GANTZ:S   作:かいな

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最終話 陽色の暁

「しかし……随分と騒がしい夜でしたね」

 

「えぇ……どうも、ヤクザ同士の抗争みたいですよ」

 

「へぇ……」

 

 既に日も上がりだした朝。

 朝日が差し込む道を……二人の男が歩いていた。

 

「ですが……まだ飲むんですか? もう朝になりますけど」

 

「……ええ。私は……飲んでないと生きてけないんですよ」

 

「……どうして?」

 

「……酔ってないと、死んでしまいたくなるんです」

 

「……」

 

「……息子も、妻も……消えてしまった娘も、全てを放って逃げ出した。……もう、家族が生きているかも分からない」

 

「……」

 

 ホームレスのような見た目の男は、苦しそうに……申し訳なさそうに語りながら、震えた手で持っていたビニール袋からカップ酒を取り出そうとして──。

 

「──()さん」

 

「……」

 

 スーツを着た外国人の男が、それを止めた。

 

「……もう、止めましょう。現実と向き合わなければ」

 

「……」

 

「貴方を今でも待っている人が居るんですよ?」

 

 ──セバスチャンは、ホームレスのような風体の男へと優しく語りかける。

 

「……っ」

 

 けれど男は何処までも怯えたような表情でその手を払い、セバスチャンから距離を取る。

 

「……暁さ──」

 

「っ、君はッ! 探偵なんだろ!? 陽色から……私を探して欲しいと依頼されたッ!」

 

「……」

 

「なら頼むッ! 帰ってくれッ! 私は……っ! ……私は、もう……あの子に合わす顔も、何を言えば良いのか分からない」

 

「……」

 

「頼む……もう良いだろう!? 私は……もう……彼等に会うつもりは無いッ! どれだけ私に付き纏っても、この意思は変わらないッ!」

 

「……」

 

 ……男はそれだけ言い切ると、ビニール袋片手にトボトボと朝日が差し込む道を一人進んでいく。

 その哀愁漂う背中は何ともみっともなくて、その見た目も相まって、誰だろうと語りかけるのを憚られる風体となっていた。

 

 しかし。

 

「──陽色くんは、僕にそんなことを頼んじゃいませんよ」

 

「……え?」

 

 セバスチャンは、何時ものヘラヘラとした表情では無く……何処までも真剣な顔で男へと語りかけた。

 

「……陽色くんからの依頼は、ただ一言……貴方に伝言を伝えて欲しいと言うモノです」

 

「……伝言?」

 

「ええ」

 

 思わず足を止めた男は、振り返ってセバスチャンに聞き返す。

 その目には何処か恐怖が混じっていて、ともすればすぐにでも逃げ出してしまいそうな顔付きで。

 

 けれどセバスチャンは間髪入れずに男へと言葉を投げかけた。

 

「──ただ、『待っている』……と」

 

「っ……」

 

 そして。

 セバスチャンは……怯んだ男へと歩みを向ける。

 

「分かりますか? この言葉の意味が」

 

「……」

 

「分かりますか? 彼が……どれだけ貴方を待っているかを!」

 

 遂には目と鼻の先まで辿り着いた彼は……男の胸ぐらを掴みあげる。

 

「ぐっ……!?」

 

「これは僕が勝手にしていることです。七年間、家族を探し続けていた彼と語り合ってきた僕が……独断でしている事です」

 

「……」

 

「彼はッ……どれだけ辛い表情を浮かべてもッ! 貴方を想って無理に会おうとはしなかった! 貴方が来てくれることを……望んでいたッ! それなのに貴方は何にも……本当に何も思わないのかッ!?」

 

 セバスチャンは、あまりにも自分勝手な言葉を並べる男へ、怒りを露わにして首元を締め上げる。

 

「……」

 

 ──締め上げられた男は、暫く視線を泳がせていたが……ようやく、セバスチャンの目を見て語り出した。

 

「……私は、怖かった」

 

「……」

 

「……あの優しい子が……人殺しのような目をしているのが……怖かった……」

 

「……」

 

 男はぽつりぽつりと、当時の自分の心の内を語った。

 

 それは父親として打ちのめされた男の独白だった。

 娘が行方不明となり、息子も行方不明となった日のこと。

 

 何時まで経っても帰ってこない二人を心配した彼は、妻と共に警察に通報。

 しかし分かったことは、二人が向かった展望台に黒スーツの怪しい男達が居たと言う情報だけ。

 

