徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽紅短編七本立て

・告白RTA
雪降る夜の紅音の告白。

・Be My Valentino!
高校生の二人のバレンタイン。

・一番のプレゼント
隠岐紅音の誕生日。

・ある日の昼食
紅音と瑠美の昼食風景。

・ある日のお泊まり会
陽務家に泊まりで遊びに来た紅音のお話。

・ある日の試合後
大学生になった紅音の大会後のお話。

・ある日のシャンフロ
サンラクと秋津茜のとある会話。


楽紅
紅音√詰め合わせ


◆告白RTA

 

「どうしましょう! サンラクさん! どうやら、私はサンラクさんの事が好きみたいです!!」

 

 あまりにも現実味の無い展開と台詞に、俺は今夢を見ているかVRの世界に居るのではないかと錯覚する。

 しかしながら体に伝わる彼女の温もりと重みが、これは紛れもない現実であるのだということを俺に容赦なく突き付ける。

 待て、落ち着いて状況を整理しよう。

 俺は今日、ゲーム友達と公園で会う約束をしていた。うん、それはいい。

 その友達の名前はドラゴンフライ、或いは秋津茜。便秘の貴重な新米プレイヤーにして、シャンフロで偶然再会を果たしたクランメンバーだ。

 彼女とゲーム内で知り合ってからおよそ一年。時には新たなバグを検証し、時には共にユニークモンスターに立ち向かった。

 茜は後輩気質とでも言うのか、それぞれのゲームの先達であった俺のことを先輩なんて読んで慕ってくれていたし、俺は俺でそんな彼女のことを憎からず思っていた。

 互いにそんな良好な関係を築いていけばゲーム内の友人とはいえ時折リアルの話題が出るのも必然で。

 

 ――後に思い返せば、そこが契機だったのだろう。

 

 リアルでは中学の陸上部に所属しているという彼女のことを応援したり、時には人と競うことが怖いという相談に乗ったりもした。

 そして、話をするうちに意外とお互いの居住地が近いということに気がついて。

 更には――

 

「私、サンラクさんが瑠美ちゃんのお兄さんだって分かったとき、本当に本当に嬉しかったんです。あのサンラクさんがこんなに近くに居たって分かって、まるで運命みたいだなって柄にもなく浮かれたりして」

 

 現実逃避気味に過去を旅していた俺の思考を耳朶を打つ彼女の声が引き戻す。

 初対面の女子にしては近すぎるその距離に身動ぎするものの、思いの外力強いその抱擁には意味が無い。

 自然と上昇する体温を降りしきる雪が冷ましていくのが心地好い。

 

(……ん?)

 

 雪で物理的に頭が冷えたことにより、俺は茜の体が小刻みに震えていることに気がついた。

 考えてみれば無理も無い。この地方にしては珍しく雪降る夜にも関わらず、彼女は随分と薄着に見える。瑠美に強制的に詰め込まれたファッションの知識を借りるなら、お洒落と引き換えに防寒性能を犠牲にした服と言うべきか。

 なんにせよ寒さに震える茜の姿に見かねた俺は無意識のうちに彼女を少しでも暖めるように、そっと抱き締め返していた。

 

「優しいんですねサンラクさん、流石瑠美ちゃんのお兄さんです」

 

 ……それは瑠美が優しいということだろうか。

 なんて場違いなツッコミを脳裏に浮かべつつ、俺は自分の行動に焦りを覚える。

 いかん、告白された相手にこんなことをしては要らぬ期待を抱かせてしまいかねない。好感度が適正値を示していない時に告白イベントを進ませるとピザ留学が……

 混乱の極致に至っている俺に対し、対面早々ハグ&告白を決めるという行動力の塊のような茜は意外にも冷静な言葉を紡ぐ。

 

「突然こんなことを言ってしまってごめんなさい、サンラクさんが私を只の友達としか思ってないのは分かっています」

「あ、ああ……その、気持ちは嬉しいけど俺たちはまだリアルじゃ初対面だし、茜のそれも何かの勘違いかも…」

「でも!!!」

 

 穏便に話が終わりそうなことに安堵したのも束の間。名残惜しそうに抱擁を解いた茜は、強い意思を籠めた瞳で俺を真っ直ぐ見つめて告げる。

 

「私、絶対諦めませんから!きっとサンラクさんを…楽郎さんを、私に振り向かせてみせますから!」

 

 

◆Be My Valentino!

