リディアンの寮の一室で、私は向き合うべき人と対峙していた。
「……」
「……」
気まずい、空気だった。
「……ひ、びき?」
「……うん。久しぶり……って、言うのも変だよね、未来」
だって、私はクローンなのだから。
「……え……本当…に……響なの?」
彼女……小日向未来の友達の、立花響のクローン。
立花響の体と、立花響の記憶を持って生まれ、立花響とは違った人生を歩んでいる。
それが私。
未来は、"私"にとってとても大切な存在だ。
家族と同じくらい大好きで、何時も甘えていた。そんな私を何時も受け止めてくれて、何時も私の隣に居てくれた。
大切で、大事で、ずっと一緒に居たいと思えるような友達。
それが未来だ。
「……」
だから私から見れば、私はまだ未来と友達のまま。
けれど未来からしたら……私は友達と同じ顔をした気味の悪い存在でしかない。
だからこれは、過去との清算だ。
立花響との記憶との……決着だ。
「……私は、立花響…の……クローン……なんだ」
「……」
「1年前、ノイズに私……立花響が襲われそうになったときに、私が生まれたんだ」
だから決意を込めて、ぽつりぽつりと語り始めた。
私の物語を。
~未来のため一歩 その1~
小日向未来は困惑していた。
何せ友人である立花響がいきなり真剣な顔付きで詰め寄ってきたかと思えば、合わせたい人が居ると言われ。
その合わせたい人というのはその立花響にそっくりな人物で。
かと思えばそのそっくりさんは自分のことを立花響のクローンと語って。
(も、もう何が何やら……)
正直訳が分からなかった。
その混乱に輪を掛けているのが、自称立花響のクローンであるという少女が語る彼女の人生の話しだ。
GANTZが死者をどうたらこうたらして私はバグで生まれてうんたらかんたら。
(? ……??)
未来の脳みそは既にパンク寸前だった。
──ただ。
「……」
未来には一つだけ分かることがあった。
それは、目の前の少女は嘘も隠し事もしていないと言う事。
自身のよく知る少女と似た女の子。何処までも同じようで、何処か違う女の子。
「響」
だからか、目の前の少女が全てを語り終えた時、彼女は何時ものように少女へと語りかけていた。
「……っ」
そして、何時かの日と変わらない未来に、響は思わず息をのんだ。
「……ゴメンね。私、響の言っていた事難しくて……あまりよく分からなかった」
「……」
「でもね、響」
「……未来?」
「響が響だって事は、ちゃんと分かるよ」
「っ……未…来……」
小日向未来は陽だまりのように明るく、そして太陽の様に暖かい少女だ。
彼女は何時だって立花響の陽だまりであり続け、立花響の支えとなっていた。
──それは、別の立花響だろうと変わらない。
気付けば、響は未来に抱きついていた。
「ちょっ……響!?」
「ごめん、未来。少し……このままで居させて」
「……うん。分かった」
数瞬、響は何時かの日を偲ぶ様にその温もりを抱きしめ、絞り出すように声を出した。
「……辛かった。もう、前みたいにこうして未来の近くに居られないと思ったら……辛くて辛くて仕方なかった」
「うん」
「私は違う"私"だから……未来と友達で居た記憶を持っただけの……違う"私"だから。……もう、未来の友達じゃ居られないんじゃ無いかって……思ってた」
未来は響の背中を撫でながら、話しを聞き続ける。
「未来が"私"を受け入れてくれなかったらどうしようって、ずっと思ってた。答えを知るのが怖かった」
「……」
「……でも、何時までもこのままじゃ居られないから。だから、未来」
「うん」
「"私"と……」
響は、絞り出すような声で……自分の思いの丈を未来へと伝えた。
──それは、自身の過去との決着。
響にとって過去とは与えられたモノでしかなかった。
生きている自分。クローンとして生まれた自分。
本物の記憶。与えられた記憶。
何方が本物かなど、比べるまでも無い。
故に。偽物として生まれた彼女は、与えられた過去じゃ無く。
響として生き、考え、抱いた想いや感情と言う……現在こそを重視した。
だから、これもまた過去との決別。
(やっぱり、私は未来が好きだ。与えられた過去でも、未来が好きだ。だからまた、私は未来と──)
「──私と、友達になって……ください」
「……」
未来は万感の思いがこもった響の言葉を受け、ふっと目を閉じる。
そして。
「……うん。やっぱり、私にはよく分かんないや」
「……え?」
「私にとって、響は響だよ。偽物とか、クローンとか、1年前に生まれたとか、記憶を持っているだけとか。そんなの関係ないよ」
「……」
「怖がりで。寂しがり屋で。意地っ張りで。でも誰かの為に人一倍頑張れる……私の大切な
「未…来……」
「だから、そんなに悲しそうな顔をしないで、響」
「……」
そうしてギュッと抱きしめられた響は、ああと声を漏らす。
(……ああ……やっぱり未来には叶わないや)
