徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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外道組三人の飲み会とその後日譚


たのしいおふかいだいさんじ/体重のあとしまつ

「ごめん遅くなった!」

 

 約束の時間から遅れることおよそ30分。

 急な呼び出しをしてくれやがったスポンサー様に脳内で罵詈雑言を飛ばしながら、予約していた居酒屋の個室の襖を開く。

 開口一番に謝罪の言葉を口にすると、見慣れた面々が飲みかけのジョッキを掲げながら口々に俺を出迎えた。

 

「おー、お疲れカッツォくん」

「遅いから先に始めてたぞ」

「悪い悪い、オフの筈なのに急に仕事が入ってさ」

「あー…あの爺さん当日になっていきなり呼び出すのマジで勘弁して欲しいよな」

 

 遅れた理由を聞いた楽郎がやけに実感の籠った声でしみじみと俺に同意する。

 正体不明のプロゲーマーでもお上の意向に逆らえないのがこの世界の辛いところだ。

 

「そういやお前もこないだ急なインタビュー入ってたな」

「あ、もしかしてラクくんが瑠美ちゃんの荷物持ちすっぽかしたのってそれが原因?」

「……その通りだけど、お前はなんでそれを知ってるんだよ。俺、永遠にその話してないよな?」

「んふふ、私と瑠美ちゃんはとーっても仲良しだからネ?」

「こえーよ!」

「お前ら相変わらず仲がいいなぁ……あ、すみませんビールお願いします」

 

 二人の痴話喧嘩?を他所に、通りかかった店員を捕まえて自分の分のビールを頼む。

 全員の飲み物が揃った所で改めてペンシルゴンが乾杯の音頭をとった。

 

「さて、それではカリスマモデル天音永遠の輝かしい栄光を祝って……かんぱーい!」

「待て待て、今回集まった名目は一応俺達(・・)爆薬分隊の日本リーグ優勝を祝う会だろ」

「諦めろカッツォ。永遠はこういう人間だ」

 

 反射的に突っ込みを入れた俺を、悟った眼をした楽郎が宥める。お、お前も苦労してるんだな……

 思わぬ所でチームメイトの日頃の労を察した俺は、哀悼の意を込めてコツンとジョッキを合わせた。今日のビールはやけに苦いぜ。

 

「何はともあれカッツォも飯食えよ、腹減ってるだろ?」

「そうさせてもらうよ、半端な時間に呼ばれたせいで実は昼飯も食いそびれてさ」

「それじゃもう少し料理追加で頼もっか。おねーさんももっとガッツリした物が食べたいし」

「太るぞカリスマモデルさんよ」

「ちゃんと運動もしてるから大丈夫ですーぅ!そんな失礼な事をいう口はこれかー?」

「ふぉいひゃめろ」

 

 笑顔のまま怒ったペンシルゴンは、皿に三切れ残っていただし巻き玉子を次々と楽郎の口に突っ込んだ。容量オーバーで楽郎の頬がリスのように膨らんでいる。

 それにしても今日はペンシルゴンのテンションがいつにも増して高い。頬も若干赤らんでいるが、俺が来るまでに一体どれだけ飲んだのだろう。

 些細な疑問を抱く俺を他所に、当の本人は今の一幕をまるで気にせず部屋に備え付けの注文用端末を眺めていた。

 端末には和紙製の折り畳み式カバーがついていて、ペンシルゴンがそれを持つと酒の肴を吟味する姿さえも古書を嗜む知的な女性に見える。カリスマモデルの才能の無駄遣いも甚だしい。

 

「うーん、秋刀魚の塩焼きに土瓶蒸し……茄子と舞茸の天ぷらもいいねぇ」

「肉食いたいから唐揚げも頼む……お、戻りカツオのタタキもある。カッツォは共食い大丈夫か?」

「誰が魚類だコラ、それを言うならサンラクだって鶏肉食えんのか?」

「おっと、喧嘩するならお酒とつまみが揃ってからにしてくれるかなー?料理適当に頼んじゃうよー」

「お前なぁ……」

「……まあいいや、俺達も飲もう」

 

 俺たちの諍いをつまみにする気満々なペンシルゴンが端末を操作しながら軽い口調でそう告げる。 

 その様子に毒気を抜かれ、俺と楽郎は若干ぬるくなったビールを喉に流し込んだ。

 

