ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク 作:フリッカー
ハバロフスク地方にある工業都市コムソモリスク・ナ・アムーレには、コムソモリスク・ナ・アムーレ航空機工場、略してKnAAZと呼ばれる工場がある。
その工場が利用しているジェムギ飛行場が、ヤリック達のホームベースであった。
そこに着陸すると、30M2は2つのパラシュートを尾部から展開して減速。切り離すと滑走路を引き返し始める。
このジェムギ飛行場には、滑走路が1本しかない。
しかも、工場の敷地はその片端からしか行けない。
その工場に入れる側から進入して着陸したために、工場に入るには元来た滑走路を引き返すしかないのである。
とはいえ、2500m近くある滑走路を端から端までタキシングで引き返すのには、どうしても時間がかかってしまう。
無線が騒がしい。恐らく来客のものだろう。
ヤリックには中国語がわからないが、何やら焦っているらしい事が聞いているだけでわかった。
早く滑走路を開けろ、という事だろうか。
とにかく、できるだけ足早に。
来客が来る前に、この機体を目立たない所へ運ばなければならないのだから。
やっとの事で駐機場に入ると、誘導員がハンドシグナルで出迎える。
その通りの位置につけて、機体を止める。
エンジン停止。
最後のチェックを終えて、キャノピーが開いた。
ヘルメットと酸素マスクを外し、ふう、と外の冷たく心地いい空気を吸ってから、ヤリックはかけられたはしごで後席から降りる。
すると。
「ヤリックゥ~」
不意にジュラーヴリクの声がした。飛んでいた時が嘘のような脱力しきった声。
直後、背後から抱き着かれた。
「あたし、これで何敗目だよぉ~」
飛んでいた時が嘘のような泣き言が、背中越しに聞こえる。
腹に回された細い手から、ヤリックはジュラーヴリクだと気付いた。
やれやれと内心呆れつつ、ジュラーヴリクの小さな手をそっと握って答える。
「さあね、僕も忘れたよ。連敗記録更新しすぎて。もう相手変えてもらうかい?」
「やだ。あいつにやられっぱなしなんて絶対やだ」
変な所で意地を張るなあ、と思いつつヤリックは苦笑する。
「だってさぁ、あの変な奴らに横槍入れられて止められたのが余計に悔しいんだよぉ~。次は勝てたかもしれないのにぃ~。何なんだよあいつらぁ~」
ジュラーヴリクが嘆いていると、遠くの滑走路から轟音がした。
1機の戦闘機が、滑走路に降り立とうとしている。
Su-35Sに似ているが色がライトグレー。何より国籍マークが違う。
中国軍のJ-11Bである。
それが、1機ずつ次々と滑走路へ降り立っていく。
一見すると何気ない着陸のようだが、皆少しふらついているように見える。
長い旅路の末やっとたどり着けたほど疲労しきっているかのように。
そして、5機目の着陸はとても乱暴なものになってしまった。
激しく叩きつけるようなハードランディングで、車輪が全て折れてしまったのだ。
そのまま滑っていく機体の腹から炎が吹き始め、遂には射出座席が飛び出した。
見ていた整備員達が騒ぎ出す。
やはりただの来客ではないと、ヤリックは確信した。
恐らく彼らは、戦いから命からがら逃げてきたのだろう。
「……行こう、ジュラ。次の試験もある」
ごね続けるジュラーヴリクをなだめつつ、駐機場を後にする。
あの恐ろしい戦火は、もうすぐそこまで迫っているのかと、肌身で感じながら。
無骨な工場内の格納庫。
そこでジュラーヴリクは、1台の台座型コンソールと向き合っていた。
伸びている何本ものケーブルは、近くに置かれた戦闘機のコックピットに繋がっている。
Su-33だ。Su-35Sに似ているがカナード翼がついている海軍型である。
「神経融合インターフェースによる同調試験を開始する。準備はいいか?」
「おう、いいぜ」
研究員の問いかけに、ジュラーヴリクは少し緊張している様子だ。
それを、ヤリックは傍から見守る。
うまく行って欲しい、と願うのみ。
何せ隣には、立派な制服を着た空軍の参謀がいるのだ。ただそこにいるだけで受けるプレッシャーは半端ない。
「外部電源作動」
研究員の指示で、機体に繋がれた外部電源装置が鳴り響く。
そんな中で、ジュラーヴリクがコンソールにそっと手を置いた。
「ダイレクトリンク開始」
研究員が指示すると、ジュラーヴリクは念じるように目を閉じた。
傍から見ているだけでは、何も起きていないように見える。
オレンジの髪が、僅かに鮮やかさを増したように見えるのみ。
ジュラーヴリクはひたすら念じているのみ。瞑想でもしているかのように微動だにしていない。
1分、2分、と時間が過ぎていく。