 

 高校三年生の二月ともなれば、授業などあって無いようなものだ。

 既に受験を終えた者は残りわずかな高校生活を謳歌せんとし、未だ二次試験の残る面々は最後の追い込みをかけている。

 

 我が校ではこの時期は特定の日程以外は自由登校となっている為、共通テスト以降の三年生のフロアは些か閑散としてしまっているのが常だった。

 なのでこの日、二次試験の自己採点がてら学校に顔を出した俺も、友人達に会える期待は然程抱いて居なかったのだが……

 

「お前ら暇なの?」

「受験生に向かってなんて事を言うんだ陽務よ、お前にはこいつが延々と英単語を諳じる姿が見えないのか」

「こいつなら国語の記述だけで受かるんじゃないか?」

 

 そう言って目の前の友人が指し示す先にはひたすら単語帳とにらめっこしている雑ピの姿が。

 共テで理数系が壊滅的だったのを挽回するために二次試験対策に必死らしいが、こいつの文才であれば最悪全ての大学に落ちても新進気鋭の詩人として食っていくことは出来るだろう。

 

「で、受験勉強に余念が無い雑ピはともかく、お前はなんで居るんだよ。確か推薦で合格決まってたろ」

 

 早々に進路を確定させて受験勉強に勤しむ俺達を高みの見物していたことは忘れない。

 教室の中を見回せば、目の前のこいつに限らず既に登校する必要の無い者たちの姿が妙に多い。

 その事に首を傾げていると、いつの間にか単語帳から顔を上げていた雑ピが寝不足で据わった目をして俺を見ていた。

 

「陽務、今日は何月何日だ?」

「ん?そりゃ2月14日……あぁ、そういうことか」

 

 なるほど、学校にあわよくばチョコレートを貰えるんじゃないかという下心故のこの登校率か。

 

「クソっ!俺は気にしてません~的な態度がムカつくぜ」

「余裕見せつけやがってよ……!」 

「そんな血涙を流さんばかりの顔で睨まれても…」

 

 独り身達の怨嗟の声をBGMに焼きそばパンに齧りつく。

 ……こんなくだらない日常のやり取りも、あと一月足らずで終わってしまうと思うと寂しいものだ。

 間近に迫った卒業までの日々を内心で密かに惜しんでいると、そんな馬鹿騒ぎをしている俺達の元に呆れた顔の女子たちがやってきた。

 

「あんたら、毎年毎年飽きもせずよく騒ぐわね~」

「うるせえ、俺達にとっては輝かしい青春の最後の一ページが薔薇色になるかどうかの瀬戸際なんだよ」

「しょうもなー」

「仕方ない、優しい優しい私たちが憐れなモノクロの青春を送る男共に施しを与えてやろう」

 

 そう言うとクラスの女子たちは、チロルチョコの詰め合わせや徳用サイズの一口チョコを差し出した。

 

「おお…!神よ……!」

「感謝っ…!圧倒的感謝っ……!」

「現金なやつらねぇ」

「ありがとう、おかげで俺の青春はグレースケールくらいに彩られたよ」

「それ結局白黒じゃない?」

 

 やいのやいのと騒ぎ合うクラスメイトたちを横目に昼食のパンを食べ終えた俺はテーブルの上に置かれたチョコの箱に手を伸ばす。

 なんだかんだでこれも毎年の恒例行事だったな~と過去二年のバレンタインを振り返りながらチロルチョコを取ろうとして…

 