記憶の中の少女と何一つ変わらない目の前の少女を見て、響の目には涙が浮かんでいた。
それは未来が変わらず自分の陽だまり何だという安堵からくる涙だった。
「……」
そして響は静かにその涙を拭うと、一人の青年の顔を思い浮かべるl。
(……ヒイロさん)
それは自分と同じく過去との決着が出来ていない、響の想い人。
けれど彼女は、ヒイロであればきっと乗り越えられると信じていた。
そして、同日の某ファミレスにて。
「……」
「……」
父親と息子が向き合っていた。
~未来のため一歩 その2~
それはセバスチャンからの唐突な連絡だった。
『──君の父親が君と会いたいって言ってるけど、どうする?』
本当にあまりに急な話だった。
けれど、俺は一も二も無く頷いていた。
しかしその日は何の因果か、響もまた小日向さんに会いに行く日でもあった。
本来であればその日は一緒に小日向さんに会いに行って説明するつもりだったが、まさかのブッキングとなってしまった。
どうしようかと思っていると、響は俺を後押しするようにこう言った。
『ヒイロさん。これは多分、神様が自分一人の力で解決しろって言ってるんだと思うんだ』
だから、私は一人で行きます。ヒイロさんも、頑張ってください。
自身の無二の親友との一年ぶりの再会だ。
響も不安だろうに、アイツはそう言ってくれた。
だから、俺も気合いを入れなけりゃな。
「久しぶり、父さん」
「……ああ。久しぶりだな、陽色」
──久しぶりに会った父さんは、小さく見えた。
以前までの活力に溢れた雰囲気は何処にも無く、着古した服を着て覇気の無い表情で俺を見ていた。
「……」
正直、ショックだった。
俺が憧れていた父親の姿はそこには無く、ただの無気力なおっさんにしか見えなかったからだ。
「……陽色」
だが、何よりもショックだったのが。
「──すまなかった」
「……ッ!」
父さんが俺に
「……何が、すまなかったって?」
「お前を置いて逃げたこ──」
「違ぇだろうがクソ親父ッ!」
思わず、テーブルに拳を叩きつけて立ち上がっていた。
目の前で目を白黒とさせている父さんを見て、俺は更にショックを受ける。
「お前がッ……あんたが謝るべきはっ……
「……」
「俺はっ……父さんに捨てられて……そりゃ、傷ついたよ。でも恨んじゃいなかった。あの時の俺は捨てられて当然な奴だった……!」
「……」
「なんで……逃げるなら何で、母さんも連れて行かなかったんだ。なんで母さんも置いていった! あの人は……!
「……」
「そんな、誰よりも父さんを想っていた人を差し置いて……俺になんか謝ってんじゃねぇっ!」
「……すまん」
そこまで叫んだところで、周りの視線から俺はヒートアップしすぎたことに気付く。
「……」
自身を落ち着かせるように息を吐き、椅子へと座る。
そして息を吐きながら、父さんへと語りかける。
「……母さんが死んだ」
「……ああ。セバスさんから聞いた」
「……キリカが見つかった」
「……ああ。セバスさんから聞いた」
「……はっ。何でも知ってるんだな、父さんは」
「……」
思わず皮肉を言ってしまう。
違う。こんな事が言いたいんじゃ無い。本当は……。
「……じゃあ、これは知ってんのかよ。母さんが死んだ理由」
「……強盗にやられたと──」
「──俺だ。俺が母さんを……死なせてしまった」
「……何?」
ようやく、父さんが俺をしっかりと見た気がした。
「その強盗は……俺と因縁があった。殺し殺される位の重い因縁だったんだ」
「……」
「そいつが俺が居ない間に家に押し入って、母さんを半殺しにした」
「……」
「少し考えれば分かることだった。……母さんは、俺が殺したようなもんだ」
俺を見ていた父さんの表情に、昔のような色が宿る。
そして。
「それは違うぞ、陽色」
「……は?」
父さんは俺が求めていたモノとは違う答えを語っていた。
「母さんが死んだのはお前のせいでも何でも無い」
「……」
「強盗にお前との因縁があったのなら、お前だけと決着を付けるべきだった。だがその強盗は間違いを犯した。強盗の暴走にお前が責任を感じる必要は一切無い」
なんでそうなる。
違うだろ? 悪いのは──。
「……じゃあ、そいつの家族親戚を俺が皆殺しにしていたら、どうするんだよ」
「……何?」
「そいつが……! そんなクズな俺への復讐のために、そいつが母さんを巻き込んだとしたら……どうすんだよッ!」
「……」
俺の言葉に父さんは数瞬黙り込むが、しかし力強く言葉を返した。
「ならば強盗は余計にその様な手段を取るべきでは無かった。相手が家族を巻き込んだからと言って、相手の家族を殺して良い理由にはならないからだ。不用意に復讐する範囲を広げるのは愚かな行為だ」
「っ……」
なんで? どうしてだ?
どうしてアンタはそんなことが言える? 俺はあんたの……父さんの大事な人を奪った張本人だぞ?
