極光が膨れ上がり、ヒイロどころか……部屋ごと飲み込もうとした瞬間。
歪んだ時空から抜け出した影が一人、ヒイロの前に立ちはだかった。
「何先走ってんだよバカッ!」
「っ……雪音さんッ!」
クリスは即座にバリアを展開して、極光……『カ・ディンギル』の一撃を受け止める。
「っおい! この一撃……!?」
直後に違和感に気付いた少女は──しかしその表情を強気な笑みに変えていく。
「……そう言う事かよッ」
「っクリスちゃんッ!」
「雪音ッ!」
「皆あたしの後ろにッ! 後そいつを……ッ!」
「……分かったッ!」
先行したヒイロの元へと辿り着いた彼女達は……クリスの背後に集まって行く。
「おおおおお!!」
『イチイバル』が搭載しているリフレクターや銃口を完全解放し──あの時は防ぎきれなかった一撃を迎え撃つ。
しかし。
「ぐうっ!」
当然ながらそのエネルギーはシンフォギア一機で受け止められる様なモノではない。
展開されたリフレクターが一瞬にして溶けていく。
「はっ! 何してるのかよく分からんが、受け止められる訳ねーだろッ! 月を穿った一撃だぜコレはッ!」
「知ってる……つのッ!」
そして。
彼女はそれでも……啖呵を切ってヒイロの前に立ち続ける。
「ッ……雪音さ──」
「うるせぇッ! あたしのこと何か気にしないで……アンタは黙ってソイツらの話を聞きやがれッ!」
「!?」
思わず彼女へと声を掛けたヒイロに対して、クリスは怒声を投げかけた。
「大体! 何先走ってんだよッ! それでアンタが……アンタが死んだらッ! 誰がアイツ助けるんだッ!」
「ッ……」
「何で何も言わねぇッ! 頼れよあたし達をッ! バカッ!」
その怒りを孕んだ彼女の言葉は……怒り狂っていたヒイロの心に冷や水を投げかけた。
「……雪音……さん……」
そうしてる間も彼女のリフレクターは破壊され続け……その数は最早数えるだけになっている。
けれど彼女は、そんな事など気にしないように極光に抗い続け……『くろのす』から目を離さずに俺に語り続ける。
「あたし達だけじゃ出来ねぇ事があるッ! あんたも……あんただけじゃ出来ねぇ事だってあるだろッ!」
「……」
「
彼女はそう言うと……フッと柔らかく、ヒイロに笑いかけた。
「──ここで問題だ。ここは誰に任せたら良いと思う?」
「……」
その問いかけの答えを、ヒイロは既に知っていた。
しかし一瞬、ヒイロは口を噤みそうになり……直後、覚悟を決めたように表情を引き締める。
そして。
「頼む。雪音さん」
「──オーライ、リーダーッ!」
彼女は、待ってましたとばかりに答えると、その表情に闘気を宿らせ──。
「それにあたしは──丁度
取って置きとばかりに胸元へと手を伸ばした。
「見せてやる……! 昔のあたしとは一味も二味も違う……完全体のあたし様だッ」
直後、胸元のペンダントを抜き放つ。
「イグナイトモジュール──抜剣ッ!」
直後。
残ったリフレクターに──最終解放により引き上げられた出力が一気に集約する。
強化されたリフレクターは前方に円錐状の陣形を取り──。
「おおおおおおおッッ!!」
『カ・ディンギル』の月を穿つ一撃を引き裂いた。
「ッ!? 何だそれッ!?」
まさか真っ正面から破られるとは思ってもいなかったのか、『くろのす』はあからさまに動揺した。
クリスのイグナイト特有の真っ黒な見た目も相まって、『くろのす』の視線は一点へと集まっていた。
「……へっ。どーよ……中々……やるように……なっただろ……フィーネ」
故に。
彼女の反応は一手遅れた。
「あたしが……ここまでしたんだ。……絶対……助けろ……よな……リーダー!」
『カ・ディンギル』による一撃を受け切ったクリスは、体力を使い果たした様に膝を突き……そのまま地面に倒れ込んだ。
しかし。倒れる瞬間まで彼女は笑っていた。
何故なら。
最後に彼女が見た視界には──『くろのす』へと強襲を仕掛ける装者達が映っていたのだから。
◇
極光の中、その手短な作戦会議は行われた。
「──ヒイロ、時間は後どれくらい」
「……三十分ほど」
「……そう」
一言ずつ、要点だけを伝え合う会話。
時間というのはこのラストミッションの制限時間で有る。
