徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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硬梨菜先生が某所で投下していたネタを元にしたモブ視点の小話。
学園祭でメイド喫茶をしている紅音のお話。


メイドは走るよどこまでも

 走る、走る、走る。

 エプロンドレスをはためかせ、少女はリノリウムのトラックを駆け抜ける。

 お化けの仮装をした同級生の脇を抜け、教師の叱責の声も何のその。他校の生徒や来場のの保護者達からの視線が集中するのも意にも介さず、その少女――隠岐紅音は、ただ一点を愚直に見つめて春風のようにひた走る。

 そうして目標の人物へと距離を詰めると、彼女はキュッと上履きが擦れる音を鳴らしながら急制動をかけた。

 

「?なんかやけに騒がしいような…って何事!?」

「ご主人様!お忘れ物をお届けに参りました!」

「ああ!俺の財布!」

 

 隠岐に追われていた他校の学ランに身を包んだ少年は、背後から迫る軽快な足音と周囲のざわめきで異変を感じて振り返り、全速力で自分に迫るメイド服の少女の姿に目を丸くする。

 事態が飲み込めず混乱していた彼は隠岐の言葉と差し出された財布を見て、そこでようやく自分が先程立ち寄った模擬店で忘れ物をしていたことに気が付いた。

 

「わざわざありがとう、助かったよ」

「いえ!間に合って良かったです!では、またお越しくださいご主人様っ!!」

 

 全力疾走の疲れなど微塵も感じさせることなく朗らかに少女は微笑む。

 そして彼女はロングスカートの裾をちょこんと軽く持ち上げて、膝を折り曲げ優雅な一礼を披露してからその場を走り去っていった。

 

 

 

 ――それが、今からおよそ一時間ほど前の事。

 

「お客様、申し訳ありませんがメイドの指定はできません!」

「隠岐さんはお昼休憩中です!」

 

 教室後方に用意された衝立の向こう側からクラスの女子たちの絶叫に近い声が聞こえる。

 学園祭に訪れる多くの人々の中で繰り広げられたメイド姿の隠岐による追走劇は我がクラスのメイド喫茶の何よりの宣伝になったようで、お昼時を過ぎた今でも来客が途切れることが無い。

 おかげで接客担当のメイド達はもちろん、軽食やドリンクの準備をする俺たち裏方の仕事も大忙しだ。

 

「あの!やっぱり私も手伝った方が…!」

「いやいや、隠岐さんはもう十分働いてくれたから!」

「むしろ本来ならもうとっくに休憩の時間だったんだし、ここは俺たちに任せて気にせずゆっくり休んでて!」

「追加オーダー入ったぞ!オレンジジュース二つとコーラ一つ、コーヒー二つにクッキー全部で三皿!」

「了解!すぐ準備する!」

 

 全力疾走のあとも休みなしで働き続けていた隠岐が再びホールに出ようとするのを同じく裏方の男子達が口々に引き留める。

 その言葉には好きな子の前で恰好をつけたいという下心が半分、残りの半分には隠岐が前に出ると更に収拾がつかなくなるという切実な想いが込められていた。

 ここが頑張りどころだと奇妙な連帯感を持って皆で気合いを入れていると、スタッフ用にしている教室のドアが開き、救世主が現れた。

 

「そっちの様子はどう?ヤバそうだから早めに戻ったわ!」

「あっ!おかえりなさい、瑠美ちゃん!」

「ただいま紅音。聞いたわよ、何でも大活躍だったんだって?」

「あはは、忘れ物を届けただけなんだけど……」

「あちこちで噂になってたわよ?さて、ここは私が受け持つから、紅音は休憩入っちゃって!」

 

 本来のシフトより幾分早く戻ってきてくれた陽務は、言うが早いか入っていたオーダーを確認すると目にも止まらぬスピードで次々とドリンクや軽食の準備を終わらせてホールへ向かう。

 数多のバイトで鍛えた彼女の働きは、俺達男子三人分にも勝るとも劣らないだろう。

 

「よし!とりあえず今入ってた分の料理とドリンクは全部OKよ!」

「おお、凄い手際だな……」

「慣れよ慣れ、今のうちにゴミとか纏めておきましょう」

 

 貯まっていた注文を瞬く間に捌き切った陽務がバックヤードに戻ってきた。

 俺たちは彼女の指示のもと、空いたプラカップや紙皿を分別してゴミ袋に捨てていく。

 

「という訳でこっちはもう大丈夫、紅音もご飯でも食べてきたら?」

「ありがとう!実はお腹がペコペコで……出店行ってくるね!」

 

 その様子をみてようやく安心した隠岐が、たははと笑いながら空腹を打ち明ける。

 忙しさもひと段落して場がほのぼのとした雰囲気に包まれていったが、それを聞いた一人の男子が発した言葉に漂う空気が一変した。

 