 明らかにその黒スーツ達が攫ったと言う事は分かったが、彼等の足取りは全くと言って良いほど見つからず。

 

 妻は取り乱し、自身もまた困惑していた時。

 そう……丁度、今のような朝方のことだった。

 

 ヒイロは家へと帰ってきたのだ。

 

「どんな恐ろしい事があったのか。何に巻き込まれたのか。どれだけ聞いても、アイツは何も答えなくて……」

 

「……」

 

 彼の人相は、父親の彼から見ても分かるほどに変わっていて。

 何かがあったことは明らかなのに、彼は頑なに答えず……精々喋ったことと言えば、黒スーツ達に切歌が攫われたと言う事だけ。

 

「……」

 

「私は……怖かったんです……自分の……実の子供が……変わってしまうことが……」

 

 その日からヒイロは変わっていった。

 口数は少なくなり、常に家を空けて何処かに出掛け、帰ってくるたびにその表情を暗く、冷たく変化させていく。

 

 実の息子のそんな姿を見せられるたび……彼の心は折れていった。

 

「……怖かった……私には……陽色に、何もしてあげられないと言う事が……」

 

「……」

 

「……母を早くに亡くして寂しかったろうに、その生活に文句も言わず。複雑だったろうに私の再婚も認めてくれて……キリカの兄として、あんなに優しかったあの子が……変わってしまった」

 

「……」

 

「なのに私はッ! 陽色に……何もして……あげられなかッた……」

 

「……だから、逃げたと?」

 

「……」

 

 セバスチャンがそう語りかけると、彼は手に持っていたビニール袋を零れ落とす。

 

「……すみません。私は……きっとあの子に何もしてあげられません」

 

 それでも、その事を彼は気にした様子など無く……何もかもを諦めた表情で言葉を続けた。

 

「……私と陽色はもう、会わない方が──」

 

「……違います」

 

 しかし。

 

「……え?」

 

「違いますよ……暁さん」

 

 セバスチャンは、きっぱりと彼の言葉を切って捨てた。

 

「……もう会わない方が良い。それは貴方の理屈です」

 

「……」

 

「彼は、今でも貴方に会いたがっている。……いや、区切りを付けたがっている」

 

「……区切り……」

 

 セバスチャンは男の胸ぐらから手を離し、真正面から目を見つめる。

 

「そうです。だって彼にとっては……貴方との別れは全て唐突な事なんですよ」

 

「……」

 

「だから。これから先会うにしろ会わないにしろ……どちらにせよ、区切りが必要です」

 

「……」

 

「もし、陽色くんと会いたくない、と言うのなら……せめて一言だけでも直接伝えてください」

 

「……伝える……」

 

 男の呆けたような問いかけにも満たない独り言に、セバスチャンは無情にも言葉を吐き捨てる。

 

「『これ以上は会えない。今まで済まなかった』、と」

 

「っ……」

 

「それが全てを投げ捨てた事に対する……せめてもの責任です」

 

 そこまで言ったセバスチャンは、懐から一枚の紙切れを男へと渡した。

 

「僕の電話番号です。もし決心がついたら……この番号まで電話をください。場は僕がセッティングします」

 

「……」

 

「もしまた逃げても、僕は何度でも……貴方の元を尋ねます。……では」

 

 セバスチャンは用はそれだけだと男に背を向けて歩き出し……。

 

「……」

 

 朝焼けが滲む街で一人になった男は、まるで覚悟を決めるようにギュッと目をつぶる。

 

「……分かった。……悪かった、陽色」

 

 ぽつりと言葉を溢した男は、落としたビニール袋に手を伸ばして拾い、片手に持っていたカップ酒を袋へと放り投げる。

 

「……ちゃんと……私の言葉で、お前に伝える」

 

 彼は酒が詰まったその袋を、公園のゴミ箱へと投げ捨てた。

 

「……」

 

 思えば、今の自分は昔の自分からは考えられないような事ばかりしている。

 けれど全てが過去の事だ。今更変えることは出来ない。

 

 変えることが出来るのは……きっと、未来だけだ。

 

「……全てが遅かったかもしれないが……な」

 

 そうして自嘲する様にそう語った男は……空を見上げた。

 

「……?」

 

 ……ふと、視線の先に妙なモノを見つけた。

 

「……何だ……アレは……」

 

 それは沈もうとしている月の影。

 その一片。

 

 小さくも存在感のあるそれが、徐々に此方に近付こうとしていた。

 あまりにも異質なそれに思わず息を呑んだ男だったが。

 

 しかし。

 

