徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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七月七日はシャンフロの日!
シャンフロwebアンソロジーに寄稿させていただいた楽玲短編です。
シャンフロはいいぞ!


日進月歩のかたつむり

「……あのね、玲ちゃん。それは進展とは言わないの」

 

 一体、何度この言葉を口にしたことだろう。

持ち前の嗅覚を以て中学生の少女の淡い恋心を看破して早数か月、これまでの数々の肩透かしの経験を思い出し、ロックロール店主・岩巻真奈は嘆息する。

 

「そ、そんな!真奈さぁん……」

 

 真奈の無情な反応に、自分なりの精一杯の成果報告をにべもなく切り捨てられた少女──斎賀玲は、目尻にうっすらと涙を浮かべ、しおしおと情けない声を上げた。

 今日の行動は彼女の自認では本当に一大決心をしての出来事で、たった一歩を踏み出すだけでも多大な勇気を要したのである。

 美少女である玲が瞳を潤ませ肩を落とす様子は多いに庇護欲をそそるものの、彼女への対応に慣れた真奈はそう簡単には絆されない。

 呆れを隠さず嘆息する真奈に対し、玲は尚も必死に言い募る。

 

「で、でも今日は陽務君と同じ時間帯にコンビニにいたんですよ……?!」

 

 ……玲と知り合ったばかりの頃の真奈であれば、「放課後デートね?よくやったわ玲ちゃん!」などと囃し立てたりもしたのだろうが、今となってはそんな誤解・・を生じさせることもなく、正確に彼女の言葉を理解した。

 

「ふぅん……じゃあ聞くけれど、コンビニで一体何をしていたのかしら?」

「えっと、まずはいつもと同じくエナジードリンクのコーナーに向かって、何本かカゴに入れてからパンの陳列棚に──」

「はいストップ」

 

 つらつらと今日見てきた楽郎の行動を解説し始めた玲を、真奈は軽く片手を上げて制した。

 当然のように普段の楽郎の買い物ルーティンを把握していることはさておき、今聞きたいのはそこではない。

 

「言い方を変えるわ……玲ちゃん、陽務君がコンビニで買い物してる時、貴方は何をしていたの?」

「……………ひ、陽務君を」

「陽務君を?」

「……見守ってました」

「はぁ、そんなことだろうと思ったわ」

 

 「一緒にコンビニに行った」でも「コンビニでお話した」でもなく同じ時間帯にコンビニに居た(・・・・・・・・・・・・・)

 迂遠な言い回しが示す事実をピシャリと言い当てられ、今度こそ玲は反論の術を失う。

 

「うううう……で、でも!いつもはお店の外から見てるだけだったのに、今日はあと三メートルまで近づいて……」

「中にいようと外にいようと、向こうから認識されなきゃ同じことなの!」

 

 知り合った当初はまさか玲がここまで奥手(ヘタレ)だとは、流石の真奈も想定していなかった。

 乙女ゲーで培ってきた観察眼によれば、目下攻略対象である楽郎の方は難度低めの押せばいけるタイプだと推察されるのだが、それも自らフラグを立ててこそ。

 一体どのように彼女に一歩を踏み出させるか、今日も頭を悩ませる真奈であった。

「真奈さん!わた、私……やりましたぁ!」

 

 窓の外では桜が満開を迎え、麗らかな春の訪れを告げている、そんな四月のある日のこと。

 学生の春休みも終わり、若干客足の少なくなった店内で在庫の整理をしていた真奈の元へ、真檜高校の制服に身を包んだ玲が息を切らせて駆け込んできた。

 真奈の記憶によれば真檜高校は確か今日から新学期、玲や楽郎の最後の高校生活の始まりの日だった筈だ。いつも玲が来る時間よりも随分早いのも通常の授業がまだ始まっていないからだろう。

 そんな風に現状を分析している真奈に、未だ興奮冷めやらぬ様子の玲が今日の成果を報告する。

 

「その!今日から私は三年生になったんですけど……」

「もうそんな時期なのねぇ、玲ちゃん進級おめでとう」

「ありがとうございます。それで、今日の朝に新しいクラスの発表もあって……」

「なるほど、その様子だと随分いいクラスだったみたいね?」

 

 玲が語り始めた内容はおおよそ真奈の想像通りだった。

 今にもふわふわと天に昇ってしまいそうなほどに浮かれ切った玲に苦笑しつつ、真奈は確かめるように相槌を打つ。

 すると、玲はその質問を待ってましたと言わんばかりに瞳をキラキラと輝かせ、頬を喜びで赤らめながら口を開いた。

 

