「……どこ行っちゃったんだろう……ヒイロさん……」
今日も、ヒイロさんは帰ってこなかった。今までこんなに長い期間家を空けた事なんてなかったのに。
……それに。
「……スーツ」
ヒイロさんが置いていったスーツ。どんな時だって必ず着ていたのに。
その日も結局、ヒイロさんは帰っては来なかった。
……胸中は嫌な予感で一杯だった。
もう、ヒイロさんとは会えないんじゃないか……そんな予感までし始めた頃だった。
「……! 転送!」
首筋に変な感じがした。それはガンツからの招集の合図。
暫くすると今度は金縛りにあったかのように体が動かなくなってしまう。
「……よし!」
ヒイロさんの言いつけ通り、私は常にガンツスーツを着ている。
なので家に置いてある武器を搔き集めて……。
「……」
後は、ヒイロさんのスーツを両手に抱えて、転送を待った。ヒイロさんは忘れて行ってしまったけどノイズとの戦いにスーツは必須だ。
何時もであれば、戦いの前には緊張しかなかった。けれど今は逸る気持ちを抑えられない。
だって、きっとあの部屋でならヒイロさんに会えるから。
胸中に不安を抱えながら……ガンツの部屋へと転送されていった。
◇
「……」
転送されてきた響はいの一番にヒイロの姿を探した。
部屋に変わりはなく、しかしどこにもヒイロの姿は見えない。
(……ヒイロさん……)
そのことに少し寂しさを覚えつつも、響は持っていた武器を床において……けれど、スーツだけは抱えながらヒイロを待った。
「!」
そしてそんな響の思いに応えるかのようにガンツが駆動して、誰かが転送されてきた。
転送されてきた彼は覚えのない真っ黒な……まるで喪服の様な服を着ていた。
……けれど確かに、響が待っていたヒイロその人だった。
「っヒイロさん! なんで連絡しても返事くれなかったんですか!? スーツも着ないで……私、すごい心配して──!?」
転送されてきたヒイロに駆け寄るように声を掛けた響は、彼の変わりように声が止まってしまった。
その表情は死んでいた。この世界を見ているようで、どこか別のところを見ているような……そんな目をしていた。
「……ヒイロ、さん?」
「……」
異様なヒイロの姿に響は声を掛けるが、ヒイロは響の声に応えずにふらふらと壁に寄り掛かるように座り込んでしまった。
「な……何があったんですか!?」
「……」
明らかに家を出た後に何かがあった。そうとしか思えない姿に困惑する。
少なくとも、家を出たときはまだ元気だった。
「……ヒイロさん!」
響は懸命にヒイロの肩をゆすって声を掛ける。しかしヒイロは一切の反応を示さない。
『あーたーらしーいあーさがきた』
「!? ヒイロさん、スーツっ……スーツを着てください!」
「……」
そして響の気持ちを焦らせる様に、ガンツから歌が鳴り響く。
それはタイムリミットを告げる歌だ。
「ッ、ヒイロさんッ!」
『こいつをたおしにいってくだちぃ』
「……」
「ヒイロさ──」
おかめん星人
特徴
・走り方がキモい
好きなもの
・和食 曲がったもの
口ぐせ
・あんた曲がってるよ?
「──え?」
ガンツに表示された絵にはノイズではない……気味の悪い能面が描かれている。
響の嫌な予感を叶えるかのように……当たり前の日常を壊すように、ガンツは当たり前を変えてきた。
(ノイズ……じゃ、ない……!?)