それに連れて、傍観者達に焦りの空気が覆い始める。
「おいどうした? 何も起きてないぞ?」
最初に声を出したのは参謀だった。
それに答える者はいなかった。
代わりに、ジュラーヴリクの表情が歪み始める。
「……け、動け、動け」
念仏のようにつぶやく声が、大きくなっていく。
遂には、相当力を入れているかのように歯噛みして、声を荒らげる。
「動け、動けってんだよ──!」
すると、変化が起きた。
接続しているSu-33の補助翼が、ゆっくりとだが動いたのだ。
しかし、明らかに重い。中身が錆び付いてしまっているかのようだ。
「ぐ、こ、の──!」
そして、ジュラーヴリクの体がふらり、とふらついた。
がくり、と膝が落ちる。
どう見ても力尽きたようにしか見えなかった。
「実験中止!」
研究員の誰かが叫んだ。
外部電源がカットされて、静かになる。
同時に、ヤリックも反射的に飛び出していた。
「ジュラ!」
座り込んでコンソールに力なくもたれかかるジュラーヴリクの体を起こす。
「こいつじゃ、ねえ……」
すっかり疲れ切った顔でジュラーヴリクが発した言葉が、それだった。
「何が起きたのだ! 説明したまえ!」
「EGGの同調が安定レベルに達しませんでした。恐らくこのSu-33も、適合機体ではありません」
研究員が、詰め寄ってきた参謀に説明している。
それを聞いて、ヤリックは確信した。
「外れ、だったのかい?」
ヤリックが問うと、ジュラーヴリクは力なくうなずいた。
「今の奴の方が、よっぽどマシだ……遠ざかっちまってる……」
「おい! どういう事なのだ!?」
すると、ヤリックに──いや、ジュラーヴリクに向けた怒号が響いた。
見ると、いつの間にか参謀の姿が目の前にあった。明らかに納得がいかないという表情を浮かべて。
「クリノフ参謀殿……!」
疲れ切ったジュラーヴリクに代わって、ヤリックが答える。
本来なら立ち上がって姿勢を正すところだが、力ないジュラーヴリクがいるためにできない。
「適合機候補はこれで最後だと聞いていたぞ!? それが失敗したという事は、インターフェースに何か問題があるという事かね!?」
「いえ、確かにインターフェースも未成熟なところはありますが、同調率の因果関係はないものかと──」
「ならば、そいつに何か問題があるという事かね!?」
クリノフ参謀は、まっすぐにジュラーヴリクを指さした。
さされたジュラーヴリク本人は、当然驚く。
「いいかね!? そのアニマは、多くの犠牲と予算を投じられた決戦兵器なのだ! ザイの残骸を回収し、やっとの事でリバースエンジニアリングできたというのに、ここにきて何の成果も得られないとなれば、それを全部ドブに捨てる事になるのだぞ! プロイェクト・ラーストチュカの事は聞いてないのかね!? プロイェクト・ジュラーヴリクは実機完成で向こうよりも先行していたというのに、これでは向こうと同じではないか! リスク分散の意味がまるでない!」
参謀の説教に、ヤリックは何も反論できない。
ジュラーヴリク自身もまた、悔しそうに歯噛みしている。
「政府には、未知のテクノロジーを使う事に慎重な連中もいる以上、このままでは向こう共々開発が凍結されてしまうぞ! それだけは避けなければならない! 向こうがお先真っ暗な以上、プロイェクト・ジュラーヴリクに、失敗は許されないんだ!」
「……承知しています」
ヤリックがかろうじて出せた言葉は、それだけだった。
さすがに声を荒らげすぎたからか、ヤリックの態度を見て落ち着いたのか、肩を上下させながら、クリノフ参謀は背を向ける。
「……ヤロスラフ・ギンツブルク技術中尉。君のおかげで、アニマの実用化は現実味を帯びてきたと思っていたが、ここで躓いたとなれば、半世紀前だったら粛清されていたぞ」
「……!」
粛清。
その言葉に、ヤリックは息を呑む。
「命あって償いのチャンスがあるだけでもありがたく思いたまえ」
そう言って、参謀は去っていく。
心底つまらない映画を見せられた後のように。
「あの、バカオヤジ──ッ!」
すると、我慢できないとばかりにジュラーヴリクが立ち上がった。
だが、すぐに足取りがおぼつかなくなり、ふらついてしまう。
結局、ヤリックが支える羽目になる。
「待ちなさいジュラ! そんな体で──!」
「黙って、られるかよっ! こっちの事も知らないで、好き放題、言いやがっ、て──」
それでも尚追いかけようとするジュラーヴリクであったが、その声はどんどん弱っていき、遂にはヤリックの体に完全に身を預けた。
糸の切れた操り人形のように。
「ジュラ!? ジュラ!?」
ヤリックが呼びかけても、返事がない。
その目は、力なく閉ざされていた。
「大変だ……すぐに再調整しないと!」
(続く)