多分付き合い始めて二か月くらいたった頃のお話。
「お前ら本当に付き合ってんの?」
ある日の昼休みの学食にて。
カツ丼を奢るから着いてこいと言われて向かった先で、目の前に座った雑ピが開口一番にそう尋ねてきた。
俺はその質問をひとまず無視し、約束通り提供されたカツ丼を一口頬張る。
業務用の冷凍カツにこれまた業務用のつゆと卵でとじただけのシンプルなものだが、この手のどこかチープな味も嫌いではない。
やや濃い目の味付けで乾いた喉をウォーターサーバーの水で潤しつつ、お新香に箸をのばし……
「いや長い長い!どんだけしっかり食うんだよ!?」
「なんだよ、カツ丼奢るって言ったのはお前らだろ」
「その前にこっちの話を聞けよ!?」
「そうだぞ陽務、被告人はまず質問に答えよ」
「誰が被告人だコラ」
雑ピのみならず周囲の学友達からも抗議の声を上げられてしぶしぶ箸を置く。
被告人扱いは業腹であるがカツ丼代分くらいは答えてやろう。
しかし本当に付き合ってんのと言われても……
「念の為に確認するが、それは俺と玲さんのことでいいんだよな?」
「当たり前だろ」
「それ以外の誰のことだと……待て陽務、お前まさか二股かけてたりしないだろうな」
「は?そんなことあるわけ――」
ゴシカァンッ!
「――そんなことあるわけ無いだろ!!!俺は玲さん一筋さ!!!」
あらぬ疑いに反論しようとしたまさにその時、背後から聞こえた何かが派手に砕ける音に本能的な恐怖を感じ、周囲のざわめきに負けないようにスペクリ仕込みの大声を張り上げた。
「お、おう……変に疑って悪かったよ」
「なぁ、今なんか凄い音がしたよな?」
「学食の入り口の方から『ドアが割れた』とか『女子生徒が高熱を出した』とか話してるのが聞こえるんだが」
「HAHAHA、不思議なこともあるんだな……で、何で突然そんなこと聞いてきたんだよ」
俺は何も見ていないし聞いていないし気付いていない。
世の中には知らぬまま過ごした方が平和なことが幾つもあるんだと言外に示しながら、強引に話題を元に戻す。
こいつらも今だ動揺冷めやらぬ様子ではあったものの、当初の目的を優先してか俺の話に乗ってきた。
「なんでってそりゃ……なぁ?」
「お前ら二人が余りにもいつも通り過ぎて恋人らしさが感じられないんだよ」
「そんなこと言われても実際付き合ってるんだからそれ以上でも以下でも無いぞ」
付き合ってない時は散々付き合ってるのかと疑ってきた癖に、いざ付き合い始めたら今度は恋人かどうか疑うとは、なんて天の邪鬼なやつらだろう。
「恋人同士ってもっとイチャイチャしたりするもんじゃねえの?」
「イチャイチャて。それなら登下校は一緒にしてるぞ」
朝夕の通学路を毎日一緒に歩くのは十分恋人らしいのでは無いだろうか。
「でもお前ら付き合う前から二人で歩いてるのは目撃されてただろ、せめて腕を組むとか手を繋ぐとかさぁ」
「……付き合い始めて一週間くらいたった頃か、俺から玲さんの手を握ってみたことがあるんだよ」
青春エピソードの気配を感じ、にわかにギャラリーがざわめき立つ。
お前らは本当に恋話が好きだな……なんか人増えてない?
「気にするな、それより続きは!?」
「手を握ってどうなった?柔らかかったか!?」
「男子キモっ……」
「で、陽務くんご感想は?」
いつの間にやら性別学年クラスを問わず増殖していた面々から口々に続きを促される。
うん、手を握った感想ね……
「……加熱した万力に挟まれた時ってあんな感じなのかなぁ」
「………………あっ」
俺の発言の意味が理解出来なかったようで、学食の一角に束の間の静寂が訪れる。
やがて観衆の誰かが先のドア破壊事件を思い出したのを皮切りに、徐々に同情と憐れみの視線が俺に降り注いだ。
うん、玲さんってああ見えてとても力強いんだ。
俺ももう少し鍛えなきゃ……
「ま、まあでもそれだけ斎賀さんからの愛情が深いってことだな!この幸せもの」
「おう雑ピ、俺の目を見て言ってみろ」
雑ピはそれに答えることなく、周囲の悪友達と共に苦い笑いを浮かべていた。他人事だと思ってこの野郎。
それにしても恋人らしいこと、ねぇ……
◆ ◆ ◆
「……と、いう訳なんですけど。俺、もっと恋人らしいことに挑戦した方が良いんですかね?」
「話は分かったわ、とっとと押し倒しなさい」
「
現実の恋愛相談をゲーム攻略のノリで答えないで欲しい。
「それは聞き捨てならないわね、乙女ゲーはそんなに簡単な物じゃないの。そんな雑な選択肢を選べば好感度ダウンは免れないわよ」
「余計悪いじゃないすか!?」
ゲームですら失敗する選択肢を悩める青少年に提示するのは心の底から止めていただきたい。
「いや、これは現実だからこそ効果的な手段というか……ごめん、ちょっと待ってね」
「突然目頭を押さえてどうしたんです?」
「……ふう、落ち着いたわ。あの脳にクソゲーカセットが刺さってる陽務君がそんなことを言い出すなんて思わなくて、ちょっと感動しちゃったの。今夜は秘蔵のシャブリを開けちゃうわ」
