「……か、風鳴訃堂……?」
沈黙したヒイロの隣で……プレラーティが困惑したように、そのガンツに映し出された人物の名前を語る。
「……そうか……アイツら……ブラックボールを殆ど掌握できてねぇくせに随分と小細工を……」
とうとう口を開いたヒイロは……ブラックボールの掌握というアドバンテージを覆された事に、真摯に驚愕した。
「……なぁ? これはどう言う事なワケだ?」
ようやく質問が出来たと言わんばかりに、プレラーティは少しばかり機嫌が悪そうに尋ねる。
ヒイロは一瞬の沈黙の後……口を開く。
「……コイツが……所謂ブラックボールのミッションだ。今……確認のために流してる……」
「……これが……」
一応報告書で読んだ程度の知識はあったプレラーティだったが……実際に目の当たりにすると妙な不気味さを感じる。
「クソ……アイツら、今日で全てを終わらせる気か……」
言いながらもヒイロは……ガンツを操作してS.O.N.G.との連絡をとる。
『はい、緒川です。どうなされましたか?』
ワンコールで繋がった先から緒川の声が聞こえてくる。
「緒川さん! 不味いことが起こった! 早く司令に伝えてくれッ!」
『え?』
「『企業』の奴等俺等を謀りやがった! もうすぐにでも、『企業』と訃堂の戦闘が始まっちまう!」
『ッ!? それは本当ですか!?』
「ああっ!」
急な連絡だというのに、緒川は即座に状況を理解し言葉を連ねる。
『──分かりました。司令には此方から伝えますッ!』
「……助かる」
返しつつ、ヒイロはガンツを操作してマップの確認。
そこに表示される黒スーツ達の戦況を把握し……やるべき事の取捨選択を始める。
まず最初に止めるべきは……大阪部屋からか? まだ顔馴染みだし説得はしやすい。
……いや待て。マネモブの連携もまた大きな脅威だし、アイツの格闘術はどれも俺が使うモノよりも遙かにえげつない。
だが相対した相手に対するえげつなさではお嬢様もやべぇし……クソッ!
全員やべぇ奴しか居ねぇッ!?
どうする……『神殺し』連中全員S.O.N.G.とは……
「……」
幾つものパターンを鑑みて、それらの内どれが一番
幾ばくかの沈黙の後、一つの選択を選んだヒイロは……ガンツを通じて緒川へと語りかける。
「……俺もこれから戦場に出る。……どれだけ持つかは知らんが……」
風鳴本邸に集結しつつある黒スーツと違う動きをして居る存在を見つける。
「……
日本最強の男、七柱殺しの岡八郎。
彼はまるで誰かを待つように……一人、戦場の端に立っていた。
◇
それはヴァネッサに対しての尋問が終わり、一段落が付いた司令室でのこと。
S.O.N.G.の今後の方針についての作戦会議が行われていた。
これはその一幕。
「──では、お爺様はやはり……」
「……ああ、既に裏も取れている。故に、かねてより準備を整えていた風鳴宗家への強制捜査、及びに逮捕。『企業』からの襲撃の前に、これもどうにかしなければな……」
S.O.N.G.達は既に、訃堂を公的に追い詰める手札を揃えつつあった。
──そして、弦十郎は口には出さないモノの……八紘の取った手段の皮肉さに、空寒さを感じざるを得なかった。
「……」
すなわち、護国災害派遣法の適用。
風鳴訃堂が施行を急がせたこの法律は、正に国を守るための法律。
その内容について語るのなら、特異災害発生時において即座に、またどのような事態が起ころうと柔軟に対応できる、と言うモノである。
一見、『護国のために』を貫き通した良き法律のようにも思える護災法だが、その実態は中々に非道である。
仮に、だ。
特異災害が発生した現場に避難に遅れた人が居たとしよう。
本来であれば助けるべき命であるが……護災法が適用された場合、その要救命者達ごと爆撃し、特異災害を解決することが可能となってしまう。
このようなことが可能となってしまう護災法。
それ即ち防人の法理であり、風鳴訃堂そのものと言っても過言ではない。
──だが、その法理こそが風鳴訃堂に牙を剥く。
何故なら、今回の風鳴訃堂の一件はこの護災法の適用範囲内。
この法律が有ったからこそ、風鳴八紘の手回しの元……S.O.N.G.は訃堂の喉元へと食らいつくことが可能となる。
……国を守ろうと施行を急がせた法律に、自身の首を絞められるのはどの様な思いなのだろうか。
「……」
自身の
弦十郎はやはり、八紘の兄貴にこそ逆らってはいけないな……と深く心の中に刻み込んだ。
「……なぁオッサン。一つ良いか」
と。
そんな風に弦十郎が遠い目をしていると、横からクリスが話しかけてきた。
「どうしたクリスくん?」
「……いや、思ったんだけどよ……その風鳴訃堂を逮捕やらなんちゃらするよりもよ、『企業』様の方がやべぇんじゃねぇか? 何時まで野放しにしておくつもりだよ」
それは常々感じていた疑問だったのだろう。
彼女は至極不服そうに問いかける。
それは……未だに好き勝手に暴れる『企業』に対しての対応である。
ヒイロからの情報提供という形でしかその実態を知れていないが、しかしこのまま放置すれば何が起こるのかは……火を見るよりも明らかだ。
……だが。
「それもまた準備を進めているが……だが、あまりにも関係する人物も多く……またそれらが全て
「……そうかよ」
彼等の厄介さとは、ブラックボールという武器のみに非ず。
大企業という組織形態も……日本における彼等の存在価値も。
様々な要因が重なり複雑化し、彼等を逮捕することが難しくなっていると言うのが現状だ。
故にこそ、S.O.N.G.にとって今は風鳴訃堂を逮捕することが優先であるのだが──。
「──司令! ヒ……GANTZさんから急報です!」
そんなS.O.N.G.に、急報が走る。
「! 何かあったのか」
何時になく焦った様子の緒川を見て、司令室に居た皆は何処か嫌な予感を覚える。
──そして。
「『企業』が……既に風鳴宗家への攻撃を開始してしまいましたッ!」
「なっ……!?」
その予感は正しく的中し……S.O.N.G.は即座の対応を強制された。
◇
それは、一人の女の恐怖。
死と隣り合わせの日常を送ってきた"私"という女の、最愛の人へ向けた……大きな恐怖。
「チノちゃん! 注文入ったで~」
それは何時もの、日常の光景。
貴方が注文を受けて、私が作る……何てことはない、普通の日々。
私にとって大切なモノ、守りたいモノ。
「今回も楽しみや。配点高いとええんやけどなぁ」
「……」
なのに貴方は毎日のように……ミッションを楽しみにしている。
何故貴方は何時も……非日常を求めるの?
