徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽郎が玲からの想いに気が付くお話。


遅効性ラブコメ

 高校三年生に進級して早数週間。新しいクラスメイトにもすっかり慣れて、間もなく高校生活最後のゴールデンウイークを迎えようとしている、そんなある日の午前二時。

 この日楽郎は、珍しいことにVRゲームの世界に旅立つことは無く、自室の勉強机に向かってライオットブラッド・トゥナイト片手に思索の海を漂っていた。

 その姿はさながら受験勉強に励む勤勉な学生のようであるが、机上には教科書やノートの類は無い。

 今、楽郎の頭を深く悩ませていること。それは──

 

「玲さん、まさか俺のことが好きなのか……?」

 

 台詞だけを抜き出せば、まるで痛い勘違い野郎のような発言。

 しかし楽郎はこれまでの数々の玲との思い出を以て、それが己の妄言では無い可能性に気付いていた。

 

「別にフラグを立てた覚えはない……筈なんだけど」

 

 ピザ留学を筆頭にギャルゲーもそれなりに嗜んできた楽郎だが、現実の世界では選択肢が提示されることも無ければフラグが可視化されたりもしない。

 幼少期に淡い恋心を絶叫マシーンの恐怖で上書きされてしまった彼は、恋愛の機微というものについてお世辞にも敏いとは言えなかった。

 色恋沙汰に関して不調法だという自覚のある楽郎は、それ故に玲から好意を向けられていることなど有り得ないと安直に断じることも出来ずにいる。

 

「俺の気のせいじゃなきゃ、明らかに俺と話してる時だけ反応が違うんだよなぁ」

 

 最初は、進級に伴うクラス替えで玲と同じクラスになったことがきっかけだった。

 それまでもたまたま(・・・・)登下校のタイミングが一緒になることもあったが、同じクラスに成れば彼女の姿を見る機会は格段に増える。

 座席が玲の斜め後方だったこともあり、授業中、或いは手持ち無沙汰な休み時間の時などに玲の姿を度々視界に収めることになった楽郎は、そこでとある違和感を抱いた。

 

「玲さん、顔色悪くない?」と。

 

 楽郎視点での玲は、いつもはもっと血色がよく、常に頬に朱を差して可愛らしくはにかんでいる感情表現豊かな少女だった。

 それが、クラスメイトや教師に話しかけられた時は冷涼な、どこか無機質ささえも感じさせる淡々とした対応を見せていて、顔色も日本人形のような白さが際立っている。

 勿論、これは別に玲の体調が悪い訳ではなく、彼女が楽郎と接するとき限定で思いの丈が熱暴走を起こしているせいなのだが、そんなことを楽郎は知る由も無い。

 玲が心配になった楽郎は、昼休みが始まると同時に彼女に声をかけた。

 

「玲さん」

「わひゃいっ!?な、なんでしょうか?」

「いや、なんだか顔色が悪そうに……って、あれ?」

 

 楽郎の呼びかけに答えて弁当を取り出す手を止め振り返った玲は、頬を上気させ若干挙動不審気味に目を泳がせた、有り体に言えば楽郎がよく知るいつも通りの彼女の姿をしていた。

 先ほどまで見ていた様子とのあまりの違いに面食らった楽郎は、戸惑いつつも玲の体調を確認する。

 

「ねえ玲さん、実は今どこか具合が悪かったりしない?」

「?大丈夫ですよ、私は至って元気です!」

「そっか、それならいいんだ。お昼の邪魔しちゃってごめんね」

「い、いえいえ!邪魔だなんてとんでもない!……あ、あの…楽郎君は、お昼は…」

「俺も今日は弁当だよ。父さんが大量のマスを釣ってきたからしばらくまた魚三昧」

「……そ、その……もしよければ、ごごご、ご一緒にお弁当、なんて……」

「え、俺はいいけど、玲さん誰か友達と食べるんじゃ……?」

「だっ、大丈夫です!特に約束もありませんので!」

 

 いつもは得間さんって子と一緒に食べていたような、と疑問に思った楽郎が得間の方に視線を向ければ、彼女は何らや苦笑しつつ玲に向かってひらひらと手を振っている。

 事情はよく分からないながらも楽郎としては玲の方に問題が無いのであれば昼食を共にすることに否やはない。

 玲の顔色については気のせいだったと思い、この日は天気が良かったこともあり二人で校庭のベンチでおかずの交換などをして過ごしたのだが……

 

