春休みは良いものだ。
日数こそ夏休みには遠く及ばないものの、代わりに大量の課題を出されることが無いというメリットはやはり大きい。
残念ながら来年には受験という一世一代のボス戦を控えた身の上である故、完全に気を抜くという訳にはいかないが、それでも最低限の自習や運動を済ませてしまえば一日の大半をクソゲー攻略の為に割くことも可能……!
嗚呼、素晴らしき哉モラトリアム。
時は3月25日、春休み初日。俺は早速悠々自適なクソゲーライフを────
「おはようございます楽郎さん!お待たせしてしまってすみません!」
「おはよう紅音。大丈夫、俺も今来たところだよ」
────送っては、いなかった。
公園のベンチに腰掛ける俺を見つけた紅音が元気に大きく手を振りながら、全速力で駆け寄ってくる。
一つ結びにした髪を揺らすその姿は人懐っこい大型犬を彷彿とさせる。
いつも通りの動きやすそうな服装ながらも端々にお洒落への拘りを感じさせるのは、恐らく瑠美の手によるものだろう。
かく言う俺も今日の服装は妹様監修のセレクトだ。
「というか紅音もずいぶん早いな、俺も流石に早すぎたかと思ったんだけど」
昼前と呼ぶにもまだ早く、さりとて朝と呼ぶには些か遅いこの時間。
改めて端末で現在時刻を確認すれば、当初の待ち合わせ時間までまだ30分以上もある。
「えへへ、その……今日が楽しみでいても経っても居られなくって」
「そ、そっか……」
照れ臭そうにはにかむ紅音の余りの眩しさを直視できず、明後日の方向を向きながらそう返した。なんだこの可愛い生き物は。
「それじゃその期待に応えないとな、荷物持ちでも何でも言ってくれ」
「いえそんな!私は楽郎さんと一緒にお出かけ出来るだけで嬉しいです!」
「いいからいいから、今日は紅音が主役なんだから……誕生日おめでとう」
「……はい!ありがとうございます!」
時は3月25日、隠岐紅音15歳の誕生日。俺は可愛い恋人をエスコートすべく、そっと右手を差し出した。
◆
「ところで今日は何を買うんだ?」
公園を出て買い物に向かう道すがら、繋いだ手を楽し気に揺らしている紅音に尋ねた。
今までも一緒にゲーセンに行ったり買い食いをしたりはしていたのだが、思い返すと紅音が買い物をしたいと言い出したのは中々に珍しい気がする。
「文房具とかトレーニング用品を新調しようと思ってます!」
「紅音ももうすぐ高校生だもんな……改めて、合格おめでとう」
「ありがとうございます!これも楽郎さんと瑠美ちゃんのおかげです!」
「俺はちょっと手伝っただけで、合格したのは二人が頑張ったからだよ」
実際俺のしたことと言えば多少の勉強の補助くらいで、D判定だった成績から一年で無事合格を勝ち取ったのはひとえに紅音達自身の努力の結果だろう。
紛れもない本心からの言葉だったのだが、紅音はぶんぶんと首を左右に振ってそれを否定した。
「いえ!私たちだけではきっと躓いていたと思います。お恥ずかしながらあまり勉強は得意では無くて…」
「……まあ、そう言って貰えるなら慣れない家庭教師をした甲斐があったよ」
「楽郎さんには本当にお世話になりました!……あの、もしよかったらこれからも時々勉強を見て頂けると……」
「勿論、人に教えるのもいい勉強になるしな」
「ありがとうございます!」
明るく笑う紅音に釣られ、自然と俺の顔も綻ぶ。面倒な受験勉強も紅音と一緒ならば頑張る意欲も無限に湧くというものだ。
そんな話をしながら歩いていると、本日の目的地であるショッピングモールへと辿りついた。
◆
「さて、大体めぼしい所は見終わったかな…?」
「そうですね!あれと、それと、これも買ったし……」
両手にぶら下げた購入品を眺めつつ、脳内に館内のショップリストを思い浮かべる。