俺は今回の響救出ミッションに時間制限を課した。
これは別に俺がそうしたいからとやったわけでは無く……ガンツの能力の限界によるモノだ。
──つまり、通信距離の限界。
以前、俺がこの月遺跡に来た時ガンツの武器を転送することが出来なかった。
当時はバグか何かだと思っていたが……どうもそう言う事じゃ無いらしく、単に『Apocalypse』を迎える前の制限が加えられたブラックボールの性能では月と地球の距離を転送させることが出来なかったのだという。
そしてこの通信距離の問題というのは『Apocalypse』後も続いている。
そう。
制限解除されたブラックボールの性能でも、無事に行って帰ってこれるのは凡そ一時間程度。
つまり。ラストミッションには強制的に制限時間が生まれてしまったのだ。
三十分。それまでに『くろのす』を仕留める。
「……」
怒りで血が上った頭が冷めて、冷静な思考が戻ってくる。
その度、衝動のままに放った初撃が全てを狂わせてしまった事が痛いほど分かる。
「……」
だが。逆に言えば手札は殆ど見せていないという事。
三十分も有れば……もう一度チャンスが有る。
そう考えると……こうするしか方法が思い浮かばない。
「……すまん。俺が作戦台無しにしておいてこんな事言うのも間違ってると思う。でも、頼む。もう一度──」
「──分かりました、陽色さん」
もう一度作戦通り奇襲を仕掛けよう。
そう言おうとした所を……彼女に先取りされた。
「……立花さん……」
「……今、私達のチームのリーダーは陽色さんです」
「……」
「だから私達は……陽色さんの……リーダーの指示に従います」
そう言って、立花さんはグッと指を立ててはにかんだ。
──そして。
「そうだ。元よりこの作戦は私達が立てたモノ。それを採用するのに私達の了承など要らん」
「しゃんとしなさい。貴方は私達のリーダーなんだから」
「こう言う時、隊員がリーダーを支えてあげるもんデス! マリアの時もそうだったデス!」
「うん。マリアの時もそうだった。支えてあげないとすぐ折れちゃうから」
「ちょっ!?」
装者達は皆、それでも俺を……リーダーと呼んでくれた。
「……」
初めて、だった。
そうだ、初めてだ。こういう風に……誰かとミッションをするのは。
「……」
まさかラストミッションでも、こんな思いをすることになるなんてな。
「──行くぞ皆。次で……終わらせる」
「──了解!」
直後。
極光が晴れた。
◇
「はあッ!」
「!?」
クリスの背後より飛び出た翼による一撃。
その一刀による叩っ切りの威力は折り紙付きで、反応が一手遅れた『くろのす』は目をまん丸くさせて両腕によるガードを行う。
「ぐおっ!?」
『くろのす』の纏うシンフォギアはその一撃すら弾くモノの、その衝撃だけで彼女は吹き飛ばされる。
「畳みかけるッ!」
その瞬間を目撃した翼は、勝機とばかりに剣を天に掲げる。
「っ!?」
その技の名は……『千ノ落涙』。
直後クナイの様な剣が無数に生まれて『くろのす』へと迫る。
「っ、ふんっ! その程度……!」
当然真っ当な攻撃は『くろのす』へは当たらない。
『千ノ落涙』もその例に漏れず当たる直前に不自然なほどにその速度が落ちていき押し戻され……幾多もの刃のどれもが『くろのす』へと到達する事は無い。
「防ぐまでも無……デカッ!?」
だが。
直後そのクナイの大きさが膨れ上がる。
『千ノ逆鱗』
その技の本質は──
「くっ……!?」
『天ノ逆鱗』と『千ノ落涙』を掛け合わせ応用した技。
幾多もの巨大な剣が『くろのす』の周囲だけでなく、フィールドに所狭しと迫ってくる。
「ぐっ……こんなモノッ……!」
一瞬にして視界が悪くなった『くろのす』は、一旦距離を取ろうとするが──生まれた巨剣の影から二振りの刃が飛び出てくる。
「私の振るうイガリマは相手の魂を刈り取る刃ッ! その身体から貴方の魂だけを刈り取れば……! 攻略法が分かった今、当てるのは難しくないデース!」
「!?」
「シュルシャガナの刃は無限軌道から繰り出される果てしなき斬撃! 当たる直前に引いてズタズタに身体を刻む……!」
「ちょっ──!」
