以前の硬梨菜先生のツイートから
「おとーさんのお土産が、お肉……!?」
「おいおい、これは明日槍でも降るんじゃないか?」
「ちょっと、明日は放課後まつパ行く予定なんだから勘弁してよね」
「お前ら、その反応は酷くないか……?」
関西からの出張帰りの父さんが持ち帰った見事な霜降り牛肉の山を前に、俺と瑠美は喜ぶより先にすわ天変地異の前触れかと戦慄する。
そんな俺たちの反応に父さんがちょっとだけ傷ついた顔をしたが、これも日頃の行いのせいなので諦めて欲しい。
いつもの父さんのお土産といえば魚魚魚烏賊魚魚たまに貝……などといったラインナップなのだ。釣竿にかからないものを持ち帰ってくるのは果たしていつ以来だろうか。
「だってお父さんが魚じゃ無いものを持ってくるなんて珍し過ぎるでしょ」
「槍が降るかどうかは置いといて、これ一体どうしたのさ?」
「実は今回の仕事相手が以前琵琶湖で釣りをした時に仲良くなった人だったんだが、その人が牧場経営してるそうでな、お土産にどうぞって貰ってきたんだよ」
「なるほど、そういうことか」
経緯を聞いて俺と瑠美はようやく納得する。この親父殿はどうも変なところで顔が広い。
何はともあれ魚料理が続きがちな我が家では貴重な肉だ。食べ盛りな男子高校生としていやが上にも期待が高まる。
とはいったものの……
「これ、いくら何でも多すぎない?」
「俺もこんなにたくさん頂けないと言ったんだが、結局押し切られてしまってな」
竹の皮で包まれたその牛肉は、目算でも優に一キロ以上はあるように見える。
成長期とは言え特別大食いというわけではない俺と、読者モデルとして節制している瑠美を含む家族四人で消費するには些かならず量が多い。
冷凍保存をしようにも、我が家の冷凍庫は父さんが以前釣ってきた魚で既に満杯だ。こうなると取れる手段は限られてくる。
隣の瑠美も俺と同じ結論に至ったようで、二人で顔を見合わせると互いにこくりと頷き合った。
◆
「──そういう訳で、よかったら明日は紅音も一緒に晩ごはんを食べてかないか?」
「わぁ!お呼ばれしてもいいんですか?」
翌日、いつものように出待ちしていた紅音と共に学校へ向かう道中で、俺は彼女に昨日の顛末を伝えながら誘いをかける。
元々明日は週末という事もあり、我が家で瑠美と紅音の受験勉強を見てやる予定だったのだ。紅音の方に問題がなければそのまま夕飯を共にしていくのも自然な流れだろう。
「勿論!……というか、是非とも紅音に協力してもらわないと、このままだと私の体重がピンチなの」
「あはは……それなら遠慮なくお邪魔します!」
「そうしてくれると助かるわ」
冗談めかしつつも目が
中学最後の大会を終えて陸上部を引退してからも日頃のランニングやトレーニングを欠かさない彼女からすれば、ダイエットの五文字は縁遠いものだろう。
瑠美とて日頃からバイト三昧でそれなりにカロリーを消費しているのだから然程気にしなくてもいいと思うのだが、本人には何やら譲れない一線があるらしい。
「そうだ、どうせ次の日は日曜なんだし、紅音さえ良かったら明日はうちに泊まっていかない?」
「いいの!?一応お母さんに確認するけど、多分大丈夫!」
「それじゃ決まりね、久しぶりにいっぱいお喋りしましょ」
「うんっ!えへへ、瑠美ちゃんと楽郎さんと一緒にお泊り、楽しみだね!」
「ええ……お兄ちゃんは抜きにしない?」
楽し気に明日の予定を立てていく二人が微笑ましい。しかし瑠美よ、そこまで兄を邪険にしなくてもいいんじゃないか。
俺はわざとらしくおどけながら二人の会話に割って入る。
「おいおい、そんなつれないことを言うなよ」
「そうだよ!楽郎さんも居てくれた方が楽しいよ!」
「紅音は良い子だなぁ、よし!お礼と言ってはなんだが、明日は夜通しみっちり勉強を見て──」
「……瑠美ちゃん!やっぱり二人でお話しよっか!」
「ありゃ、振られれちまったか」
健気に俺の味方をしていてくれた紅音も、俺の言葉に不穏な気配を感じ取ったのか、たちまち意見を翻す。まあ、いくら受験生だといってもせっかくの友達とのお泊まり会の夜にまで勉強漬けにはなりたくないだろう。
「べーっだ、お兄ちゃんは一人でゲームしてれば?」
「あの!わ、私は楽郎さんと一緒なのが嫌なんじゃ無いですよ!」
「大丈夫、分かってるよ……っと、俺はこっちだから、また明日」
「はいっ!明日を楽しみにしてますね!」
俺と瑠美のふざけ混じりの会話を真に受け、慌てて弁明する紅音を宥めていると真檜高校と二人の中学への道の帰路へと差し掛かる。
一昨年までは俺も通っていた道のりを若干懐かしく思いながら、二人に手を振り別れを告げて、一人高校に向かって歩き出した。
◆
鉛筆騎士王:【急募】友人の食生活を改めさせる方法
オイカッツォ:弱みを握って脅迫
サンラク:賄賂を贈って懐柔
鉛筆騎士王:その辺の手段が通用する相手なら苦労しないんだけどねぇ
モルド:当然のように裏工作を検討している……
京極:物理的に口に突っ込んじゃえば?