「……!?」

 

 次の瞬間には、その月の欠片が──砕け散った。

 

 男は何が何だか分からなかった。

 あまりにも現実感の無い光景に、自分は夢でも見ているのでは無いかとも思えてくる。

 

 だが、男には妙な直感があった。

 それは──。

 

「……陽色?」

 

 ふと零れ落ちた言葉は何故か……実の息子の名前だった。

 

 

 響とヒイロの二人が放った一撃。

 その一撃は月の欠片を穿ち……。

 

『……あぁ』

 

 『くろのす』の魂を共々に吹き飛ばした。

 しかし。

 

「ぐっ……!?」

 

「ヒイロさんッ!?」

 

 その一撃は強すぎた。

 月の欠片に備わった防御機構を全て吹き飛ばし……今、空いた風穴から宇宙へと空気が流れていく。

 

 既に崩壊しつつ有るシンフォギアを纏ったヒイロは……そのあまりの反動に膝を突き……直後、ヒイロは突風に流され宇宙へと吹き飛ばされる。

 

 だが。

 

「っ、響……!」

 

「離っ……しません!」

 

 ギリギリの所でヒイロへと手を伸ばした響は……ヒイロの手を掴み取る。

 

「……ぐっ!」

 

「……離せ響! これ以上は……!」

 

「離しませんッ! 絶対、この手はッ……!」

 

 ──しかし吹き荒れる突風の中、彼女一人ではどうしても流されて行ってしまう。

 遂には二人共々吹き飛ばされる瞬間。

 

『……まてよ』

 

「!?」

 

 突風の勢いが急激に弱くなり、直後ヒイロと響は地面に着地する。

 その力を、二人はもう何度も味わってきた。

 

 故に分かる。

 間違いなく、これは──。

 

『……もう俺にはマルドゥークの機能を動かすだけの力も無い。だから……残った力でほんの数秒だけ時間の流れを遅くした』

 

「……『くろのす』」

 

 ──これは、もう既に魂が消えかかっている『くろのす』の最後の灯火だった。

 

『……一つ、俺と約束をしてくれ』

 

「……あ?」

 

『少しくらい良いだろ……私はお前等に殺されたんだ。少しくらい……さ』

 

 一瞬、ヒイロはそれが何かの罠かと思った。

 ──けれど即座に違うと分かった。

 

「……」

 

 故にヒイロは黙って『くろのす』の言葉を待つ。

 『くろのす』は少し黙り込むと……厳格な口調で言葉を紡ぐ。

 

『……二人共々、俺に誓え』

 

「……」

 

『……その人生。決して……止まることはするな』

 

「……」

 

『進み続けるんだ。進んだ結果、進んだ方向が後ろ向きでもいい。足を止めるな。立ち止まるな』

 

「……」

 

『……誓え、ヒイロ。……響』

 

 それは、『くろのす』なりの最期の言葉。

 幾多もの命の最期を見てきたヒイロだからこそ分かる。

 今の『くろのす』はただ……人生の最後に安心が欲しいだけなのだと。

 

「……」

 

 彼女が逐一語っていた理想。それを思い出す。

 

 それは止まることの無い人類を作り出す事。

 

 『くろのす』がその理想が道半ばで果てた今。

 彼女はせめて……自身を斃した相手が自分以上の存在で有り続けると言う誓いが欲しかった。

 

『……』

 

 一瞬、沈黙が場を支配し……しかし、遅く流れる時間の中、ヒイロと響は手を握り合って宣誓する。

 

 ──それは、一度は助けて貰った恩義を……返すため。

 彼等は朗々と語り出す。

 

「暁陽色と」

 

「私、立花響は」

 

「──今日この日から例えどのような困難が訪れようとも」

 

「──支え合い、止まることはせず」

 

「前に進み続けることを──『くろのす』。お前に誓おう」

 

『……』

 

 それは、ほんの数秒の出来事。

 しかし、確かに『くろのす』の心にその言葉は染み渡り……。

 

『……ならその誓い……人生を掛けて守り通して……決して、違えるなよ』

 

 『くろのす』は……まるで溶けるように魂事消滅した。

 

「……ああ。繋いだこの手は」

 

「もう、離しませんから」

 

 そして。

 

 徐々に遅くなった時間が元に戻り始める。

 ……このままではまたすぐにでも月の欠片の外に放り出されてしまうだろう。

 

 だが、一呼吸置くことでヒイロの調子は戻りつつあった。

 むしろ先程と違い、響を支えるように立つ。

 

