ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク 作:フリッカー
街での混乱が嘘のように、基地と工場は無傷だった。
頭の出血をハンカチで抑えつつ、ヤリックはジュラーヴリクを連れてブリーフィングルームに入ると、クリノフ参謀が待ち構えていた。
「遅れて申し訳ありません。状況はどうなってるんです?」
「それはこちらが聞きたいな。ここからだとほとんど情報が入ってこないんだ」
クリノフ参謀は、困ったように肩をすくめた。
「奴らのEPCMの影響で、レーダーも通信も役に立たない。カメラを回しても、映像は不確か──状況把握には、君のように現場がいた人がいると助かる」
基地のどこから回しているであろうカメラの映像が、スクリーンに映し出されている。
そこでは、戦闘機も対空砲火も、何を追いかけているのかまるでわからない。視界は良好なのに、敵の姿は不確かで、はっきりとは映っていない。
まるで影絵でも追いかけているようだった。
「……とにかく、混乱していました。自分に言えるのはそれだけです」
「なるほど」
ヤリックの説明に、クリノフ参謀はそれだけ答えてスクリーンに顔を向けた。
期待通りの、期待外れな答えだったという感じで。
「今、レフチェンコ少佐率いるアリョール隊が迎撃に向かっているが──」
「あの、ひとついいですか」
「何だね」
「なぜ、基地も工場も無傷なんです?」
ヤリックは率直な疑問を聞いた。
ザイは、市街地を空襲している。
なのに、この工場も基地も無傷。ザイが向かってくる気配すらない。
それが、不思議に思ったのだ。
「本気でこの街を攻める気なら、真っ先に基地と工場を狙うはずです。市街地を空襲するにしても、その前に基地を無力化するのが普通でしょう? なのに──」
普通、攻める前には相手の反撃をできるだけ無力化するのがセオリーだ。どんなに戦力差があっても、相手の激しい反撃の中にわざわざ飛び込みたがる輩は普通いない。
「それは我々も気がかりだった。威力偵察にしては偉く荒っぽいとな」
威力偵察とは、限定的な攻撃を仕掛けて相手の出方を探る事である。
それならば、基地に手を出さないのも納得できる。
もし、市街地への攻撃が軍の反応を探るためだとしたら、何のためにそれをする必要がある?
敵の立場に立って、ヤリックは考えてみる。
至った答え。
それは──
「まさか──ジュラ?」
「ん? 何だね?」
「ザイは、待っているのかもしれません! ここにいるアニマが出てくるのを!」
途端、クリノフ参謀は息を呑んだ。
「ザイは、ここでアニマが開発されていると知っているというのかね!? 極秘計画のプロイェクト・ジュラーヴリクが向こうに露呈していると!? ならなぜ直接破壊しに来ない!?」
「わかりませんが、ザイの情報収集能力は未知数ですし、露呈した可能性はゼロとは言えません。ここにアニマがいるという確証を得たいのだとしたら、あり得ると思います」
無人であるザイは、謎だらけのメカだ。
誰によって造り出され、何のために送り込まれているのか。
情報収集さえも、どのように行われているのかわかっていないのだ。
だからこそ、相手に情報が洩れているという前提で行動する必要もあるとヤリックは思ったのだ。
「だーっ! 話はいいからあたしを行かせてくれ!」
そんな時だった。
我慢ならないとばかりにジュラーヴリクが声を上げたのは。
「あいつらを、とりあえず全部墜とせばいいんだろ? やってやるよ!」
ぐっと拳を握るジュラーヴリクは戦意に満ちていた。
だが、それは無茶にもほどがある。
すぐにヤリックが制止する。
「ダメだジュラ! 今の君が戦って勝てる相手じゃない!」
「やってみなきゃわからねえだろ、そんな事! そこのバカオヤジを見返してやるチャンスじゃねえか!」
「そんな理由で挑発に乗る必要なんかない! 相手の思う壺だ!」
「いや。その挑発、あえて乗ってみるのも手かもしれん」
だが。
ヤリックの説得を無駄にするように、クリノフ参謀はつぶやいた。
「参謀殿!?」
「情報が漏れているのなら、隠し続けてもしょうがないという事だ。奴らに新兵器の戦闘力を見せつければ、案外怖気づくかもしれない」
「待ってください! あれは開発試験用の機体ですよ!? 実戦投入の想定はしていません! アビオニクスの能力も実戦投入するには不完全すぎます!」
「だが、必要最低限の戦闘力はあるのだろう? 少し脅かして追い払うには十分だし、味方もフォローしてくれる。それで市街地の被害が減り戦闘データも収集できるとなれば乗る価値はある」
