ガーリー・エアフォースサーガ プロイェクト・ジュラーヴリク   作:フリッカー

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ALT.08 初陣

 エンジン始動。

 計器盤にある2つのディスプレイが点き、飛行情報を表示し始める。メーターの針も順調に動く。

 操縦桿を前後左右に倒し、ペダルを左右順に踏み、翼の舵がしっかり稼働するかを確認。

「ジュラ、操縦を渡す」

「操縦受け取った」

 ヤリックが操縦桿から手を離して指示を出すと、同じ操作をジュラーヴリクも行う。

 ただし、彼女のやり方はかなり風変りである。

 何せ、操縦桿にもペダルにも触らないのだ。

 操縦桿は引き抜かれており、代わりに台座型のコンソールが置かれている。

 神経融合インターフェース。

 ジュラーヴリクはこれを使い、「念じる」だけで機体を制御する。

 機体の末端まで自らの感覚器を拡張し、自分の体を動かすように操縦を行うため、理論的には各種レバーやスイッチは一切いらないとされる。

 とはいえ、この機体は開発試験機。インターフェース自体も、まだ未成熟。

 前後とも通常の操縦系統で、必要に応じてインターフェースを付けられる仕組みになっている。今回はヤリックが座る前席が通常系のまま、ジュラーヴリクが座る後席にインターフェースが追加されている。

 ジュラーヴリクが念じる度に、翼の舵が動く。

 インターフェースは問題なく動作しているようだ。

「……操縦返すぜ」

 どこか未練がましく、ジュラーヴリクは言った。

 本当は自分で戦いたいという気持ちが見え隠れする。

 それでも、ヤリックは事務的に操縦桿を握る。

『ギンツブルク、よく聞いてくれ。スリョートクはEPCCM機能が未完成だ。ザイに近づきすぎたら、どんな影響を受けるかわからん。下手するとアニマ1の二の舞になるかもしれん。絶対に無茶はするな』

 整備士からの忠告。

 やっぱりかと思いつつ、了解、と返事する。

「アニマ1って、あれか? あたしの3つ前の?」

 ジュラーヴリクの、素朴な疑問。

 ヤリックは一瞬迷ったが、答えなかった。

「今は話す時じゃない」

 離陸前は、飛行機の操縦で一番神経を使う時間。ちょっとしたミスが、事故の元になる。

 故に集中力を保つため、飛び立つまで私語は禁止されている。

 そんな時間でなくとも、ヤリックに話す気はなかった。

 突如として暴走しEPCM攻撃で基地を破壊した後空中分解し失われた、ザイのコアを初めて搭載した技術検証機の事など。

 そんな機体に思いを馳せたら、嫌な想像を掻き立てられてしまう。

 ジュラーヴリクの暴走というシナリオを──

「……」

 考えるのをやめて、目の前のチェックに集中する。

 ヤリックは手順通りにチェックをこなし、キャノピーを閉じる。

 自動でキャノピーが閉じた時、いよいよ戦闘に出るのかという実感が湧いてきた。

 

