暁に響く
それは、とある日の日常の光景。
「ふんふふーん」
そこは、何処かのマンションの一室。
二十代中程の女性が、鼻歌を歌いながら洗濯物を干していた。
「うーん……! いい天気だ!」
明るい色の髪を揺らしながら、彼女は布団をベランダに掛けていく。
そうしてかご一杯に詰まっていた洗濯物を全て干しきった彼女は、やりきった……! と言わんばかりの晴れやかな表情で息を吐く。
しかし、彼女の仕事はまだまだ有る。
部屋の掃除、買い物、夜ご飯の仕込み……などなど。
頭の中で今後の予定を思い出し、気持を入れ替えて部屋に戻っていく。
「……よし!」
次は部屋の掃除だ!
そう意気込みながら……彼女は部屋へ入っていった。
◇
『──さて、国連主導での月探査ロケットの打ち上げまで一週間に……』
「……」
私は今、部屋を掃除中です。
そして……恐ろしいモノを見つけてしまいました。
テレビから流れてくるニュース何て気にならないほどの恐ろしいモノが。
「……マリア……さん……の……グラビア……」
そう。
それは史上最強のアイドル大統領と名高い……『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』のグラビアが載った雑誌。
大人の魅力がマシマシとなった彼女が、挑発的な目で此方を見つめてポージングしている。
凄い綺麗で、可愛げもあって、大人って感じがして。
……何より、
『またギリシャ奪還作戦から三週間が経ち、米国主導による本格的なインド攻略戦が始まろうと──』
「……」
でもまぁ。
別に、それが家にある事は問題じゃ無い。
無いけど。
……問題なのは、それがベッドの下に隠されていたこと。
何で? 何で隠してたの?
捨てられるとでも思ったの? そんなに私、信用無かった?
「……」
まぁ確かに? 露骨に目の前で見られたらちょーっとイラッとするかもだけど。
隠すのは違うよね。
なんだかほの暗い感情がふつふつと湧いてくるけれど、それを抑えるようにグラビア雑誌を元の場所に置こうとして──。
『──さて! それでは今日のゲスト……『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』さんです! どうぞー!』
「!?」
テレビから流れてきた予想外の名前にグラビア雑誌を握りつぶす。
「あっ……」
『こんにちは、日本の皆。マリアです』
『こんにちはー!』
「……」
……そこには、まさかのゲストが登場していた。
息を呑むようにテレビに目を向ける。
『はい、と言う事で今日のゲストのマリアさんです! マリアさん、今日は新曲の発表と……凄い告知が有ると聞いてますが……!』
『そうね。今日は日本の皆に伝えねばならない事が一つあるわ』
何処か淡々と言った様子で語りは始めたマリアさんは……本当に、悔しいほどに綺麗で、悔しいほど……大きかった。
思わず視線を胸元に寄せるけれど……湧いてくるのは悲しい感情だけ。
「……」
テレビに映っているマリアさん。私。マリアさん。私。
何度見比べても、事実は何も変わらなくて。
ス、スケールのデカさで負けた……。
「……うぅ……」
なんだかこうやって雑誌を握りつぶしているのが酷く情けないように思えて、気分が落ち込んでいく。
そして……そんな自分に追い打ちを掛けていくように、コメンテーターのおじさんの下世話な問いかけが聞こえてくる。
『まさかマリアちゃん……恋人とか出来たの……!?』
「……うっ」
恋人。
そんなはずは無いと分かっている。
けれどマリアさんと彼の距離感は……割と近い。
何故か隠されていたマリアさんの雑誌も相まって、いやーな予感がふつふつと湧いてくる。
だから私は、マリアさんの質問への答えを息を呑みながら待ち──。
『生憎、私の恋人はファンの皆よ』
「……ほっ」
マリアさんの答えに本気で安堵した。
『今日ここに来たのは、今週末のライブの告知で──』
どうも今日このニュース番組に来たのはライブの告知のようで、画面の向こうで新曲やら何やら話し始めた。
「……まぁ! 当然、そんなことあるわけ無いよね。うん」
当然ね?