文房具店ではノートやペンを、スポーツショップでは紅音の使うサポーター等とついでにお揃いのリストバンド。昼にファミレスで食事をした後で書店で紙書籍の参考書等も買った。
他に何か見たい物はあるかと視線で問うと、指折り数えながら買ったものを確認していた紅音が何かを思い出したような声を上げた。
「あっ」
「ん、何かまだあったか?」
「はい!あの、服屋さんに寄ってもいいですか?」
「……ああ!何時間でも付き合うよ!」
瑠美の荷物持ちとして連行された時のエンドレスショッピングの記憶が脳裏を過り、一拍の間を開けて覚悟を決める。ええい、彼女の買い物ひとつ楽しめず何が彼氏か。
「いえ、こないだ採寸と注文を済ませているのであとは受け取るだけなので!」
しかし、どうやらそれは杞憂だったようだ。
そして紅音の案内で辿り着いた店を見て、俺は彼女が何の服を取りに行くのかの察しがついた。
若者やファミリー向けのお洒落な店舗ではなく、モールの片隅にひっそりと佇むそこには二年前の俺も世話になった。
「ああ、そうかここも来ないとだよな」
「はい!すみませーん!」
「はいはい、いらっしゃいませ」
紅音の声を聞いて、店の奥からうっすらと見覚えのある年配の女性が現れた。
その人にうっすらと見覚えがあることから察するに、店だけでは無く店員も俺の時と同じ人だろう。
「先日採寸してもらった隠岐です!注文してた服を取りに来ました」
「隠岐さんですね、ええっと確かこの辺に……ああ、これですね」
その人は注文内容を確認すると、部屋の隅に積まれた段ボール箱から数着の服を紅音に手渡した。
「良かったら、ここで試着していかれますか」
「よろしくお願いします!すみません楽郎さん、もう少しだけ待って下さいね」
そう言うと紅音は受け取った服を手に試着室へと入っていく。
慣れない服で戸惑っているのか、中から衣擦れの音と共に「えっと」や「んしょ」といった声が漏れ聞こえてくる。
そのまま待つこと暫し、試着室から出てきた紅音を見た俺は思わず息を呑んだ。
「ど、どうでしょう。どこか変じゃないですか……?」
「…………大丈夫、すごく似合ってる」
「えへへ、良かったです」
想像以上の破壊力にフリーズしかけつつ、どうにか率直な感想を口にする。
紅音とももう長い付き合いだ。彼女の中学の制服を見たこともあればランニングするときの運動着や今日のような私服、瑠美に着せ替え人形にされている姿なども見たことはある。
だがしかし、
俺の感想を聞いた紅音は輝くような笑みをいっそう深めると、スカートの裾をはためかせながらその場でくるりと一回転して俺に告げる。
「これからよろしくお願いしますね、楽郎先輩!」
「…よろしく、後輩」
おまけ
「お兄ちゃんおかえりー、紅音とのデートどうだった?」
「ただいま、最高に充実した一日だったぜ」
「うわキモ」
「おい」
「ゴメンつい本音が……で、どう?今日の紅音はまた一段と可愛かったでしょ」
「やっぱりあれお前のコーデか……GJと言わざるを得ない」
「そうでしょうそうでしょう、お兄ちゃんは私にもっと感謝してよね」
「いや本当にありがとう、今度お前の買い物に行くときは荷物持ち付き合うよ」
「うむ、くるしゅうない。ところで今日どこに行ったの?」
「駅前のモール」
「え、それ先に言ってよー、私の制服受け取って貰ってきたのに」
「そうか、お前もあそこに注文したんだっけ」
「そうそう、着てみて改めて思ったけどお兄ちゃんの学校の制服、結構デザインいいよね」
「おう、紅音の制服姿も可愛かったぞ」
「あ、もう見たんだ」
「今日一緒に行ったときにな……しかし、まさかお前らが同じ高校に来るとはなぁ」
「ふっふっふ、宿題とかテストの山の情報とかあてにしてるねー、せ・ん・ぱ・い?」
「うちの教師達は割とクセが強いから頑張れよ、後輩」