すんでの所で両腕を少女達へと向けた『くろのす』は、両刃を『力』で受け止め──。
「っ、刃がッ!」
「遅くッ!?」
今までのように摂理を上書きするでも無く──
「これからする攻撃がどれだけ残虐なモノか説明するのを止めろッ! 悪趣味!」
「どっちが!」
「他人の身体をッ! 弄ぶなッ!」
一瞬、戦闘に硬直が生まれ──その隙を穿つように『アガートラーム』を携えたマリアが迫る。
「はああっ!」
「──おまッ!? 何だその悪趣味な武器──!」
両手を掲げて二振りの刃をガードしていた『くろのす』は、襲いかかってきたマリアのシンフォギアを見て顔を青くさせ……逃げるようにその場から消える。
「うわっ!?」
「消えッ!?」
切歌と調は唐突に消えた停滞感に困惑していたが、後方より見ていた翼が種を暴く。
「違うッ! 高速移動だッ! 精神を研ぎ澄ませろッ!」
──それはヒイロとの戦いで見せた神速の動き。
初見殺し的な強さを持つ強力な技だが、使用者の寿命を大量に消費するという大きなデメリットがある。
「何だよ……みーんな見切っちゃってさ」
装者達から距離を取った『くろのす』は、そんな大技を回避に使わされたこと、あっさりと種を見抜かれたことに不機嫌そうに口を尖らせる。
「その術! 『錬金術』に似たものを感じる……! そして今の回避で合点が言った! 両の手が力の出力点よッ!」
畳みかけるようにマリアが『くろのす』の術の仕様に気付き始めた。
──それは力の出力点。
常に身に纏っている時空の歪みとは別に、直接摂理を上書きしている場面が幾つか有った。
それは極光の再現であったり……時間の流れのルールを書き換えたり。
「ああ……それにどうやら、あの光はそう何度も呼べるモノではないようだ。その様な隙を与える気は無いがな」
──それは力の法則。
先程の極光……『カ・ディンギル』の一撃。アレを連発できるので有れば、『くろのす』はきっと行っているだろう。
だがそれをしないのは出来ない理由が存在する。
「……」
マリア達は『くろのす』の力が、どのタイミングで、どのようにして、何をどれだけ消費して行われているのかを判別出来ないでいた。
だが、今彼女達はその仕組みに一歩近付いた。
「……チッ。間女共がピーチクパーチク。『
「……」
それを証明するように、あからさまに『くろのす』の機嫌が悪くなっていき……溌剌とした雰囲気が鳴りを収めていく。
「もう良い。お前等にパパは分けてあげない」
『くろのす』は、感情を伺わせない冷たい表情で何処までも人を踏み躙る言葉を装者達に投げかけ──。
「せめてやり直しの……贄としてくれるッ!」
「っ……来るぞッ!」
神速の踏み込みで装者達へと迫る。
その速度はヒイロですら見切ること敵わない正に神の領域の力。
だが。
「──!」
一人だけ……その動きに対応できる者が居る。
「ッ!? お前……!」
「……」
『くろのす』の宿主と同じ肉体の……立花響である。
「私と……同じ……!?」
「はあっ!」
「ッく!」
ボボボッという空気が圧縮された音が断続的に鳴り響き──神速の連打は確実に立花響へと到達していた。
「チッ! どうなってやがるッ!」
「……!」
しかしその全てを柔らかく包み込むようにいなされてしまう。
何故なら。その神速の連打は全て……彼女と同じ身体から放たれた攻撃。
大きな癖も、小さな癖も、何より身体の隅々まで……立花響は知っている。
故に通らない。どのような速度の攻撃も、来る場所が分かっていればいかようにも対応で出来る。
どれだけ速度を上げようと、どれだけ一撃に重みを乗せようと──ハードスーツを穿った一撃はパパパッという軽い打撃音とかして受け流される。
「っ、このッ! 切り捨てられるゴミの分際でッ! パパと私の邪魔をするなッ!」
通じない攻撃に焦った『くろのす』の拳は、前線で戦い続けた立花響にとってはあまりにも分かりやすく。
「──どうしてッ! そう言う事を言うの!?」
「ああっ!?」
一瞬にして『くろのす』の両の手を掴みあげる。
「このッ! 離せッ!」
「どうしてッ! そんなことが言えるのッ!?」
「ぐうっ!?」
ギリギリと力が込められていく立花響の両の手。