「感謝はしねぇ。だが……絶対に誓いは果たすさ」

 

 ヒイロは懐から……プレラーティから貰った内のもう一つのテレポートジェムを取り出す。

 

「……」

 

 まだヒイロとガンツとの繋がりは()()()()()()

 恐らくこのまま月の欠片の外に出たところでこの断絶は続いたままだろう。

 

 ──つまり地球へと帰還する最後の頼みの綱は、このテレポートジェムのみである。

 プレラーティはヒイロへと渡す時、此方のテレポートジェムは試作品と言っていた。

 

 一体どのような効果があるのかは分からないが……だが、コレに掛ける他手段が無い。

 

「……響」

 

「……ヒイロさん」

 

「……俺はお前と一緒なら……何処へ行くのだって怖くない」

 

「……」

 

「響。お前は──」

 

「私もです」

 

「……」

 

「私も……ヒイロさんと同じです」

 

 ヒイロの言葉に、響は何時かと同じように頷いた。

 

「二人一緒なら、きっと」

 

「……ああ。そうだな」

 

 ヒイロは、意を決したように地面へとテレポートジェムを叩きつけた。

 

(──信じてるぜ……プレラーティ!)

 

 心で友の名を叫び、叩きつけた場所から黄金色の紋章が輝いて──。

 

 

「……ここは……?」

 

「……白い……部屋?」

 

 転移した先は、全てが白い世界。

 思わずヒイロさんの手を握りしめ……そして。

 

「……!? 何ッ……だ、これ……」

 

「ヒ、ヒイロさん!? な、なんか赤い涙が……!?」

 

「ひ、響も流れてるぞ!?」

 

「ええ!?」

 

 急にヒイロさんが血のように赤い涙を流し始めたと思ったら、何と私もそんな感じの涙を流しているらしい。

 

「……ほ、本当だ……」

 

 目元を手で拭うと、確かに目元から涙が流れていて、拭った跡が血のように赤かった。

 暫く感情とは無関係に流れ出した涙に戸惑いを隠せなかったけど……ふと、視界の端に何か巨大なモノを見つけた。

 

「……何……アレ……」

 

「……」

 

 ──それを一言で表すなら、巨大な人……だろうか。

 人と言っても、その顔からお腹にかけての部分が抉れていて……けれどその中身は空洞になっている。

 両の手を横に広げていて、その身体の空洞部分を此方に見せつけるようにしている。

 

「……」

 

 グロテスクな様にも、神秘的なようにも感じられて……何というか、妙な感覚に陥る。

 

「アレは……」

 

 ヒイロさんは目を丸くしながら、けれど目の前の存在に警戒を抱くことはせず。

 ただ、驚いた様にそれを見つめていた。

 

「……セバス……なのか?」

 

 セバス。

 それが誰なのかは分からないけれど……ヒイロさんのその問いかけに答えるように、初めてそれが動いた。

 

『──その問に答えよう。暁陽色』

 

「……」

 

『──私はセバスという男では無い。彼の魂は既に別の次元に移動し、既に新しい命として生まれようとしている』

 

「……」

 

『──だが。君達が重要と捉える感情や記憶を私は所持している。そう言った観点では、私はセバスとも言える』

 

「……」

 

 ……目の前の、彼? は何か禅問答の様な答えを返してきた。

 ……つまり、この人? は結局ヒイロさんの言うセバスさんなのだろうか。

 

『──立花響。その問に答えよう』

 

「……え?」

 

『君は暁陽色と同じように、魂の有無を存在の定義としているな』

 

「えっ、ちょっ……」

 

『その哲学から見れば、私はセバスという存在では無い。ただ同じ記憶を持った他人だ』

 

「……あ、はい」

 

 な、なんか心を読まれてる……!?

 ど、どうやって……!?

 

『──立花響。その問に答えよ──』

 

「も、もういいです! 質問したいことは声に出して言いますからッ!」

 

『了承した』

 

 あ、危ない……。

 うっかりヒイロさんの好みは? とか考えなくて良かった……。

 これで帰ってきた答えが全然自分じゃなかったら私は──。

 

 と。そこまで考えたところでハッとなって、ビシッとあの巨大な人型さんに言いつける。

 

『……』

 

「……い、今のは質問じゃないですからね!?」

 

『了承した』

 

「……」

 

 ほ、本当に……?

