徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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或る雨の日の楽郎と京極のお話。


それはいつかのRainy day

「……まいったなぁ、全然止みそうもない」

 

 高校と自宅の丁度中間地点に位置する公園の屋根付きベンチにて。

ますます雨足を強めた空を見上げた京極の口から途方に暮れた呟きが漏れた。

 部活を終えて学校を出た時、鈍色に染まる空に嫌な予感は覚えていたのだが、残念なことにその予感は見事的中してしまったようだ。

 小雨が降りだした時点で急いでここに避難したため然程濡れずに済んだものの、一向に収まる気配の無い雨に、京極は立ち往生を余儀なくされていた。

 天気予報の降水確率30%を甘く見て折り畳み傘すら持ってこなかった今朝の自分を誅してやりたい。以前楽郎が言っていた「3割は実質10割」とはこういう状況の事を言うのだろうか。

 愚者(アルカナム)のデメリットを引き当て続けて半ギレだったサンラクの姿を思い出し、くすりと小さな笑いが零れる。

 どうにも彼は運を天に任せると裏目に出ることが多い。

 

(僕にも楽郎の運の悪さがうつったのかなぁ……さて、これからどうしたものか)

 

 悪天候で若干欝々としていた心が幾分上向いたところで、気を取り直してこれからの行動を考える。

 端末で天気を確認すると、どうやらこの辺りに雨雲が集中してしまっているらしく夜半までこの雨は続きそうだ。

 何気なく辺りを見回せば、子供が遊ぶには些か遅い時間なことに加えてこの荒天公園内に他に人影は見えず、篠突く雨が遊具や地面を打つ音だけが静かな世界に響いていた。

 

(うーん、兄さんなら呼べばすぐさま駆けつけてくれそうだけど、今日は県外での仕合で家に居ないしなぁ。仕方ない、大仰であんまり好きじゃないけど迎えの車を頼んで……)

 

 家柄を誇示するようになるのが嫌で送迎の類は普段は忌避しているものの、背に腹は代えられない。

 濡れ鼠になるよりマシだと割り切って家の者へと連絡を入れようとした、その時。

 

(おや、誰かこっちに近づいてきてる……って、あの姿は!?)

 

 雨音に紛れてタッタッタッと人の駆ける足音が聞こえ、京極は手元の端末を操作する指を止めて音の方向へと視線を向ける。

 そして、そこに毎日見慣れた顔が現れたことに思わず驚きの声を上げた。

 

「楽郎!?こんな時間にどうしたのさ?」

「あれ、京極も雨宿り中か。俺は前々から気になってたクソゲーが入荷したって聞いたから隣町の中古ショップまで遠征にな。お前は部活帰りか?」

「まあね、というか楽郎びしょ濡れじゃないか、そんなんじゃ風邪ひくよ?」

「いやー、朝は晴れてたから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」

 

 ギリギリで雨宿りに間に合った京極と違い、楽郎はここにたどり着くまでに随分雨に打たれたようで、髪先や学ランの裾からは今もぽたぽたと雫が滴っている。

 見かねた京極は部活用のバッグからタオルを取り出すと、ずぶ濡れの野良猫を世話するように楽郎の頭を乱雑に拭う。

 完全に水気を取るには至らないが、それでも何もしないよりはいいだろう。

 

「ほら、これで少しはマシになったでしょ」

「ありがとう京極、助かったよ」

「……!ど、どういたしまして」

 

 普段は外ハネ気味の楽郎の髪が多量の水分を含んだことによりしっとりと全体的に垂れ下がり、表情がどことなく大人びて見える。

 不意のギャップに京極の胸が微かに高鳴ったものの、そんな内心を露ほども知らない楽郎は持っていた鞄の口を開け、暢気にその中身を改めていた。

 

「表面はぐっちょりいっちゃってるけど、ゲームと教科書の方は……っと、よし!なんとかみたいだ」

「ふふっ、それは何より……で、楽郎はこれからどうする?この雨はしばらく止まないと思うよ?」

 

 クソゲーの無事を無邪気に喜ぶ楽郎は、一瞬前の姿が嘘のように子供っぽい。

 そんな彼を少し微笑ましく思いながら、僕は先程迎えの車を呼び出そうとしていたことなどおくびにも出さず、楽郎に今後の行動を尋ねる。

 彼の家も近所なのだから、本当は楽郎も一緒に車に乗せてあげるべきなのだろうけど、気心の知れた友人(・・)と二人きりでの雨宿りがなんだかとても名残惜しい。

 我ながらズルい奴だと呆れつつ、降って湧いたこのひと時の幸福に京極の心は仄かに浮き立っていた。

 しかしそんな思惑に反し、楽郎の返答は実にあっさりとしたものだった。

 

「え、そりゃ帰るよ。返って今日買ったクソゲーやらないと」

 

 何をそんな当たり前のことをとでも言わんばかりの楽郎の態度に「天誅」の二文字が脳裏を過った。

 もう少し私と話していてもいいじゃないかという理不尽な思い(殺意)を天に責任転嫁しつつ、どうにか彼を引き留めるべくそれらしい理屈を考える。

 

「……さっきも言ったけど、濡れたら風邪ひくよ?」

「いや、これだけびしょ濡れなら今更変わらねーよ、むしろ濡れたままここに居た方が寒くて風邪ひくわ」

「うぐっ、確かに……」

 