響にしてみれば何もかもが異常事態。
声が引き攣りそうになるのを抑えて、響はヒイロの胸倉をつかみ上げる。
「ヒイロさん! お願いです! スーツを着てください! 着て!」
「……」
「っ、着てよぉ……お願い……っ!」
まるで何時かの時の再現であった。
しかし、その立場はまるで逆。何度揺すろうと反応することもないヒイロを傍目に、とうとう転送が始まってしまった。
それも──スーツを着ていないヒイロから。
「嘘ッ!? ガンツ! ガンツやめて! まだヒイロさんは……!」
どれだけガンツに語り掛けようとガンツは転送を止めない。
そんな事は響にもわかっているが、それでもガンツを殴って止めようとする。
「……っああ、もうっ!」
言う事を一切聞かないガンツに業を煮やした響は、地団駄を踏みながらも今の状況でするべきことについて考え始めていた。
「今やるべきこと今やるべきこと……っ!」
一か月前の響ではここで立ち止まってしまっていただろう。
今思考を停止しないでいられるのは、偏にヒイロが大切だから、好きだから。ヒイロを思う気持ちが、響を突き動かしていく。
「……」
転送されていくヒイロを一度見てから、覚悟を決めたようにミッションのための準備を始める。
ガンツの武器、その中で一人が持っていける最大戦力の組み合わせ。その中で必要なものを取捨選択して……行動を開始する。
「よしっ!」
急いでガンツの奥にある扉を開き、中にある棒のようなもの……ガンツソードを二本とると、ホルスターの中に放り込むように入れる。
この部屋はガンツが標的を示した後に解放される部屋で、この中には幾つかの武器が置いてある。
響が取ったガンツソード以外にもバイクが置いてあるのだが、響には運転できないので今回は無視する。
急いで元の部屋に戻ると、既にヒイロは完全に転送されてしまっていた。
「っ……」
持ってきていたZガンとYガン……Xガンは要らないので放り投げて、Xショットガンを手に取る。
武器を両の手で抱えて、最後にヒイロのガンツスーツを忘れずに持つ。
そして……あとは転送されるのを待つ。
「……」
一拍、無音の状態が続く。
さっきまではあれ程止まって欲しかった転送が、今では待ち遠しい。
早く……早く!
心の中で叫びながら、祈るように目をつぶる。
「……お願い、無事でいて……」
ようやく響の頭上から電子音が聞こえてきて、視界が切り替わった。
◇
視界が変わると、そこは何処かの駅のロータリーだった。
現在時刻はすでに零時を回っており、人は居らず店の電気も消えている。
「ここは……」
あたりを見渡しても、近くにヒイロさんの姿は見えなかった。
けれど今いる場所は後ろを振り返るとすぐに分かった。
「は、八王子……?」
電気の消えた駅には八王子と書かれており、自分が今八王子にいることがわかる。
今まで東京の中心部ばかりであったことを考えると、正直なんで八王子? という疑問が湧くけれど……しかしそんな些細なことに首をかしげている時間はない。
「……」
取り敢えず抱えていた武器の中からZガンとヒイロさんのスーツだけ持って……後は腿のホルスターに詰めておいたガンツソードとYガンを入れ替えておく。
他の武器は今は持っていけないから、ロータリーの中に置いたままにしておく。
コントローラーをスーツの腕部から取り出して、マップを確認する。
「……」
マップには今回の標的を示す赤い点が表示されている。
……今まではこの赤い点がノイズだったけど……今回はおかめん星人……って事だよね。
ノイズミッションじゃない普通のミッションだと、翼さんと……もう1人の私っていう援軍も頼れない。
私とヒイロさんで、制限時間内に全ての星人を倒さないといけない。
「……まずはヒイロさんを見つけないと……」
ともかく今ヒイロさんはスーツを着ていない。
ヒイロさんが危険視していた星人がいる事を考えると、すぐに合流しないと危険だ。
いや、そうでなくてもさっきのヒイロさんはおかしかった。
……無気力というか……茫然としていた。凄く危険な感じがした。大学の時のやる気ない感じとは何か違う感じで……目を離したら、その隙に死んでしまうのではないかと思ってしまうような……。
「っ……」
……もう考えるのは止めよう。
取り敢えず最初は西の方から探しに行こう。
手掛かりなんてないから方角は完全に勘!