無茶だと思ったが、クリノフ参謀は冷静に反論してくる。
「何より──」
そして、ヤリックの耳元で周囲に聞こえないように囁く。
「ジュラーヴリクを失っても、まだラーストチュカがある」
そういう事か、とヤリックは確信した。
彼は、ジュラーヴリクが負けても構わないのだ。
戦闘データを回収して、それをラーストチュカに反映できれば大勝利という事なのだろう。
「おお、バカオヤジも話がわかるじゃねえか! ならやろうぜヤリック!」
ジュラーヴリクはすっかりその気になってしまっている。
ヤリックはどうしても頷けない。
彼女を出撃させる事は、彼女を捨て駒にするという事になるのだから。
「参謀! 伝令より報告! 敵の第二派が襲来したとの事です! 早期警戒機からは第三派以降の兆しも見られるとの連絡も!」
別の兵士からの知らせが入る。
それが、結論を決定づけた。
「そういう事だ。ジュラーヴリクに出撃を命じる。整備隊に伝えろ。ジュラーヴリクにただちに武装を施し、出撃準備をしろとな」
クリノフ参謀は、とうとう指示を出してしまった。
彼が命令したとなれば、もう後には引けない。
ヤリックは、悔しさで拳を握り締めるしかなかった。
工場の格納庫は慌ただしくなっていた。
何せ、出撃する事など想定さえしていない機体を、急遽出撃させる事になったのだから。
大急ぎで装備されるミサイル、そして機関砲弾。
その複雑な気持ちで見つつ、フライトスーツなど装備一式を確認していたヤリックの前に、誰かが駆け寄ってきた。
「ヤリック!」
レフチェンコ少佐だった。恐らく補給に戻ってきたのだろう。
「少佐! 無事だったんですね」
「そんな事より、スリョートクを投入するって言うのは本当か?」
信じられないとばかりの問いかけに、はい、とだけ答える。
スリョートクとは、ジュラーヴリクが操縦するSu-30M2-ANMの通称である。飛べるようになったばかりの若鳥という意味だ。
「上の考えそうな事だが、納得してないって顔だな」
ヤリックはうつむいたまま、答えない。
それでも、レフチェンコ少佐はそれ以上追及せず前向きに受け取っていた。
「だが、こちらも結構な味方を失って猫の手も借りたい。不完全だろうと味方が増えるのは助かる。上では俺についてこい。離れるなよ」
ぽん、と肩を叩かれて、レフチェンコ少佐は引き返していく。
もちろん、乗機であるSu-35Sの下へ。
「よーしっ! やってやるぞ! あのバカオヤジにいいとこ見せて、ぎゃふんと言わせてやるんだ!」
そんな時、フライトスーツを着たジュラーヴリクがやってきた。
すっかりやる気だが、ヤリックは正反対だった。
今すぐにでも中止を訴えたいが、上が言った事には従わなければならないのが軍という組織である。
だから、せめてでも──
「ジュラ、悪いけど君は後席に乗るんだ」
「えっ」
「僕が操縦して戦う」
そう言って、ヤリックは前席にかけられたはしごに足をかける。
ここは譲らないという意思表示だ。
「なんでだよ!?」
「言っただろう、君が戦って勝てる相手じゃないって。勇気と無謀は違うって教わったけど、君のは間違いなく無謀だ」
「そんな、あたしの事信じてないのかよ!?」
「ああ、信じてない」
食いつくジュラーヴリクを、その一言で突き放す。
えっ、と怯むジュラーヴリク。
「今の君じゃ確実に負けるってわかるほどにはね」
「じゃあ、ヤリックは勝てる自信あるのかよ?」
「……少なくとも、君よりはね」
それは、精一杯の強がりだった。
本当の事を言うと、ヤリック自身にもザイに勝てる自信はない。
開発に関わる前、ザイとの戦いを経験したが、ろくに相手を撃墜できぬまま機体をボロボロにし、命からがら帰還した事を思い出す。
所詮は予備役パイロット。自分の実力がずば抜けていると思うほど己惚れてはいない。
ザイの恐ろしさを知っているという意味では、ジュラーヴリクよりも生き残れる可能性があると思っているだけだ。
「だから見ていなさい。本当の戦場がどういうものかをね」
そう言って、はしごを昇りコックピットに足をかける。
先に位置を取ってしまえば、ジュラーヴリクも従わざるを得なくなる。
「わかったら、すぐに機体を確認しなさい」
「……わかったよ」
観念したジュラーヴリクは、ふてくされたように機体を回って点検し始めた。
それを見届けてから、ヤリックは包帯を巻いた頭にヘルメットを被せた。
(続く)