GANTZ:S   作:かいな

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転調

 朝、朝食のいい匂いが部屋に充満する。

 その匂いに誘われる様に……立花は目を覚ました。

 

「……うぅん……」

 

「おい、さっさと起きろ」

 

「……あと5分……」

 

「おいコラ!」

 

「うひゃっ!?」

 

 何時も通り早く起きてしまったヒイロは、朝ご飯を作ったり身支度を整えたりなどなど……ヒイロが朝やるべき事を殆ど終えた所でようやく、何で家事を俺がしているんだ? と気が付いた。

 

 あんまりにも気持ちよさそうに眠っているものだからと起こさないでいたが、よくよく考えてみれば家事はコイツの仕事じゃねーか。

 

 そうして立花を叩き起こした次第だった。

 

「お前……もうちょっと早く起きる努力しろよ……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 しょんぼりする立花をみて軽く息を吐き、作った朝ご飯をテーブルに置く。

 

「さっさと飯食えよ」

 

「ありがとうございます……」

 

 もそもそとご飯を食べ始めた立花を横目に、ヒイロは大学へ行く準備を始めた。

 

 ヒイロがつけたテレビには朝のニュースが流れていた。

 内容は言うまでもなく、ノイズの事。

 

「……やっぱり、最近ノイズひどいですよね」

 

「……まぁな」

 

 響の言葉に適当に相槌を打ったヒイロは、ボスッと布団に座り込み響と同じようにニュースを見る。

 どこか気の抜けた表情を浮かべているヒイロを横目で眺めていた響は、ポツリとつぶやく。

 

「ヒイロさんは……」

 

「あん?」

 

「ヒイロさんは、何か事情を知ってるんですか?」

 

 それは言うまでもなく現在のノイズの大量発生の事だろう。

 問われたヒイロは軽く息を吐いて答える。

 

「知らん」

 

「……」

 

「俺が知ってるのは一般的な知識だけだ。なぜ東京近辺にここまで大量発生するのかも分からないし……風鳴翼が何故ノイズと戦っているのかも謎だ。……いくら調べても何の情報も出てこない」

 

 そういってヒイロは自分が作った朝ご飯を食べ始める。

 その姿はどこか悔しそうでもあり、本当にヒイロもノイズの事については知らないのだと思われる。

 それを見て、響は質問を続ける。

 

「……ツヴァイウィングって、知っていますか?」

 

「……」

 

 ピタリとヒイロの手が止まる。

 

「そりゃ知ってる。風鳴翼と天羽奏のユニットだろ」

 

「……じゃあ、その……奏さんも、戦っていたんですよね?」

 

 それは何か、確信でもあるかのような問口だった。

 ヒイロは少し疑問に思いつつも、響の質問に答える。

 

「……ああ。俺の知る限りでは」

 

「そう……ですか」

 

 天羽奏。

 彼女と風鳴翼のユニットはツヴァイウィングと呼ばれ、その確かな実力と麗しの美貌に魅了された人は多く、彼女たちのライブは常に人で埋まるほど人気であった。

 しかし二年前。ライブ会場で起きたノイズの大量発生の際に……大量の死者行方不明者とともに天羽奏は死亡してしまった。

 そこから風鳴翼はソロでの活動を始めて今に至るのだが……。

 

「何で急にそんな事聞くんだ? ……つか、そういやお前風鳴翼があのヘンテコスーツ着て暴れててもあんまし驚いちゃいなかったよな。なんか知ってんのか?」

 

 確かにツヴァイウィングは人気もあったグループだが、それももう二年も前の話だ。しかも既に故人。

 それはふとした疑問。それを受けて、今度は響の食事の手が止まった。

 

「……私、あの時会場に……いたんです」

 

「……」

 

 それはヒイロとしても聞き逃すことのできない話だった。

 

「……お前……あの会場にいたのか……」

 

「……やっぱり、ヒイロさんも戦ってたんですね」

 

「……」

 

 ヒイロも覚えていた。

 何せあそこまで多くの人が被害に遭ったノイズ事件というのは過去に類を見ない事態で、あれほどの規模のノイズと初めて戦ったミッションでもあった。

 

「私……あの時、奏さんに助けられたんです。……でも、ずっとその時の事は夢だと思っていて……」

 

「……」

 

「やっぱり、奏さんはノイズと戦っていたんですね。少しだけ、スッキリしました」

 

 そういって悲しそうに笑う響の表情は、それでもどこか決別がついたような表情であった。

 

「……」

 

「……」

 

 テレビでは未だにノイズのニュースが流れている。二人の食卓が少しだけ暗くなる。

 

