ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク 作:フリッカー
一緒にシャワーを浴びたいと駄々をこねるジュラーヴリクを何とか説得してシャワールームに押し込んだヤリックは、ようやく胸をなでおろしてソファーに座り、部屋のテレビをつけた。
ニュースが流れていた。
中国からの難民が世界各地で深刻な問題になりつつある、というものだった。
どこの国も難民を受け入れたがらず、他の国に押し付け合うばかり。
ザイの猛威は、確実に世界に影響を及ぼし始めていた。
混乱は増していくばかりだというのに、誰もザイに対して結束して動こうとはしない。欧米諸国は未だ傍観に徹している。
理由は単純。欧米から見たらただの僻地でしかない中央アジアに行った所で、欧米の誰も得しない。欧米は昔から、中央アジアの問題は対岸の火事として中国任せにしてきたのだ。
──人種の壁、国の壁って言うのは、お前が思っている以上に分厚い。
レフチェンコ少佐の言葉を思い出す。
確かにその通りだ。
だが、そんな状態で、果たしてザイを止められるのか。
ザイを前にしてもいがみ合う混沌とした世界情勢の中に、あの少女を送り込むのか。
彼女は、世界を救うために生まれたはずなのに。
ヤリックには、どうしても抵抗があった。
そんな自分とは、一体何なんだろうか──
「あぁー……」
すると、脱力しきった声と共に、何かがヤリックの膝上に乗った。
ジュラーヴリクの頭だった。ばたりと倒れたように、顔を膝にうずめている。
彼女はバスローブ姿だった。その髪からは、かすかに湯気の暖かさを感じる。
「どうしたんだジュラ? 髪ちゃんと乾かしたのかい?」
「なぁヤリック……あたし、このまま試作品で終わっちゃうのかなあ……?」
ジュラーヴリクは質問に答えず、そんな不安を吐き出した。
「何だい急に?」
「だって、今までうまく行かない事ばっかだったじゃん。ずっとずっと、ずぅーっと! このままあたし、戦えないまま、何の成果も得られないまま廃棄されるのかなあ……?」
ジュラーヴリクは膝に顔をうずめたまま、ごね続ける。
「何言ってるんだい。最初はみんなうまくできないものだよ。みんな失敗を重ねて成長していくんだ。それは飛行機だって同じだろう?」
「でもさあ……いつまで続くんだよ。もうあんなバカオヤジとかに口出しされたくねーよ……ああ、あたしに完全に適合する機体があれば──」
「ジュラ、顔を上げなさい」
呆れてヤリックがそう言うと、ジュラーヴリクは膝上でごろんと寝返りを打って仰向けになり、ヤリックの顔を見上げる。
その瞳は、今にも泣き出しそうなほど、潤んでいた。飛んでいる時の強気さが、嘘のように。
そんなジュラーヴリクの瞳を見据えて、ヤリックは言う。
「いいかい、できる人って言うのは最初から口出しなんかされないんだ。口出しされるのは、自分が未熟な証拠。まずはそれを受け入れるんだ。口出しされたくなかったら、結果を出すしかない。それがどんなに辛い道のりでもね。人のせいにしている暇なんかないぞ」
「でもさあ……適合する機体がないんじゃ──」
「ほら、それがダメ。少佐に言われた事を忘れたのかい? ないものをねだったって仕方がないだろう? 今は持っているカードで勝負するしかないんだ」
「そのカードが弱かったら、どうするんだよ?」
「そうだね……ポーカーなら、自分のカードは強いぞってハッタリをかけて相手をリタイアさせる事はできるけど?」
「……わかんねえよ、そういうの全然わかんねえよ」
ジュラーヴリクは、ふてくされたように顔を反らす。
ああ、彼女は本当にまっすぐな子だな、とヤリックは思った。
思った事は、真っ向からやろうとする。それは、これまでのフライトで何度も見てきた。
「その内わかるようになるさ。ほら、こんな夜に悩むのはよくない。もう寝よう」
ヤリックはジュラーヴリクの体を起こして、ソファーから立ち上がろうとした。
だが、その腕をぐい、と掴まれた。
ジュラーヴリクが、両腕でヤリックの腕にしがみついていた。
どこか寂しそうに、ヤリックを見上げながら。
狭いベッドの中に、ヤリックはジュラーヴリクと共に入っていた。
ジュラーヴリクはヤリックの手をしっかり握りつつ、静かな寝息を立てている。
大の大人が、年端もいかぬ少女と同じベッドで添い寝するなど、別にヤリックの趣味ではない。
ジュラーヴリクは困った事に、どうしても独りでは寝たがらない。
彼女は、大きな子供なのだ。
甘えん坊で、いつもヤリックの側から離れようとしない。
ヤリックからすれば困ったものだが、ジュラーヴリクはわざとそうされてしまったのだ。
敵から回収したコアを人間に従わせるための、刷り込み処置によって。
つまりこれが、彼女の本心なのかどうかはわからない。暗示をかけられているだけなのだから。
「僕の、娘……」
ジュラーヴリクの寝顔を見ながら、何気なくヤリックは口にする。
気が付くと、彼女の頬をそっと撫でていた。
とてもやわらかい頬だった。人間の姿をした人工生命体とは思えないほどに。
レフチェンコ少佐は、娘を嫁に出したくない父親みたいだ、と言っていた。
つまり目の前の少女は、娘という事になるのか。
今でも、すごく複雑な気持ちだ。
だが、だからと言って割り切る事はできない。
ジュラーヴリクを独りにするのは危険だ。
軍の治安の悪さは悪名高い。いじめや犯罪など日常茶飯事。見た目が少女でしかない彼女が、何をされるかわからない。
だが、いつまでもそうしてはいられない。
雛鳥は、いつか親鳥の下から巣立たなければならない。
彼女はいずれ、独りで混沌が渦巻く汚れた世界を飛ばなければならないのだ。
それが、何だか嫌だった。
できる事ならずっときれいなままで、側に置いておきたいほどには。
それでも、彼女が軍の汚れた空気の中でどんどん口が悪くなってしまった事が、待ち受ける未来を連想させて、とてもとても複雑で──
ああ、やっぱりか。
僕は、彼女を愛してしまっているのだろう。
生みの親──つまり父親として。
キスしてみようか、とふと思った。
子供の頃、母親にされていたように。
起こさないようにジュラーヴリクの顔をそっと近づけて、
「おやすみ、ジュラ」
そっと囁いてから、彼女の額に軽く口付けた。
(続く)