徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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楽郎が鮭を捌くのを眺めるヒロインちゃんのお話。
同棲してる大学生楽玲。


ある日の台所

「あの親父殿は本当にもう……冷凍庫は既に魚で一杯だってのに」

 

 クール便で届いた横長の発泡スチロールの箱を前にして、楽郎くんが呆れとも愚痴ともつかない言葉を独りごちる。

 実家にいた頃はお祖父様が釣りに出かける度に食卓に並ぶ食材が魚ばかりになっていたので気持ちはとてもよく分かる。この分だと我が家の献立はしばらく魚続きだろう。

 今後の食生活を思い些かげんなりとしていた楽郎君だけれども、しぶしぶ箱を開けて中身を改めると様子が一転。彼は仄かに喜色を滲ませた声を上げて、ふわりと相好を崩した。

 あっ、かわいい。

 

「お、今回は時鮭か!」

 

 楽郎君の視線を追うようにして横合いから箱の中身を覗き込むと、そこにはピカピカに鱗を輝かせ透き通った目をした新鮮そのものな大ぶりの鮭が鎮座している。

 お義父様から薫陶を受けた彼と違いあまりお魚には明るくない私が見てもその味に期待が膨らんだ。

 

「すごく立派な鮭ですね、どちらで釣ってきたんでしょう?」

「発送場所が北海道になってるから多分その辺だと……あ、手紙が入ってる。何々……」

 

 楽郎君は濡れないようにビニールに包まれて同梱されていた便箋を取り出して、私にも見やすいように紙を広げてくれる。

 彼への手紙を私が読んでいいのかという疑問が頭を過ったけれど、何故かその便箋には私の名前も記されていた。

 一応何度か顔を合わせたことはあれど、今のところ楽郎君のお父様とはそこまで親しい訳では……はっ!まさか!?

 

「お義父様からのお手紙!?なななな、何か粗相でもしてしまったでしょうか!?」

「落ち着いて、父さんそんな深いこと考えてはいないと思うから。でもなんでわざわざ宛名に玲さんも……って、そういうことか」

 

 混乱する私を宥めた楽郎君は文面に目を落とすと、何やら得心がいったように頷いた。

 中には一体何が書かれて……?

 楽郎君に身を寄せるようにして恐る恐る手紙を読む。ふむふむ、そこに書かれていたことを要約すると――

 

『楽郎、元気にしてるか?俺は今北海道に釣りに来ています。船は我能さんが出してくれました。我能さんが孫娘が健勝かと心配していました。この時鮭は我能さんが釣ったものです、良ければ連絡してあげて下さい。父さんたちはこれから利尻に行ってホッケを狙います。魚が俺を待っている!』

 

 ………お祖父様!!??

 

「え、これお祖父様が釣ったんですか?というか二人で北海道に…?」

「父さんが玲さんのお爺さんと仲良いのは知ってたけど、まさか船まで出してもらってたとは……なんかうちの父がゴメンね?」

「いえ、そこはお祖父様も好きでやってることだと思うのでいいんですが……」

 

 なんならお爺様の方からお誘いした可能性もある。

 あの人は厳格に見えて結構な自由人だと、ここ数年で気付かされた。

 

「生食至上主義の父さんがお爺さんを巻き込んでホッケの刺身に挑戦していないことを祈るよ……」

「ホッケは開きしか食べたことが無いですね……お刺身では食べられないんですか?」

「一応鮮度が良ければ食べられないことも無いんだけど、生は寄生虫(アニサキス)が怖いんだよね」

「……お爺様が病院に運ばれたとは聞いていないですし、大丈夫だと思いますよ」

 

 やれやれと肩を竦める楽郎君と顔を見合わせ、互いの身内の趣味人ぶりに二人揃って苦笑する。

 世間一般で言う家族ぐるみのお付き合いとは、果たしてこういうものなのだろうか。絶対何か間違っている気がする。

 

「相変わらず釣りキチしてるあの二人のことはさておき……まずはこいつを捌いちゃおう」

「よろしくお願いします、隣で見ていてもいいですか?」

「もちろんそれは構わないけど、別に面白いものでも無いよ?」

 

 腕まくりをして鮭を台所に運びながら楽郎君が小首を傾げる。

 私はそんな彼にくすりと笑みを浮かべ、言葉は返さず背中を押してキッチンへと移動した。

 学生の二人暮らしにしては随分と広い部屋を借りていることもあり、大型の鮭もどうにかシンクに収まったようだ。

 楽郎君は終始頭に疑問符を浮かべていたけれど、私が何も言わないのを察すると「…玲さんが楽しそうならまあいいか」とぽつりと呟き出刃包丁を握りしめた。

 

「さて、とりあえず鱗を落として……おお、流石時鮭、随分脂が乗ってるなあ」

 

 汚れが周囲に飛び散らないように流水で軽く身を洗いながら、刃を滑らせて鱗とぬめりを取っていく。

 その作業が一通り終わると手ぬぐいで軽く水気を拭いて、お腹を手前にしてまな板の上にドンと乗せた。

 それから逆さ包丁を入れて腹を裂き、楽郎君は実に手際よくえらと内臓を取り出していく。

 

「胃袋はなます、心臓は塩焼きにするとして……玲さん、塩辛とかの珍味は苦手じゃない?」

「大丈夫です……鮭で塩辛を作るんですか?」

「うん、めふんっていう血合いの塩辛をね。癖はあるけど俺これ大好物なんだ、俺にとってはご飯のおかずだけど、父さんはよく酒の肴にしてたなぁ」

 

 にかっと笑ってそう語る楽郎君の笑顔が眩しい。

 その子供のような無邪気さと、豪快に魚を解体する男らしさのギャップで胸を撃ち抜かれてしまう。

 

「ミ゛ッ⁉」

「……玲さん?またバグった?」

「ダイジョウブデス、ワタシハセイジョウデス」

 

 うう、変な子だと思われたでしょうか……

 いつものことだと言わんばかりに慣れた対応をされてしまうのが物悲しい。

 

「頭は二つに割って塩焼きにしようか。汁物にしたり氷頭なますも捨てがたいけどせっかくの時鮭だし」

「ソ、ソウデ…そうですね!その辺はお任せします」

 

 どうにか平常心を保って再起動を果たす。

 その間にも楽郎君は作業を進めていて、三枚におろした鮭を食べやすく次々切り身にしていった。

 最後に残った中骨を出刃の重さで断ち切ると、あんなに大きかった鮭がどれも食べやすい大きさの食材に変貌を遂げていた。

 

「ふう、これでよし」

「お疲れ様です、相変わらず見事な手際でした」

「魚の扱いは父さんに散々仕込まれたからなぁ……さて、内臓系は俺が処理するから、残りの晩ごはんの支度は玲さんに任せていいかな?」

「任せてください!腕によりをかけますね」

 

 さて、楽郎君の格好いい姿にすっかり見とれていたけれど、このまま全てを頼っていては私の乙女が廃ってしまう。

 楽郎君とお揃いのエプロンを付けて二人並んで作ったご飯は、いつも以上に美味しかった。

 

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