「……あ?」
空が見える。
星々が煌めいて、輝いて。その中でも一際大きく輝いて見える星がある。
月が、此方を睥睨するように天に座していた。
「……?」
けれど何故だろう。
何故私は……空を見て……。
ぼんやりと霞がかった思考で答えを求め続ける。
……すると、何処からかドタバタと足音が聞こえてきた。
「あ、ああ……そんな……」
視線を向ければ、そこにはあのクソ爺と一緒に戦った黒髪の美女が……今にも泣きそうな表情を浮かべて此方を見ている。
不思議に思った私は、思わず彼女に声を投げかけていた。
「……貴方……は……」
「……! 貴方意識がお有りですの!?」
「……はぁ?」
目の端に涙を溜めた彼女は何処までも驚いた様な表情を浮かべたかと思うと、また酷く絶望した目で私のすぐ横を見た。
「……すぐに止血いたしますわ」
「……え? 止血……?」
彼女はまた不思議なことを言ったと思えば、今度は私の質問に答えることなく私の体をまさぐってくる。
「……」
「……」
……何も言わない。
彼女は……何も言わなかった。
「……」
そして遂には、彼女は何も言わぬまま……その手を止めてしまう。
流石によく分からなすぎて、少しイラッとした風に彼女に問いかけてしまう。
「……何なんですか? さっきからずっと──」
「御免なさい」
「……え?」
けれど。
彼女は
「私にはもう……御免なさい……これ以上……何もッ」
「……」
「……こんッなのッ……手の……施しようが……」
「……」
……その取り乱し様は今までの高貴めいた彼女の雰囲気からは考えられない姿であった。
だから……ようやく私は一つのことを思い出せた。
──何かの衝撃が私を襲ったことを。
「……私は……どうなってますか」
「……腰から下の下半身と……両の腕が吹き飛ばされています」
「……そう、ですか」
だから、その質問に対する答えは簡単に受け入れることができた。
思えば身体が全体的に軽い、というか……なんだか全体的にスカスカな感じがする。
「……何で……私は……生きてるんでしょうか……」
「……」
何処か自嘲めいた私の問いかけに、彼女はしくしくと涙を溢すばかりで。
私は……。
「……」
私は、そんな彼女の姿に小さな違和感を覚える。
何故……私よりもずっと、彼女はそんなに悲しそうにして居るのだろう。
段々、思考だけでなく視界すら霞がかってきて……もう殆ど見えない。
なのに、彼女のそんな態度だけがひたすらに気になって……。
気付けば私は、首を支える力すら保てずに……こてんと首が折れる。
「え」
そして霞がかった世界に、強烈な赤が。
私のすぐ横に……
それ、は──。
「……」
「初めてお会い……出来たのに……」
それは私の最愛の人。
「……っ、こんなのって……」
その、成れの果て。
「……和井、さん?」
彼は、私と同じように腰から下が無くなっていて。
けれど私とは違って、残った身体すらズタボロで。
「……もう亡くなられておりますわ」
「……」
何より、彼の半開きになった目にはもう。
──何の光も、灯っては居なかった。
「……あ」
それが、私の見た最後の世界。
「ああっ」
もう何も見えない。
何も聞こえない。
「いやだ、どうして、いやだ、わいさん、どうして、あアッ」
ただ、自分の発する悲鳴だけが暗闇に轟いて。
「っ、あああぁぁあああっあああ……」
ああ……。
どうか、神様。お願いです神様。
お願いです、どうか……どうかこの世界が……。
「……ぁ」
この世界が……夢で………………。
◇
「……」
『お嬢様』は一人、目を伏せて彼女達の末路に涙を流す。
しかし、彼女はすぐに目元を拭ったかと思うと……和井と『チノちゃん』の絶望に見開いた目を閉じさせる。
「……どうかせめて……安らかに」
そうして彼女は立ち上がり、眩い光が轟く風鳴本邸へと視線を向ける。
──そこでは。
「ッ──があああっ!」
『マネモブ』達が同時多角的に掌底を放ち。
「温い」
「!?」
それを……どう言う理屈か、
──年の頃は二十の中ほど。
青い髪をはためかせ……若々しく美しい容貌に刻まれた険のある表情からは、その若さと相反する様に老獪さを感じさせる。
また全身の筋肉は先程よりもずっと隆起しており……今の身体こそが、訃堂にとっての肉体的全盛期である事が窺えた。