なのに、何で……。
「陽色。お前は悪くない」
なんでアンタは──。
「なんで……俺を叱ってくれないんだよ……父さん」
「……陽色」
──そうだ。
俺はずっと……父さんに叱って欲しかったんだ。
「……」
母さんを死なせてしまった事実が耐えられなかった。
色んな人が俺を責めなかった。強盗が悪い、君は悪くない、と。
色んな人から許しを得た。
けど俺は結局、自分で自分が許せなかった。
だから……父さんなら、俺を叱ってくれると思っていた。
昔から、父さんは何時だって正しかった。正しくヒーローだった。
俺が馬鹿な事をすれば叱ってくれた。俺がしてはいけないことをしたときも、叱ってくれた。
だから俺は……ずっと父さんのことを『待っていた』んだ。
けれど今、父さんは俺を叱ることも無く、ただ受け止めてくれた。
「……なんでだよ……父さん」
なんで俺を叱ってくれないんだ。
そうでもしてくれなきゃ、父さんの大事な人を奪った俺を……俺は許せない。
「……陽色。やっぱり私とお前は、親子だな」
「……え?」
そう言って、父さんは自嘲気味に笑っていた。
「私も、お前に怒って欲しかった。逃げたことを。放棄したことを」
「……」
「……
「……」
それは。
「……」
それは……父さんが考えていたことは、俺が考えていたことと
「……私は、な。許せなかったんだ。お前を親として上手く導けない事が怖くて、自分がするべき事から逃げ、自分が果たすべき使命から逃げ続けてきた自分が」
「……」
「そして気付けば、どうやって帰れば良いのか、どうやって謝れば良いのかも……分からなくなっていた」
「……」
「だから、お前に怒って欲しかった。そうすれば元に戻れると……だが、それは甘えでしか無かった」
ああ。そうだな。そうだった。
父さんと俺。どう足掻いても
それは血の繋がりや十数年と共に居た時間で作られる繋がり。
そう。『家族』という繋がりだ。
「だからすまん。俺には……お前に怒りを向ける資格なんて──」
「……資格とか。そういうのじゃねぇ」
「……陽色?」
理屈じゃねーんだ。家族ってのは。
理屈とか、感情とか、そういうのじゃどうしようも無いのが……家族なんだ。
「叱って欲しいとか、怒って欲しいとか、自分を許せないとか、バラバラになるとか、そんなこと関係ない。辛くても、苦しくても、俺達は……家族なんだ」
「……」
ああ、くそ。本当、何で今頃気付くかな、俺は。
ミッションとか星人と戦うとか……神と戦うよりも、全然キツい。
辛いなぁ、これは。
~帰り道にて~
「──あっ! ヒイロさーん!」
「……おう」
帰り道、色々とホクホク顔で帰ってきた響はとぼとぼと歩いているヒイロを見つけ、駆け寄っていった。
「ヒイロさん、お父さんとは……って、ど、どうしたんですか!? お、お父さんと何かあったんですか!?」
「……いや。俺達はどー足掻いても家族なんだなって……思い知らされたよ」
「え?」
そしてヒイロはぽつりぽつりと語り始める。
それは響の思い描いていた良い感じの家族の再会とは程遠いモノだった。
「……ヒイロさん」
「……なぁ響。壊れちまった家族って……キツいな」
「……ですね」
例え壊れていようと、『家族』という繋がりはそう簡単には消えない。
しかし、その壊れた関係を治そうとすれば、互いに痛みを覚えてしまう。
そのことは響も理解できた。
彼女にとっても、父親というのにあまり良い印象が無かった。
──しかし。
「でも、過去と向き合い続けていれば……元通りとは行かないけど、ちゃんとした家族になれると思います」
「……キツいな、それ」
「はい。もう一人の私の受け売りですけど」
彼女もまた知っていた。もう一人の自分が解決した、家族の問題を。
そしてヒイロも、以前立花響から相談を受けた事もあり、彼女が時間を掛けて問題を解決していたことを知っている。
「……普通って、中々難しいな」
「でも、これからは
「……だな」
ヒイロは思わず苦笑して、ふと思い出したように響に尋ねる。
「そういや、そっちは?」
「あっ、そうそう聞いてください! 私ちゃんと未来と友達になれたんです!」
「おっ、そいつは良かったじゃねぇか」
「それで未来がもう一人の私を呼んで、どっちをどう呼ぼうかって話になって──」
「へぇ」
──さて。
彼等の物語はこれにて終わり。
だが、これから先も彼等の人生は続いていくだろう。
そして、彼等の未来は決して良い事ばかりでは無いだろう。
「──そういや思ったんだが、お前何時まで俺の事『ヒイロさん』って呼んでるわけ?」
「……えっ?」
「いい加減呼び捨てで呼んでくれよ」
「えっ……え~!?」
きっと、苦痛を味わうことも、苦しみを覚えることもある筈だ。
「な、何というかその……もうヒイロさんはヒイロさんというか……」
「うーん……そう言うモンか?」
「でも、何時までも敬語ってのも変だし……うーん……はっ!」
だが。
「じゃあ、ヒイロさんがお父さんになったら呼び方変えますね!」
「……えっ、そんなに先になんの!?」
「えっ、そんなに先になるんですか!?」
「えっ?」
「えっ!?」
未来とは決して悪いことばかりでは無い事を……我々は知っているのだから。