ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク 作:フリッカー
エンジン始動。
計器盤にある2つのディスプレイが点き、飛行情報を表示し始める。メーターの針も順調に動く。
操縦桿を前後左右に倒し、ペダルを左右順に踏み、翼の舵がしっかり稼働するかを確認。
「ジュラ、操縦を渡す」
「操縦受け取った」
ヤリックが操縦桿から手を離して指示を出すと、同じ操作をジュラーヴリクも行う。
ただし、彼女のやり方はかなり風変りである。
何せ、操縦桿にもペダルにも触らないのだ。
操縦桿は引き抜かれており、代わりに台座型のコンソールが置かれている。
神経融合インターフェース。
ジュラーヴリクはこれを使い、「念じる」だけで機体を制御する。
機体の末端まで自らの感覚器を拡張し、自分の体を動かすように操縦を行うため、理論的には各種レバーやスイッチは一切いらないとされる。
とはいえ、この機体は開発試験機。インターフェース自体も、まだ未成熟。
前後とも通常の操縦系統で、必要に応じてインターフェースを付けられる仕組みになっている。今回はヤリックが座る前席が通常系のまま、ジュラーヴリクが座る後席にインターフェースが追加されている。
ジュラーヴリクが念じる度に、翼の舵が動く。
インターフェースは問題なく動作しているようだ。
「……操縦返すぜ」
どこか未練がましく、ジュラーヴリクは言った。
本当は自分で戦いたいという気持ちが見え隠れする。
それでも、ヤリックは事務的に操縦桿を握る。
『ギンツブルク、よく聞いてくれ。スリョートクはEPCCM機能が未完成だ。ザイに近づきすぎたら、どんな影響を受けるかわからん。下手するとアニマ1の二の舞になるかもしれん。絶対に無茶はするな』
整備士からの忠告。
やっぱりかと思いつつ、了解、と返事する。
「アニマ1って、あれか? あたしの3つ前の?」
ジュラーヴリクの、素朴な疑問。
ヤリックは一瞬迷ったが、答えなかった。
「今は話す時じゃない」
離陸前は、飛行機の操縦で一番神経を使う時間。ちょっとしたミスが、事故の元になる。
故に集中力を保つため、飛び立つまで私語は禁止されている。
そんな時間でなくとも、ヤリックに話す気はなかった。
突如として暴走しEPCM攻撃で基地を破壊した後空中分解し失われた、ザイのコアを初めて搭載した技術検証機の事など。
そんな機体に思いを馳せたら、嫌な想像を掻き立てられてしまう。
ジュラーヴリクの暴走というシナリオを──
「……」
考えるのをやめて、目の前のチェックに集中する。
ヤリックは手順通りにチェックをこなし、キャノピーを閉じる。
自動でキャノピーが閉じた時、いよいよ戦闘に出るのかという実感が湧いてきた。
『ジュラーヴリク、君のコールサインはアリョール2だ。確認し復唱せよ』
滑走路上に移動し待機する30M2に、管制塔から無線が入る。
それに先んじて、レフチェンコ少佐が乗る先頭の35Sが離陸滑走を始めた。
ガスコンロのような青いアフターバーナーの炎が噴き出すのが見えた。
「了解。アリョール2、離陸準備よし」
ヤリックが報告すると、遂に離陸許可が出た。
『アリョール2、離陸を許可する』
「離陸許可了解」
ヤリックが、ゆっくりとスロットルレバーを最大まで押し込む。
出力全開。青いアフターバーナーが火を噴く。
35Sの後を追う形で、滑走路を加速しながら駆けていく。
あっという間に、ぐん、と宙に浮いた。
車輪を格納し、そのまま上昇を続ける。
透き通った空に吸い込まれそうな感覚。
だが、眺めている暇はない。35Sに追い付くと早速、街を爆撃中のザイの不確かな姿が見えた。
既に街の被害は甚大だ。空から俯瞰するとよくわかる。対空砲部隊も、どれだけ生き残っているか。
「ジュラ、相手が見えるかい?」
「見える」
ジュラも見つけたようだ。相変わらず不服そうな声で。
相手はこちらに気付いたのか、反転して向かってきた。
『いいかヤリック。ドッグファイトは避けて交戦しろ。こちらが相手を引き付ける。前に出るなよ、死ぬぞ』
「了解」
レフチェンコ少佐の指示に返答するヤリック。
戦い方はもう決めている。
一撃離脱だ。
空中戦はよくドッグファイトのイメージがあるが、それは剣術で延々と鍔迫り合いをするようなもので、実際そんな事はほぼ起こらない。
実際の戦いは、流れ切りのようにほぼ一瞬で勝敗が決まるものなのだ。
『ウェポンズフリー、交戦するぞ!』
レフチェンコ少佐の指示と同時に、彼の35Sがミサイルを2発発射した。
先に仕掛けたのだ。
飛んでいくミサイルの弾頭は、EPCM弾。
EPCMの発信源に向かって誘導される、いわばホーム・オン・ジャムと呼ばれるものの亜種だ。
しかしパッシブ誘導である以上、命中精度は良くない。所詮は「当たらないよりはマシ」程度のものでしかない。
案の定、ミサイルは外れた。
それでも、相手の編隊を崩すには十分なものだった。
編隊に開いた穴に、レフチェンコ少佐機が飛び込む。