「人の技が……神に届く筈もなかろうがッ!」
そして。
後光のような光を纏った訃堂は即座に拳を抜き放ち……自身に纏わり付く『マネモブ』を一撃の下に解体していく。
「ブぐっ」
「!? 8号がやられたッ! 退──がぽッ」
──その速度は神速。
彼らは訃堂と一合しただけでその命を二つも犠牲にした。
「……ゾクゾクするやんケ」
「……やべぇ。お嬢ちゃん達早う逃げッ!」
「クソッ、
「やってみなきゃ分かるわけ無いだろそんなの!」
彼らは皆口々に言い合いながらも、既にその脳内には次なる一手を想起している。
……だが。
その戦いの先にあるのは……確実なる『死』であると言うことが、彼女にはよく分かった。
「……『なんJ』さん。……青髪の女の子」
だからこそ……彼女は静かに闘志を滾らせる。
「……多分、私もすぐに
敗色濃い難敵……分の悪い戦い。
それでも彼女は、戦いの場へと足を向ける。
一体何が彼女を突き動かしているのか。
──さて。
彼女には……常人とは違う世界が見えている。
生まれた頃より、彼女は物事における『最適解』が見えていた。
彼女の世界を例えるならば……ノベルゲームの選択肢の様なモノ。
仮にだ。
『テーブルの上にあるリンゴ』を取ろうとした場合、普通の人であればそのままリンゴを取ろうとするだろう。
しかし彼女の場合は違う。
その行動に移る前に、一度脳内で幾つもの処理が走る。リンゴまでの距離、歩数と足を踏み出す角度、地面を踏む力……等々。そう言った演算の結果、リンゴを取ると言う行動に対しての最適解を得る。
そして『最適解』を考えてから行動に移るという行程となっている。
コレが先程の、『テーブルの上にあるリンゴ』を取るレベルの動作で常に起こっていた。
故に、『お嬢様』の見ている世界が常人とは違うことを知るまでの両親は、彼女のことを非常に心配していた。
一挙一動が他の子供よりも遅く、偶に熱に浮かれたように鼻血を出すことなどしょっちゅうだった。
そんな他の子との違いから、自分の子が何か重い病気か何かなのではないのかと気を揉んでいた『お嬢様』の両親であったが……しかし、その症状はある時から急激に解消されることとなった。
格ゲーとの出会いである。
彼女はある日動画サイトで見た格ゲーのプレイ動画を見て……思った。
何故、この人はこんなに悪手を打ち続けるのだろう。
私だったらもっと上手くプレイできるのに、と。
ある意味普遍的な理由から両親にゲームをねだった彼女は、初めてプレイした日からネット対戦に潜り……当然のようにズタボロにされた。
ボコボコにされたのには幾つか理由があるが、大きいの理由としては先述の通りの行動の遅さである。
彼女にとっては、戦況が常に変わり続け『最適解』が移り変わる格ゲーは、それはもう相性が悪かった。
コレに関しては彼女の体質的に、もうどうしようもないこと……だが。
だが、そんなことはどうでも良かった。
──何故なら、彼女は既にブチ切れていたから。
ボッコボコにされた彼女は……それはもうキレた。
壁際で嵌められたことも。高速屈伸で煽られたことも。思い通りに動かない自身の身体にも。そしてクソのような回線の御陰で思い通りに動かない自身のキャラにも。
この世の全てにブチのギーレェだった。
故に、彼女は面白いほどに格ゲーにのめり込んでいった。
元より負けず嫌いという事もあったのだろう。しかし格ゲーの持つ魅力にそのものに囚われた彼女は、まるで坂を転げ落ちるかのように格ゲーを突き進んでいくこととなる。
そうして時は流れ……彼女が格ゲーにはまったのが8歳の頃なので、丸々20年を格ゲーに捧げた事になる。
正直、その20年で生み出されたモノは引きこもりアラサーの女の子だけだったが……それでも格ゲーが彼女に与えた恩恵は大きく。
家の中の配線は彼女が全て把握するようになったし、DIYで一階から二階までLANケーブルを通るよう梁を改造したし……その途中に転落して頭を強打した結果死んでしまったり。
色々とあったが彼女は常人と同じような行動が出来るようになっていた。
いや、『最適解』を選び続けるという性質上彼女の動きは常人よりも鋭いモノとなる。
「……」
故に、彼女には
即ち、自身の死である。
だがそれでも彼女は戦場に赴く。