「……」 

 

 響に問われてヒイロもあの事件の事を思い出していた。とはいっても、ヒイロとしてもあの事件はあまりいい思い出ではない。

 転送された時には既に地獄絵図。状況は終盤に差し掛かった辺りで、ヒイロができることは少なかった。

 

 だが響が何故風鳴翼が戦っているところを見ても驚いたりしないのかは理解できた。

 確かにあの時ツヴァイウィングが戦っているところを見ているのなら衝撃は少ないだろう。

 

「……ん?」

 

 ……と、響の翼に対しての動向を思い出しているとふと疑問が浮かぶ。以前からちょくちょく感じていた違和感だ。

 

「……そういやお前、なんで風鳴翼とかを翼さんって呼んでんだよ」

 

「えっ?」

 

 あまりに急な話題転換。思わず変な声を上げてしまった響であった。

 

 それは呼び方。助けてもらった、とはいってもあくまでもそれだけの関係。にしては、まるで知り合いかのような言い方だ。

 響の方は少し言いづらそうな表情を一瞬浮かべて、軽く苦笑いしながら話し出した。

 

「あ~っとですね……実は私、前までリディアンの生徒でして……」

 

「リディアン? 風鳴翼がいる?」

 

「はい! そのリディアン音楽院です!」

 

 ああ、それで。

 思っていたよりもつまらない理由だった。

 風鳴翼は現在高校三年生。響が一年生であることを考えると、彼女たちは先輩後輩の間柄という訳である。

 同じ学校でもあるし、やはり面識があるのだろうか。

 なるほどと納得したところで、もう一度響の顔を見る。

 

「?」

 

「ふーん…………リディアンね……そうは見えねぇー……」

 

「ちょっ、どういう意味ですか!?」

 

 実態は違うのだと理解していたのだが、なんとなくお嬢様高校だと思っていたヒイロにはどうも目の前にいる女子がリディアンの生徒だとは思えなかった。

 

 風鳴マジックが壊れた瞬間でもある。

 

「……」

 

「……」

 

 ぷくっと頬を膨らませた響であったが、次第にそんな自分が馬鹿に見えたのか、プッと笑みをこぼす。

 それにつられてヒイロも小さく口角を上げていた。

 

 そのどこか茶化した空気はさっきまでの暗い空気を押し出していく。

 

 二人の生活が始まって早一か月。

 まだ慣れない所はありつつも、しかし響もヒイロも、互いを理解しながら……この生活に慣れ始めていた。

 

 ◇

 

 洗濯物を干しながら、ベランダに差し込んできた陽光に目がくらむ。

 

「うーん……いい天気だなぁ」

 

 そんな事を呟きつつも、お兄さんが使っている布団をベランダに掛ける。

 

 この生活にも随分と慣れてきた。まだまだ完璧に仕事はできないけど、でもヒイロさんに怒られることは減ってきた。

 それにヒイロさんは最初こそ追い出すと言っていたけど、この一か月の間私を一度だって追い出したりはしなかった。

 どころか、常に私のことを気遣ってくれた。

 

 ……そうしてヒイロさんと暮らしてきた一か月、色々な事があった。

 

 ヒイロさんの好きな食べ物とか、ヒイロさんの舌打ちが実はただの癖だったとか、ヒイロさんはボクサー派だったとか、とかとか。

 

 この一か月で、ヒイロさんは普通の……本当に、普通の人だってことに気付けた。

 

 けど……。

 

「……」

 

 洗濯物を干し終えたので部屋に戻り、テーブルの上に無造作に置いてあるXガンを見つめる。

 けど、ヒイロさんはガンツが絡むと途端に怖くなる人だって事も……分かった。

 

 このXガンは、万が一星人の襲撃を受けたときに時間稼ぎをするために部屋に置いてある武器だ。

 このXガンだけじゃない。あの押しつぶす武器……Zガンとか、Yガンも押し入れに入っている。

 私にも、お風呂以外は常にスーツを着ておけ、って口を酸っぱくして言ってくる。実際ヒイロさんは、寝る時だってスーツを脱がない。

 

 過剰が過ぎるとさえ感じる防備は、狂気すら彷彿とさせた。

 

「今日も……ミッション、なのかな」

 

 明るい日差しは、今も世界を照らしている。

 けれどその光が届かなくなったその時。

 私と、ヒイロさんの戦いが始まる。

 

「……今日もノイズ……これで何度目だ……」

 

「……」

 