鉛筆騎士王:多分二秒で返り討ちに合う
秋津茜:む、無理やりは良くないと思います!
オイカッツォ:秋津茜は良い子だなぁ
ルスト:……そもそも、親でも家族でも無い相手の食生活など気にしなくてもいいのでは
鉛筆騎士王:うーん、それはごもっともなんだけど、ゴミ箱にうずたかく積み上げられたカップ麺の空き容器を見せられると流石の私も心配になるというか
京極:あっ(察し)
オイカッツォ:本人が満足してるならいいんじゃない?俺も普段はゼリー飲料とかカロリーバーで食事済ませてるよ
鉛筆騎士王:君に聞いた私が馬鹿だったよ
サンラク:もうちょいまともなもの食えよカッツォ
鉛筆騎士王:そういうサンラク君もエナドリで食事済ませてそうだよね
サンラク:俺はまだその域には達してないから……
オイカッツォ:本当かぁ?
ルスト:相当に疑わしい
京極:菓子パンとかジャンクフードをエナドリで流し込んでそう
サンラク:お前らのその俺に対する偏見はなんなんだよ
オイカッツォ:日頃の行いを振り返って見なよ
鉛筆騎士王:もうすぐ晩ごはんの時間だし、無実を証明したいなら今日何食べるのか言ってみたら?
サンラク:ぐっ……まあいい、聞いて羨め。今日はなんと──
秋津茜:今日はすき焼きです!
鉛筆騎士王:秋津茜ちゃんはすき焼きかぁ、お肉も野菜も摂れるし健康的でいいね
オイカッツォ:で、サンラクの夕飯は?
秋津茜:サンラクさんもすき焼きですよ?
モルド:え、あれっ?
京極:これはもしや
ルスト:……秋津茜は、サンラクと今一緒にいる?
サンラク:ちょっ、茜
秋津茜:はいっ!サンラクさんのおうちにお呼ばれしてます!
オイカッツォ:やるじゃないかサンラク
京極:家族公認かぁ
サンラク:勉強見るついでに夕飯誘っただけだっての
モルド:ま、まあ夕飯を一緒に食べるくらいはよくあることですし
鉛筆騎士王:へぇ、そのままお泊りコースなのもよくあることなのかな?
サンラク:何故それを!?
秋津茜:いえ!お泊まりは久しぶりです!
ルスト:久しぶり、ということは少なくとも初めてではない
鉛筆騎士王:んふふ、私には心強い情報提供者がいることをお忘れかな?
サンラク:人の妹をスパイにしてんじゃねーよ!
秋津茜:あっ!ご飯に呼ばれたのでもう抜けますね!
鉛筆騎士王:はいはーい、二人とも、今度お泊まりのお話をじっくり聞かせてねー
サンラク:誰がお前に話すか!
オイカッツォ:おーいサンラク……ちっ、逃げたか、もっとからかってやろうと思ったのに
京極:まあ、仲睦まじい分にはいいんじゃない?
◆
「ったく、あいつら……」
会話を強引に切り上げて端末のチャット画面を閉じる。
あの分では次にシャンフロに顔を出した時にはからかい交じりの質問攻めに遭うことは確実だろう。ニヤケ面をした外道共の姿を想像するだけで今から少々憂鬱である。
でも……
「早く行きましょう楽郎さん!私、もうお腹がペコペコです!」
紅音の笑顔を見ていると、そんな些細なことはどうでもよくなってくるのだから我ながら現金な物だ。
──どうやら俺は、自分で思っていた以上に紅音にべた惚れしているらしい。