そんなことね。有るわけ無いよね。
うん。
「……」
そうは言いつつも……気付けば携帯を取り出していて、メッセージアプリで一言……彼に聞いていた。
『浮気してないよね?』
ただ一言、送ってから少しして……すぐに返事が返ってきた。
『どうしてそう言う事言うの?』
……これはどうなんだろう。
しっかり絵文字で涙まで表現している。
「……」
……まぁ。
考えすぎだよね。うん。
少し妄想が行き過ぎて変なことを聞いちゃった。
彼にポチポチと『何でも無い』と返して、掃除を続ける。
そうして暫くして掃除が終わると、今度は買い物の準備をする。
「えーっと……挽肉パン粉、卵に……」
冷蔵庫の中身と睨めっこをして、必要なモノをメモを取っていく。
そうしてお財布とバッグを手に、そのまま買い物に出掛けていく。
「……あっ。危ない危ない」
──と。
玄関のドアに手を掛けた所で……一つ忘れ物に気付く。
急いで部屋に戻り、赤色の石が付いたペンダントを手に取って首に掛ける。
姿見の前に立ち、今度こそ忘れ物が無い事を確認して……よし! と指さしで確認する。
「……うん。忘れ物、無し!」
今度こそ忘れ物が無い事を確認して……買い物に出掛けていった。
◇
「──ただいま~」
色々と買い物を終えて、家に帰る。
買い物袋を一度玄関に置いて、レターボックスを開いて何か入っていないかを確認する。
すると、出掛ける時には無かった手紙が底の方にあるのを見つける。
手に取って誰宛の手紙か見てみると……その手紙の違和感に気付く。
「……?」
なんか……凄い昔の手紙っぽい。
蝋で封されている。
宛名も何も書かれていないけれど、その蝋に描かれた紋様を見て何事か察する。
「……プレラーティさん?」
そう。
この古めかしい手紙は……パヴァリア光明結社の最高幹部の一人……プレラーティさんからの手紙だ。
また何か、
「入れ違いになっちゃったかぁ……」
また時間があれば一緒にお茶でもと思ったんだけど……うーん、タイミングが悪かったかな。
けれど過ぎたことはしょうが無い。また来てくれた時にお茶に誘おう。
ともかく、買ってきたモノを冷蔵庫の中に入れたり、手紙をテーブルの上に置いたり色々としている内に時間を見ると結構良い時間になってくる。
そろそろ夜ご飯を準備しないと。
今日は……彼の好きなハンバーグだ。
「よーし! 気合い入れて作るぞ……!」
手を洗った私は、両腕の裾をまくって気合いを入れるように……台所に向かった。
◇
それは、とある日の日常の光景。
何でも無い、普通で普通な、日常の一日。
「ふーんふふーん」
二十代中程の女性が……台所で一人、鼻歌を歌いながらハンバーグを作っている。
「ふふふーん」
彼女の手際は随分と良くて、彼女がこの料理を作り慣れているという事がとてもよく伝わってくる。
彼女自身も、今回の料理のできには自身があるのか、気分よさげに料理を作っていき……。
さあ出来上がるぞ! というタイミングで玄関の鍵が開けられた。
「……あ!」
すると彼女は一際その表情を明るく輝かせ、料理の手を止めて玄関まで帰ってきた人物を迎えに行く。
「──お帰りなさい! ヒイロ!」
彼女は、少しくたびれた様子の彼……ヒイロへととても嬉しそうに微笑みかける。
「──ただいま、響」
ヒイロは、少し髪が伸びて大人っぽくなった彼女……響へと微笑みかけ、家へと入っていき……扉が閉められる。
「なあ。昼のあのメールは何だったんだ?」
「……あ! そうだ、ごめんヒイロ、私ちょっと……あの雑誌を握りつぶしちゃって……」
「えっ? 雑誌?」
「うん。マリアさんが表紙のあの……」
「えっ……握り潰……」
そして、玄関越しに二人の会話が聞こえてくる。
「ごめんね? ちゃんと今度買い直すから……」
「あ! いや! 俺の方こそなんかごめんな! うん、態々買い直さなくてもいいから……」
「え?」
「というかはい……すみません……二度と買いませんから……」
「えっ、え? ど、どうしたのヒイロ?」
何時も通りで普通な日常が、彼等の家に響いていく。
「……そ、それよりもさ、今日の夜ご飯は何?」
「え? ……あ! そうだ、今日はハンバーグなんだよ~!」
「! マジか! 食べる食べる! すぐ着替えるわ!」
玄関から少し視線を外して、玄関の表札には……暁と陽色と──。
そして響が、記されていた。
これは、何でも無い……普通の日々。その一片。
二人の日常は、続いていく。
きっと、いつまでも。