「…………なあ、これだけ話題になってる中で隠岐さんが一人で出歩いて大丈夫かな?誰か一緒について行った方がいいんじゃ…?」

「「「……!!」」」

 

 瞬間、男たちの間に緊張が走る。

 

 そう、彼の言う通り今隠岐が校内を歩き回ろうものなら物見遊山の野次馬や下心を持った輩が次々声をかけてくるのは想像に難くない。確かに誰かしら一緒に回る人間が必要だろう。

 隠岐と一緒に学園祭。出店の料理をシェアしたり、お化け屋敷で手を繋いだりしちゃったり……うん、とてもいい。

 幸いなことにもう少しすれば陽務以外の交代要員もやって来るため俺たちも自由の身だ。

 あとは誰がその座を勝ち取るか…!

 目と目で互いにけん制し合う俺たちだったが、そんな緊張は次に陽務が告げた言葉で霧消した。

 

「ああ、それなら大丈夫。もうすぐボディーガードが来るから」

「ボディーガード……って、ひょっとして!」

「紅音の想像通りよ、さっき端末に連絡入れたら今向かってるって返事が来てたわ」

「わあ!ありがとう瑠美ちゃん!」

 

 ……よく分からないが、どうやら隠岐と共に回る人物は既に手配済みだったようだ。

 梯子を外され気落ちする男子たちを気にすることなく、隠岐と陽務は楽し気に雑談に興じている。

 

「にしても紅音、この格好でよく早く走れるわね。丈も長いし走りにくくない?」

「歩幅をいつもより小さくしたりとか、ちょっとしたコツがあるんだ!」

「へぇー、流石陸上部。部活でそういうことも教わるの?」

「ううん、メイド服での走り方は楽郎さんに教えてもらったんだ!」

「アレはなんでそんなアドバイスが出来るのよ……」

 

(!?……ラクロウ、さん?)

 

 聞き捨てならない言葉が聴こえた気がして、目を見開いて隠岐たちの方を見る。

 名前の響きと彼女が敬称を付けていることから察するに、恐らくそれは年上の男の名前。

 隠岐に突然男の影が見えたことで、俺含めこの場に居る男子たちがあからさまに動揺する。

 いや落ち着け、外部の陸上コーチとかの可能性だってある。慌てるのにはまだ早い。

 脳裏に浮かんだ最悪の可能性を必死に否定していると、教室のドアが開いて見知らぬ男性が顔を出した。

 

「お邪魔しまーす……瑠美と紅音のクラスってここで合って――」

「楽郎さん!来てくれたんですね!!」

 

 ……隠岐が、今まで見たことが無いくらい明るい笑顔でその男性に駆け寄っていく。

 それは友人や先輩に対する親愛などよりも遥かに深い愛情を感じさせる姿で。

 ま、まだだ。まだ隠岐の親戚のお兄さんとかかもしれな……

 

「お兄ちゃん、遅い!もっと早く来てよね」

「悪い悪い、人が多くて移動に時間かかっちゃってさ」

「って陽務のお兄さん!?」

 

 まさかの情報に思わず叫ぶ。

 言われてみると確かにどことなく陽務と雰囲気が似ているような…?

 

「陽務さん、お兄さん居たんだ」

「どうも初めまして、瑠美の兄の楽郎です」

「え、瑠美のお兄さん!?おお、結構かっこいい」

 

 俺たちのざわめきを聞きつけてか、交代要員の男子や手の空いた女子もバックヤードに集まって陽務(兄)を取り囲む。

 俺はその様子をニコニコしながら見つめていた隠岐に一歩近づくと、覚悟を決めて彼女に話しかける。

 

「……陽務ってお兄さんいたんだな、隠岐はあの人と仲良いの?」

「うん!楽郎さんとは仲良しだよ!」

「へ、へえ……そっか。あのさ、もしかしてなんだけど付き合ってたりとか……?」

 

 緊張で喉がカラカラに乾く。

 断頭台で処刑を待つ罪人のような心地で隠岐の返答を待つ俺だったが、予想に反して絶望の刃が振り下ろされることは無かった。

 

「……いいえ!お付き合いは、してないよ」

「!!そっか、いや変なこと聞いてゴメン。随分親しそうに見えたからてっきり……隠岐は陽務と仲良いもんな、それでお兄さんとも仲が良くって……」

「でもね」

 

 早とちりした気恥ずかしさと安堵で早口になる俺の言葉を、隠岐がぽつりと零した呟きが遮った。

 クラスメイトと談笑する陽務兄を見る彼女の視線は何処か熱っぽくて、切なげで、愛おしそうで。

 

「いつかは、恋人になれたらいいなって思ってるんだ!」

 

 ――今まで見たことの無い大人びた隠岐のその微笑みに、俺は自らの恋の終わりを知った。

 

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