「おっと、今年は陽務の分は無しよ」

 

 サッとチョコレートを遠ざけられた。

 驚いて顔を上げると、他の女子たちも同様に俺にチョコを渡すまいとチョコの置いてある机をガードしている。

 別にバレンタインチョコに執着がある訳ではないが、仲間外れにされたようでちょっと悲しい。

 

「えっ、俺何かお前らを怒らせるようなことしたっけ?」

「いや別に意地悪で渡さない訳じゃなくて」

「おい、陽務お前マジか」

「もげろ」

「爆発してしまえ」

 

 しかしどうやら知らぬ内に女子の不興を買っていたということでも無いようで、一向に状況がつかめず首をかしげる俺を、クラスメイト達は何処か生温かな目で見つめていた。

 

「なあ陽務よ」

「なんだ雑ピ」

 

 いつの間にか単語帳を閉じてチョコを囲む輪に加わっていた雑ピが、やけに真剣な顔をして俺に語りかける。

 

「お前が貰うべきチョコは、こんなものじゃないだろう?」

「いや、さっきからお前らは何を言って……あっ」

 

 言いながら雑ピが教室後ろのドアを指し示す。

 釣られるようにそちらに視線を向けると、そこに居た人物を見て俺はようやくこいつらの言いたいことを理解した。

 俺と目が合い、嬉しそうにはにかむ彼女――隠岐紅音にそっと手招きすれば、紅音はぱあっと顔を輝かせて教室の中に入ってくる。

 完全に観覧モードに入った学友共の視線を気恥ずかしさを感じつつ、席を立ってそんな紅音を出迎えて――

 

「楽郎先輩!チョコレートをお届けに参りました!」

 

 

◆一番のプレゼント

 

 隠岐紅音は人気者である。

 誰に対しても分け隔てなく明るく接する優しさに、見ているだけで元気を貰えるような輝く笑顔。どんな困難にも恐れず立ち向かうチャレンジ精神に折れない心も持っている。

 勉学面ではやや不安があるものの、それを補うだけの努力をする姿を一目見ればそれさえもチャームポイントの一つになってしまう……というのは流石に惚れた弱みだろうか。

 高校受験から直近の学年末テストに至るまで彼女に勉強を教えていた身としては、決して誇張などでは無いのだが。

 テストの点数が上がる度に声を弾ませて報告してくる紅音の頭を撫でて労をねぎらうのは毎回密かな楽しみとなっていた。

 

 閑話休題。

 そんな可愛い紅音であるから、先に述べたように老若男女問わず彼女を慕う人間は多い。

 学校で姿を見かける時は大勢の友達に囲まれていることが常であったし、学校近辺でデートした際に知り合いに声をかけられることもしばしばだ。

 さて、ではそんな人気者な紅音がめでたく誕生日を迎えた時、一体何が起こるでしょう?

 その答えは目の前に。

 

「紅音!誕生日おめでとー!」

「隠岐先輩、おめでとうございます!いつも応援してます!」

「紅音ちゃん、おめでとう!」

「お、隠岐さん!お誕生日おめでとうございます!あの、良かったら映画のチケットプレゼントするので僕と一緒に……」

「はいはい、抜け駆けは禁止ねー」

「というか隠岐先輩確か彼氏いるんじゃ…?」

「なんだこの人だかりは…あ、隠岐の誕生日なのか。あとでジュースを奢ってやろう」

「あ、せんせーズルい!私も先月誕生日だったのに!」

 

 有り体に言って|混沌≪カオス≫である。

 陸上部の練習を終えた紅音の元に部活仲間の同級生やチームメイト、出待ちしていた様子の陸上部以外のユニフォームに身を包んだ生徒達。果ては顧問の教師までもが集まってきたものだから校庭の一角が何かのイベント会場のようになっている。紅音をデートに誘おうとした奴は顔覚えたからな。止めた友達よGJだ。

