ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク   作:フリッカー

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ALT.01 灰の若鳥ジュラーヴリク

 ──いつか世界を滅ぼすものは、このように美しい何かだろう。

 

 カプセルの中を見た青年は、そんな異国の名言を思い出した。

 

「いいぞ、安定している……完成と言っていいだろう」

「おお!」

 やや興奮気味の研究員達。

 しかし、青年だけは別の感情を抱いていた。

 カプセルの中で眠っているのは、裸の少女。

 まだ生まれたばかりだというのに、その姿はティーンエイジャーそのもの。

 細く丸みを帯びた体。

 培養液の中でゆらゆらと揺れる長髪。

 美しい。

 だがそれが、青年を逆に不安に駆らせた。

 自分は、とんでもない事をしてしまったのではないかと。

「ギンツブルク君。君のおかげだ。君がいなければ、これほどのモノは作れなかった」

「はあ」

 生返事をしながら、研究員のリーダーと握手を交わす。

 だが、すぐに心ここにあらずな所を見抜かれた。

「どうした? 君の力が、プロイェクト・ジュラーヴリクの大きな礎となったのだ。胸を張れ」

「いえ、別に……」

 目を逸らして、改めてカプセルの中を見る。

 傍から見れば、とても信じられないだろう。

 これが、人工生命である事が。

 これが、危機に陥った世界を救う鍵となり得る、秘密兵器だという事が。

 それがなぜ年端も行かぬ人間の少女の姿をしているのか、未だに混乱している。

 自分は、科学で生命を生み出すという禁忌に足を踏み入れてしまったのか。

 どうしてこんな計画に力を貸してしまったのか、と振り返っても後の祭り。

 もはや、後戻りできない所まで来てしまったのだ。

「ジュラー、ヴリク……」

 カプセルに手を当て、その名をつぶやく。

 すると、聞こえていたかのように、カプセルの中の少女の瞳がゆっくりと開いた。

 卵型の顔に不釣り合いなほど大きな目は、カプセルの向こうにいる青年──ヤロスラフ・ギンツブルクの複雑な感情を帯びた表情を最初に認識した。

 

 

 

 

 コムソモリスク・ナ・アムーレ近郊試験空域

 