 

『本当だ』

 

「……」

 

 い、一気に不安にさせてくるなこの人……。

 

「……おい。何ギャグしてるんだよ」

 

「……ご、ごめんなさい……」

 

 ──と。

 私とこの巨大人型さんのやり取りを呆れた風に眺めていたヒイロさんが……息を吐いて気を引き締めた。

 

「……アンタがセバスじゃないってのは……分かった。なら、アンタは何だ、ここは何処だ」

 

『──暁陽色。その問に答えよう』

 

 ヒイロさんのその質問に、巨大人型さんは特に隠すでも無く、つまびらかに正体を明かした。

 

『──ここは『真理の部屋』。私の……『アヌンナキ』の居城』

 

「……」

 

『私は『アヌンナキ』が一柱。私個人を表す名称は無いが、同胞(アヌンナキ)からは『全知の神』と呼ばれていた』

 

「……全知の……神」

 

 全知……全知!?

 全知って言うと……全てを知ってるって事!?

 

 す、凄い……。何かスケールが違う話している……。

 

「……な、なんか凄そうですね……」

 

「……全知まで行くと凄そうってレベルじゃねーだろ」

 

「……あ。確かに」

 

『……』

 

 思わずヒイロさんにヒソヒソと耳打ちするように語りかけてみるも、思えばこの人を前にヒソヒソと喋る必要なかった。

 だって全知だもん。

 

 心なしか『全知の神』様が呆れた風に此方を見ている気がする。

 

「……で? その『全知の神』が……俺達になんの様なんだ?」

 

 何てことを思っていたら、ヒイロさんは私を置いてさっさと聞くべき事を聞き出している。

 慌てて私も『全知の神』様に伺いを立てる。

 

「……そうだ! 確かに何で私達を呼んだんですか!?」

 

『──暁陽色、立花響。その問に答えよう』

 

 『全知の神』様は……ゆっくりと語り出した。

 

『──ただ、最後に会話がしたかッた』

 

「……え?」

 

『私の今の意思を人の意思の様に表すとこのようなモノになる』

 

 私達の困惑を放置して、彼は一人語り続ける。

 

『──私は現在、人類が崩壊する危機的段階を過ぎたと判断した』

 

「……!」

 

『元よりこの干渉は人類が滅びる道を避けるため。それ以上の完全()による不完全(君達)への干渉は君達の進歩を狂わすだけだ』

 

「……」

 

『故に私は眠りにつく。観測は続けるが、コレより先干渉することは無いだろう』

 

「……だから、その前に俺達と会話を?」

 

『そうだ。どのような質問にも答えよう』

 

「……」

 

 思わず、私とヒイロさんは目を見合わせた。

 何から何まで理解が及ばない。

 

「……俺達と会話して、『全知の神』が何になるッてんだ? もう既に会話を知ってるんだろアンタは」

 

『──そうだ。順に答えていこう。『今後の情勢』は、アメリカが徐々に勢いを増し十年後にはアメリカが全世界の支配を終える。『くろのすの正体』は未来の地球人。『ヒイロさんの好み』はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。『立花響と響は別人かどうか』は別人。『今後障害となるモノ』は響の融合症例。『融合症例の直し方』は錬金術による分解と再構築。『何故──』

 

「いや、ちょっ、待てッ!?」

 

 怒濤の勢いで言葉を連ねる『全知の神』様に、ヒイロさんは思わず待ったを掛ける。

 

『──了承した』

 

 『全知の神』様は思いのほかあっさりと言う事を聞いてくれるが、この人本当に私達と会話する気があるのだろうか。

 

「……」

 

 と言うか。

 

「……マリア・カデンツァヴナ・イヴ。誰だ……ん?」

 

「……」

 

 いや。確かに考えていたけどさ。

 本当に聞く流れだったんだ、『ヒイロさんの好み』。

 

 全く知らない名前が出て来て思わずピキッと青筋が立つ。

 

『──先程の回答に納得できないか』

 

「……いや! なんか……こう……凄い……ネタバレを喰らった気分だ」

 

『……』

 

「なぁ。会話するんじゃねーのか? こんなのアンタが未来予知して一方的に喋ってるだけじゃねーか。会話じゃねーよ」

 

『──了承した』

 

 そう言って……『全知の神』様は、また言葉を続けた。

 

『──では、何を聞きたい。此方からは何も言わない』

 

「……」

 

 聞きたい。

 聞きたいこと……。

 

「……」

 

 ……正直、私はあまり聞きたいことは無かった。

 多分……さっきのネタバレラッシュはヒイロさんが聞きたかったことに対する答えなんだろう。

 ──一部私の質問らしきモノも混じっていたけど。

 