「ペンシルゴン、ついでにドリンクのお代わりも頼んでよ。俺レモンサワー」

「俺ウイスキーのエナドリ割で」

「んふふー、一人だけ素面でいよう(レジストしよう)たってそうは問屋が卸さないよ?ラクくんのドリンクは私と一緒に日本酒でーす」

「お前ら飲むのはいいけど程々にしとけよー」

 

 無駄だろうなぁと思いつつも一応の忠告をしつつ、酒が来るまでの繋ぎにテーブルに残っていた料理を摘まむ。

 

「揚げ銀杏うめえ……酒飲んでるとこういう地味な食べ物が美味しく感じるよな」

「カッツォ君ジジくさーい」

「うるせえ」

「……カッツォ、皿空けたいからこれも食っちまってくれ」

「ん、了解……ってわざわざ食べさせなくても…むぐっ」

 

 ペンシルゴン(酔っぱらい)を適当にあしらっていると楽郎がエリンギの姿焼きを箸で持って俺の口元に突き付けてきた。

 酔いどれ共を一々窘めるのも面倒になった俺は大人しくそれを咥えこむ。

 炭火で焼かれたとおぼしきそれは、シャキシャキとした瑞々しい歯ごたえと香ばしい香りが同居していて中々美味しい。スダチの果汁がかけられていて後味も爽やかだ。

 一口で食べるには些か大きいエリンギに苦戦しつつも平らげると、その様子を端末のカメラで撮影していたペンシルゴンが満足げに頷いた。

 ……ちょっと待て。

 

「お前今何撮った!?」

「んー、カッツォ君がラク君の差し出した太いものを美味しそうに頬張るす・が・た」

「うぉいっ!?それをどうする気だ!?今すぐ消せ!!」

「もーしょうがないなぁ……はい、削除っと」

 

 そう言ってペンシルゴンが見せた端末の画面には確かに《画像を消去しました》の文字が。

 あれ?随分あっさりと……

 

「既にラク君の端末に送信済みなんだけどネ?」

「『ケイと優勝祝いなう』…よし、OK」

「おいちょっと待て!?楽郎、お前まさか!!?」

 

 脳裏を過る不吉過ぎる予想に、慌てて顔隠しのSNSアカウントを確認する。

 案の定そこには今楽郎が口にした言葉と一言一句違わぬ文章と共に、俺がエリンギを食べる様子が全世界へ向けて公開されていた。

 

「お、お前ただでさえ最近俺とお前の組み合わせが増えてるっていうのに……正気か?」

「カッツォ君、自分がダメージ受けるの分かっててわざわざ魔境を覗きにいくのやめたら?」

「お前と違って俺は素性バレしてる訳じゃないからこのくらいコラテラルダメージだっつの」

「……楽郎、ペンシルゴンの自爆癖がうつってないか?」

 

 現在進行形で伸び続ける閲覧数に最早これまでと諦めの境地に至る。

 

 ──後日、この投稿を見て「どうして私も誘ってくれなかったの」と憤る、何も知らない純真なメグだけが俺の癒しだった。

 

 

◇体重のあとしまつ

 

 例年以上に暑さ厳しい今年の夏もようやく過ぎ去り、穏やかな日差しと秋風が心地よい、そんなある日の早朝のこと。

 木々が仄かに紅く色づき始めた遊歩道を、最近流行りのスポーツウェアで身を包んだ永遠と俺は走っていた。

 住宅街からやや離れたこの道は元々人通りが少ないことに加え、未だ日が昇って間もない時間帯ということもあり周囲に他の人影は見当たらない。

 そんな静かな道のりをやや早めのペースでジョギングすること暫し。ベンチのある広場に辿りついたところで永遠が足を止めたのに倣い、俺も一休みしてそっと息を整えた。

 

「ふぅ、やっぱり走るなら今くらいの季節が丁度いいね!暑すぎず寒すぎず、まさに絶好の運動日和!」

「……それには同意するけど、お前やけに張り切ってないか?」

 

 永遠の運動に付き合うことはこれまでにも何度かあったが、今日の彼女は妙に気合が入っているように見える。

 なんかこう、若干鬼気迫るオーラを感じるというか……

 