「……うーん。やっぱ点数伸びんなぁ」
「……」
「ま、次のミッションに期待や!」
何故貴方は何時も……私と居られる日常を軽んじるの?
「……お。百点か……一番、どうや?」
なのに……何故貴方は、私に"一番"を選ばせようとするの?
私の問いかけに、貴方は何時も優しく笑うだけ。
絶対に答えてはくれない。
でも、私にそれは無理だから。
……私は、貴方の子供を作れないから。
だからずっと不安になる。
私をもう……要らないと。
ふとした時にそう言われてしまうのではないか、と。
何時か貴方が私を……捨ててしまうのではないかと。
愛し合った証が作れない私には……それが不安で不安で仕方が無かった。
「……あーあ。なんかおもろいこと、起こらへんかなぁ~」
そうして貴方は、何時もの定位置で、何時ものように、けれど前までとは違って、私のお店の服を着て座っている。
私はそんな貴方に小言を言って、働かせている。
そう言う大切で……守りたかった日常。
何時か……必ず壊れてしまう生活。
「……」
だから安心したかった。
答えが欲しかった。
教えて。
私を愛していると、教えて。
貴方の本心を、教えて。
「! チノちゃん……今日は店仕舞いやな」
「……ええ。分かってますよ」
……教えて。
どうして、一歩間違えば死んでしまうような戦いに呼ばれているって言うのに……。
「よーし! 今日もやったるで! バンバン二番をとるんや!」
「……」
なんでそんなに楽しそうなの。嬉しそうなの。
どうして……。
「よっしゃ! チノちゃん、行くで!」
答えてはくれないのに……何時も私の手を引いてくれるの。
どうして私を、何時も守ってくれるの。
「ふーん。なんや人間っぽいな今回は」
どうして……。
「おっ、なんやワイが最初やんけ」
どうして貴方は……。
「……ワイさんが居ない?」
私と一緒に……戦おうとしてくれないの?
◇
「……また来たか」
場所は風鳴本邸。
その場にて風鳴訃堂は、最早呆れるでもなく、疲れ果てたという様子でもなく。
ただ粛々と襲撃を仕掛けてきた相手を受け入れる。
無言で戦いの場となる庭へと足を向け……彼の目の前に黒いスーツの男達が現れる。
「……」
そして訃堂は即座に感じた違和感に気付く。
肌に感じる殺気。その数が……今までの比では無いと言うことに。
──更には、その殺気の中に……幾つか鋭いモノが存在することに。
「お。丁度良いくらいの標的が居るじゃねぇか。こんな爺の星人なら俺でもやれるぜ」
目の前でペラペラと喋る黒スーツの男を無視して、訃堂は一瞬にしてその警戒度を跳ね上げる。
こちらに集まりつつある幾多もの鋭い殺気。それと……もう一つ遠方にて、
「他の奴等は引っ込んでな。俺は安全に百点が取りたいんだよ」
「なんやお前? 何仕切ってるん。あのな、今回は明らかにおかしーから、どんな奴が相手でも連携して─」
「百点を取りゃ、ブラックボールから支給される武器も強力になるからな」
「ワイの話聞いとる?」
そして今。
目の前にて……訃堂の敵となる国賊達が、何か言い争いをしている。
まぁ言い争いと言っても、大量に集まった黒スーツ達の中で先走ろうとする男を関西弁の外国人がいさめているだけなのだが。
「俺の部屋は殆ど全滅状態だが、取りあえず俺はそこそこの星人一匹倒してミッション終了までステルスするぜ」
そして。
「!?」
おかっぱ頭の黒スーツは何処までも一人きりで戦い──サイコロステーキのように切り分けられた。
「うわ……つっよ、あのじいちゃん」
──最早戦いですら無かったその戦闘は、黒スーツ達はを黙らせるのにはうってつけだった。
だが。
それを見ていた黒スーツ達は……恐怖など無いように、皆目の色を変えて武器を構える。
「ならなおさら……チノちゃんとは戦わせられないやん」
「……」
──そして、黒スーツ達の中でも先頭に立つ大阪部屋の和井は……刀を構える。
彼は、
「おあああああっ!!」
──そして。
三者三様の思惑が渦巻く中、神殺しが居ない戦場にて……虐殺が始まった。