徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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猫を撫でる楽郎とそれを羨む紅音のお話。


ねこですよろしくおねがいします

 真檜高校がテスト期間に突入し、日頃部活動に勤しんでいる生徒達も机に向かってペンを執る、そんなある日の放課後。

 紅音の所属する陸上部も例に漏れずこの期間は部の練習は休みという事で、下校時刻が同じになった俺たちは肩を並べて帰路についていた。今日はこのまま俺の家で共にテスト勉強をする予定である。

 

「テスト……うう、今から気が重いです」

「うちの高校は癖の強い教師が多いけど、その分傾向は掴みやすいから対策立てればなんとかなるさ」

「はい!頑張ります!」

「あとは紅音の場合、分からない問題を飛ばせるようになろうな」

「うぐっ!き、気を付けます……」

 

 何事も諦めず全力で取り組むのは紅音の美点だが、それがことテストとなると褒めてばかりもいられない。

 中学時代の受験勉強を経て若干は改善されたものの、数学の計算や英語の長文読解で時間が足りなくなることもしばしばだ。

 そんな風にして学生らしく勉強のことやクラスであった出来事などを話しながら歩き続け、あと一つ角を曲がれば家にたどり着く……そんな時、奴は現れた。

 

「あっ」

「ん?どうした紅音……って、お前か」

「知ってる子ですか?」

「ああ、うちの近所でよく見る猫なんだ」

 

 ブロック塀の上からこちらをじっと見つめる三毛猫から視線を反らさないよう気を付けながら、軽く頷きつつ紅音の問いかけに応える。

 登下校や朝のランニング、コンビニへの買い出しの際などにちょくちょく顔を合わせるこの猫は俺のことを覚えているのか、俺たちが会話を続けたまま距離を詰めても一向に動く様子はない。

 首輪やタグなどは見当たらないので恐らくは野良猫だと思うのだが、この様子だと随分と人慣れしているようだ。

 

「お前この辺に住んでるのか?」

「にゃー」

「わっ、ちゃんとお返事してくれました!」

「イエスかノーかは分からないけどな」

 

 三毛猫のその仕草に無邪気にはしゃぐ紅音と顔を見合わせて笑い合う。

 ゲームの中なら犬でも猫でもカブトムシでも会話を成立させることが出来ても、流石にリアルに動物語を翻訳する機能は無い。

 

「……って、しまった!」

「どうしたんですか?」

「いや、先に目を逸らしたら負けだと思って」

「はい?」

「くそっ、これで四連敗だ」

 

 もう一匹、この近所で遭遇しがちな黒猫には勝ち越しているのだが、この三毛猫は中々に手ごわい相手だ。

 一人で勝手な敗北感に打ちひしがれていると、件の猫はぴょんと塀を飛び降りてトコトコと俺の足元にすり寄ってきた。

 

「本当に人懐っこいやつだな……ほーれ、よしよし」

 

 しゃがみこんで猫の頭をぐりぐりと撫でてやれば、心地良さげに目を細めつつゴロゴロと喉を鳴らした。どうやら俺の右手はお気に召したらしい。

 

「……いいなぁ」

 

 そんな俺たちの様子を見ていた紅音の口から、羨まし気な言葉が漏れた。

 そういえば、いつだったか紅音は野良猫からは逃げられがちなのだと聞いた覚えがある。

 ……気まぐれな黒猫の方ならともかく、人懐っこいこの三毛ならばいけるんじゃないだろうか。

 

「紅音も撫でるか?」

「いいんですか!?」

 

 俺の提案を聞いた瞬間、ぱあっと輝かんばかりの笑顔で紅音が前のめりに食いついてくる。

 彼女のそんな姿を微笑ましく思いながら、俺は三毛をそっと抱き上げて紅音の前に差し出した。

「ああ、(こいつ)が嫌がらないようなら……って、え?」

「……楽郎先輩?どうかしましたか?」

 

 俺と同じようにしゃがみ込んだ紅音は何故か猫を撫でることはなく、手の代わりに頭をこちらに向けている。

 その動作の意図が掴めず困惑していると、俺が硬直していることに気が付いた紅音が不思議そうに首を傾げた。

 

「いや、なんで頭をこっちに?」

「え、だって私も撫でてくれるって……!?」

「……あっ、そっち?」

 

 なるほど、紅音が「羨ましい」と言ったのは俺が猫を撫でている事では無く、俺に撫でられる猫の方だったと。

 紅音も互いの認識の違いに気付いたようで、恥ずかしさで顔を赤くしてあわあわと慌てている。

 

「すすすす、すみません!私ってば変な勘違いを……あっ」

「ん……これでいいのか?」

「はいっ!」

 

 猫を下ろして手櫛で髪を梳くようにして紅音の頭を撫でる。

 一瞬驚きで身を固めた紅音だが、嬉しそうに目を細めると撫でられるがままに俺に身を任せてきた。心地よさそうなその表情は、奇しくも先程までの猫を彷彿とさせる。

 数十秒ほどそうして紅音を撫で続け、そろそろ手を放そうとしたところで、おずおずと紅音が声を上げた。

 

「あの……もう少しだけ、いいですか?」

「……おう。紅音の髪、さらさらだな」

「えへへ、瑠美ちゃんもよく褒めてくれるんです!」

 

 ひっかかることも無く、するりと指の間を抜ける髪の感触と彼女の体温を心地よく思いながら髪を撫でつける。

 そんな俺たちのやり取りを、三毛猫だけが静かにじっと見つめていた。

 

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