徒然なるインベントリア:シャンフロの小話   作:イナロー

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お洒落に目覚めた?京極のお話。



誰が為に彼女は着飾る

 龍宮院京極という少女は、あまり自らの服装に頓着しない人間だ。

 

 しかし、だからといって彼女が持っている服が少ないかというと、それは明確に否である。

 寧ろ同年代の少年少女達と比較しても、彼女の所持する衣装の数は相当に多い部類に入るだろう。

 由緒ある龍宮院家の一人娘である京極は、本人の望む望まないに関わらず公の場で着飾る必要に迫られる機会も少なくない。

 家同士で付き合いのある呉服屋や仕立屋からは彼女の身体の成長や季節の行事に合わせ、洋の東西を問わず多種多様な衣服が贈られる。

 そして何よりも京極を溺愛する彼女の家族──主に母親と長男──が、彼女に似合いそうな服を見つける度に躊躇うことなく購入し、プレゼントしていることが原因であった。

 もっとも、母の選ぶ過度にフリルやリボンの付いたドレスや、長兄の選ぶスカートタイプの清楚系の服などは京極の趣味とはかけ離れており、専ら衣装箪笥の肥やしと化して居るのが実情であるのだが。

 ちなみに普段着として京極が頻繁に身に着けている服は、彼女が自分で選んで買った物か、次兄である柾宗が選んだ物が多い。

そのことに嫉妬した國綱が悔しさのあまり血涙を流さんばかりの剣幕で歯嚙みしたり、そんな國綱を柾宗が煽って盛大な兄弟喧嘩が勃発したり等といった光景は、もはや龍宮院家の日常と化していた。

 

 閑話休題

 

 そんな訳で日頃はほとんど陽の目を見ることの無い京極の服の数々だが、極希にそれらの服に彼女が袖を通すことがある。

 それは贈り物をしてくれた相手への義理を通すためであったり、あまりにしつこい懇願に京極が根負けした結果であったり、或いは──

 

「うーん、これもいいけれどやっぱりこっちのスカートも捨てがたいわねぇ」

「あの、お母様?流石にこれは派手すぎないかなーって」

「何言ってるの、可愛い貴女にとっても似合ってるわよ!」

 

 龍宮院國綱がその光景を目にした時、彼は自分が桃源郷に迷い込んだのでは無いかと思った。

 

「いや、似合ってるとか以前にこんなフリフリの格好で街に出掛けるのは……兄さん!??」

「あら?國綱、乙女の部屋に無断で立ち入るのは感心しませんよ?」

「…………はっ!?し、失礼しました母上!念の為確認の声掛けはしたのですが…」

「すみません奥様、せっかくのお楽しみを中断するのは憚れたもので……私の判断でお通し致しました」

「あら、そうだったの。気がつかず御免なさいね」

「いえ!奥様が謝ることなぞ!!」

「こちらこそ不躾な来訪申し訳御座いません……しかし母上、この状況は一体…?」

 

 女中の擁護を受け、國綱は小町と半ば社交辞令染みた挨拶と謝罪を交わしつつ、率直に現状を尋ねる。

 まあ、襖を開けて突然漆黒のゴシックロリータなドレスに身を包んだ妹が現れればこれも無理からぬ反応であろう。

 制服以外では普通のスカートすらも滅多に履かない彼女が大人しく母の着せ替え人形に甘んじているとは、どういう訳なのか。

 

「それはですね、実は京極が──」

「な、何でもないから!!ただちょっと気分転換に着てみただけで……!」

 

 母の言葉を遮るようにして京極が叫ぶ。

 あからさまに何かを隠している京極のその態度に、日々の鍛錬で鍛え抜かれた國綱の洞察力(シスコンセンサー)が反応を示す。

 國綱は居住まいを正すと京極を問い詰めようとして……

 

「丁度良かった、國綱(あなた)にも京極(この子)の服選びを手伝ってもらいましょうか」

「お任せください母上様!京極の美しさをこれ以上無く引き立てる服を選んで御覧に入れましょう!!」

 

