ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク 作:フリッカー
「報告は以上です」
会議室での報告を終えたヤリックは、やっと重い体を席に座らせる事ができた。
座る動きをするだけでも体が痛むが、そんな彼の事情など知る由もなくクリノフ参謀が満足そうにうなずいた。
「うむ、結構。結構な成果だ。ここに来てプロイェクト・ジュラーヴリクは順調に進み始めている」
クリノフ参謀は、側に置かれていた3つの模型に目を向ける。
L-39。Yak-130。MiG-21。
いずれも、アニマの実験に使用され犠牲となった航空機である。
「暴走事故を起こし空中分解したアニマ1。刷り込みで制御できたがエラーを蓄積して墜落したアニマ2。肉体を得ながらも衰弱死した
能天気なお方だ、とヤリックは内心で思う。
上層部が気にするのは、結果のみ。現場の苦労などお構いなしなのだ。
ついこの間まで自分を見下していた参謀を見返す事ができた、という意味ではいい事ではあるのだが。
「今後の働きに期待するぞ、ギンツブルク技術中尉」
「はっ」
そんな思いをしまい込み、ヤリックは義務的に敬礼をした。
会議を終えたヤリックは、食堂で一人ノートパソコンの資料を眺めていた。
すると、レフチェンコ少佐に出くわした。
「ヤリック。前いいか?」
「ああ、どうぞ」
向かい側の席に座ったレフチェンコ少佐は、パンなどの食事を並べたトレーをノートパソコンの邪魔にならないように置く。
バターロールを一口かじると、ヤリックに問う。
「体は、大丈夫なのか?」
「え? ジュラは問題ないらしいですよ」
「あいつの事じゃない。お前の事だよ」
言われて、はたと勘違いをしていた事に気付く。
「あれだけ激しい機動に晒された後で、よく会議なんて出られたな。休んでもよかったんじゃないのか?」
そう、彼はヤリックの事を心配していたのだ。
先の戦いで、ジュラーヴリクが見せた激しい機動。
それは、予備役とはいえ戦闘機乗りであるヤリックにとっても未知の世界であった。
彼女がどのような戦いを展開したのかは、はっきりと覚えていない。
気がついたら、もう空中戦は終わっていた。
つまり、戦闘中ほとんど意識がなかったのだ。
「それが僕の仕事ですから」
それだけ答える。
痣だらけの体は今も節々が痛むが、それを上官に対して正直に言うのは抵抗があった。
レフチェンコ少佐は、コーヒーを一口飲んだ後で、続ける。
「いつまであいつの後ろに乗る気だ?」
「え?」
一瞬どういう意味で言ったのかわからず、ヤリックは顔を上げた。
レフチェンコ少佐の目は真剣だ。
「あいつはもう、ザイに迫る機動ができるほど成長してる。人から見れば恐ろしい力だ。いつまでもそんな奴の後ろにいたら、体が持たないぞ?」
「……」
「その内、あいつの能力は人が追い付けないレベルまで成長するだろう。そうなっても、まだお守りをする気でいるのか?」
「……」
ヤリックは答えられない。
今まで考えないようにしていた事。
ジュラーヴリクの巣立ちの時が迫っている。
彼女の実力は、ここ最近伸びがめざましい。
特に最近は、自分の力を借りなくても勝利できるようになってきた。
本来なら喜ぶところなのだろうが、素直にそうできないヤリックがいる。
ジュラーヴリクが、どんどん遠い存在になっていく。
そう。『娘』ではなく、『兵器』となっていくのだ。
どこかで、そうなって欲しくない自分がいる。
それはよくない事だと、わかっているのに。
「……ま、悩んでるならそれでいいさ」
幸いにも、レフチェンコ少佐はそれ以上追及する事はなかった。
ヤリックは、ノートパソコンの画面に顔を戻す。
最近の研究資料が映っている。
アニマに搭載するものとして開発中の、さまざまな兵器のデータだ。
それを閉じ、刺さっているUSBメモリを抜くと、何気なく口にしていた。
「少佐、知っていますか? 回収したザイのコアが、どんな風に使われているか」
「何だ、急に?」
「今、アニマに搭載する兵器を研究している部署は、ザイのコアを使って、新兵器の機動実験を行っているんです。でもそれは、コアがないと起動しないんです。だからと言って、1人しかいないジュラを縛り付ける訳にもいきません。ですから、回収したザイのコアで代用しているんです」
「それが、どうかしたのか?」
「そのコア達は、実験を繰り返すとすぐ破損して使えなくなり、また別のコアに取り換えられるんです。完全に使い捨てです。まるで強制労働ですよ……その中には、新たなアニマになれるコアがあるかもしれないのに……」
自然と、怒りで拳を握っていった。
将来、ジュラーヴリクのような少女になれる存在を、モルモット同然に扱い、いたぶっていると思うと。
「……ほんと、お人好しだな。ヤリックは」
レフチェンコ少佐は、それだけ感想を漏らす。
そして、ひとつだけ忠告した。
「だが、お人好しが過ぎると、早死にするぞ」
自室に戻ったヤリックは、ようやくソファーの上に腰を下ろし、体を休める事ができた。
痛む体を、ようやく休ませる事ができる。
時計の音だけが響く中で、ふう、と大きく息を吐くと、ぼんやりと天井を見上げる。
「お人好しが過ぎると、早死にするぞ、か……」
レフチェンコ少佐の忠告を口にしてみる。
ほんと、自分はお人好しな方だと思う。
だが、だからと言って今更冷酷になれなんて言われても、できない。
「やっぱり僕は、ジュラを愛している……」
それは、自分で作り出したからか?
それとも、可憐な少女の姿をしているからか?
そんな自分は、頭がおかしくなっているのか?
はあ、と息を吐き出す。
こんな悪い事を考えていたら体に毒だ、と考えるのを中断する。
とりあえず寝ようか、と思った矢先。
ふと、ドアが開く音がした。
こんな時に入ってくる人と言えば、1人しかいない。
「あ、ジュラ。戻ってきたのかい──」
立ち上がって玄関を覗き込む。
だが、そこには誰もいなかった。
「何だ、気のせいか……」
何かの音を空耳したのだろう。
そう思って、ヤリックは戻ろうとしたが。
どん、どん、どん。
部屋の奥で、壁を叩く音がした。
壁の向こうではない。明らかに部屋の中からした。
「え?」
辺りを見回す。
当たり前だが、ここにいるのはヤリックだけだ。
何か壁を叩くようなものなど、ある訳がない。
なのに。
がたん。
今度は背後で。
はっと振り返っても、そこには誰もいない。
なら、先程の音は一体。
嫌な予感が全身を走る。
「──?」
妙に、誰かの視線を感じる。
部屋にいるのは、自分だけだというのに。
こわばる体。
生まれて超常現象というものをそこまで強く信じた訳ではない。
だが、今この部屋は、明らかにおかしい──
その時、不意に背後から足元に何かが飛んできた。
「──っ!?」
それは、ベッドにあったはずの枕。
誰もいない部屋で枕が勝手に飛んでくるなど、あり得ない。
ヤリックの予感が的中する。
何かいる。
ここに、人ならざる何かがいる──!
「だ、誰だ──!? そこにいるのは誰だ──!?」
周囲を警戒しながら、思わず叫ぶ。
部屋を出なければ。
理性がそう警告しているのに、体がうまく動かない。
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
なのに、どうして動かない──!?
そうして。
「ぐわっ!?」
正面から、ヤリックを押し倒す見えない衝撃がかかった。
(続く)