「人を何だと思ってるんですか……」
確かに些か趣味に熱中するきらいはあるが、俺だって普通の男子高校生だ。人並みに色恋の悩みを抱いたりもする。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、岩巻さんはニヤニヤと楽しげに……それでいて何処か微笑ましそうに俺を見つめながら語りかける。
「押し倒せっていうのもあながち冗談じゃ無かったんだけど」
「いやいや、そんなことしたら玲さんが今度こそ爆発しちゃいますって」
「否定しきれないのがなんとも……でもそうね、まずはこれを聞いておきたいわ」
「なんですか?」
「簡単なことよ。陽務君、
想定外のその問いに、俺は完全に虚をつかれてしまう。
答えに窮する俺をよそに、岩巻さんは話し続ける。
「玲ちゃんを気遣うことも勿論大事よ、だけど恋人関係っていうのはどちらかだけの意見を通しても意味が無いの。玲ちゃんの暴走癖はさておいて、陽務君自身は彼女とどうなりたいの?」
「俺自身が、どうなりたいか……」
岩巻さんの言葉をおうむ返しに反芻しつつ、俺の望みを考える。
俺のしたいこと、か……
「……やっぱり、押し倒すとかはまだ早いと思います」
「いやまあ、流石に君たちがいきなりそこまで行けるとは――」
「だけど、手を繋いだりキスしたり、そういうことへの憧れが無いと言ったらそれも嘘になっちゃいますかね」
俺は何を口走っているのだろうか。
頭をかきむしりたくなるような気恥ずかしさとは裏腹に、驚くほど素直に胸の裡をさらけ出してしまう。
岩巻さんはそんな俺をからかうことなく、柔らかな慈愛のこもった視線で見つめている。
そして彼女は店のバックヤードに向かって振り替えると……待ておいまさか。
「だ、そうよ玲ちゃん」
「玲さん!??あの、どこから話を聞いて……岩巻さんこれは一体!?」
「最初から居たわよ。荒療治だけどこういうのは当人同士のコミュニケーションが大事なの」
慌てた俺の恨みがましい視線も何のその、岩巻さんはそんな事をさらりと言ってのけた。
もっともらしいことを言ってるけどこっちの羞恥心にも配慮してくれませんかね!??
「却下。ようやくくっついたと思ったらそこからまた蝸牛の歩みの始まりなんですもの、焦れったいったらありゃしない」
「人には人のペースというものがあってですね?」
「そのペースが分からなくなったから私に相談に来たんでしょーが!店のシャッターは下ろしとくからここで存分に話し合いなさい」
私は裏でゲームしてるからねー、と言い残し、岩巻さんはスタッフルームに消えていった。程なくして店のシャッターもガラガラ音を立てて閉まっていく。
店内に他の客はない。これで正真正銘、俺と玲さんの二人きりだ。
……気まずい。
「「………………あのっ!」」
「…っごめん、玲さんからどうぞ」
「いっ、いえ!私は後で構いませんので!!楽郎くんから、その…お願いしましゅ!!」
「しましゅ?」
「いやそれは噛んでしまって……笑わないで下さい!!」
「……ははっ、ごめんごめん。玲さんが可愛かったからつい」
「かわっ!?」
玲さんと話しているうちに段々緊張が解れてきた。
うん、なんだか変に色々考えてしまったけど、やっぱり俺たちはこんな風に他愛もなく会話をしているのが一番楽しいや。
「変なことを言ってごめんね玲さん、さっき俺が岩巻さんと話してたことは忘れてもらえるとありがたいです」
「……いいえ、変なことなんかじゃありません」
「……玲さん?」
何やら決意を秘めた眼差しで玲さんが俺をじっと見つめる。そんな真剣な雰囲気に、俺も居住まいを正して彼女に向き直った。
「わっ、私も!私も楽郎くんと、もっと恋人らしいことがしたいです!」
「!玲さん…!」
「……ですがその、押し倒すとかはまだ早いといいますかいえ決して嫌なわけでもないんですが心の準備というものが必要でしてでも楽郎くんに求められるのはやぶさかでもなくせめて先にシャワーを浴びさせていただきたく」
「玲さん!??」
いかん、玲さんがまたバグった。
「…………はっ!」
「良かった、正気に戻ったんだね」
「…あのその、こ、殺してください……」
「それは俺が困るなぁ」
今にも顔から湯気が出そうな玲さんを宥めつつ、一歩踏み出しそっと彼女に近づいていく。
涙目で上目遣いに俺を見上げる玲さんの姿に悪戯心が沸き上がるのを理性で押さえ込みながら、静かに彼女に語りかける。
「お互い色々恥ずかしいことを暴露しちゃった気がするけど、それはひとまずおいておくとして……手、繋いでもいいかな?」
「……はいっ!よろしくお願いします!!」
まるで決闘の宣誓のごとき勢いの玲さんに苦笑しながら、俺の右手を彼女の左手に重ね合わせる。
――そっと握った玲さんの手は、熱くて、力強くて……そしてとっても、柔らかかった。