 身も蓋もない正論にぐうの音も出ない。

 タオルで拭いたおかげで雫こそ滴ってはいないが未だ楽郎の服はしとどに濡れている。このまま夜になれば気温も下がり、彼の言うように風邪をひいてしまうかもしれない。

 理性ではそう結論を出しつつも、口からはズルズルと未練がましい言葉が零れる。

 

「えっと、ほら!この雨だとせっかく買ったゲームが濡れて壊れちゃうかも!」

「心配ご無用、実を言うと俺もそれが不安だったんだけどな、今鞄の中からいざという時の為のビニール袋を発掘した。こいつで鞄を包んでやれば荷物はなんとかなるだろ」

 

 そう言って得意気に大型サイズのビニール袋を見せつける楽郎に、京極はこれ以上彼を引き留めることは無理だと判断する。

 彼女は小さなため息を一つ吐くと、ベンチに置いていた自分の荷物を手にとった。

 

「……はぁ、それじゃ僕も一緒に帰るよ、どうせ方向は一緒だしね」

「いや、京極は服が濡れた訳でも無し、無理して急いで帰らなくてもいいんじゃ…?」

「いいの!雨が止むのを待ってたらいつになるのか分かったもんじゃないし、」

「にしたってこんな土砂降りの最中に帰るのか…?」

「その土砂降りに今から突撃しようとしてる楽郎がそれを言うの?というか、楽郎はこんな薄暗い公園にか弱い女の子を一人で置いてく気なんだ?」

「か弱い…?」

()がどれほどか弱いか、今から存分に分からせてあげようか」

「ゴメン俺が悪かった!だからその竹刀は袋に仕舞ってくれ!!」

 

 頭に疑問符を浮かべる楽郎に対し、京極がおもむろに竹刀を突き付ける。

 京極から漂う本気の殺気を察知した楽郎が慌てて謝ると、その様子に溜飲を下げた京極は静かに怒りの矛を収めた。

 

「全く、楽郎は女心ってやつが本当に分かって無いよね」

「秋の空や危牧の天気と同じくらい変わりやすいってことだけはよく知ってるよ……あ、そうだ、ほら」

「……僕にこの学ランをどうしろと?」

「気休め程度だけどこれ羽織っとけ。生地が厚いおかげで内側はまだ濡れてないし、京極の体格なら雨合羽変わりにはなるだろ」

 

 唐突に学ランの上着を差し出されて困惑する僕に、楽郎は何でも無いことのようにそう告げる。

 ……ずるいなぁ。

 

「あ、ありがとう」

「と言っても多少は濡れちゃうだろうし、急いで帰ろうぜ」

「……うん」

 

 いつもは子供っぽいくせに、時折さらっと気遣ってくれる楽郎は本当にずるい。

 さっきよりも大きな胸の高鳴りと共に頬が熱くなるのを感じる。

 楽郎に今の自分の顔を見られたくなくて、京極は手渡された学ランを頭に被るようにして羽織った。

 

「端末や財布も鞄に入れた、そんで鞄の梱包も良し……それじゃ行くぞ!家まで競争な!」

「……えっ?こら待て楽郎ー!不意打ちは卑怯だよ!!」

「はっはっはー!勝てばよかろうなのさぁー!!」

 

 フライング気味に駆け出した楽郎の後を、鬨の声を上げながら京極が追う。

 ざあざあと降りしきる雨の中、二人の楽し気な笑い声が雨音の中に紛れて消えた。

 

 

 

「──なんてこともあったよねぇ」

「あー……言われてみればそんなやり取りが有ったような無かったような……ってか突然どうした」

 

 唐突に思い出話を始めた私に対し、隣を歩く楽郎が怪訝そうな表情を浮かべる。

 まあ、先ほどまで大学の課題の多さについて愚痴っていた人間が突然昔話を始めたのだから、彼が面食らうのも無理からぬことではあるのだが。

 

「んー、こうやって雨の中を歩いてたらふと思い出してさ」

「あの時とは違ってちゃんと傘は差してるけどな」

「私が迎えに来てあげたおかげでね!楽郎ってば相変わらず天気予報見ないんだもん」

「それには感謝してる……けど、どうせなら傘二本持って来てくれても良くないか?」

「いいじゃん、細かいことは気にしないの!ほら、濡れちゃうからもっとこっち寄りなよ」

 

 楽郎の肩が濡れているのを見咎めて、傘を持つ彼の腕にするりと自分の腕を回して半ば抱き着くように距離を詰める。

 雨と秋風で冷えた体に少し高めな楽郎の体温が心地よい。

 

「だんだん寒くなってきたし、今夜は久しぶりにお鍋にしようか」

「おっ、いいな。それじゃ途中でスーパーに寄ってくか」

「決まりだね、何か食べたい具材はある?」

「肉が食いたい……と言いたいところだが、父さんが送ってきた鮭が大量にあるんでそれ使ってくれ」

「了解!鮭なら味噌味の方がいいかな……〆はやっぱりラーメンで、バターを足しても美味しそう」

「相変わらずのラーメン狂め」

「何さ、楽郎だって好きでしょ?」

「そりゃ好きだけど」

 

 他愛もない会話を交わしながら、スーパーへの道をのんびり歩く。

 そんな些細な日常の一コマが、なんだかとっても楽しかった。

 

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