 だからか、ヒイロさんは正直もう聞きたいことは何も無い様に腕を組んでいる。

 

 ……聞きたいこと。

 ……聞きたいこと……か。

 

 なんだかそう考える内、一つ聞きたいことが浮かんできた。

 

 ともすればどうでもいいこと。

 だけど……このタイミングを逃せばもう二度と分かることは無い事。

 

「……じゃあ一つ……いいですか」

 

 私の問いかけに、『全知の神』様は静かに佇む。

 

「……どうして、私を産んだんですか?」

 

 

 

 その問いかけに、俺は思わず息を呑んだ。

 それは心配故だ。だって、きっとそんなの碌でもない理由だ。

 

 ──全知の神(コイツ)を目前にして分かったことがある。

 コイツが作り出したモノが、誤作動を起こすはずが無い。

 

 つまり……響が部屋に再生されたのには理由がある。

 クローンを作ってでも為さなければならない理由が。()()()()()()が存在する。

 

 正直、それを行った犯人の当たりは付いている。

 その理由も、大体は。

 

 ……でも。

 

「……ヒイロさん。私……少し、知りたくなったんです。……私が生まれた理由を」

 

「……」

 

 俺はそれを止めることは出来なかった。

 いや、誰にだって止めることは出来ない。

 

 生まれた理由を知ることは……生きとし生けるもの全員の権利でもある。

 

『──その問に答えよう』

 

 ……そして『全知の神』は口を開いた。

 

『立花響。君が生まれたのは()()()()()()()によるモノだ』

 

「……」

 

 直後、『全知の神』より語られたのは……おおよその予想通りのモノだった。

 

『セバスの目的は暁陽色の幸せ。その目標を達成する為には暁陽色の生存が必要不可欠。また当時の時点ではミッションを逃れることは不可能な為、緊急的な戦力として立花響が再生された』

 

「……」

 

『セバスの思い描いていたルートでは、君を失った暁陽色は一番を選び部屋から脱出。後に義妹と再会し恋に落ち、ブラックボールによる戦争に巻き込まれるが、妹と共にアメリカに移住することで特に大きな戦乱に巻き込まれること無く、一生を終える』

 

「……」

 

『それが本来の歴史。セバスの想定していた未来。君を産んだ理由とはつまり、暁陽色の幸せを確実なモノとするための踏み台としてだ』

 

 ……ああ。

 何っ……て言うか。

 

「……」

 

 分かっていても……正直。

 

「……ッ!」

 

 ブチ切れそうで仕方が無いッ!

 

「……てめぇ……人を愚弄するのもいい加減──ッ!?」

 

 そうして怒りのままに、一歩『全知の神』へと踏み出そうとした瞬間。

 

「っ……響!?」

 

 ──当の本人である響が……俺を止めた。

 

「……ヒイロさん」

 

「ひび──」

 

「私、ちょっと嬉しいんです!」

 

「……え?」

 

 その上、何故か彼女は……満面の笑みを浮かべて俺に振り返る。

 

「だって……私が今ヒイロさんの横にいるのは、皆が勝ち取ってくれた今って事じゃないですか!」

 

「……!」

 

「──『全知の神』様! その決められた"運命"から……今を勝ち取った! そう言う事ですよね!?」

 

 運命。

 俺は思わず、その言葉に反応してしまう。

 

 ……そうだ。それは確か……前にセバスと神について会話した時に──。

 

『──その問に答えよう。立花響、確かに君は……私の予知した未来を外れてここにいる』

 

「……!」

 

『──賞賛しよう。君は"運命"に打ち勝ち、幾つもの偶然の積み重ねにより今そこに立ッている』

 

「……」

 

 セバスが……いや、『全知の神』の考える……神の形。

 "運命"。

 セバスが語った神の形。

 

 それは例え目の前の『全知の神』を持ってしても抗うことが出来なかった……大きな歴史の流れ。

 

「……アンタは……」

 

『──暁陽色。私の今の感情を表すのに、人類の言葉を借りるのならば……"嬉しい"だ』

 

 故にそれが覆されたことが余程嬉しいのか……無感情の筈の声にすら感情が乗っているようにも思えた。

 

『君達の倫理観から見れば私は人の命を弄ぶ大悪党だろう。故にどのような罵詈雑言も受け入れる。どのような攻撃も』

 

「……」

 

『──運命殺し(神殺し)の君達人類のその拳ならば、きっと私を殺せるはずだ。私の死期はここでは無い筈だが、きっと……』

 

