徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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同棲している大学生の楽郎と玲がリンゴを食べるお話。


楽玲
赤いリンゴに唇よせて


「楽郎君、デザートに林檎はいかがですか?」

「林檎?」

 

 それはとある日の夕食後。俺がリビングで大学のレポートと格闘していると、キッチンからぴょこりと顔を出した玲さんがそんなことを言ってきた。

 

「あれ?家に林檎なんてあったっけ?」

 

 昨日近所のスーパーに二人で買い出しに行った時には、そんなものは買っていなかったと思うけれど。

 

「今日実家から送られてきた荷物に入っていたんです。弘前の知人から大量に届いたのでそのおすそ分けだとか」

「ああ、あの見覚えのない段ボール箱の中身はそれか…てっきりまたライオットブラッドが届いたのかと」

 

 この家には何故か定期的にガトリングドラム社からライオットブラッドが送られてくるので今回もそれかと思っていたのだが、どうやら玲さん宛の荷物だったらしい。

 

「アップルパイなんかに加工してもいいんですけど、せっかく新鮮なものを頂いたのでまずはそのまま頂こうかと思いまして」

 

 そう言って玲さんが両手で挟むようにして掲げる林檎は真っ赤に熟れていて色艶も良く張りがある、これは確かにとても美味しそうだ。

 林檎の瑞々しいシャリっとした味わいは好物の部類に入るのだが……俺はこの果実を見ると、未だに昔のとある出来事を思い出してしまう。

 

「林檎かぁ……」

「ご、ごめんなさい!ひょっとしてお嫌いでしたか…?」

「あっ、そうじゃないんだ!林檎は好きだよ」

 

 そんなアンニュイな雰囲気が顔に出てしまっていたのだろう、俺がリンゴを嫌いだと勘違いをした玲さんがしょげた顔をして謝ってくる。

 それを慌てて訂正しつつも、やはり俺の脳裏には、あいつの姿が浮かんでいた。

 

「ただ、ちょっと林檎が大好きだったやつのことを思い出してね、なんだか懐かしくなっちゃったんだ」

「林檎が好きなやつ……ですか?」

「うん、そいつは林檎に目が無くてね、普段は全然こっちの言うことを聞かずにふらふらしてるくせに、林檎を出すとあっという間に帰ってきたものさ」

 

 そう、今でも目を閉じれば思い出す。

 三度の飯より林檎が大好物だった、パワランオオヒラタクワガタのレオナルドのことを。

 

「あいつ、林檎を食ってる時だけ大人しいから出来るならずっと食べさせ続けていたかったよ」

 

 母さんの飼育してきた虫の中でも屈指の脱走率を誇るレオナルドだが、何故かリンゴを用意すると必ず舞い戻ってきて、そのたびに以前より堅牢さの増した虫かごの中へと収監されていったものだ。

 

「ふふっ、随分やんちゃな子だったんですね」

「本当にやんちゃだったよ……俺も何度痛い目にあわされたことか」

「そう言いながらも嫌いでは無かったんですよね?その子の話をしてる楽郎君、なんだかとっても楽しそうです」

 

 ちょっと焼きもち焼いちゃいます、なんて冗談めかしてくすくすと笑う玲さんに釣られて俺の顔にも苦笑が浮かぶ。

 幼少期からの母の熱心な布教(せんのう)の甲斐もあって、確かに俺も虫そのものは嫌いでは無いのだが。

 

「まあ確かに可愛いところもあったけど寝込みを襲われた記憶が強烈過ぎて…」

「それは大変でしたね、そうですか寝込みを……………ネコミァ!??」

「れ、玲さん?」

「どどどどどど!どういうこととと⁉」

 

 な、なんだ?何か変なフラグでも踏んだか⁉

 突如バグった玲さんが目をぐるぐるさせながらあわあわと俺に詰め寄ってくる。

最近はこの状態になることもめっきり少なくなっていたので、これはこれでちょっと懐かしさを感じる。

 

「はい落ち着いて、ひっひっふー」

「ひっひっふー…じゃなくてですね!寝込みを襲われたってどういうことですか!?相手はどこのどいつですか!!」

「ん?………あっ」

 

 事ここに至って玲さんが何をそんなに慌てているのかに気が付いた。うん、これは俺の言い方が悪かったかな。

 テンパる玲さんも可愛いけれど、まずはこのとんでもない誤解を解かなくては。シャツの襟元を掴んで揺さぶられてぐらぐらする視界の中、玲さんの両肩に手を置いて真っすぐ彼女の目を見て諭す。

 

「あのね玲さん、俺が襲われたって言うのは…」

「は、はい」

「鼻を思いっきり挟まれたんだ」

「わ、私は楽郎君がどんなにひどい目に合っていても……えっ、鼻?」

「そして犯人は母さんの飼っていたクワガタです」

「くわ…がた……ですか?」

 

 ようやく冷静に話が出来るようになった玲さんに、俺が話していた内容が全て「リンゴが大好物のクワガタ」のことであると説明する。

 そして自分の誤解を理解した玲さんは、その顔をリンゴにも負けないくらい真っ赤に染めてぷるぷると恥ずかし気に震えていた。

 

「こ、ころしてください……」

「いやいや、玲さんに死なれたら俺が困るよ。ほら俺が紛らわしい言い方をしたのも悪かったから」

「ううう……」

「ほら、それより早くそのリンゴを食べよう?俺、皮剥いてくるよ」

「あ、いえそれくらいは私が……あっ」

「ん?今度はどうし……割れてるね、綺麗に真っ二つに」

 

 手元に視線を落としてまたもや硬直した玲さんの様子に、次は何が起きたのかと視線の先を辿れば……なんということでしょう、そこには匠の手によってガシャポンを開けたかのように二つに分かたれたリンゴの姿が。

 どうやら驚いた拍子に手に持っていたリンゴを割ってしまったらしい。

 

「す、すみません私ったらなんてはしたないことを……新しいものと変えてきます」

「そんなもったいない、せっかくだしそれそのまま貰うよ」

 

 玲さんの手からリンゴの片割れをもぎ取って、そのまま豪快に齧りつく。

 

 ──シャクシャクとその甘酸っぱさを味わいながら、くれぐれも玲さんを本気で怒らせないようにしようと密かに心に誓うのだった。

 

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