一旦の方針を立てて、マップの西の方へと走り出す。
「ヒイロさん! ヒイロさーん! 返事をしてください!」
マップを見ながら走り出し、出来る限りの大声でヒイロさんを探す。
けれどどんなに声を張り上げてもヒイロさんから返事は返ってこない。
夜の八王子に私の声だけが響いて……自然と焦りが募る。
空気を吸いすぎて肺が痛くなり、目には涙が浮かんでくる。
「はっ、はっ……お願い……お願いです……神様っ」
けれどそんな事が気にならないくらいに、胸が張り裂けそうな程不安が溢れてくる。
そして──。
「返事をしてください! ヒイロさ──!?」
何かの視線を感じて、足を止めてしまった。
「……」
感じた視線の先。ノイズとは全く違った異形の生物が、そこにいた。
その姿は、不気味なお面を被った……毛の無い猿のような見た目をしていて、身体の前面、胸からお腹の部分には皮がなく、ピンク色の筋肉が脈動しているのが見える。
その生物は、頭をありえない角度に曲げながら……無機質な瞳で此方を見ていた。
『……』
「……」
コレ、が……。
「星、人……!?」
戸惑いつつも咄嗟にZガンを構える。
まだおかめん星人と私との間には距離がある。
……この距離なら、Zガンで一気に倒せる。Zガンのトリガーに指を乗せる。まだ星人は首を傾げたまま此方を窺っている。
倒せる。今ならすぐに……。
「……っ」
ノイズの時には簡単に引けたトリガーが、比じゃ無いくらいに重く感じる。
何度もトリガーを引こうとして、それを私の中の感情が止めようとしてくる。
ヒイロさんは星人との戦いを殺し合いと言った。基本的に向こうも同じように思っているとも。
……だから理屈では分かっている。ここで倒す……殺さないと、逆に私たちが殺されてしまうということは。
それに星人を倒しきれないで部屋に戻ると、ペナルティとして点数を没収されて、次回のミッションのクリアに条件が追加されてしまう。
だから今ここで殺さなくても、後々必ず殺さないといけない。
……でも。
わかっていても、トリガーを引けなかった。
そうして硬直していると、今度は星人の方から動きがあった。
「!? 何をっ……!」
異様に曲がっていた首を垂直に戻し、お面の部分が異常な振動を始めた。Zガンを構えて警戒しつつ、向こうの出方を待つ。
その行為の意味を最初は分からないでいたけど、次第にその振動音は規則性を持ち始め、確かな言葉となっていった。
『あんた曲がってるよ?』
「!? に、日本語!?」
彼? が最初に発した言葉は、まさかの日本語だった。
あんた曲がってるよ? ど、どういう意味?
『あんた曲がってるよ!』
「あ、あの……?」
『あんた曲がってるよ……?』
「……言葉……わかるの?」
私の言葉の意味を分かっているのかいないのか。
今度はまるで笑い声の様にカタカタとお面を震わせ始めた。
『あんた曲がってるよ! あんた曲がってるよ!』
「……っ」
そして、カタカタとお面を揺らしながら、どうやってか音もなくこちらへと近づいてくる。
『あんた曲が』
「ち、近づかないで!」
Zガンを構え直し、脅すように声を張り上げる。
「……それ以上近づかないで」
『……』
「……言葉が通じてるなら……お願い。どこか違うところに……」
「あんた曲がってるよ……』
「……戦いたく……ない」
『あんた曲がってるよ! あんた曲がってるよ!! あんた曲がってるよ!!!』
ひたり、と。ひと際大きく声を上げながら……私をあざ笑うかのように星人は一歩、また一歩と歩みを進める。
「……やめて」
『あんた曲がってるよ……!』
「やめて……!」
『あんた曲がってるよ!』
「……っ、やめてっ!」
『あんた曲がってぇぅ──』
カンッ、という軽い音が響き……直後、何かを叩きつけるような音が鳴り響いた。