徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽郎君の誕生日を祝いたいヒロインちゃんのお話。


斎賀玲は祝いたい

 最初は、ただ見ているだけだった。

 

「陽務、お前にはこのプリンをやろう」

「……数学の宿題は見せねーよ?」

「そんなこと言わずに頼む!出席番号的に今日あたりピンチ……って、別にこれ賄賂じゃねえよ!」

「じゃあなんだよ」

「いや、お前今日誕生日だろ」

「あっ」

「まさか自分の誕生日を忘れてたのか…?」

「え、陽務くん誕生日なの?じゃあ私もプリンあげるー」

「気持ちは嬉しいけど流石に二個も食えば十分なんで…」

「謙虚なやつだな。よーし、それじゃ俺はこのトマトをやろう」

「お前それ自分の嫌いな物押し付けてるだけだろ」

 

 クラスメイト達に囲まれて、給食のプリンやおかずをプレゼントされている陽務くんを眺める。

 プレゼントとまではいかずとも、せめて祝いの言葉の一つでも伝えられれば。

そう願えども、臆病な私には「おめでとう」のたった一言でさえ余りにも高いハードルで。

 結局その日も私は友人たちに祝われる陽務君を視界に収めるだけで、彼に声一つかけることは出来なかった。

 

 

 

 

 なかなか勇気は出せなくて。

 

「ひっ、陽務君!奇遇ですね!」

「ああ、斎賀さんも今帰り?今日は徒歩なんだ」

「ふぁっ、はい。ちょっとだけ散歩してから帰ろうかと」

 

 学校帰りに偶然を装って声をかける。

 最近になってようやく世間話くらいならば多少は落ち着いて出来るようになってきたけれど、未だ彼に話しかけるときは心臓が爆発しそうになってしまう。

 

「あ、あの!今日なんですが……」

「?今日がどうかした…」

「陽務君は、あの…その……おめ……えっと………シャンフロにログインする予定はありますか?」

「うーん、今日はシャンフロ…というかゲームそのものをしないかなぁ。ちょっと軍資金が手に入ったのでマシンのメモリを増設しようかと」

「あっ、そうでしたか……」

「ついでに一回しっかりメンテもしておきたいしね、ひょっとして何かシャンフロでイベントでもあった?」

「いっ、いえ!ただちょっと良かったら一緒に遊ばないかと!ほんとそれだけなので!」

 

 今年ことはと意気込んだものの、肝心なところでゲームの話に逃げてしまう。

 あわよくばゲーム内でなら……なんて日和った目論見も、いつも以上に楽しそうな彼の笑顔に打ち砕かれた

 そもそも、私が陽務君の誕生日を知っているのは彼から直接聞いた訳ではなく、岩巻さんからの情報だ。

 誕生日を伝えたはずのない相手から突然お祝いなんてされても迷惑では……それどころか、こそこそと人の個人情報を探る気持ち悪い奴だと思われてしまったら。そんな最悪な想像までもが脳裏を過る。

 結局私は鞄に潜ませたプレゼントを取り出すこともなく、最後まで他愛のない会話を交わすことしかできなかった。

 

 

 初めて彼を祝ったその日を、私は今も覚えている。

 

「楽郎君っ!あの、少しだけお時間よろしいでしょうか!」

「玲さん?なんだろう、俺は大丈夫だよ」

 

 昼休みの廊下で、友人らしき男子生徒達と学食に向かっていた楽郎君を呼び止める。

 思い返すと私が彼を呼んだ瞬間に辺りのざわめきが消え去っていたような気もするけれど、その時の私に周囲の状況まで気にかける余裕は無かった。

 

 緊張で今にも暗転してしまいそうになる意識を気合で繋ぎ止めながら、私は一歩前に踏み出すと、後ろ手に持っていた包みを彼に勢いよく差し出した。

 

「こここっ、これ!よかったら!」

「えーっと、俺に?」

「ひゃいっ!?そ、そうでう!その、おたんじょうび!ですので!!」

「そっか、わざわざありがとう。開けてもいい?」

「どっ、どうじょ!!」

「これは、マフラー……えっ、ひょっとして手編み?」

「はい、拙いものではございますが……」

「いやいや、既製品と見紛うレベルだって……ありがとう、大事に使わせてもらうよ」

「!!ふぁいっ、その、おそまつさまです!!ではまたあとで!!!」

 

 ちゃんと言葉でお祝いを伝えられたことが誇らしくて、プレゼントを受け取ってもらえたことが嬉しくて。

 溢れる歓喜の感情のままに叫ぶように彼に挨拶し、私はその場をあとにした。

 

 

「ヘイ陽務、俺らもお前の誕生日を祝ってやるよ」

「おっ、いいのか?」

「水臭いこと言うなよ、俺らの中じゃないか」

「そうそう、プレゼントのかつ丼をたっぷり堪能してくれ」

「取り調べが終わるまで帰れると思うなよ…?」

「フレに呼ばれたんで抜けますね^^」

「逃がすな!!!」

 

 

 

「お疲れ様です楽郎君、少し休憩しませんか?」

「ありがとう玲さん。そうだね、今夜はこのくらいにしておくよ」

 

 濃いめに淹れた玉露を手渡しながら、リビングのテーブルで大学のレポートを書いていた楽郎君に声をかける。

 楽郎君はにらめっこをしていた画面から目を離すと、ファイルを保存して端末の電源を落とした。

 ちなみに今彼がやっている課題を出した教授は出席のチェックが緩い代わりに課題の多さと厳しさで有名だ。

 講義内容そのものは分かりやすい上に興味深いものなのが幸いだけれど、私も去年この講義を受けた時は随分と苦労して……あっ。

 

「そういえば、私が去年書いたレポートとその資料がまだ残っていたような」

「玲さん、やっぱり君は俺の女神様だ」

「み゛っ……んんっ…そんな大袈裟な」

「いやいや、これは本当に助かるよ。お礼に何かできることがあればなんでも言って」

「なんでも…!?ま、まあとりあえずあとでデータ送っておきますね」

「ありがとう、さてそれじゃせっかくのお茶が冷めないうちに頂こうか」

「そうですね。あ、お茶請けもどうぞ」

「ありがとう…あれ?ケーキなんて珍しいね?」

「ふふっ、それはですね…」

 

 お皿に乘った苺のショートケーキを見た楽郎君がちょっとだけ目を丸くしている。

 確かに普段私が日本茶を好むこともあって、この家に用意しているお菓子は和菓子が多い。

 だけど別に洋菓子を嫌っているわけでは無いし、こんな日に食べるならやっぱりベタだけどクリームたっぷりのケーキがいい。

 意味深に微笑む私に疑問符を浮かべる楽郎君を他所に、部屋の片隅のデジタル時計の表示を確認する。

 あと3…2…1……

 

「お誕生日おめでとうございます、楽郎君」

「!そういうことか…ありがとう、玲さん」

 

 日付が11月21日に変わった瞬間に、もうすっかり日常の一部となった……だけど少しだけ特別なその一日をそっと言祝ぐ。

 来年もその先も、大好きな彼が生まれたこの時をずっと一緒に過ごせたら。

 そんな温かな幸せを願いながら、甘いケーキを二人で食べた。

 

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