徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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バレンタインチョコを作る永遠のお話。


バレンタイン・イヴ

 ──天音永遠は受け取らない。

 

 天音永遠は手作りのプレゼントを受け取らない。

 そこに何が混入されているか、分かったものでは無いからだ。

 学生時代の数々の恐怖の贈り物を思い出す度に、彼女はぶるりと身震いする。

 諸々の事情を知る親しい友人達は彼女への贈り物には既製品を選択し、見知らぬファン達からのプレゼントの数々は事務所が厳重にチェックの態勢を敷いている。

 おかげで社会人になってからは、幾分心穏やかにプレゼントの包みを開けられるようになったとは本人の談だ。

 

 ──天音永遠は作らない。

 

 天音永遠は自炊をしない。

 外食ならマトモなものが出ると理解しているからだ。

 致命的なメシマズという訳ではないのだが、トップモデルとしての交遊を経てそれなり以上に敏感な舌を育ててしまった永遠は、自らを満足させるだけの腕前は持ち合わせていないことを自覚していた。

 幸いにしてエンゲル係数を気にする必要の無い程度には懐の暖かい彼女は、日々の食事の大半を外食や宅配で賄っていた。

 例外は、永遠がチートデイと称してモツを買い込んだ日か、SNSでの誤爆以来毎年恒例の行事となった百を巻き込んでの餅つきか……或いは、()の手料理くらいのものだ。

 

「ええっと次は、常温に戻した卵を……って、冷蔵庫に入れっぱなしなんだけど!?」

 

 そんな永遠であるからして、今のように詳細なレシピとにらめっこしながらのお菓子作りなど、実に数年振りの事であった。

 

「まったくもう、こういうのは最初の方に書いておいて欲しいよねぇ」

 

 ぶつくさと文句を言いつつも、冷蔵庫から卵を取り出し準備を進めていく。

 調理台には他にも刻まれたチョコやココアパウダーなどが並んでいて、彼女が何を作ろうとしているのかは一目瞭然だ。

 ちらりと壁のカレンダーに目を向ければ、二月十四日──すなわちバレンタインデーは、既に明日に迫っていた。

 

「……私の手作りチョコなんて、ファンなら血涙を流して崇めるんだからね?」

 

 段取りのミスで空いてしまった隙間時間に、水出しのルイボスティーで喉を潤しながら永遠がぽつりとひとりごちる。

 「我ながらこんなのは柄じゃない」と自覚しつつも、恋する乙女そのものな今のシチュエーションに、永遠は年甲斐も無くときめいてしまう。

 

「さて、そろそろ続きといきますか」

 

 小休止を終えた永遠は、チョコを湯煎にかけながら先よりも少し慣れた手付きで卵とクリームを泡立てる。

 もしも美味しくなかったら、彼の口に合わなかったら……などという懸念はない。

 愛すべき信奉者(ファン)にして未来の義妹(いもうと)の協力により、彼の好みは本人以上に筒抜けだ。

 果たして彼は、いつになく詳細なあの子(瑠美)の試作のその意図に気が付いているのだろうか?

 

「どうせ気付いてないんだろうなぁ」

 

 ゲームのこと以外では何かと抜けている彼のことだ。

 特に疑問に思うこともなく、瑠美ちゃんに言われるがまま素直な感想を述べているのだろう。

 妹の命令に逆らえない哀れなお兄ちゃんの姿を想像し、くすりと小さな笑みが漏れる。

 チョコレートはもう食傷気味かもしれないが、これも男の子の努めと思って甘んじて受け取って貰いたい。

 

 「──さぁて、ラク君はどんな顔をしてこれを食べてくれるかな?」

 

 

 それから一ヶ月ほど経った、ある日の陽務家のリビングにて。

 

「なぁ瑠美、ちょっと相談があるんだが……」

「どうしたのお兄ちゃん、またデート用のコーデの依頼?、」

「それも頼みたいんだが、今回は別件で……その、最近人気の小物とか香水とか、その辺の情報を教えて欲しいというか」

「……お兄ちゃん」

「はい」

「永遠様からこんな時の為の伝言を託かっています」

「えっ」

「『瑠美ちゃんに頼らず自分で考えないとダメだゾ♡』だってさ」

「あいつ自分は瑠美から情報収集しておいて……!」

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