ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク 作:フリッカー
ある人物は言った。
人類は、天の怒りに触れたのだと。
2015年。
中央アジアに突如出現が確認された未確認飛行物体をキルギス駐留のロシア軍が撃墜。
それは、地球上のどこにも存在しない未知のテクノロジーで造られた、無人戦闘機だった。
やがて、その飛行物体は、徒党を組んで中国を含む中央アジアへの侵攻を開始した。
彼らが、『
欧米諸国が対岸の火事と決めつけて傍観に徹する中、中国とロシアを中心とした有志連合軍がこれに応戦。
だが、圧倒的な物量と恐るべき未知のテクノロジーを前に、なす術なく敗走。たった1年の内に沿岸地域を除く中国領土ほぼ全てが、ザイによって制圧されてしまった。
次々と起こる非常事態。
東アジア圏を支配する、かつてない混乱。
欧米諸国がようやく腰を上げた頃には、もはや中国崩壊は秒読みとなっていた。
それを前に、ロシアは中国から軍を撤退させるしかなかった。
ザイのロシア侵攻に備え、戦力を温存するために。
彼らには、切り札となり得るものがあった。
多くの労力と犠牲を払いつつもザイのテクノロジーを部分的ながら解明に成功した事で、それを取り入れた兵器の開発計画をスタートさせたのだ。
それこそが、「アニマ」のコードネームで呼ばれる特殊戦闘機である。
だが不思議な事に、そのパイロットを担う生体コアユニットは、どういう訳が少女の姿を形作った。
その理由は、未だわかっていない。わかるのは「なぜかそうなる」という結果だけ。
開発メンバーの中には、少なからず困惑した者もいた。
ヤリックことヤロスラフ・ギンツブルク技術中尉も、その1人である──
[newpage]
ベッドの上で検査着姿のまま眠るジュラーヴリクの様子を確かめて、ヤリックはようやく検査施設から出る事ができた。
ふう、と大きくため息をつく。
そこへ。
「ヤリック」
声をかけられた。空での模擬戦で聞いた声だ。
顔を向けると、そこには無精ひげを生やした男がいた。フライトスーツ姿からパイロットだとわかる。
「レフチェンコ少佐」
模擬戦でジュラーヴリクの相手をしてもらったばかりの彼は、緩めた表情でヤリックを手招きしていた。
ベンチに座り、隣のレフチェンコ少佐からコーヒーの缶を開けて一気飲みすると、ヤリックは少しばかり気持ちが落ち着いた。
「あいつの事が心配か?」
ストレートに問われて、ヤリックは僅かに肩を震わせた。
あいつ、とは紛れもなくジュラーヴリクの事だとわかったからだ。
「適合機体が結局見つからなかったと聞いたが、あいつはSu-27シリーズの代表なんだろ? シリーズを当たっていけばその内見つかる。まだ試してない奴が、あるんじゃないのか?」
アニマとは、特定の戦闘機の魂が人の姿を借りて現れたような存在である。特定の国の人には、『擬人化』と言えばわかりやすい。
故に、呼び名はその機種の名前に等しい。
彼女の場合は、Su-27系列の代表である事がわかっている。
ただ、Su-27シリーズに固有の名前はない。かと言って番号で呼ぶ訳にもいかず、プロジェクト名である「ジュラーヴリク」を呼び名として頂いている。
その力を引き出すには同じ機種に乗り込まなければならないのだが、Su-27系列のバリエーションは膨大に存在する。彼女がどのバリエーションを代表する存在なのか、まだわかっていないのだ。
だから、適合試験を繰り返した。
今搭乗しているSu-30M2-ANMは、発見された中では一番適合率が高い。だが、それでさえも完全な性能を引き出せていない。
もっと上があるはず。圧倒的な性能を持つザイと互角に戦うためには、こんなものではまだ実戦投入できない。
そのため、Su-30M2-ANMはさまざまなシステムの開発試験用として暫定的に利用しているだけの機体である。要するにプロトタイプだ。
これでもまだ、計画は進んでいる方である。別の設計局で行われている「プロイェクト・ラーストチュカ」の方は、適合機の探索に固執し未だ実機を作れる状態に至っていない。
ジュラーヴリクの方に期待が寄せられるのも、無理はない。
「インドとかマレーシアとかに行ってでも、探すべきじゃないか?」
「無理ですよ。第一、Su-30SMの適合試験結果は低かったですから、インドやマレーシアに行った所で結果は見えています」
「随分投げ槍な答えだな。まるで失敗して欲しいと思っているみたいだな」
「いえ、そういう訳では……」
「そんなに、あいつを戦場に送りたくないか?」
どきり、とヤリックは動揺した。
だが、レフチェンコ少佐は糾弾する様子はない。表情を緩めたままだ。
「すっかり、父親って顔になったな。娘を嫁に出したくない父親って感じだ」
「父、親……」
そう言われて、ヤリックは戸惑った。
この人から見れば、僕はジュラの父なのか、と。
だが、それを受け入れられない自分がいる。
なぜなら──
「……ついさっき、妙な噂を聞いた。政府は、あいつを外交の切り札にしようとしているらしい」
「え? 外交の?」