 そして、全知の神はそれを望んでいるようにも見えた。

 

『運命は変えられる。きっと……私も死ぬ』

 

「……」

 

 彼は全てを受け入れると言わんばかりに……真っ白な部屋の中央で、両の手を広げた。

 

『さあ。暁陽色。立花響』

 

「……」

 

 しかし。

 俺は思わず溜め息を吐いた。

 

「……いや。もう無理だよ」

 

『……』

 

「……正直俺はまだ……アンタにすげぇ複雑な思い抱いてる……けど。俺がアンタを殴るのは……もう無理だ」

 

 俺はそう言って……大人しく引っ込む。

 そうして引っ込んだ俺と変わるように、響が前に出て行く。

 

「……一つだけ、言いたいことがあります」

 

『──立花響』

 

「……」

 

 俺は、もう全知の神(コイツ)を殴れない。

 ……何せ、響がもう……許してるんだ。

 

 なら。もう俺は……何も言わないし、何もしない。

 

「……」

 

 響は……一度口を開いて、けれど何を言うべきか

 

「……ありがとうございます。私を産んでくれて」

 

『──感謝する必要は無い』

 

「でも、セバスさんや……貴方の技術の御陰で、今私はここにいます。だから……ありがとうございます」

 

『……』

 

「人類を、人を。信じてくれて……ありがとうございます」

 

 響がゆっくりと、深く頭を下げて……神は、それを無言で受け入れた。

 

「……」

 

 暫く、無言の時間が続く。

 その時間が歯がゆくて、俺は思わず『全知の神』へと質問を投げかけた。

 

「……なあ、割り込むようで悪いが……最期に一ついいか」

 

『──よかろう』

 

「……あのプレラーティのテレポートジェムって何だったんだ?」

 

『──その問に答えよう。アレは位置情報を入力することによって座標固定されていない地点であっても空間位相差に迷い込むこと無く転移が可能となる次世代型テレポートジェムだ』

 

「……ふーん」

 

 であれば、俺の望んだ地球という位置情報によって俺達二人は地球に転移される筈……だが。

 

『──私はその空間移動の隙間に割り込み、君達との対話を望んだ』

 

 『全知の神』は……何処か上機嫌な様子で語りながら、言葉を紡ぐ。

 

「……望む答えは得られたのか?」

 

『──ああ。だが更なる観測が必要だ。予定通り、私は眠りにつく』

 

「……そうか」

 

 やはりと言うか何て言うか。

 予定通りに事を進めたがる質なんだな、この神様は。

 

『──否。そう言う訳ではない。予定通りは寧ろ唾棄すべき状況だ』

 

 ……普通に心を読むんだもんな。

 

「……じゃあ何か? 未来でアンタの寝床にでも押し入ればいいのか?」

 

『──私の潜む場所に最速で来るのはアメリカだ』

 

「……アメリカは来るのか……」

 

 どうやら『全知の神』が見ている未来では、アメリカは相当イケイケな様だ。

 そんな風に思っていると、横から響が握りこぶしを作って『全知の神』へと見せつける。

 

「──なら! 私達が一番にここに乗り込んで……『全知の神』様を驚かして見せます!」

 

『──』

 

「──それに、さようならって……少し、照れ臭いですから」

 

『……』

 

「だから! またいつか……きっと」

 

 それは、果たしてどのような感情なのか。

 目の前の彼……いや彼女? 性別すら分からない『全知の神』は……自身の生み出した命の言葉を受けて、言葉を詰まらせ……。

 

『──では。それを楽しみに……待つとしよう』

 

 初めて、明確に嬉しそうに語った。

 

『これをもッて…全てを終了する。この先私は地球人に干渉することは無いだろう』

 

 次いで視界が切り替わり──。

 

「──えっ」

 

 真っ暗な夜の中。

 恐らく海に放り出された。

 

 

「はあっ……はっ……!」

 

「ひぃっ……はっ!」

 

 海の上に放り出された俺達は、決死の思いで浜辺へと辿り着き……力尽きたように浜辺に倒れ伏す。

 

「『全知の神』の奴……! もうちょっと……! 気を……! 効かせて……! くれても……っ!」

 

「はっ……はっ!」

 

「クソッ……! 流石に……! 荒波を泳ぐのは……はぁっ! 疲れた……!」

 

 今だ夜空が見える浜辺で、俺達は二人荒く息を整えながら……浜辺に寝そべった。

 

「……」

 

「……」

 

