十二月二十四日、クリスマスイブ。
イルミネーションに彩られた街並みにクリスマスソングが流れ、友人や家族、或いは恋人たちと共に幸せなひと時をすごす、そんな一年に一度の特別な夜。
ケーキやチキンを買って帰るサラリーマンや、華やかに着飾って少し特別なディナーを楽しもうとするカップル、サンタ代行を果たすべくおもちゃ屋さんの紙袋を抱えた親御さんなど、冬の寒さにも負けず、道行く人々の多くは実に楽し気に笑っている。
とはいえ、誰も彼もが望み通りのクリスマスを過ごすことが出来るとは限らない。
例えば、家族や恋人の住む故郷から遠く離れた土地で一人暮らしをする大学生であったり。
例えば、憧れのファッションモデルの冬コーデを追いかけるためにケーキ屋のバイトに精を出す女子高生であったり。
或いは──
「三十七度八分……まだ熱は高めね」
季節の変わり目に体調を崩し、風邪で寝込んでいる少女であったりだ。
「おかーさん、お水……」
「はいどうぞ、薬も飲んだし、少し眠るといいわ」
「うん……」
せっかくのクリスマスにもかかわらず風邪をひいてしまった少女──隠岐紅音は、母である和泉の言葉に力なく頷くともぞもぞと毛布をかぶって布団に潜り込んだ。
和泉は久しぶりに見る娘の弱った姿に不憫な思いを抱きつつ、今は安静にするのが一番だと、おかゆの入っていた小鍋を持って紅音の部屋を後にした。
「けほっ、けほっ……みんな、今頃何してるかなぁ」
一人になったことにより、にわかに物寂しさを覚えた紅音は、喉の痛みに咳込みながら学校の友人たちのことを思う。
本来であれば今日は高校の終業式のあと、みんなでカラオケに行ってクリスマスパーティをする予定だったのだ。ここ数年は体調を崩すこともめっきり減っていたというのに、よりにもよってこんなタイミングで熱を出してしまうなんて……。
元気に楽しんでいるであろうクラスメイト達の姿を脳裏に描いたことで、紅音は今一人で寝込んでいる自分の現状がより一層惨めに感じてしまう。
このままでは気が滅入ってしまうばかりだと判断した紅音は、母の言う通りそのまま眠りにつこうとして……枕元に置いた端末が、メッセージの着信を知らせるランプを点灯していることに気が付いた。
「あれ、瑠美ちゃんから?」
【紅音、体調はどう?お見舞いに行けなくて悪いわね、今度日を改めて二人でどこか遊びに行きましょ!】
それは、中学時代からの親友であり、現在のクラスメイトでもある陽務瑠美からのお見舞いのメッセージだった。
彼女の紅音同様クリスマスパーティの誘いを受けてはいたのだが、ケーキ屋が稼ぎ時だということで初めから辞退していた。最後までメッセージを読んだところ、どうやらバイトの休憩に入った隙に紅音の様子が気になって連絡してくれたらしい。
「……ありがとう、瑠美ちゃん」
一番の友達からの心温まる気遣いによって少しだけ気分を上向かせた紅音は、お礼の返事を送信すると改めて布団に入って目を閉じた。
それから数分後、薬の効果も相まって紅音は穏やかな顔をして夢の世界へ旅立った。
◇
紅音は昔、サンタクロースに会ったことがある。
夜中に目覚めてプレゼントを置く両親を目撃した……というわけではなく、さりとてまさか正真正銘本物のサンタクロースが空飛ぶそりとトナカイを引き連れてやって来た、というわけでもない。
その正体は、当時紅音が入院していた小児科の病棟のおじいちゃん先生だった。
紅音や、紅音と同じように親元を離れてクリスマスを迎えることになった子供たちを少しでも楽しませるべく、本格的な付け髭に真っ赤な服まで着込んで少年少女の枕元にプレゼントを配って回ってくれていたのだ。
もっともその正体に気が付いたのはもっと大きくなってからで、幼い日の紅音は深夜の病室にこっそりと現れたサンタクロースを偶然目撃してそれはそれは大いに喜んだ。
メリークリスマスの言葉と共に大きな手で頭を撫でられたのは、病弱だった頃の紅音にとって数少ない楽しい思い出であった。
──そして、そんな思い出があるからこそ、目を覚ました紅音は、自分の頭を撫でる手と視界に映る赤い毛糸を見た時に、自分がまだ夢を見ているのだと思いこんだ。
「ううん……サンタ、さん…?」
「──メリークリスマス、紅音」
そのサンタクロースは、紅音が会いたくてやまない人の姿をしていた。
紅音が聞きたくて仕方のない声で、紅音が欲しくて堪らなかった温もりをくれるそのサンタさんを見て、紅音はやはり自分は今夢を見ているのだろうと錯覚した。
だって、楽郎は今ここにいるはずが無い。現在大学二年生の彼は現在東京で一人暮らし中で、帰省するのも来週の筈だ。
だから、これは熱にうなされた自分が見せた、願望混じりの儚い夢……そう、思ったのに。
「熱は少し下がったかな?薬が効いてきたみたいだ」
「…………えっ、あの……らくろう、せんぱい…ですか?」
「おう、先輩だよ……サンタじゃなくて申し訳ないけどな」
熱を確かめる為に額に当てられた手のひらのひんやりとした感触で、紅音はようやくこれが夢では無く現実であるのだと認識した。
よく見ると、サンタの服だと思っていた赤い毛糸は今年の彼の誕生日にプレゼントとして送った手編みのマフラーだ。楽郎が自分のプレゼントを使ってくれていることに喜びを覚えつつ、それ以上の困惑が紅音の思考を埋め尽くす。
「え、あの……先輩が、どうしてここに……?」
「そのどうしてが紅音の部屋に、ってことならお義母さんにお願いして入れてもらったよ。寝てるっていうから最初はお見舞いだけ置いて帰ろうかともおもったんだけど、せっかくなら顔見ていってあげてって言ってくれてな」
「お、お母さん……!」
楽郎を通してくれて嬉しいやら、不意に無防備な寝顔を見られていたことが恋する乙女として恥ずかしいやらで複雑な心境だ。そんな紅音を微笑ましく見守りながら、楽郎はここに来た経緯を説明する。
「そして、俺がどうして
「──私のために、ですか?」
思いもよらないその言葉に、紅音は呆然と楽郎を見つめる。
照れ臭そうに頬を掻く楽郎は、それでも素直にその心情を吐露した。
「うん、紅音は軽い風邪だって言ってたけど、瑠美から聞いたら数日前から学校休んでるっていうし、一度心配になったら居ても経ってもいられなくなったというか……」
もし今体調が万全ならば、紅音はきっとすぐさま楽郎に抱き着いていただろう。
一人で過ごすのだと思っていた、寂しく終わるのだと思っていたクリスマスにもたらされた、思いもよらない飛び切りのプレゼントに紅音は喜びを抑えきれない。
未だふらつく自分の体調を恨めしく思いつつ、紅音はこの素敵なサンタクロースにせめてものプレゼントをねだる。
「あの、楽郎先輩……一つ、お願いしてもいいですか?」
「俺に出来る事ならなんなりと」
「ありがとうございます!あの……手を繋いでいて、欲しいです」