 母の提案に一もにも無く飛びついた。

 愛する妹の晴れ姿を存分に拝める栄誉の前には、その理由など然したる問題ではない。

 龍宮院國綱とは、そういう()であった。

 

「ちょっとお母様!?突然何を言い出して…!?」

 

 國綱が降って湧いた幸運を噛みしめる一方で、突然兄の参加を決められた京極は堪ったものではない。

 そもそも、当初は母にだけこっそりと相談をするつもりだったのだ。

 それがあれよという間に家中の女中が参戦し、ファッションショーもかくやな有り様と化している現時点で大いに不本意なのである。この上更に面倒な(国綱)までもが参加するなど想像するだけで億劫だ。

 流石にこれは看過できぬと、動揺で上ずった声で母の決定に意を唱えようとする京極であったが、そこは娘のことをよく知る母の強さか、小町は至ってシンプルな一言を以て彼女を説き伏せた。

 

「京極、これは貴女のためでもあるのです」

「兄さんがこの場に立ち会うことのどこに僕のメリットが!?母様にちょっと相談に乗ってもらえれば、それで……」

「確かに私だけでもあなたの勝負服(・・・)を見繕うことはできますが……男性目線でのアドバイス、欲しくは無いですか?」

「うぐっ、それは…………」

 

 それは、今の京極にとって確かに抗いがたい魅力を秘めていた。

 「あー」とも「うー」ともつかない呻き声を上げながら葛藤すること暫し、羞恥よりも実利に天秤が傾いた京極は渋々國綱がこの場に同席することに頷いた。

 

「背に腹は代えられない、か……兄さん、ちゃんと真面目に選んでよね」

「うむ、兄の愛を信じろ!」

「……この人、僕がどんなにダサい服を着てても褒めそうなんだよなぁ」

「さて、話がまとまったところで試着の続きを。次はこちらのドレスとカチューシャを……」

「お待ちください母上、着替える前に是非今の京極の姿を記録として残したく」

「え、嫌だけど……待って兄さん、そのカメラはどこから持ってきたの」

 

 どこからともなく取り出した一眼レフを構える國綱に、京極は呆れと驚きが入り混じったツッコミを入れる。

 無視して着替えのため隣室に移ろうとした京極であったが、ここでもまた小町が待ったをかけた。

 

「いえ、せっかくですから國綱には撮影もお願いしましょう」

「ええっ!?」

「──母よ、僕は貴女の息子として産まれたことを心より誇りに思います」

「待ってくださいお母様!!服について意見を貰うのはともかく、写真まで撮られる謂れはありません!」

「落ち着きなさい京極、別に私は伊達や酔狂で貴女のドレス姿を記録に残そうとしているのではありませんよ」

「本当に……?」

「ええまあ、そういう私情が全く無いと言えば嘘になりますが……考えてもみなさい。これから試着する数十着もの服装を全て記憶しておくのは流石に難しいでしょう?」

「……あのお母様、僕はあとどれだけ着替えさせられるんでしょう」

「ですから後ほど改めて見返すためにも写真として残すことは必要なのです」

「いえ、ですから…………はぁ、分かりました。でもせめて撮影は僕の端末でお願いします」

 

 色々と言いたいことはある京極であるが、こうなった母には何を言っても無駄であることは過去の経験から学習済みだ。

 せめてもの抵抗にと、京極は自らの端末のロックを解除しカメラモードを起動して國綱に手渡した。

 兄のカメラや他の誰かの端末で撮影された場合、そのデータが未来永劫龍宮院家のアルバムに残されるであろうことを考えると、これだけは譲れない一線である。

 

「…………………承知した」

「どれだけ葛藤してるのさ。いいから早く撮っちゃってよ」

 

 それからの数時間は、國綱(シスコン)にとってまさに天国のようなひと時であった。

 黒ニットと白のフレアスカートの組み合わせや、パンツスタイルにリボン付きのブラウスを合わせたもの。パステルカラーのワンピースやシンプルなシャツとマーメイドスカートのセット、等々……