「俺が話しかけたり、目線が合った時だけ顔を真っ赤にしてるのって……やっぱりそういうこと、なのか…?」

 

 その日以降も、やはり他の誰かとの会話をしている玲は至って平静で涼し気な顔をしていた。

 当初は寒がりな厚木さんなどとは逆に、玲が生来の暑がりなのだとばかり思っていた楽郎も、何度も同じような状況を経験すればその認識が誤りであったと気付くのにそう時間はかからない。

 つまり、玲は楽郎とそれ以外の人物で明確に違う何らかの感情を抱いている。

 

「……そもそも、玲さんって何故か俺のことを前から知ってた節があるんだよな」

 

 真奈から斎賀玲=サイガ-0であると聞かされた時、玲がサンラクとしての自分に価値を見出し接近したのだと思っていた。

 だが、長らく苦楽を共にして分かったことだが玲はゲーム廃人であれどそのために人の厚意に付け込むような搦手を使うタイプではない。

 であるなら、何故彼女はリアルとゲームの双方から楽郎(サンラク)に近づいてきたのか。

 

「俺に惚れた玲さんがお近づきになろうとした……いやいや、流石にそれ、は……」

 

 あまりにも自惚れた発想を否定しようとして、脳裏に浮かぶ玲の朱に色付いた笑顔がそれを押しとどめる。

 それはまさに「恋する乙女」と題したイベントスチルのような一枚の映像として、楽郎の脳にしかと刻みこまれていた。

 一度「そう」と意識してしまえば、これまでの全ての思い出が恋愛フラグであったかのように思えてくる。

 

 共に勉強会をしたことも、偶然にも希望する進学先が同じことも、JGEでのデートのようなお出かけも、クリスマスに共にシャンフロをしようと約束したことも、バレンタインに手作りのチョコレートを貰ったことも、玲の誕生日を祝った時に涙を流して喜んでくれたことも、今度のゴールデンウイークの予定を確認されたことも──

 

「……玲さん、俺のこと大好きじゃん」

 

 一体どうして今まで気が付かなかったのか。

 改めて思い返せば言い訳のしようが無いくらいあからさまな好意の数々に今更ながら思い至り、いつもの玲にも負けないくらいに耳まで真っ赤になりながら身悶える。

 これからどんな顔をして玲と向き合えばいいのか、ゴールデンウイークの件はつまりデートのお誘いなのでは、もしも告白するならばどんなシチュエーションにするべきなのか。

 次から次へと湧き上がる難問に、楽郎の脳は完全にオーバーヒートする。

 混乱の極みにいる楽郎は、いつの間にか玲からの好意の存在を、そしてそれを受け入れることを規定事項として考えていることの意味に気付かない。

 

──楽郎が自分の気持ちに気付くのは、もう少しだけ先のお話。

 

 

 

・おまけ

 

「おはよう玲さん、奇遇だね」

「おっ、おはようございます楽郎君!」

「ふあー……」

「寝不足ですか?目の下に隈も……」

「うん、ちょっとね……学校に着いたら授業始まるまで寝ようかな」

「ふふっ、ゲームもいいですけどちゃんと睡眠もとらないとダメですよ」

「いや、今回は色々考えごとをしてて……ああそうだ、今度のゴールデンウイークのことなんだけど」

「!!は、はい!あの、別にご予定を聞いたことに深い意味はなくて、でももしお暇でしたらなんてちょっとだけ考えてみたりいえだからといって」

「模試も近いからあんまり遊んでばかりもなーって思って、ある程度はちゃんと勉強しようと思ってるんだ」

「あ……そ、そうですよね!私達も受験生、ですもんね……」

「うん、それでもし玲さんが良かったらなんだけど、また一緒に勉強会しない?」

「よ、喜んで!!」

「ありがとう。でもせっかくの連休に勉強ばかりってのもそれはそれで味気ないでしょ?」

「?はい、そうです、ね……?」

「だから、あー、その……デートみたいになっちゃうけど、二人でどこかに遊びにも行きたいなー、なんて」

「!!???」

「勿論無理にとは言わない──」

「無理なんかじゃないです私もデー……っ、遊びに行きたいです!」

「よかった、細かい予定はまた後で話そうか」

「は、はい!ふ…不束者ですが、何卒よろしく、お願いします……!」

 

 その日の放課後、玲から一連の出来事を聞いた真奈は秘蔵のドンペリを開けることを決めた。

 




彼だけが己の恋心を知らない。
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