謎の歌を『くろのす』が歌った瞬間。
『くろのす』を中心とした旋風が巻き起こった。
「ぐあっ!?」
「きゃあっ」
「ぐっ……!? 皆ッ!?」
即座に構え、吹き飛ばされても問題ないよう受け身の態勢を取る。
──だが。
「……あ?」
何故か……吹き飛んだのは装者の皆だけだった。
「てめぇ……何をしたッ!」
ここに来てまた妙な技を使い始めやがった。
何だコレは。二年前はこんな技使っていなかったぞッ!?
「……ふっ……ふふ」
俺の問いかけに対して答えるでも無く怪しく笑った『くろのす』は……昔を懐かしむような遠い目をして言葉を続けた。
「絶唱……て、言うらしいねこの歌は」
「……絶唱……」
「そう……良い歌だよね。きっとやり直しても、この歌だけは継いでいこうと思う」
「……」
胸元に手を当て、ムカつくほどの慈愛の表情で……『くろのす』はとんでもない事を言い出した。
「あの時の。
「……響……が……?」
絶唱。
その歌は……響が歌った最期の歌。
「うん。
「……」
「命を賭してでも貴方を守りたい。貴方を助けたい。そんな気持が……」
「……」
……ふと、気付けば拳に力が籠っていた。
治まっていたはずの苛立ちが、苦痛が、苦しみが。
腹の底で延々と渦巻いている。
「だから私も! 歌いたかったんだ!」
「……」
コイツの……。
「凄いよこの歌! パパを傷付けること無く、邪魔者を吹き飛ばせるんだ!」
「……」
「
コイツの、響との想い出を何処までも踏みにじる言葉の一つ一つが。
俺の思考を濁らせる。
憤怒に駆られて殴りかかりそうになる。
「……お前は……」
「え?」
唇を噛み締め、痛みでその怒りを誤魔化して。
「お前っ……はッ! 何故そんなことが出来るッ! 何故そうして……人の尊厳を踏みにじるッ!」
「……」
「何が目的だッ! 何がやりたいんだお前はッ!」
どうにか作戦を形と為す。
その為に……時間を稼ぐ。
だが、制限時間的にも勝機は後一度切り。
「……」
──それでも。
彼女達を……信じる。
「私の目的……それはただ一つ……!」
「……!」
──彼女達に渡しておいた通信機からの反応が来る。
「──もう一度始めからやり直す! 人類を作り直すッ! パパと一緒に! 二度と止まることの無い……完璧な人類を作るんだぁ……!」
「……」
通信は一瞬、しかしそれで十分。
ジリジリと……すぐにでも動けるように構えを取る。
気取られてはいけない。
頭の中で必要条件を反芻させる。
必要なのは、『くろのす』に触れていること。
必要なのは、『くろのす』の不意を突くこと。
必要なのは──。
「……」
『くろのす』の様子は……。
「その為にはどんな事だって許容できる! だってそれは、いつかの未来に繋がる痛みなんだもん……!」
「……」
コイツは何も気付いていない。
どころか、口の端から涎が流れている事にすら気付いていない程大口を開けて喜悦に笑い、目には何故か涙すら溜めている。
「……」
もう、終わりにしよう。
「よく分かったよ、『くろのす』」
「! 本当、パパ──」
「よく分かった……どう足掻いても俺とお前は分かり合えない、共感できないって事が」
「──え?」
「だからお前は……お前だけは……」
腰を落として膝を突き、クラウチングスタートの構えを取る。
「──殺すッ!」
直後、言うが早いか走り出す。
『くろのす』へと……響へと!
「──酷い。……酷いよ! どうしてさっきからずっと……そう言う事言うんだよッ!」
即座にソードを抜き放ち──刀身を巨大に伸ばしながら迫る。
「もう良いッ! 死んじゃえッ!」
しかし。
目前に、極光が迸る。
「──」
それはまるで……先程の焼き増しのようで。
──だが、ここから先は違う。
「立花さんッ!」
「──はいッ」
「!?」
後方より恐ろしい速度で飛び出してきた立花さんが、
「っコレが私達のおおおおおおおおッ!」
「!? 何だコレは──」
「絶唱だああああッ!」
「嘘ッ──!?」
その研ぎ澄まされた一撃は完全に『くろのす』の虚を突き──極光に巨大な風穴を開ける。
「っ……!」
秘策中の秘策を使うと聞いていたけど、ナイスすぎるぞ立花さんッ!
「っおおおおおお!!」
「っ、不味──」
その風穴を通り抜け──『くろのす』の前へと躍り出る。
「っ、来るなあアアァァああ!!!」
「──」
しかし。
『くろのす』は何時か見せた神速の拳を此方に向ける。
速度、威力、全てが申し分ない強力無比にして不可避の一撃。
一体これだけの一撃を放つのにどれだけの鍛錬が必要だ。
どれだけ努力を重ねてきた。
俺はお前のこと……何一つ分からねぇよ。
──けど。
その時間を操る『力』への努力だけは……理解できる。心血注いで極限まで磨いてきたことも。
甘い見通しだった。
俺が一人で、響を助けられるなんて。
俺一人だったら……きっと、もっと早い段階で死んでいた。
「──だがッ!」
「っ──!?」
俺は……もう、一人じゃ無いッ!
──
ありがとう。お前にまた助けられた……プレラーティ!
