徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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プロゲーマーとして海外遠征する楽郎とヒロインちゃんのお話。


「寂しくないって噓をつきました」

 朝陽が暖かに辺りを包み、そよ風の心地良い穏やかなある日の早朝。

 閑静な住宅街の一角に位置する我が家の玄関先で、私はスーツケースを持った楽郎君と向き合っていた。

 

「忘れ物はありませんか?着替えは大丈夫でしょうか。楽郎君は乗り物酔いはしない方だったとは思いますが、一応酔い止めも持った方が……」

「玲さん、初めての遠足に行く子供じゃないんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「わ、分かってはいるんですけどやっぱり心配な物は心配なんです!」

 

 あれこれとお節介に世話を焼こうとする私の姿に楽郎君が苦笑を漏らす。

 端末とパスポートさえあればあとは現地でなんとかなるし、と気軽な調子で告げる彼は近所に散歩でも行くかのように自然体のままだ。

 彼のことを知らなければ、とてもではないが彼が今から国際試合に赴くプロゲーマーだとは気がつかないだろう。

 

「俺としては玲さんを家に残していく方が心配だよ」

「もう、それこそ今更ですよ。今までだって別にお互い一人になることはあったじゃないですか」

「それはそうなんだけど、今回は結構な長丁場だし玲さんが寂しくて泣いちゃったりしないかなー、なんて」

「もう、何を言ってるんですか!それこそ子供じゃあるまいし、寂しくなんてありません!」

 

 Star Rainを筆頭に世界から錚々たる面子の集まる今回のアメリカ遠征は一ヶ月以上に及ぶと聞いている。

 確かに決して短い期間では無いものの、だからといって私がそれに耐えられないと思われるのは心外だ。

 

「大丈夫ですよ、家の留守を守るのもつ、つ………妻、のっ、務めですから!」

「そこでつっかえずに言えたらもう少し安心出来たんだけど」

「ううう……面目ないです」

 

 念願叶って楽郎君と入籍して早半年。

 結婚当初よりは幾分マシになったものの、改めて具体的に私たちの関係性を口に出すのは未だに少し緊張してしまう。

 楽郎君はそんな私を優しいまなざしで見つめていたけれど、腕時計に目線を落とすと居住まいを正した。余裕を持っているとはいえ、空港までの時間を考えるとそろそろ出発した方がいいだろう。

 

「それじゃあ行ってきます、玲さん」

「いってらっしゃい、楽郎君。貴方の御武運を祈っています」

 

 ──そんな風に彼を見送ったのが、今から二週間ほど前の事。

 

「…………寂しいです」

 

 以前百姉さんがお土産に置いていったカップ麵を啜りながら、虚ろな目をしてリビングでぽつりと独りごつ。

 返事の返ってくることの無いその呟きは、いつもより広く感じる家の中でむなしく溶けた。

 図らずも出発前の楽郎君が危惧した通りになっている自分の現状に不甲斐なさを覚えずにはいられない。

 

「楽郎君が帰ってくるまであと二週間………長いなぁ」

 

 最初の三日間は問題なかった。

【カースドプリズンVSカースドプリズン!リアルはどちら】

【シルヴィア・ゴールドバーグ、顔隠しへのリベンジを語る】

 などといったネットニュースを見ては楽郎君の活躍に想いを馳せて笑みを浮かべる余裕さえもあった。

 一週間が過ぎた頃、無意識で楽郎君の姿を探している自分に気が付いた。

スーパーで買い物をしている時、食後に玉露を淹れる時、お風呂上りに着替えのシャツを忘れた時など、生活の中のふとした瞬間にこの場に居ない楽郎君に声をかけようとしてしまう。

 夕飯をうっかり二人分作ってしまった時は我ながら中々に重傷であると自覚して、それ以降は自分だけのために料理をするのが段々億劫になってきて、ここ数日はすっかりカップ麺生活が板についてきてしまった。

 

「楽郎君は今頃なにをしているでしょう……」

 

 最近とみに増えた独り言を口にしつつ、遠くアメリカの地にいる楽郎君を思う。

 現地時刻は二十一時、確かこの時間ならば試合は終えて自由時間を過ごしていると言っていた筈。

 気が付けば私は端末を手に取って、試合の邪魔をしてはいけないからと自粛していた通話ボタンに指をかけていた。

 

「──もしもし、玲さん?」

 

 数回ほどコール音が鳴り響いた後、聴きたくて聴きたくて堪らなかった愛しい声が端末越しに耳朶を打つ。

 

「夜分にすみません、実は──」

 

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