 シベリアの大地は、今日も雪に閉ざされている。

 それを見下ろしながら、2機の戦闘機が並んで飛んでいる。

 右にいるのは、白を基調とした迷彩塗装。

 そして左側は、ダークグレーを基調に白い幾何学的な模様が入っているという不可思議な塗装だった。

 コックピットも、迷彩側は単座、幾何学模様側は複座式。

 似てはいるが、同じ機体ではない。

 片や、Su-35S単座戦闘機。片や、Su-30M2複座練習戦闘機。

 後者のコックピットの中に、彼はいた。

『ジュラーヴリク、準備は整ったか?』

 Su-35Sから無線が入る。落ち着いた男の声だった。

「おう! 今日こそはあんたに勝ってやる!」

 前席で意気込むのは、戦闘機に乗るのは不釣り合いな少女だった。

 ヘルメットすら被っていないため、サイドに大きく膨らんだオレンジ色の髪が後席からもはっきり見える。

「見ててくれよな、ヤリック?」

 少女は後席に振り返ってにかっと笑う。

 彼女はインカムをつけているだけでヘルメットすら被っていない。

 戦闘機に乗るには、あるまじき格好。

 だがそれは、彼女がただの人間ではない事の証明である。

「……無茶はしないでくれよ」

 ヤリックと呼ばれた青年は、それだけ返事をして、口に付けている酸素マスクを調節する。

 これから始まる模擬戦に備えて、気を引き締める。

 キャノピー越しに見える相手のSu-35Sを見据えながら。

『ではいくぞ。3、2、1、開始!』

 その合図で、2機は同時に加速、ブレイクした。

 35Sは右へ、30M2は左へ。

 動きは激しいが、厳密にはまだ勝負は始まっていない。決闘で言えば背を向け合って距離を取る段階でしかない。

 距離をとってくるりと反転。

 すると、35Sが正面に見えてきた。こちらよりやや下にいる。

「よし、高度は取ったぞ!」

 有利な位置を取れた事に、少女は興奮している。

 かくして、2機は音速の相対速度で一瞬の内にすれ違った。

「覚悟っ!」

 少女の叫びが、戦いの始まりを告げるゴングの音となった。

 35Sを追いかけて降下旋回。

 世界がひっくり返る。

 体が押し潰される。

 後席から戦いを見守るヤリックにとって、戦闘機動はまさにジェットコースター。

 自分で制御できないため、動きは予想できない。下手をすると酔ってしまいそうだ。

 その感覚と戦っている内に、ひっくり返っていた世界が元に戻る。

「……いない!? どこ行った!?」

 だが、その先に35Sはいない。

 確かに後を追いかけたはずなのに。

 少女は周囲を何度も見回している。

 右、左、太陽光が差し込む真上。

「なあヤリック、見てねえか!?」

 少女が聞いてくる。

 それに答えるのは、青年ヤリックにとって本来管轄外である。

 自分の仕事はあくまで安全監視。彼女と共に戦う事ではない。

 だが、つい釣られて辺りを見回してしまう。

『またヤリック頼みか?』

 すると、相手の声がした。

 見ると、相手の35Sがいつの間にか背後を取っていた。

「もう後ろにいる!」

「な──!?」

 ヤリックの叫びでようやく気付いた少女。

 すぐに左右に切り返して振り払おうとする。

 だが、相手は正確についてくる。

 相対位置が上下しながらも、確実にこちらの背後を狙っている。

「く……やっぱ動きが鈍い……! レスポンス全然変わってねえじゃねえか!」

 少女は、機体を思うようにコントロールできていないようだった。

『もう終わりか?』

 すると、相手が冷静に挑発してきた。

『その程度なら、すぐにでも終わらせられるぞ?』

「何だと……っ! 余裕ぶっこきやがってあのオヤジ──!」

 相手のチェックメイト宣言に、少女は奮い立った。

「見てなっ!」

 その意思を示すように、30M2の機首がぐん、と上がった。

 地平線に対してほぼ直角。しかし、上昇しない。

 それは、乱暴なまでの急ブレーキだった。

 コブラ・マニューバー。

 この機体の特技のひとつで、ウィリーのように機首を持ち上げつつもまっすぐ飛ぶというテクニック。

 急ブレーキをかけられる事から、空中戦でも意表を突ける戦術とされて、いた。

「どうだ! これで──!」

 がくん、と機首が元に戻る。

 これで、正面には追い抜かせた相手の35Sが見える事を、少女は想像していただろう。

 だが、そこには誰もいなかった。

「え……!? いなくなってる!? どこ行ったんだよ!? ヤリック!」

 渾身の一手が通じなかった事に、ますます困惑している。

『そんな見え透いた戦術が通じると思ったか?』

 相手が、真下から現れた。

 こちらの動きを見抜き、急降下して離脱していたのだ。

 そのまま、一気に太陽へ向かって上昇。

 急降下して襲い掛かってくる。

「しまっ──!」

『もらった!』

 加速するが、間に合わない。

 相手の照準が、確実に30M2を捉えた瞬間だった。

 

 勝敗は、あっけなく着いてしまった。

 戦闘機動が終わり、2機は再び並んで飛び始める。

「くっ、くそおおおおっ!」

 少女は、悔しそうにうなだれていた。

 もう数えるのもやめたほどの敗北。

 今回もまた、思うように戦えなかったのだから、当然である。

「やっぱもっと早く動いてくれたら──! 整備員に文句言ってやる!」

『また機体のせいにするのか、ジュラーヴリク?』

 しかし、35Sのパイロットが冷静に指摘する。

『一流のパイロットは、己の未熟さを機体に押し付けたりしないぞ』

「何だとっ! こっちだってなあ──!」

「ジュラ!」

 一触即発の状況になりかけた所をヤリックが止める。

 はたと、少女がヤリックに振り返る。

「少佐の言ってる事は間違ってない。ない袖は振れないんだ。持っているカードで勝負するしかないんだよ」

「く……っ!」

 少女ジュラーヴリクは心底悔しそうに歯噛みした。

「もう1回! もう1回だ!」

 そして、早速第二ラウンドを希望した。

『いいだろう。燃料が尽きるまで何度でも相手してやる』

 相手も乗り気だ。

 何度挑んで来ようとも負けはしないという風格を、落ち着いた声から感じる。

『ダメだ。カナレイカよりバーバチカ試験小隊、試験を直ちに中止せよ』

 だが、別の声が割り込んできた。

 管制機だ。

「おい! なんでだよ!」

『未確認機が空域に侵入してきている。直ちに帰投せよ』

 どうやら、この試験空域に侵入者がいるらしい。

 不意の横槍で二度目のチャレンジを止められたジュラーヴリクは、明らかに不服な様子だった。

『カナレイカ、それはザイか?』

『違う。EPCMの反応はない』

 そのやり取りから、ヤリックは未確認機の正体に察しがついた。

 今のこの空域に入ろうとする者に、心当たりはひとつしかない。

「……やってやろうじゃねえか! どこのどいつだか知らねえが、あたしがみんな落としてやる!」

 すると、ジュラーヴリクは余程頭に血が昇ったのか、そんな事を言い出した。

「ダメだジュラ。今武装は積んでないんだぞ。丸腰でどう戦うつもりなんだ」

「でもよ──!」

「それに、君もこの機体の事も極秘なんだ。見られる訳にはいかない」

「なら、全部落とせばいいだけだろ!」

「丸腰で口封じができるのかい?」

「う……」

 そこまで言って、ジュラーヴリクはようやく黙り込んだ。

『そういう事だ。後の事は実戦部隊に任せよう。試験小隊、帰投する』

「……っ、了解」

 観念したジュラーヴリクは、35Sの後に続いて旋回、帰路に就く。

 その間、ヤリックは無線に注意を傾ける。

『こちら、中国人民解放空軍所属、烏鴉(ウーヤー)中隊。我が隊はロシアへの脱出を希望する。着陸を許可されたし』

 予想通りだった。

 空域に入ってきたのは、危機に瀕する隣国からの逃亡者だった。

 

(続く)




Su-30M2-ANM ジュラーヴリク(開発試験タイプ)
ジュラーヴリクが最初に搭乗していたプロトタイプのドーター。
ある理由により本来の性能を発揮できずにいる。アビオニクスなど他の装備も未成熟で、装甲キャノピーもまだ採用されていない。
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