『ジュラーヴリク、君のコールサインはアリョール2だ。確認し復唱せよ』

 滑走路上に移動し待機する30M2に、管制塔から無線が入る。

 それに先んじて、レフチェンコ少佐が乗る先頭の35Sが離陸滑走を始めた。

 ガスコンロのような青いアフターバーナーの炎が噴き出すのが見えた。

「了解。アリョール2、離陸準備よし」

 ヤリックが報告すると、遂に離陸許可が出た。

『アリョール2、離陸を許可する』

「離陸許可了解」

 ヤリックが、ゆっくりとスロットルレバーを最大まで押し込む。

 出力全開。青いアフターバーナーが火を噴く。

 35Sの後を追う形で、滑走路を加速しながら駆けていく。

 あっという間に、ぐん、と宙に浮いた。

 車輪を格納し、そのまま上昇を続ける。

 透き通った空に吸い込まれそうな感覚。

 だが、眺めている暇はない。35Sに追い付くと早速、街を爆撃中のザイの不確かな姿が見えた。

 既に街の被害は甚大だ。空から俯瞰するとよくわかる。対空砲部隊も、どれだけ生き残っているか。

「ジュラ、相手が見えるかい?」

「見える」

 ジュラも見つけたようだ。相変わらず不服そうな声で。

 相手はこちらに気付いたのか、反転して向かってきた。

『いいかヤリック。ドッグファイトは避けて交戦しろ。こちらが相手を引き付ける。前に出るなよ、死ぬぞ』

「了解」

 レフチェンコ少佐の指示に返答するヤリック。

 戦い方はもう決めている。

 一撃離脱だ。

 空中戦はよくドッグファイトのイメージがあるが、それは剣術で延々と鍔迫り合いをするようなもので、実際そんな事はほぼ起こらない。

 実際の戦いは、流れ切りのようにほぼ一瞬で勝敗が決まるものなのだ。

『ウェポンズフリー、交戦するぞ!』

 レフチェンコ少佐の指示と同時に、彼の35Sがミサイルを2発発射した。

 先に仕掛けたのだ。

 飛んでいくミサイルの弾頭は、EPCM弾。

 EPCMの発信源に向かって誘導される、いわばホーム・オン・ジャムと呼ばれるものの亜種だ。

 しかしパッシブ誘導である以上、命中精度は良くない。所詮は「当たらないよりはマシ」程度のものでしかない。

 案の定、ミサイルは外れた。

 それでも、相手の編隊を崩すには十分なものだった。

 編隊に開いた穴に、レフチェンコ少佐機が飛び込む。

 それを追いかけ始めて乱戦状態になった何機かのザイを狙い、機首を向けて急降下。

「いいかいジュラ、よく見てるんだぞ……!」

 落ち着いて狙いを定める。

 HUD上に映るターゲットコンテナが、相手に重なる。

 それでも焦らない。

 この機体に積んであるミサイルは、全部で10発。数で優る相手には、1発も無駄にはできない。

 相手の動きから、当たりやすい姿勢に来るのを読み──

「発射!」

 発射ボタンを押した。

 1発のミサイルが、轟音と共に翼から撃ち出された。

 白い軌跡が伸びていく。

 それがどこまで飛ぶか見届ける間もなく、操縦桿を引く。

 体を押し付ける激しいG。

 それに耐えつつ、機体は上昇に転じた。

 振り返ると、真下で1機が爆発したのが見えた。

「やったか?」

「やってる! 1機やった!」

 ジュラーヴリクの言葉が、ヤリックを確信させた。

 アニマの初戦果。

 記念すべき戦果だが、その実感はどうも湧かない。

「このままもっとやろうぜ!」

「ダメだ。気付かれないように慎重にやる」

 だが、ここで調子に乗ってはいけない。

 今の自分はスナイパーなのだ。相手に気付かれないように戦わなければならない。

 慎重に距離を取ってから、改めて反転。

 こちらは相手より上手にいる。勢いをつけて急降下し、もう一度一撃離脱を試みる。

 だが、相手を捉える前に、警報が鳴った。

「まずい、ミサイルか!」

 気付かれたか。

 急降下を中止して、急旋回で回避。

 Gで視界が狭まる中、何機かのザイが真横を通り過ぎたのが見えた。

 さすがに狙い通りには相手も動いてくれない。

 ここで下手に攻めるのはよくない。防戦に徹して、反撃の隙をうかがうのだ。

「う──!?」

 だが。

 不意にジュラーヴリクのうめき声が聞こえた。

 見ると、ジュラーヴリクが苦しそうに頭を抱えている。

「どうしたジュラ!?」

 何が起きたのかわからないまま、防戦を続けるヤリック。

 だが、すぐに異常を感じた。

 操縦桿が重い。

 何かに押さえつけられているかのように、どんどん重くなっていく。

 エンジン出力も落ち始めている。

 スロットルレバーも、やはり重くなり始めている。

 当然、機体の動きは鈍くなる。

 その隙に、ザイは背後を取ってしまった。

 まずい、振り切れない。

「な、何だ……?」

『ヤリック! どうし──』

 無線のノイズが強くなり始めた。

 EPCMの影響が強くなり始めている。

 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 EPCMの影響を受けると、あらゆる感覚が麻痺する。

 酒を飲まされながら飛ぶようなものだ。

 下手をすると文字通り「酔って」しまって戦闘どころではなくなってしまう。

 自分も、ジュラーヴリクさえも。

「少佐! 後ろにつかれた! 援護を! 援護を!」

 援護を求めるも、返事がノイズにかき消されて聞こえない。

 通じているかどうかわからない。

 時間がどんどんなくなっていく感覚。

 金縛りされるように動かなくなり、まっすぐ飛ぶのがやっとになっていく機体。

 とにかく、すぐに状況を把握しなければならない。

「う、う、うるせえ──!」

 ジュラーヴリクは頭を抱えたまま。

 うるさいとは、どういう事なのか。

(まさか──)

 考えつくものは、ひとつしかない。

 アニマは、元々ザイのコアを使って生み出されたもの。

 なら、ザイからの信号を受け取れても不思議ではない。

 その信号で、コアにあるセキュリティプログラムを動かせるとしたら。

 元いた場所に帰れと呼ばれていたとしたら──

「ダメだジュラ! 耳を傾けちゃいけない!」

「う、う、うああああああ──!」

 だが、手遅れだった。

 最後の叫びをあげたジュラは、急にがくり、とうなだれてしまった。

 焦点の定まらない目のままで。

「ジュラ! ジュラッ!」

 途端、機体のあらゆる機能が落ち始めた。

 計器、エンジン、無線。

 あらゆるメーターの針ががくんと落ち、コックピットが暗くなる。

 機体のコアたるジュラーヴリクが、機能停止してしまったのだ。

 それは、機体の機能全ての停止を意味する。

 完全に滑空状態。これでは相手に撃ってくださいと言っているようなものだ。

「まずい──!」

 すぐに緊急用のマニュアルコントロールシステムを起動させなければ。

 だが、敵前でそんな事をする余裕などない。

 たちまち、銃弾が飛んできた。

 ばんばんばん、と機体に穴が開く音がする。

 ばりん、とキャノピーが割れる音。

「が──!?」

 同時に、ヤリックの体に鈍い痛みが走った。

 コックピットに飛び散る赤い何か。

 それが自分の血だと理解するのに、そう時間はかからなかった。

 遠のく意識。

 どこを撃たれたのかわからない。

 聞こえるのは、外の風を切る音だけ。

 感じるのは、重力に身を預けて落ちていく感覚だけ。

 

 死ぬ。

 このままだと死ぬ。

 なのに、どうしたらいいかわからない。

 対応策は何度も訓練したはずなのに、思い出せない。

 その隙すら与えないほど、体から力が抜けていく。

 ただただ薄れゆく意識の中で、

「ジュ、ラ──」

 ヤリックは、彼女の名を口にする事しかできなかった。

 

(続く)

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