それは何故か。
それは仇討ちでも……ましてや戦いが好きだからでもない。
──その理由はただ一つ。
「そちらのコスプレイヤーのお嬢様方。危ないから早くお逃げなさい」
「……え?」
大人として。
武器を構える装者達よりも長く生きた先達として。
彼女達を守るために。
「……」
……何より仲間を守るために、彼女は戦う。
「──はあっ!」
直後、彼女は装者達の返事を待たずして訃堂へと飛びかかる。
「むっ」
「っ──」
訃堂が反射的に放った神速の拳を、しかし彼女は最適解を導き出し的確にカウンターと重ねる。
バチンッ、という彼女の拳が訃堂の顔面に突き刺さるが──しかしその効果を実感することはなく、即座にホルスターからソードを抜き放つ。
そして。
「おおおおっ!」
それに合わせるように、残った『マネモブ』達が訃堂の周囲に展開、それと同時にソードとYガンを構える。
「ほう」
何のやり取りもしていないと言うのに、即座に連携を可能としている両者の動きに、護国の神と化した訃堂でさえ息を吐く。
しかし。
「──貴様等であれば……値する」
何時の間にかその両の手には、二つの宝刀『群蜘蛛』が握られていた。
「我が権能。護国の一撃を」
直後、『お嬢様』は強烈な死の予感に身体を震わせ──『マネモブ』へと叫ぶ。
「合わせろッ!」
「っ、ああ!」
果たして、それは正解だったのか。
訃堂の『群蜘蛛』が白く発光した瞬間、訃堂へと迫る
そして。
「ああっぐうっ!?」
次いで『お嬢様』の両手と、『マネモブ』の持つ武器が吹き飛んだ。
「む?」
訃堂は、自身の放った護国の権能が及ぼした結果に首を捻る。
その疑問は明白。
明らかに規模が小さいのだ。
──そう。
本来であれば、彼は先程『企業』のビルを吹き飛ばした極大の一撃を以て周囲一帯全てを吹き飛ばすつもりで居た。
だと言うのに、破壊されたのは『お嬢様』の両腕と……『マネモブ』の武器のみ。
訃堂は使いこなせていなかった。
……否、まだ理解していないのだ。その埒外の力の自身の力の理屈を。
「……」
故にこそ生まれた思考の空隙。
『お嬢様』は小さく笑い、スーツが流動する。
──『お嬢様』の選んだ『最適解』により両腕は吹き飛んだ。
だが。
訃堂という達人を超えた達人が……唯一無防備となるこの瞬間を生むために。
全てはこの一撃のために。
「ああぁぁあああ!」
彼女はバランスを崩しながらも、しかし人生最高の蹴りを訃堂の頭部へと抜き放つ。
「──!?」
その一撃は小さな竜巻。
旋風と化した蹴りは、正に首を刈り取る一撃。
完全に訃堂の虚を突いた『神殺し』の一撃は──痛打となって訃堂の意識を瞬間的に吹き飛ばす。
「──あーあ」
しかし。
両の手を失った彼女は……覆らぬ未来に、少しだけ残念そうに息を吐く。
──彼女は既に次の展開を読んでいる。
さて、時に自身の知識を超え獣のような直感によって得られるその解は、彼女に複数の『最適解』を提示することがある。
現在彼女には数十通りの『最適解』があった。
そんな中彼女が選んだ選択とは……訃堂相手に最も時間が稼げる行動である。
そして。
「皆様! 今のうちに早くお逃げになって!」
この後彼女はどう動いても……死ぬ。
「まぁ……最後まで足掻きますけどもッ!」
彼女は両腕を失いながらも、立ったまま意識を失った訃堂の頭に渾身の踵落としを喰らわそうとして。
「──果敢無き哉」
死の予感に目を覚ました彼が、その踵を軽く受け止める。
両腕を失い、決死の覚悟で稼げた時間は……
その事実に少しだけ泣きそうになるも、彼女は何処か満足していた。
「──残す言葉はあるか。武士よ」
「……一思いにどうぞ」
「良かろう」
それは戦士として、ほんの数瞬だけでも目の前の達人から意識を奪う事が出来たから。
……何より。二人の仲間を殺された意趣返しが……少しでも出来たから。
「……」
ああ、だがせめて。
(……彼に一言……伝えておきたかった──)
彼女は最後に、そんな風に思って──。
「──だとしてもぉぉぉッ!」
「……え」
その思いは、繋がれた。
後方より突き進んだその拳が訃堂を撃ち抜く。
「むぅ!?」
それは正しく訃堂の意識の外からの一撃。
つまり……気にもとめない雑魚の一撃でしかなかった。
だが。
「ぐっ!?