 

「……どうしよう、落ち着くまで少し待つか」

 

 首から下げた入稿許可証(OB用)を手持ち無沙汰に弄びながらひとりごちる。

 俺も紅音の誕生日を祝いに来た一人なのだが、押しくら饅頭寸前までに人口密度の高まった空間に入っていく勇気はちょっと起きない。

 これで紅音が困っているようであれば、ラブクロック仕込みの早業で差し込んでいく所なのだが当の本人は実に嬉しそうに笑っている。俺の出る幕ではないだろう。

騒ぎを聞きつけた人間が一緒になって祝いの言葉を告げにきたり、プレゼント代わりのジュースを求めて自販機にちょっとした列が出来たりと、怒涛のお祝いラッシュはまだまだ収まる気配を見せない。

 久しぶりの我が母校を散策でもしながら時間を潰してこよう。

そんな風に考えて、踵を返して後者に向かおうとした、その瞬間。

 

「楽郎先輩!来てくれたんですね!」

 

 元気いっぱいに名前を呼ばれ、驚きと共に振り返れば、喜色満面の笑顔の紅音がぶんぶんと手を振っている。

 彼女は俺の顔を見るやいなや、スタンディングスタートで勢いよくこちらに向かって駆け出した。

 紅音の腰にぶんぶんと揺れる大型犬の尻尾を幻視しながら両手を開いて待ち構えると、数瞬の後に柔らかな衝撃と共にぎゅうっと彼女に抱き着かれる。

 大量のギャラリー達からの熱い視線を一身に受けて内心ちょっとビビりつつ、俺は腕の中の紅音に、今日の一番の目的を伝える。

 

「紅音、お誕生日おめでとう!」

 

 

◆ある日の昼食

 

「ねー紅音、これ食べるの手伝ってくれない?」

 

 クリームパン、あんパン、メロンパン、焼きそばパン、etc.……

 昼休みの教室にて、机と机をくっつけて確保した広めのスペースに様々なパンを並べていく。

 いつものように自分のお弁当を広げようとしていた紅音は、その光景を見てキラキラと瞳を輝かせた。

 

「わぁ、パンがいっぱい!ありがとう瑠美ちゃん!でも、こんなにどうしたの?」

「バイト先の店長が試作で作りすぎちゃったから持ってけって……こんなには要らないって言ったんだけどね」

 

 女子高生一人分の昼食には明らかに過剰なパンの山を前に、改めて呆れ交じりの声が漏れる。

 ここのパンはとても美味しくて昼食代が浮くのも助かるけれど、モデルの端くれとして日々の節制に気を使っている身では素直に全てを平らげる訳にもいかない。

 

「と、いう訳だから遠慮せずどんどん食べちゃって」

「そうなんだ!それじゃお腹も減ってたのでありがたく……いただきます!」

 

 行儀よく両手を合わせていただきますを言うやいなや、紅音は口を大きく開けて焼きそばパンを食べ始めた。

 年頃の乙女が大口を開けてパンを頬張る姿は些かはしたない気がしないでもないが、満面の笑みを浮かべて実に美味しそうに食べている紅音をみていると、途端にそれもチャームポイントのように思えてくるからこの子はズルい。

 

「わ、おっきい口。にしても紅音って結構たくさん食べるわよね」

「成長期だから!」

「それにしたってそれだけ食べてそのスタイルは羨ましい限りだわ」

「運動してるから!それに、瑠美ちゃんもすっごく綺麗だよ?」

「……ありがと。あ、このフランスパン店長がイチオシだって言ってたわ。ほら、あーん」

 

 ……本当にこの子はズルい。

 日頃から裏表の無い紅音の言葉は、それ故に心の底から彼女がそう思っているのだと伝わってくる。

 照れ隠しに手近なところにあったフランスパンを丸ごと差し出せば、紅音はギラリと犬歯をむき出しにして躊躇無くそれにかぶりついた。

 