 最近は毎日ガンツに呼び出されるということは無くなったけれど、いまだに何日かに一回はガンツに呼ばれている。

 それも全部、星人と呼ばれる化け物を倒すミッションじゃなくて……ノイズしか出てこないノイズミッションだ。

 これだけでも異常事態らしいけど、ヒイロさんが言うには今のミッションの頻度も異常なのだという。

 私は普段のガンツの様子を知らないからよくわからないけど……でも呼び出されるたびにヒイロさんの表情が険しくなっていくのを見ていると、私もどこか不安になってくる。

 

 ……それに。

 

「……」

 

「またあいつらか。最近よく見かけるな」

 

 ヒイロさんの視線の先。そこには二人の女の子がいた。

 

 二年前と同じような格好をしている翼さん。

 そして……それと同じような格好をしている私。

 

「……」

 

 私と全く同じ顔をした少女が、私と同じ声で歌いながら戦っている。

 何度見てもその光景に慣れない。

 胸のあたりがざわざわとして、妙な気味の悪さを覚える。

 だというのになぜか、思わず立ち止まって私の戦いを見てしまう。

 

「……立花」

 

 と、一人立ち呆けていた私の肩が叩かれた。

 振り返ると、ヒイロさんがどこか呆れた表情でこちらを見ていた。

 

「お前、またアイツ見てたのか?」

 

「……す、すみませんっ」

 

「……別に怒ってねーッつの……」

 

 反射的に謝ってしまって、思わずアッとなる。しかしその気付きはもう遅く、ヒイロさんはちょっとだけ落ちこんだ声色で言葉をこぼした。

 

「アイツのことが気になるのは分かるが……今はミッションに集中しろ」

 

 でも、ヒイロさんは真剣な表情で、しっかりとそう言った。

 それは私に対しての忠告だった。

 

「……はい」

 

 ヒイロさんは私の返事に納得したのか、軽く息を吐いてコントローラーに目を向けた。

 

「こっちの方のノイズはアイツらに任せて反対方向のノイズをやる」

 

 私もヒイロさんを追うようにコントローラーを取り出し、マップを表示させる。

 ヒイロさんの言う通り、もう一人の私と翼さんが今いる場所の反対側にも結構な数のノイズがいる。

 

 何度もミッションをこなしてきたけど、やっぱり戦う前というのは緊張する。

 ごくりとつばを飲み込み、思わずヒイロさんを見る。

 

 そんな私の視線に気づいたヒイロさんは、何時もと変わらない不敵な笑みを浮かべながら私の肩を軽く叩いた。

 

「点数を譲る気はねぇから安心しろよ」

 

 ……やっぱり、ヒイロさんはお兄ちゃんみたいだ。

 不思議な感覚だけど、嫌な気はしなかった。抱いていた不安な気持ちが薄れていく。

 

「……私も、譲る気はありませんから!」

 

 武器を構えて、私とヒイロさんは今日もノイズを狩りに行く。

 

 ◇

 

ビッキー(笑)

9てん

total 61てん

 

「随分と溜まってきたな」

 

「……」

 

 ノイズを全部倒して部屋に帰ってくると、すぐに採点が始まる。

 

 今回は9点。二回目のミッションほどじゃないけれど、結構多い点が取れた。

 

 これは三回目のノイズミッションで知ったことだけど、毎回必ずあの二人が来る前に転送されるとは限らないらしい。それはヒイロさんがノイズミッションを嫌いな理由の一つで、とれる点数がすごい不安定だという。

 酷いときなんかは転送されてノイズを一体倒したらまたすぐ部屋に戻される時だってあるし。というか三回目がまさにそれだった。

 

 それでも……61点。この一か月だけでここまで点数を得ることができた。

 でも、仮に百点を取ったとして何に使えばいいんだろう……。

 一番の解放を選んだとして、既に私はいるのだから私が二人になっておかしなことになってしまうし。

 

ひーろー

7てん

total 54てん

 

「……まだまだ、か」

 

 私がそんな事を考えているうちにも採点は進み、ヒイロさんの点数が表示された。

 その点数は私よりも低いもの。

 けれど本当ならヒイロさんの点数はこんなものじゃなかった。

 

 今回のミッション……いや、最初のミッションからずっと、ヒイロさんは私の事を庇いながら戦ってくれていた。

 ヒイロさんはきっと、自分の点数に専念したいはずなのに。

 

「……ごめんなさい」

 

「あ? 何謝ってんの?」

 

「……でも……」

 

「理由もなく謝られても気持ち悪りぃからやめろ」

 

「……」

 

 ……何故かはわからないけれど、ヒイロさんは何時も焦ったようにミッションに臨んでいる。

 それは私から見てもわかるほどだ。

 毎回、低い点数だとヒイロさんは気落ちしたような、焦燥に駆られた表情を浮かべる。

 