レフチェンコ少佐の言葉に、ヤリックは耳を疑った。
「あいつは核兵器みたいなもんなんだ。ザイに対抗できる唯一無二の兵器アニマが完成したとなれば、世界の軍事バランスは一転する。アニマを持つ国は、それだけで強大な力を持つ事になる。それを独占できれば、ロシアに誰も逆らえなくなる」
「ちょっと待ってください!? アニマは、ザイに対抗するための兵器でしょう!? ザイで大変な事になってる時に、国同士の争いをしている場合じゃないでしょうに!」
ヤリックは、思わず立ち上がっていた。
だが、レフチェンコ少佐は冷静に続ける。
「お前の言う事はわかる。だが、政治の世界はそれほど甘くはない。人種の壁、国の壁って言うのは、お前が思っている以上に分厚い。今の人類は共通の敵を前に結束できるほど、お互いを信用してはいないって訳さ」
それに、ヤリックは何も反論できない。
彼は、チェチェンや南オセチアに従軍した経験があるベテランパイロットだ。人種の壁や国の壁など、それこそたくさん見てきたであろう存在なのだ。
「ロシアが中国から軍を引き上げたのは、あえてザイを泳がせて世界中に戦火を広げ、アニマの加護の下に世界の覇権を握ろうとしているから、なんて噂もあるくらいだ」
そんな。
助けて欲しければ我に従え、なんて。
ヤリックは、そんな政治にジュラーヴリクが利用される未来を想像しただけで、憤りを抱いた。
コーヒー缶を握る手に、自然と力が入る。
「とにかく、兵器って言うのはそんな政治とは無関係ではいられない存在なんだ。兵器が生かされるも殺されるも、政治次第だからな。ましてやアニマの開発は、政府にとって単なる新兵器開発以上の意味を持っている。そこを割り切らないと、心が持たないぞ」
「……」
レフチェンコ少佐の冷静な視線が、ヤリックを射抜く。
ヤリックは、腰が抜けたようにベンチに座るしかなかった。
「……少佐、僕は──間違いを犯してしまったのでしょうか」
何とか口に出せた言葉が、それだった。
「僕が遺伝子工学を学んだのは、バイオテクノロジーが多くの人を救えると信じていたからでした。なのに、僕は科学の力で命を生み出すという禁忌を犯した上に、それを兵器として送り出そうとしている……しかもそれが、あんな女の子だなんて……!」
これが異形の怪物だったなら、まだ割り切れたのかもしれない。
だが相手は、どういう訳か少女の姿を象った。誰が見ても少女兵と思うほどの。
こんな可憐な少女に、世界の命運を託して戦場に送るのか。
そう思うと、良心が苛まれる。
自分が軍の予備役パイロットになってしたかったのは、こんな事だったのかと。
もしかすると自分は、パンドラの箱を開けてしまったのではないかと。
「大丈夫だ。結果を出せば誰もお前を否定しない。アニマの力で世界が救えれば、お前は救世主の親になる。戦争ってのは最後に勝っていれば問題ないんだ」
それでも、レフチェンコ少佐は言う。
どんな方法を使おうと、勝った方が正義なのだと。
でも、本当に勝てば許される事なのか?
ヤリックの良心は、苛まれるばかり──
[newpage]
「ヤリックゥ~」
そんな時だった。
不意にジュラーヴリクの甘い声がしたのは。
見ると、検査着のまま検査施設から出てきたところだった。
ジュラーヴリクはヤリックを見つけるや否や、胸に飛び込んできた。
突然抱き着かれて驚いたヤリックは、コーヒー缶を床に落としてしまった。
まあ、最早いつもの事なのだが。
「ど、どうしたんだいジュラ?」
「あんなとこはやだ。一緒に部屋に戻ろーぜー」
胸板に顔をうずめたまま、ジュラは言う。
悪い夢を見て、親にすり寄る幼子のように。
「そうだ。シャワー浴びない? 一緒に」
そして、顔を上げてとんでもない発言をする。
レフチェンコ少佐からの視線が痛く感じる中で、ヤリックは呆れながら答える。
「あのねえジュラ、まだ一人でシャワーも入れないのかい?」
「いいじゃん、別に」
純粋に向けてくる言葉に、ますます言葉に困ってしまう。
「お、なんだ? だったら俺が代わりに入ってやろうか?」
すると、話を聞いた通りすがりの兵士が、下心剥き出しで話に割り込んできた。
よりによって一番聞かれたくない相手に。
「やだ。なんでてめえとシャワーしなきゃいけねえんだよ」
だが、ジュラは急に声を低くして威嚇する。
さっきまでの甘えた様子が嘘のように。
「あたしはなあ、ヤリックだからいいんだよ。近づいてくんな」
ジュラーヴリクは、見せつけるようにヤリックに強く抱き着いてくる。
はあ、とヤリックは頭を抱える。
また面倒くさい事に、と。
「わかった。わかったから、とにかく来なさい」
結局ヤリックは、ジュラーヴリクを抱えたまま、その場を離れるしかなかった。
もちろん、レフチェンコ少佐には失礼します、と軽く挨拶して。
やった、とジュラーヴリクはご機嫌になったが、ヤリックの頭はもやもやしたまま。
「はっ、人形遊びは楽しいか、技術中尉?」
嫌味を言われた。
向こうからは、すっかり変人に見られているだろう。
だが、こうするしかないのだ。
治安の悪さで悪名高い軍の中で、ジュラーヴリクを独りにする訳にはいかないのだから。
(続く)