「……ほら、せっかく恋人と二人きりなんだからちょっといいとこ見せちゃおっかなーみたいな?」

「なるほど。で、本音は?」

「可愛い彼女の健気なアピールを軽く流すのはやめてくれないかなぁ!?服だって新調したんだよ?」

「本当に健気な奴は自分を健気とは言わないんだよ、服は確かに似合ってるけども」

 

 タオルで汗を拭う動作すらも絵になって見えるのは流石といったところだが、やはりどこか違和感がある。

 なんだろう、嬉々として悪だくみをしている時の永遠とも何か違う。これは何か本気で隠したいことがある時の反応のような………もしや。

 

「んふふ、でしょー?ってどうしたのラク君、そんなにおねーさんの顔をまじまじと見つめちゃって」

「……うーん、これは。でも確証がなぁ」

「いやあの、ちょっと近いって言うか今ほら結構汗かいちゃってるから匂いとか気になるというか……ねえ聞いてる!?」

「聞いてる聞いてる……なあ、永遠」

「あの、ラク君?人気が無いからってこんな屋外でなんて…!んんっ」

 

 ごちゃごちゃとした弁明を聞き流しつつ、徐々に距離を詰めていく。

 永遠は慌てて俺から距離を取ろうと後ずさるが、背中に木の幹が当たったところで観念したように足を止めて目を瞑った。

 俺はそんな永遠の頬へとそっと手を伸ばし……

 

「ひょっと、はにふふのは」

 

 頬をむにっと掴んだ。

 永遠が俺の想定外の行動に不満気な視線を向けてくるが、俺はそれに構わず頬の感触を確かめる。

 

「うん、やっぱりそうだ。お前、少し太った……ぐぶえっ!??」

「……遺言は、それだけカナ?」

 

 いかん、つい本音が漏れた。

 

「いやゴメン!今のは俺が悪かった!疑問が解けたもんだからつい!」

「信じらんない!デリカシー皆無だとは思ってたけどここまで!?」

「っつーかそこまで気にするほどか?確かに若干肉好きが良くなったけど触んなきゃわかんないって!」

「モデルの体形維持に妥協は許されないの!今のうちに元の身体に戻しておかないと…!」

 

 ガチ目の殺意を垂れ流し始めた永遠に平身低頭して謝罪する。

 言い訳半分本音半分の俺の感想は、カリスマモデルとしての矜持を前にしては毛ほどの慰めにもならないらしい。

 

「それにしても、かろうじてとは言え俺に気が付かれるレベルで永遠がふと……いや、なんでもない」

「……はあ、もういいよ」

「なんかすまん……その、お前がここまで焦るのも珍しいよな、そんなに不摂生してたか?」

 

 最近はチートデイと称したモツとビールの宴を開いた覚えも無く、ケーキなどの間食も制限したカロリーの範囲で抑えられていたと思ったのだが。

 

「ほら、こないだ久しぶりにカッツォ君と三人で飲んだでしょ?」

「あー、そういやあの時は後先考えずに結構飲み食いしたもんな」

「というかラク君だって私に負けず劣らず食べてたじゃん、ここらで運動しとかないとまずいんじゃない、の…?」

 

 死んだ目をした永遠が貴様も道連れだと言わんばかりに指をワキワキとうごめかせて俺の腹をつまもうとする。

 しかしその指は余計な肉をつまむことは無く、ウェア越しに俺の腹筋を撫でるだけの結果に終わった。

 

「…………え?」

「いや、俺は特に体型変わったりはしてないし」

 

 そもそも俺も永遠には及ばないもののプロゲーマーの端くれとして最低限の運動はしている。ちょっとやそっとの宴会でそうそう困ることはない。

 わなわなと震える永遠にそう告げると、彼女は裏切者を見るような怨念の籠った目で俺を睨みつけた。

 

「え、ラク君ついに現実の身体もバグったの?」

「便秘じゃあるまいし、至って正常だよ」

「バグじゃなきゃそれはもうチートだよ!!現実とはなんと不公平な……っ!」

「ゲームで散々不公平を強いてきた側の人間が言う台詞じゃないな」

「ええい、うるさい!今日はもうとことん付き合ってもらうから覚悟しといてよね!」

「はいはい、せいぜい頑張ってカロリー消費しようぜ」

 


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