「あーん……もぐもぐもぐもぐ」

「いや、冗談のつもりだったんだけど……」

 

 呆気にとられた私の様子に、リスのように頬を膨らませた紅音がこてんと首を傾げる。可愛い。

 と、その時。

 

「なんだ紅音、リスみたいで可愛いな」

「!もぐもぐもぐもぐもぐ……ごくん。楽郎先輩!!」

 

 いつの間に教室に入っていたのか、私の兄であり現在は二個上の高校の先輩でもある陽務楽郎が、紅音に背後から話しかけてきた。

 紅音を見ての感想が完全に私と一致してる辺り、やっぱり兄妹って似るものなのかしら。

 

「楽郎先輩、一年生の教室に何か御用ですか?」

「おう、パンを食べるのを手伝えって瑠美に呼び出されてな」

「流石の紅音でもこの量を食べるのは無理でしょ?だから助っ人にと思って」

「わあ!じゃあ先輩もお昼一緒に食べましょう!」

「いや、三年生の俺がここにいたら他の生徒が落ち着かな……」

「………駄目、ですか?」

「よし!今から教室に戻ってたら遅くなるし一緒に食べるか!」

「わあ!ありがとうございます!」

 

 最初は気まずそうにしていたお兄ちゃんは、紅音に捨てられた子犬のような目で見つめられて2秒で陥落した。我が兄ながらチョロすぎやしないだろうか。

 

「……なんだよその目は」

「べっつにー?相変わらず二人はラブラブだなって思っただけだよー」

「ぐっ、あんまり揶揄うなよ……で、俺の昼飯はどれだ」

「はい、どーぞ」

「いやフランスパンをそのまま渡されても……もごもご」

 

 無自覚に惚気る兄の口を手に持ったままだったフランスパンで塞ぐ。何やらもの言いたげなお兄ちゃんだけど、やがて観念したように口に当てられたフランスパンに嚙みついて………あっ。

 

「……ごくん。今度はどうした?」

「瑠美ちゃん、私と楽郎先輩の顔に何か付いてる?」

「ついてるというか私がくっつけちゃったと言うか……これ、間接キスよね」

「「!!??」」

 

◆ある日のお泊り会

 

「……紅音?寝るならこんなところじゃなくて私の部屋に行くわよ」

 

 紅音の部活の休みと瑠美のバイトの休みが重なった、ある週末の夜のこと。

 泊りがけでとことん遊び倒すのだと意気込んでいた紅音だが、今はリビングのソファですっかり船を漕いでいた。

 

「むにゃ……あと五分……」

「ダメね、全く起きる気配が無いわ」

「もう夜中の一時だしなぁ、はしゃぎすぎて疲れたんだろ」

 

 肩を揺すって声をかけても一向に目を覚ます気配の無い紅音に、瑠美はやれやれち肩を竦める。

 俺の言葉を聞いた瑠美は壁掛け時計をちらりと一瞥すると、大きなあくびを一つしてから得心がいったように頷いた。

 

「ふわぁ……それもそうね。それじゃ私は一旦シャワー浴びてくるから、お兄ちゃんは紅音のことよろしくね」

「おう」

 

風呂場へと消えた瑠美を見送り、改めてすっかり夢の世界へと旅立った紅音に向き直る。とはいえ一体どうしたものか。ひとまずタオルケットでも持って来て……

 

「うぅ……もう食べられない……あれ?はんばーぐとおむらいすはどこに…?」

 

 そんな風に考えていると、ソファの上の紅音が身じろぎしながら起き上がった。

 しかしまた随分とベタな夢を……

 

「お、起きたか紅音。どうする?もう瑠美の部屋に行って寝るか?」

「……む、ううん……もっと遊びたい…」

 