その拳には、二千年と受け継がれてきた神を殺す一撃が宿っている。
「──真似人さん!」
「おうよっ!」
そして、装者達はシンフォギアを
次いでその補佐をするように何人もの『マネモブ』が訃堂の元へと駆けていくが……その中の一人が『お嬢様』の元へと駆け寄ってくる。
当然その光景に目を丸くしたのは『お嬢様』である。
「ちょっ……何で!? 何故逃げてないんですの!?」
「何故って……人助けがワシのモットーやん?」
「いや! 知りませんけれ……!?」
話が通じねぇ! とばかりに叫んだ『お嬢様』だったが、血を失いすぎたせいかくらっと意識を失いそうになる。
「おっと。まずは止血止血」
「……それっ、よりも……! 早く逃げなければ……皆死んでしまいますのよ!?」
だが、それでも彼女は……自身の治療を始める『マネモブ』に食ってかかる。
しかし。
「逃げてどうする」
「……え?」
「もうミッションはミッションの体を為してない……アンタは見れてないだろうが、既に時間制限がなくなっているし……マップもおかしな事になっている」
「……」
『マネモブ』は、常の着飾るような言葉遣いを止め……標準語で語り始めた。
「であるなら。ここを生き延びるためには……あの化け物お爺さんと勝たなければいけない。その為の処置だ」
「……です、が! 勝てる可能性は……!」
「それが……そう言う訳でもなさそうだ」
「……え?」
一体、彼と装者達の間にどのような会話があったのか。
『マネモブ』は何処かを見つめて、『お嬢様』にこう返す。
「アンタが稼いだ数瞬は……アンタが思っている以上に重要なモノだッた」
傷口を堅く縛り終えた『マネモブ』は、彼女を担いで戦場から少し離れた場所まで連れて行く。
──そして。
「ちょっ! これはどう言う状況デスか!?」
「な、何コレ……!?」
風鳴本邸の入り口からは、切歌と調。
そして幾人かの黒スーツ達が。
『……おい! これはどう言う状況だッ!』
「ほう……こうなったんか」
飛行ユニットから……ヒイロと岡八郎が。
そして。
「おおおおっ! 現着!」
「デデ!? 何で司令がここに!?」
「と言うか何故空から!?」
何処からかすっ飛んできた……戦士となった風鳴弦十郎が。
今……ここに戦力が集結しつつあった。
そんな状況を見ていた『お嬢様』は、何処か気まずそうに言葉を漏らす。
「……半分知らない人なんですけれど……」
「ああ。だが……アンタはこの戦況、どう見る?」
「……」
「俺が思うに……まだ死ぬことを受け入れるのには早いと思うんだが」
『マネモブ』のその問いかけに、『お嬢様』は押し黙る。
──さて。
時に自身の知識を超え……獣のような直感によって得られるその解は、彼女に複数の『最適解』を提示することがある。
故に、彼女の直感は……一つの答えを紡ぎ出す。
「……ええ。そうですわね」
そう、それは──。
「応急処置を大至急頼みますわ。すぐに戦場に戻ります」
新たに開けた、