 そんなヒイロさんの姿をもう何度も見ている。

 何がそこまでヒイロさんを駆り立てているのかは分からない。聞いても答えてはくれなかった。

 そんなヒイロさんの姿を見るたびに、胸の奥がずきりと痛む。自分が重しになっているのではないかと不安で一杯になる。

 

「……はぁ」

 

 と、ヒイロさんは軽くため息をついて私の頭にチョップを入れた。

 

「!? な、なにをっ!?」

 

「何を、じゃねぇよ。点数の競い合いで俺が負けたってだけの話だろ。なんで勝ったてめぇが落ち込んでんだよ」

 

「……でも、今回は本当なら……」

 

「……はぁ」

 

 ヒイロさんはもう一度ため息をついて──。

 

「ぐむっ!?」

 

 私の両ほっぺを片手でグイッと掴みこんだ。

 

「ぬ、ぬぁにを……!?」

 

「俺は、気にしてねぇ。勝手に人の気持ちを想像すんなよアホ」

 

「……!?」

 

 どこか強い口調でそう言われて思わずハッとなる。

 

「いいか、もう一度言うぞ。俺は、気にしてない。そんな暗い顔されてッとこっちも気分が悪くなる」

 

「……」

 

 そこまで言って、ヒイロさんは私から手を離した。

 

「……っし、帰るか」

 

 小さく笑った表情は先ほどまでの気落ちしていた事など微塵も感じさせない物で──。

 

「っ──」

 

 思わず、胸のあたりが熱く疼く。

 

「……」

 

 ……この一ヶ月。私はずっと、ヒイロさんに助けてもらってばかり。

 だから、この『想い』の始まりが何時だったのかはわからない。

 

 ……でも。今、私の胸には確かにこの『想い』が燻っている。

 

「? どうした立花」

 

 急に黙った私を見て心配そうに声をかけてくれるヒイロさんに、私は笑顔を向ける。

 

「……いえ! 何でもないです!」

 

「お、おう……急に元気になったな……」

 

「ヒイロさんにそこまで言われちゃ、暗い顔なんて出来ませんから!」

 

 そう言うと、ヒイロさんはどこか安心したような表情で、何時もの様に私に手を差し伸べる。

 

 私もそれに応えるように、ヒイロさんの手にちょこんと自分の手を乗せる。

 

 ……私が……。

 

「……」

 

 私が偽物でも、クローンでも……本当の立花響じゃなかったとしても──。

 

 この想いだけは、本物だ。

 

 ◇

 

 それはノイズミッションの次の日。

 私がヒイロさんの好きなハンバーグを作っている時だった。

 

「?」

 

 ヒイロさんの携帯が震えた。料理の手を止めて携帯を見てみると、どこかの病院からの電話だった。

 

「ヒイロさーん、なんか病院から電話です!」

 

 ちょうどヒイロさんはお風呂に入っていたので声をかけると、シャワーの音に紛れて返事が返ってくる。

 すぐにバスタオルを下半身に巻いたヒイロさんが出てきて携帯を渡した。

 

「……はい、暁です」

 

 ヒイロさんは濡れた髪のまま電話に出て、暫く相槌を打つように応答する。

 短い会話だった。なのに、ヒイロさんの表情はどんどん暗くなっていき……。

 

「……はい……」

 

 静かに、電話を切った。

 

「……ヒイロさん?」

 

 その姿に異様な雰囲気を感じたので声を掛けてみても、茫然と立ち尽くしたヒイロさんは、とぼとぼとお風呂の方に戻っていった。

 

「……」

 

 何か、酷く嫌な予感がした。

 

「少し出る。暫く帰らない」

 

「……え?」

 

 お風呂場から出てきたヒイロさんは、すぐに外用の服に着替えてどこかへ出かける準備を始めた。

 最後にテーブルの上に一万円を置いたかと思うと、私の方を振り返ることもなく玄関に向かった。

 

「金は置いていくから、最悪それで何か買え」

 

 ヒイロさんは──()()()()()()()、どこかに転送を始めた。

 

「ちょ、ヒイロさん!?」

 

 思わずヒイロさんは呼び止めるも、スーツを渡す間もなくヒイロさんは消えて行ってしまった。

 

 何時ものヒイロさんなら絶対にあり得ない事だ。

 

 とても……とても嫌な予感がした。

 

 ──そして。

 その予感が的中するかのように、ヒイロさんは次の日も、そのまた次の日も……帰ってこなかった。

 

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