徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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剣道大会を終えた京極と、京都に引っ越してきたばかりの楽郎との夏の日の出会い。

※昨年3/16の春コミで発行した「京の都は今日も賑やか」のweb再録です。
 発行から一周年ということで本日は今話を含めて全四話更新予定となっております。



楽京
あの日見た笑顔に焦がれて


(暑……せめて風くらい吹けばいいのに)

 

 燦燦と降り注ぐ夏の日差しに目を細めながら、そんな益体もないことをふと思う。

 年々最高気温を更新しているここ数年の暑さに加え、京都という盆地の中にある土地故の湿度の高さが身に堪える。

 心頭滅却すれば火もまた涼しなどと昔の人間は嘯いたそうだけれど、日夜鍛錬に勤しむ自分も、自分以上に心身を鍛え上げている父や兄、今は亡き祖父でさえも夏の暑さには辟易としていたのだから真実は推して知るべしというものだ。

 とはいえ、どれほど憎らし気に太陽を睨みつけても当然ながら暑さが和らぐことは無い。

 僕は額を流れる汗を乱雑に拭い、人気の少ない裏道をのろのろとした足取りで歩き出した。

 

「それにしても、勢いで飛び出してきたのは失敗だったかな……」

 

 ずり下がった竹刀袋を肩に掛け直しながら、若干の後悔の滲んだ声で一人ごちる。

 剣の道を志す中学生が一堂に会する夏の全国大会。

 今回は偶然にも会場が実家からさほど遠くなかったこともあり、歩いて帰れるだろうと高を括っていたのだけれど、どうも見通しが甘かったようだ。

 雲一つない青空に輝く太陽とアスファルトからの照り返しが試合で疲れた僕の体力と気力をガリガリと削っていく。

 これは今からでも誰かに迎えを頼む連絡でも……

 

「…………まあ、たまにはいいか」

 

 脳裏を過ったその考えを棄却する。なんとなく、今は兄さんや門下生のみんなと顔を合わせる気にはなれなかった。

 別に何か嫌なことがあった訳じゃない。

 誰かと喧嘩もしていなけれいなければ、試合に負けて悔しがっているわけでもない。その証に先程の式典では万雷の拍手の中、優勝トロフィーと賞状が僕に授与された。まあ、それらの品々は式典が終わった瞬間に会場にいた兄さんに押し付けてきてしまったのだが。

 

(これで()も日本一の女子中学生……なんだけどなぁ)

 

 思った以上にあっさりと手にしてしまったその称号に、確かな誇りと一抹の寂寥感を覚えた。

 傲慢でもなんでもなく純然たる事実として、自分が優れているという自覚はある。

 恵まれた血筋、恵まれた環境、そしてそんな境遇に胡坐をかくことなく弛まぬ努力を続けてきたという自負も確かにある。だけどそれが何だというのだろう?

 未だ未熟なこの身では父や兄、道場の師範代には勝つことはおろか、一本取ることさえもあまりに遠い目標で。

 そして何より、かつてお祖父様が私に告げたあの言葉。

 

『儂のようにはなるな』

 

 この言の葉のその意味を、ついぞ僕は知らないでいる。

 貴方の名付けた名の通り、東西敵無しになった姿を見せれば何かが変わっただろうか。そんな、今となっては永遠に叶うことの無い絵空事を思う。

 それでも答えを探すなら、それはきっと戦いの中に。だから僕はもっと強くならなくては。

 今日は稽古は休みだと言われているけど、逸る心を落ち着ける為にも今はとにかく剣を振るい続けていたい。

 それが一種の逃避であることに気が付かないフリをしながら歩くこと暫し。チャリン、という金属の擦れる音が聞こえると共に、靴の先に何か硬い物を踏んだ感触があった。

 

「これは……鍵、と…メモ?」

 

 拾い上げてみれば、それは小魚を模したキーホルダー──後で聞いた話では渓流釣り用のルアーで作ったものらしい──がついた真新しい鍵と、どこかの住所が記された紙切れだった。

 住所を見ると僕の家から徒歩五分程の場所だ。落とし主は困っているだろうし、帰りにちょっと寄ってみようか。

 そんな風に考えていると、背後からタッタッタッという軽快な足音と僕に向かって呼び掛ける声が耳に届く。

 

「おーい!そこの人―!」

「ん、僕かい?」

「はぁっ、はぁ……ああ、ちょっと聞きたいんだけど、この辺に鍵が落ちてるのを見なかったか?このくらいの魚のルアーが付けてあって……」

「探し物はこれかな?」

「‼それだ!」

 

 振り返った先には僕と同年代くらいであろう「KUSO-Game of the year‼」と書かれた半袖Tシャツを着た少年が息を切らせて立っていた。

 話を聞くにどうやら僕の手の中の物の持ち主のようで、目の前にそれを差し出せば彼は喜色満面の笑みを浮かべて僕から鍵を受け取った。

 

「ありがとう、君が見つけてくれてたのか」

「見つけたというか、ちょうど今拾ったところ。ここにメモと一緒に落ちて……ああ、そういえばこれも君のかい?」

「!それも俺のだ、マジで助かるよ……」

「どういたしまして、今度は落とさないように気を付けなよ?」

「そうする、どうも自販機でエナドリ買った時にポケットから落ちたみたいでさ」

 

 彼に言われて気が付いたが、鍵が落ちていたのは自動販売機の目の前だったようだ。

 何はともあれ落とし主が無事見つかってめでたしめでたし。ひらひらと手を振ってその場を離れようとした僕だったけれど、目の前の彼がそれを引き留めた。

 

「待った、良かったら拾ってくれたお礼にジュース奢るよ」

「いや、別にお礼をされるほどのことじゃないよ。ここに落ちてたものを拾っただけだし」

「鍵はともかくメモの方は風で飛ばされてたかもしれないし、鍵があっても危うく帰れなくなるところだったよ」

「帰れなく?そういえば君、ここらでは見かけないような……」

 

 それによく聴くと話すときのイントネーションもこの辺り……というより関西圏らしくない気がする。

 そう問いかけてみれば、目の前の彼からは予想通りの答えが返ってきた。

 

「うん。俺、つい最近ここに引っ越してきたんだよ」

「なるほど、道理で。そう言えば何日か前に近所を引っ越しのトラックが走っていたような」

 

 先ほど手渡したメモを示しながら話す彼にそう返せば、面白くなってきたとばかりに楽しそうな顔をして食いついてきた。

 

「おっ、ひょっとしてご近所さん?」

「どうやらそうみたいだね、ええっと…」

「あ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺は陽務楽郎、親の仕事の都合でこっちに来たんだ。ちなみに中学三年生」

「なんだ、同い年だったのか。僕は龍宮院京極、同じく中三だよ」

 

 ──これが、僕と彼との出会い。

 

 慣れない土地でひとりぼっちだったにもかかわらず、楽し気に笑うその姿が眩しくて。

 まるで太陽に焦がれるように、僕は彼にそっと右手を差し出した。

 




昨年3月の春コミで発行した「京の都は今日も賑やか」のweb再録です。
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