 日頃滅多に見ることのできない京極の姿に、國綱は感涙にむせびながら端末のシャッターを切り続けていた。慣れない服に頬を染めて恥じらう様は天使と見紛うほどに愛らしい。

 初めのうちは途方もない量の服の山に遠い目をしていた京極も、途中からはだんだんと慣れてきたようで、母や兄、馴染みの女中たちと意見を交わしながら徐々にコーディネイトを洗練させていった。

 

「ふぅ……これでめぼしい服装は大体試したかな」

 

 昼過ぎに始まった試着会兼撮影会は、陽の沈みかけた夕暮れ時になりようやく一応の終わりを迎えた。

 一体どれほどの回数服を着替え、どれほどの枚数の写真を撮ったのか。

 居並ぶ面々の顔には流石に疲労の色が浮かんでいるものの、それ以上に皆満ち足りた表情をしている。

 皆のそんな様子からは、この家での京極の愛されぶりが伺えた。

 

「さて、納得のいく服は決まりましたか?」

「はい、お母様。おかげさまで大体の目星は付きました」

「それは何よりです、よい報告を期待していますよ」

「……はいっ!」

 

 予想外の兄の乱入などはあったものの、無事当初の目的(・・)は無事に果たせた。

 母からのエールに気恥ずかしさを覚えて頬を朱に染めつつも、京極は何かを楽しみにするように無邪気にはにかんだ。

 

「報告?二人とも、一体なんの話を…?」

「兄さんは気にしなくていいの!」

「ええ、女には女の会話があるのです」

「……何か釈然としないなぁ」

「ほら、それよりそろそろ僕の端末を返してよ」

「ああ、すまない。時に京極、今日のデータを僕の端末に送って貰ったりは……?」

「断固拒否!……と、言いたいところだけど、今日はなんだかんだで兄さんのアドバイスにも助けられたし、何枚かだけは送ってあげる」

「本当かい!!」

「でも人に見せたりはしないでよ?」

「安心したまえ!僕の可愛い京極の姿は父上や柾宗にだって見せやしないさ!」

「それはそれで気持ち悪いな……ほら、今送っちゃうから端末渡して」

「ああ、是非ともお願いするよ────!??」

 

 ダメ元でのデータの譲渡の頼みにまさかのOKを貰え、國綱のテンションは最高潮に達する。

 この日は二十余年の國綱の人生の中でも最上位に位置するほどの幸福な一日であった──京極の端末に届いた、そのメッセージを見るまでは。

 

「……?どうしたの兄さん、画面見たまま固まっちゃって」

「………………『なあ、今度のデートの待ち合わせはいつも通りの場所でいいのか?』」

「えっ、突然何を言い出して……っ!ちょっと何見てるのさ!!」

 

 京極の不幸は、彼女が彼──陽務楽郎──との連絡に際し、メールでは無くSNSを利用していたことだろう。

 國綱とて本人に無断でメールを開封するほどに非常識ではない。しかし、短文送信式のSNSでは通知と同時にメッセージの内容も一部表示されてしまう。

 それにより彼は、愛する妹が密かに逢瀬の約束をしていることを知ってしまった。

 

「では今日のこの会も来るべきデートに備えた予行演習だったという訳だ」

「ええっと、その……うん」

「はっはっは、つまり僕は今まで嬉々としてあの男(楽郎)の為の服を見繕っていたと………なるほど、なるほど……」

 

 もはや隠し通すのは不可能と判断し、京極は兄の問いかけに素直に頷く。

 常ならば飛び立たんばかりの勢いで絶賛していたであろう、照れの混じった彼女のその表情も、今は怒りを増幅させるスパイスでしかない。

 國綱は煮え滾る憤怒を仮初の笑顔で覆い隠しながら、散歩にでも出かけるかのような気軽な口調で告げる。

 

「すまない、ちょっと用事を思い出したから僕の夕飯は要らないよ……奴め、刀の錆にしてくれる……!」

「待って兄さん、何する気!?」

「ええい、離せ京極!兄として妹に着く悪い火の粉は払わねばならぬ!!」

「行かせないよ!!?ちょっ、力強……っ!?お母様も見てないで止めるの手伝って!!」

 

 ──それからおよそ三十分後、騒ぎを聞きつけたとよが雷を落とすまで、この馬鹿騒ぎは続くのであった。

 

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