その拳には『神殺し』の力が込められており……確実な痛みとなって『くろのす』を蝕む。
故に……彼女は息を吐いて語り出した。
「……ふん。そんなの──決まっている」
「……」
「この人類も……何時か必ず
「……歩み?」
何処か違和感を覚える語り口調に、立花響による拘束が緩む。
しかし。
「そうだ! 遠い未来、必ずその時が訪れるッ! そんなこと……絶対に許されないッ!」
「……」
──それは、彼女にとって余程重要な事なのだろうか。
彼女はそれを語ることに集中して、拘束が緩んだことに気付いていない。
けれど徐々に『くろのす』の身体に力が籠もり始め……全身に闘気が巡り始める。
「──そうッ! 我が名は『クロノス』ッ! この身この世に有る限りッ! 時間は決して止まらないッ! 進み続けるッ!」
「ッ!?」
「故にッ!」
語りきった彼女は……不格好ににんまりと笑った。
「その邪魔をする奴は殺すッ!」
両腕を拘束された状態からの関節を無視したサマーソルトキック。
無理な身体の駆動に『くろのす』の身体から骨が軋む異音が鳴り響くが、神速の早さで放たれたそれは不格好ながらに必殺の形を描く。
「不味──!?」
その、『くろのす』の身体の可動範囲を度外視した一撃は、立花響の不意を突き。
その蹴りは彼女へと──。
「えっ、うわっ!?」
当たる直前、立花響のマフラーが虚空に引かれたかと思うと……バチバチと言う電気が流れて、ヒイロが現れる。
──そう。
ヒイロは静かに接近していた。
立花響が掴み取ったチャンスを目的へと結ぶため。
「パパッ!?」
「陽色さん!?」
「……」
全く同じ声で、全く違う意味の言葉が鳴り響く。
けれどヒイロはあくまでも無表情に……身体が不自然に捻れた『くろのす』から立花響を守るように立つ。
「っ……」
その本来見えていない筈の彼の後ろ姿に、彼女は作戦の失敗を理解した。
「っ、ごめんなさい、私……!」
そう。
本来で有れば……ヒイロが姿を現すのは『くろのす』を捕まえる瞬間だけだ。
装者達が立てた作戦。
それはまず翼とクリスが『くろのす』の行動を制限し、切歌と調による挟撃、更にそこをマリアと立花響で拘束すると言うのが……理想型だった。
そこから多少離れてしまったとは言え、作戦はある程度は形になっていた。
故にこそ、彼女は謝ろうとしたが──。
「生きてりゃそれで良いッ! それにまだ謝るなッ! 勝機は有る!」
「ッ……!」
謝るのはまだ早いと、ヒイロは武器を構えて装者達に伝える。
「──行くぞ、畳みかけるッ!」
「ッはい!」
「了解デスッ!」
即座に装者達が結集し、身体がべきべきとへし折れている『くろのす』へと襲いかかる。
そう、先程の攻撃による自傷ダメージで『くろのす』の身体……とりわけ両腕はへし折れている。
力の出力点が潰れ、場の戦力が一気に集結しつつ有る。
それは……『くろのす』にとって最悪の状況に他ならないだろう。
ヒイロの言うとおり勝機は無くなって等いない。
しかし。
「……パパぁ……!」
「!? 笑ってるデスよアイツ!」
彼女は、何処までも独りよがりに……笑った。
そして。
「──Gatarndis babel ziggurat edenal──」
「!? この歌は──ッ!?」
彼女は、歌を歌った。
失われた言語による……神の領域にある歌を。
「Emustolronzen fine el baral zizzl……」
その歌の名を──絶唱。
「何故こいつが……!?」
シンフォギア装者達の奥の手にして……身体へのバックファイアが大きく場合によっては死に至る諸刃の剣である。
「──不味いッ! 止めないとッ!」
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
本来で有ればその行使は自殺行為に他ならない。
──だが。
「っ、陽色さんっ!」
「……!?」
「Emustolronzen fine el zizzl──」
『くろのす』に……響の身体にその理屈は通用しない。
「──パパ。コレが私の……絶唱だよ」
「な──」
直後、ヒイロを除いた全てが──衝撃に吹き飛ばされた。