の発言に何か問題があるのではないかと思い始める。

 

 思えば彼女が引き攣ったような表情になるのはいつも自身が口を開いた時だ。何度も彼女を追い詰めているであろう自身の発言を顧みてみる。

 そうして思い出されるのは、やはり罵詈雑言としか思えないものばかり。

 ……やはり何か言い方に問題があるのか……? 仕事以外で誰かと喋ること自体久々でどうも勝手がつかめない。

 

「……本当に怒ってないから…………単に……あれだ……同居人がそんな調子だと気が狂うッつーか……なんつうか……」

 

 これでも可能な限り柔らかくしたほうなのだが、それでもどこか棘があるように思える。

 しかしここまでやったことで、響にもヒイロが特別怒りを抱いている訳ではないことは感じ取れたのか、意を決したようにぽつりぽつりと言葉をこぼした。

 

「……今日……凄く……楽しかったです」

 

「……?」

 

「……いつも一人で……寂しくて……不安で、怖くて……。でも今日、一日ヒイロさんと居れて楽しかったんです……。だから、明日からはまた一人だと思うと……辛くて……」

 

「……」

 

「……ごめんなさい我儘ばかり言って。もう沢山……我儘を叶えてもらってるのに」

 

「……」

 

「……でももう大丈夫です! 明日からは、きちんと頑張りますから!」

 

 そう言って空元気を見せる少女の姿は、とても痛ましいものだった。

 そしてヒイロは自身の勘違いを理解した。

 

 彼女が怖いのは……星人ではない。

 

 彼女が怖かったのは、孤独。

 

 響の恐怖を理解した瞬間全てが繋がった。

 初めてヒイロの家に来た日。あの時ヒイロとの同衾を求めたのは一人が怖かったから。

 そしてその後もそれを求めたのも……。

 

「……はぁ」

 

 思わず息をつく。

 

「……」

 

 ヒイロには余裕がない。彼には彼なりに戦う理由がある。どうしても譲れないものがある。

 だから、本来であれば響には本当の意味で家を貸すだけのつもりだったし、今日はそのための準備のつもりだった。

 

 しかし。

 

「……」

 

 この少女は孤独だ。誰にも頼ることもできず……たった一人で社会からあぶれてしまった……そして唯一頼れるヒイロも頼れない状況に追い込まれてしまった。

 

 それがどれだけの恐怖だろうか。どれだけ心細いのだろうか。

 

 ヒイロにはその気持ちを真の意味で理解することはかなわない。

 

 けれどヒイロは……その孤独を常に慮ってきた。

 だからこそ──。

 

「え?」

 

 ヒイロは響の頭に手をのせた。

 

「あ、あの……」

 

 唐突すぎるヒイロの行動に、当然響も困惑の声をこぼす。

 しかし困惑する響の声を背後に、優しく頭を撫で始めた。

 

「ヒ、ヒイロさん……?」

 

 予想外の行動に思わず声を上げる。

 その、何時もの粗暴さを感じさせるヒイロとは真逆の……まるで優しい兄のような行動は少し気恥しく……けれど、ささくれ立った響の心を鎮めていく。

 

「……」

 

「……」

 

 暫くの間、また沈黙が下る。

 しかし先ほどのような嫌な沈黙ではない。

 

 そして暫く経って、ヒイロが口を開いた。

 

「……俺の好物はハンバーグだ」

 

「え?」

 

「……母さんが何時も作ってくれたそれが……好きだった」

 

 意図をつかめずにいる響を置いて、ヒイロは語り続ける。

 

「……だから立花。今日以外にも……ハンバーグを作ってくれ」

 

「……」

 

「そしたら……そん時はまた、大学くらい連れてってやるよ」

 

「……え?」

 

 それだけ言うと、ヒイロは気恥ずかしそうに響の頭から手をどかしてそっぽを向いた。

 

「……それだけだ! 分かったか?」

 

 色々と頭の処理が追い付かなくなった響だったが……徐々にヒイロの言葉の意味に気付いていった。

 

「…………は……い!」

 

 そして響は、少し涙ぐみつつも……先ほどの空元気の笑顔とは違った、本当の笑みを浮かべていた。

 

「ハンバーグ、頑張ります!」

 

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