 おや?何やら紅音の言葉に違和感が……あ、これもしかして。

 

「そうか?それなら眠気覚ましにライオット・ブラッド……は効き過ぎるからダメだな、ココアでいいか?」

「うん…それでいいよ……」

「了解、ちょっと待ってて」

 

 どうやら紅音はまだ随分と寝ぼけているようで、口調からいつもの敬語が抜けてしまっている。幾分かの幼さを感じさせるその姿がなんだかとても新鮮で、俺は敢えてそれをスルーした。

 そうしてキッチンで飲み物の準備を進める事しばし、ガバッっと音がしそうなくらいの勢いで紅音が飛び上がるようにして跳ね起きた。

 

「はぁい………………はっ!?わ!私は今何を!?」

「はい、ココア……おっ、その様子だと今度こそ目が覚めたか」

「すすすすすみません楽郎先輩!!私ったら楽郎先輩に失礼な態度を!!?」

「いやいや、そんなに気にしないで……珍しい姿が見られて可愛かったよ」

「~~~~!!??」

 

◆ある日の試合後

 

「紅音!優勝おめでとう!」

 

 大学の陸上競技大会の決勝戦を終え、選手用の通用口から出てきた私をこの世で一番大好きな人が出迎えてくれる。

 一足先に社会人として忙しい日々を送っている彼が平日ど真ん中の今日まさか来ているとは夢にも思わず、一瞬思考が停止する。

 

「……!楽郎さん!来てくれてたの!?」

「そりゃあ可愛い恋人の晴れ舞台だからな、ばっちり見てたさ」

 

 事もなげにそんなことを言う楽郎さんに、私は居ても経ってもいられなくなって、体当たりをするかのような勢いで抱き着いた。

 

「ありがとう!私、頑張ったよ!」

「おう、本当によく頑張ったな……お疲れ様、紅音」

「えへへ……」

 

 急な私の突撃を慣れた様子で受け止めて、そのまま手櫛で髪を梳くように撫でてくれる楽郎さんに、愛しくて幸せな気持ちがどんどんあふれてくる。

 

「大学生になっても頭を撫でられるのが好きなのは昔のままだなぁ」

「だって安心するんだもん……はっ!いやでもちょっと待って!私今汗かいてて!?」

「そんなの今更だろ、俺は別に気にしないぞ?」

「私が気にするの!!もー!楽郎さんのノーデリカシー!」

 

◆ある日のシャンフロ

 

「なあ茜」

「なんですか?サンラクさん」

 

 秋津茜とたまたま互いにラビッツで遭遇し、そのまま二人で気の向くままに新大陸を探索していたある日のこと。

 何処そこでクエストを見つけた、あのモンスターはあれが弱点だ、景色のいいフィールドを見つけたから今度一緒に行こう……等とリアルとはまた違った雑談を楽しんでいる最中、俺はかねてより気になっていたことを彼女に尋ねた。

 

「茜の話し方のことなんだけど」

「私の話し方ですか?何かおかしかったでしょうか?」

「いやおかしいというか……ほら、リアルだと結構前からお互いタメ口になったけど、ゲーム内だと未だに敬語だろ?こっちでもいつも通りの喋り方でいいんだぞ?」

 

 秋津茜のアバターが出会った当初の紅音の姿をしているので何となくスルーしてきたが、リアルでは彼女もとうに成人しており、互いにもっと気安くなって久しい。

 だからゲームでも普段と同じようにしても…

 しかしそんな俺の何気無い提案は、茜にはきっぱりと断られた。

 

「うーん、タメ口………いえ!このままでお願いします!」

「え、別にそれは構わないけど、そりゃまた何で…?」

「えへへ、それはですね……」

 

 頭に疑問符を浮かべた俺に、茜は昔から変わらない、輝くような笑顔で宣言する。

 

「だってサンラクさんは、いつまでも尊敬すべき私の先輩ですから!」

 

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