 そして、暫くの沈黙の後……互いの体温を確かめ合うように……手を繋ぐ。

 

「……なんだか、やっと帰ってきた気がします。地球に」

 

「……そういや、ずっと月だったもんな」

 

「正直……あんまり記憶が無いんですよね、取り憑かれていた時は」

 

「……へぇ……」

 

 ……正直、未だに実感は湧かない。

 

 だから何度も、何度もその存在を確かめるように……響の手を握りしめ、言葉を続ける。

 

「……お前が眠ってた間、俺が何してたか知りたい?」

 

「……え! 教えてくれるんですか!?」

 

「ああ。俺はな……記憶を無くして日常に戻ってたんだ」

 

「……」

 

 ……俺は朗々と語り始める。

 

 一番を選んだこと。

 一年間、記憶を無くしていたこと。

 家族と、また会えたこと。

 

 ……『企業』の奴等に殺されて……俺は三度目の"俺"であると言うこと。

 

 響を助ける時……三番で上書き再生すると言う方法で助けたこと。

 

 ……全てを語った。

 

「……」

 

 ……それを、響は全て無言で聞いてくれて……。

 それが、俺の心には痛いほど突き刺さってくる。

 

 俺は、身体を起こして響へと視線を向ける。

 響もまた身体を起こして……俺を見つめていた。

 

 ……徐々に明るくなっていく空の下。

 ほんの少しずつ……暗がりから響の表情が見えてくる。

 

「……だから、さ。俺は本当の俺じゃ無いんだ」

 

「……」

 

「お前が望まない方法で……お前を助け出したんだ」

 

「……」

 

「……全部……『俺』のエゴだ。すまん、響」

 

 そう言って、響に頭を下げる。

 

「……」

 

 彼女の視線が突き刺さってくる。

 そして。

 

「……顔、上げてください……ヒイロさん」

 

 恐る恐る……響の言うとおりに顔を上げて。

 

「……!?」

 

 いきなり、響が唇を奪って来た。

 

「っ……!? ……っ…………」

 

 それは二年前のあの時よりもずっと長く……ずっと暖かくて。

 息が続く間、そのままでいた。

 

「……っぷは!」

 

「っ響!? 何を……!」

 

 ようやく解放された俺は、すぐに響に事の真意を問いただす。

 けれど彼女は、俺の問いかけを無視して唇に指を当てて思案し続け。

 

 ようやく目を開いた響は……少し寂しそうに笑いながら俺に語りかけてくる。

 

「……うん。やっぱり……ヒイロさんはヒイロさんのままですよ」

 

「……え?」

 

「何時も、私のこと考えてくれて。何時も私のことを……一番に考えてくれて」

 

「……」

 

「……私はずっと。ヒイロさんが好き。例え……ヒイロさんが()()ヒイロさんになっても」

 

「……ひびっ──」

 

「でもそれは! ヒイロさんにとっては……許せない事なのも……知ってます」

 

「……」

 

 だから。

 

 そう言って、響は俺を……優しく抱きしめた。

 

「……だから。私は……ヒイロさんが、今のヒイロさんを受け入れられるまで……ずっと。ずっと待ってます」

 

「……」

 

「私はずっと……ずっと……ヒイロさんの事を、愛しています」

 

 ああ。

 

 本当に……お前には敵わない。

 

「……俺……」

 

「はい」

 

 情けなく、彼女の腕の中で……俺は嗚咽を溢す。

 

「っ……俺ッ! もう……もう絶対に死なない……っ!」

 

「はい」

 

 その誓いを、願いを。

 

「『俺』の想いを……! もう誰にもッ……譲りたくない……!」

 

「……はい」

 

 全部のせで……響に伝える。

 

「俺っ……俺はっ……!」

 

「……」

 

 そして。

 

「『俺』は……お前を愛している」

 

「……はいっ!」

 

 俺は初めて、お前に心からの想いを伝えることが出来た。

 

 陽色の太陽が空を照らしていく。

 暁の空が灯っていき……俺達の表情を赤く照らす。

 

「……」

 

「……」

 

 互いの表情が赤いのは、日差しによるモノか、それとも。

 

「……響」

 

「……はい」

 

 ともかく、顔を赤らめたまま……あの日言えなかったことをもう一つ、響に伝える。

 

「──おかえり、響」

 

「……はい! ただいま……ヒイロさん!」

 

 もう、離さない。

 神様の予想なんか全部超えて……何度でも、おかえりと、ただいまを。

 

 何でも無いような日常を。

 響と、一緒に。

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