それを追いかけ始めて乱戦状態になった何機かのザイを狙い、機首を向けて急降下。
「いいかいジュラ、よく見てるんだぞ……!」
落ち着いて狙いを定める。
HUD上に映るターゲットコンテナが、相手に重なる。
それでも焦らない。
この機体に積んであるミサイルは、全部で10発。数で優る相手には、1発も無駄にはできない。
相手の動きから、当たりやすい姿勢に来るのを読み──
「発射!」
発射ボタンを押した。
1発のミサイルが、轟音と共に翼から撃ち出された。
白い軌跡が伸びていく。
それがどこまで飛ぶか見届ける間もなく、操縦桿を引く。
体を押し付ける激しいG。
それに耐えつつ、機体は上昇に転じた。
振り返ると、真下で1機が爆発したのが見えた。
「やったか?」
「やってる! 1機やった!」
ジュラーヴリクの言葉が、ヤリックを確信させた。
アニマの初戦果。
記念すべき戦果だが、その実感はどうも湧かない。
「このままもっとやろうぜ!」
「ダメだ。気付かれないように慎重にやる」
だが、ここで調子に乗ってはいけない。
今の自分はスナイパーなのだ。相手に気付かれないように戦わなければならない。
慎重に距離を取ってから、改めて反転。
こちらは相手より上手にいる。勢いをつけて急降下し、もう一度一撃離脱を試みる。
だが、相手を捉える前に、警報が鳴った。
「まずい、ミサイルか!」
気付かれたか。
急降下を中止して、急旋回で回避。
Gで視界が狭まる中、何機かのザイが真横を通り過ぎたのが見えた。
さすがに狙い通りには相手も動いてくれない。
ここで下手に攻めるのはよくない。防戦に徹して、反撃の隙をうかがうのだ。
「う──!?」
だが。
不意にジュラーヴリクのうめき声が聞こえた。
見ると、ジュラーヴリクが苦しそうに頭を抱えている。
「どうしたジュラ!?」
何が起きたのかわからないまま、防戦を続けるヤリック。
だが、すぐに異常を感じた。
操縦桿が重い。
何かに押さえつけられているかのように、どんどん重くなっていく。
エンジン出力も落ち始めている。
スロットルレバーも、やはり重くなり始めている。
当然、機体の動きは鈍くなる。
その隙に、ザイは背後を取ってしまった。
まずい、振り切れない。
「な、何だ……?」
『ヤリック! どうし──』
無線のノイズが強くなり始めた。
EPCMの影響が強くなり始めている。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
EPCMの影響を受けると、あらゆる感覚が麻痺する。
酒を飲まされながら飛ぶようなものだ。
下手をすると文字通り「酔って」しまって戦闘どころではなくなってしまう。
自分も、ジュラーヴリクさえも。
「少佐! 後ろにつかれた! 援護を! 援護を!」
援護を求めるも、返事がノイズにかき消されて聞こえない。
通じているかどうかわからない。
時間がどんどんなくなっていく感覚。
金縛りされるように動かなくなり、まっすぐ飛ぶのがやっとになっていく機体。
とにかく、すぐに状況を把握しなければならない。
「う、う、うるせえ──!」
ジュラーヴリクは頭を抱えたまま。
うるさいとは、どういう事なのか。
(まさか──)
考えつくものは、ひとつしかない。
アニマは、元々ザイのコアを使って生み出されたもの。
なら、ザイからの信号を受け取れても不思議ではない。
その信号で、コアにあるセキュリティプログラムを動かせるとしたら。
元いた場所に帰れと呼ばれていたとしたら──
「ダメだジュラ! 耳を傾けちゃいけない!」
「う、う、うああああああ──!」
だが、手遅れだった。
最後の叫びをあげたジュラは、急にがくり、とうなだれてしまった。
焦点の定まらない目のままで。
「ジュラ! ジュラッ!」
途端、機体のあらゆる機能が落ち始めた。
計器、エンジン、無線。
あらゆるメーターの針ががくんと落ち、コックピットが暗くなる。
機体のコアたるジュラーヴリクが、機能停止してしまったのだ。
それは、機体の機能全ての停止を意味する。
完全に滑空状態。これでは相手に撃ってくださいと言っているようなものだ。
「まずい──!」
すぐに緊急用のマニュアルコントロールシステムを起動させなければ。
だが、敵前でそんな事をする余裕などない。
たちまち、銃弾が飛んできた。
ばんばんばん、と機体に穴が開く音がする。
ばりん、とキャノピーが割れる音。
「が──!?」
同時に、ヤリックの体に鈍い痛みが走った。
コックピットに飛び散る赤い何か。
それが自分の血だと理解するのに、そう時間はかからなかった。
遠のく意識。
どこを撃たれたのかわからない。
聞こえるのは、外の風を切る音だけ。
感じるのは、重力に身を預けて落ちていく感覚だけ。
死ぬ。
このままだと死ぬ。
なのに、どうしたらいいかわからない。
対応策は何度も訓練したはずなのに、思い出せない。
その隙すら与えないほど、体から力が抜けていく。
ただただ薄れゆく意識の中で、
「ジュ、ラ──」
ヤリックは、彼女の名を口にする事しかできなかった。
(続く)