「はい!今年は、楽郎君と同じクラスになれたんです……!」

「良かったわね、玲ちゃん」

 

 三年時のクラスはたいていの場合各々の進路に合わせて組み分けされるため、共に来鷹の経済学部志望の二人は元々同じクラスになれる可能性は高かったのだがそれでも真檜の在校生の数から考えると確率は二分一程度。乱数の壁を突破した喜びと安堵はひとしおだろう。

 

 たかがクラス替え、とは真奈は思わない。

 

 気が付くと歳だけを重ねていく大人と違って思春期の少年少女たちにとっての一年間は短いようで長いということを、彼女はよく知っているからだ。

 高校生という輝かしい青春のうちの一年をその大半を同じ教室で過ごすことが出来るのだから玲の喜びようも無理はない。

 

 加えて、以前真奈が玲や楽郎から聞いた話によると、真檜高校は珍しいことに修学旅行が三年時に行われるという。

 修学旅行といえば学校祭や体育祭に勝るとも劣らない学校生活の一大イベント、これを機に男女の仲が深まった、なんて展開は何も乙女ゲー(空想)の世界に限った話ではない。

 未だ色恋沙汰に進展する様子の見えない玲と楽郎の仲であるが、幸いにしてシャンフロをきっかけに、友人としてはそれなり以上に親しくなっているのは端から見ていても明らかだ。

 

 玲も楽郎も来年からは大学生。この一年でいい加減この長年の片想いに少しは進展を見せて欲しいと、真奈は願ってやまなかった。

 

 

「ねえ玲ちゃん、それは進展とは言わないの」

 

 もはや数えきれないほどに繰り返した台詞を、今日も今日とて真奈は玲へと言い聞かせる。

 だがしかし、そんな真奈の表情は相変わらず呆れ交じりではあるものの、どこか微笑ましい物をみるような暖かな笑みを湛えていた。

 

「そんな!?昨日は本当にいい雰囲気だったんですよ!」

 

 一方、それに反論する玲もいつかのように涙目になることはなく、抗議の声にも若干の余裕が感じられる。今の彼女には一方通行の独り相撲では無いのだという確たる自負を持っていた。

 

「まあ、いい雰囲気だったのは事実でしょうね」

「はい!そうなんです!」

「で、そんないい雰囲気で玲ちゃんは何をしてたのかしら?」

 

 とはいえ、真奈からすればそんな玲への対応も慣れたもの。一部は彼女の言い分を認めつつ、確認の意も込めて先ほど聞いた内容を復唱させる。

 

「ら、楽郎君と……」

「陽務君と?」

「手を、繋ごうとして……」

「うんうん、それで?」

「手の甲が、ぶつかったんです!」

「…………そっかぁ」

 

 高校生の男女としてはあまりにも初々し過ぎるエピソードに、真奈は遠い目をして呟いた。

 放課後、学校の図書室で一緒に受験勉強をして夕暮れの道を二人きりで帰ってきたときいた時には多少の期待を抱いたものの、告げられたのはコレである。

 いや、確かに楽郎に話しかける事すらも出来ずにいた頃から比べれば進展していると言えるのだが、それでも牛歩もびっくりなその進展の速度には苦言の一つも呈したい。

 

「あのね玲ちゃん、あなたが楽郎君と付き合い始めて(・・・・・・・・・・・)から一体どれだけ経ったかしら?」

「……来週で、二か月です」

 

 真奈が言いたいことを察し、玲が若干目を泳がせながら答える。

 長年の想いが実り、晴れて楽郎と恋人になってから早二月。登下校や昼食を共にしたり、勉強や、時にはデートに出かけたりと、玲にとってはまさに天国のような日々を送ってきた。

 しかし……

 

「二か月も経って手の一つも握って無いって、奥手にもほどがあるでしょう……!」

「ううぅぅ……!そ、それは……」

 

 恋人同士の進展に個人差があるとはいえ、流石にここまでゆっくりなのは今日日珍しい。

 キスやその先に進めなどとは言わないけれど、もうちょっとくらい大胆な行動に出てもいいだろう。

 聞けば楽郎側からは意外とアプローチをかけてくれているらしいのだが、肝心の玲が緊張に耐え切れずフリーズしたり熱を出したりしてしまい、未だ友人同士の延長線上にあるような関係が続いていた。

 

「やれやれ、こんな様子じゃ玲ちゃんの結婚式にお呼ばれするころには私はおばあちゃんになっちゃいそうね」

「けっ、けっこ……⁉」

 

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