「っ、消え──」
一瞬の隙も無い、真の意味での瞬間移動。
転移場所は、『くろのす』の背後。
「……え? パパ……?」
優しく抱きつくように……彼女を抱擁する。
◇
思い出されるのは、あの時の……エルフナインに話を聞いた時の事。
部屋の掃除をガンツを使って手伝っていた時のこと。
それだけは装者達に聞かれたくなかったことだったから……二人きりの時に、彼女に聞いた。
『──なぁ、もう一つ……良いか?』
「……はい? 何でしょうか」
『……例えば、さっきのアレ。アレを仮に……生きてる人間相手にして……上書きした場合……』
「……」
『……その人は、その人のままか?』
そう。
ガンツによって身体の一部を治すのでは無く……全身を残ってるデータの元再生したら、どうなるのか。
それは果たして、その人本人と言えるのか。
『身体的には……さ。本人では無く、少し昔の姿になるだろ?』
「……」
『……どう……なるんだ』
その時の俺は、ハッキリ言って覚悟なんて出来ていなかった。
──セバスから聞いた、響を奪還する方法。
それは……
俺には疑問だった。
それは本当に響なのか? 分からない。分からなかった、俺には。
それに何より……。
『……そんなこと……アイツは……望んでいるのか……』
……何よりそんな事をして、響は受け入れてくれるか?
俺がアイツに、三番で再生はするなと頼んだ日の事は今でも覚えている。
そして響の考えが……俺と同じで有るという事も、また。
嫌というほど脳裏に刻み付いている。
それなのに、響を助けるためだと言って、そんなことをして良いのか?
もっと別の……良い方法が有るんじゃ無いか?
そんな風に、救う手段も無いと言うのに考えてしまって。
セバスの言った通りの方法で響を救えると言う事が確認できても、それでも俺は……迷っていた。
「……貴方は、その人のことが本当に……大切なんですね」
『……え?』
彼女の話を、聞くまでは。
「……実は僕も、本当の意味では『エルフナイン』じゃ無いんです」
『……え?』
「昔……色々と有って、僕の身体が死んでしまいそうになった事が有ったんです」
『……』
そう言って彼女は自身の胸に手を当てて……過去を偲ぶように語り出した。
「──その時僕は、大切な人から……この身体を譲り受けました」
『……!』
「ですから僕は、きっとエルフナイン本人では……無いかも知れません」
『……それは……』
俺は、その話に……二人の関係に、何処か思い当たる節があった。
……いや、思い当たるどころじゃない。
「でも僕は、そんなこと気にしていません。むしろキャロルには凄く……凄く凄く、感謝しています」
『……』
「……貴方の『その人』が僕と同じ考えだなんて、言えません。けど──」
『……』
「大切な人からの大切な贈り物。自分を大切に思ってしてくれた施しを……否定すること何て、誰だって出来ません」
俺達と、同じだった。
俺はその時、初めて理解した。
セバスが何故、エルフナインという少女を名指ししてまで話を聞きに行けと言ったのか。
最初はただ、響を救えるかどうかの確認をしろ、と言う意味だと思っていた。
けれど違った。
『……』
全ては……
『ありがとう、エルフナイン』
「……いえ! 僕でお役に立てたのなら幸いです!」
『……ああ。本当に……ありがとう』
その時、俺は決意した。
「……」
例え自分のエゴでも。
例え全てが自分勝手でも。
俺は。
「……ガンツ」
──俺はッ!
俺は響を……助けたい!
「三番……立花響」
お前の文句説教その他呪い言は……例え一生を賭けてでも聞いてやる。
だから戻ってこい、響──。
◇
「パパ……ど、どうしたの? こんな公衆の面前……でッ!?」
『くろのす』は暴れるでも無く、困惑の表情を浮かべてヒイロの言葉を聞いていた。
しかし、すぐに身体の違和感に気付く。
「!? な、何だコレ……はッ!?」
ジジジッ、という電子音が鳴り響き、『くろのす』の身体を上書きしていく。
「お、追い出される……!? どうして!? 何でッ……!?」
「……」
「ぐうっ!? 時間がッ、まき戻らない……ッ!?」
瞬間、彼女は時間操作で再生から脱しようとするが──ガンツの再生力に力負けする。
「離してッ! パパッ! 私が……私が消えちゃうッ!」
頭の先から徐々に身体を上書きされていく彼女は、しかし渾身の力でヒイロの腕から脱出しようとする。
しかし。
「……」
ヒイロは決して離さない。
どれだけ暴れようと、どれだけ喚こうと。
『くろのす』の必死の殴打に身体を削られようと、決して……響となっていく彼女を離さない。
「離してッ! 私が消えたらッ! 誰が……!」
「……」
「誰がッ!
「お前じゃ無い」
「!?」
既に口元まで上書きされていた『くろのす』は、その支配権を奪われていく。
「……地球を救うのは、『神』じゃない。もう、大丈夫なんだよ……俺達は」
殴打によって血を吐きながら、それでもヒイロは彼女を押さえ付け続け……そして。
「……」
ビデオの逆再生のように全身を再生された彼女は……遂に、動かなくなった。
◇
夢。
それは……長い夢のようだった。
ずっと、巨大な何かに包まれて……藻掻いても藻掻いても逃げることは出来なくて。
身体が動かせなくて、息苦しくて、痛くて、苦しくて。
何年と時が過ぎていく様にも、一秒しか時が経っていないようにも思えて。
それでも、意識を失わないでいられたのは……。
「……」
助け……られたのかな。
私の……好きな人。
大好きで、大切で……例え命に代えてでも、助けたかった人。
苦しくても辛くても、意識を失わずにいられたのは……あの人への想いが有ったから。
「……?」
そんな、時間が……急に終わりを告げた。
私を覆っていたモノが晴れていく。
……私は一瞬、遂に自分が死んでしまったのだと思った。
──でも、違った。
「……ぇ?」
目が覚めて、私を覗き込むように見ている彼と……目が合った。
「……ヒ……イロ……さん?」